かえるの夢
ある田んぼの水の中で、かえるが一匹、考え事をしていました。
ああ、とうとう大人になってしまった。
尻尾も取れて、やはり当然だが、かえるの姿になってしまった。
かえるの子はかえるだから、大人になると、この姿になるのは、仕方ないことだけど、やっぱりぼくは、もっと大きな姿になりたかったなあ。
そんなところに、さぎが一羽飛んで来ました。
身の危険を感じて逃げる仲間をよそに、かえるは、もう死んでもいいやと諦めて、そこにただ佇んでいました。
さぎは、この変わったかえるの様子を、しばらくじっと見ていましたが、なんだか少し不思議に思って、声をかけました。
かえるよお、なぜ逃げないんだ?
かえるは、すっかり食べられるものと思っていましたから、なんだか拍子抜けしましたが、相変わらず憂鬱なので、独り言のようにぽつりと言いました。
ぼくは、さっさと死んでしまったほうがいいんだ。いくら考えても、どうすることもできない。ぼくは、もっと大きな姿になりたかったんだ。
さぎは、笑いました。この滑稽なかえるを笑いました。しかし、あまりに真剣な様子のかえるを見て、だんだん可哀想になりました。
さぎは、このかえるを食べることを辞めました。そして、自分の羽根を一つとって、そのかえるに渡しました。白いきれいな羽根でした。
この羽根を君の体にくくりつければ、あるいは大きく見えるかもしれん。まあ、元気を出しなさい。
そう言うと、さぎは、大きな翼を広げて、あっという間に飛んで行ってしまいました。
かえるは、少し泣き、さぎからもらった羽根を背中につけました。
かえるは、気晴らしに、田んぼの畦道を、歩いてみました。
羽根のぶん、大きくなった気がして、少し自信がでてきました。ただ、かえるはかえる。憂鬱な気分は、いっこうに晴れませんでした。
そこへ、しまへびがやって来ました。
しまへびは、この風変わりなかえるを見て、笑いました。かえるは、とても憂鬱なので、しまへびが笑っていても知らんぷりでした。かえるは、無視して、そのまま通り過ぎようとしました。
しまへびは、とても短気な性格でした。
へびに睨まれたかえるなんて言葉があるように、わたしを見ればどのかえるだって、怯え切って動かなくなるのに、無視をして、通り過ぎるとは何事か。
すっかり腹を立てたしまへびは、ちっともお腹は空いていませんでしたが、このかえるを殺してしまおうと、ぐるぐる巻きにして、締め上げ始めました。
しまへびのすごい力に、かえるの体は押し潰されそうになりました。
かえるは、意識が遠のき、ああ、いよいよ死んでしまうんだなあと思いました。
次、もし生まれ変われるなら、もっと大きな生き物に生まれ変わりたい。
しかし、しばらくすると、力がだんだん弱くなり、ついにしまへびはかえるを離してしまいました。
かえるは、不思議に思って、しまへびの顔を見ました。
しまへびは、苦しそうな顔をしています。
動きがだんだん鈍くなり、しまへびは、とうとう動かなくなりました。
しまへびは、それからもう、動きませんでした。
しまへびが死んだのは、病気が原因でした。かえるは、初めて死を間近に見ました。
さっきまで、あれだけ元気だったしまへびが、今はもう生き物ではありません。
まるで、無機質で、物という印象を受けました。
かえるは、なんだか悲しくなりました。
そして、死というものがとても恐ろしくなりました。
背中の羽根を見ると、先ほどまで綺麗だった羽根が、今は少し萎びれて、生命力を失っていました。
かえるは、初めて、生きるということを考えました。
死ぬということは、悲しいことだなあ。
かえるは、死んでもいいやと思うことを辞めました。だからといって、このまま小さい姿で生きていくのは、憂鬱でした。それは、誰かに見られると恥ずかしいと思うくらいでした。そう思うと、この羽根を付けていることだって、自分を大きく見せようという意識が見えて、恥ずかしく思い始めました。
かえるは、さぎからもらった羽根を捨てました。風に乗り、羽根は、遠く遠くへ飛んで行きました。
また、畦道を進むと、ありの行列に出くわしました。
かえるは、憂鬱で、食欲なんてありませんでしたから、でも、立ち止まり、何の気なしにその行列を見つめていました。
ありたちは、かえるに気づかない様子で、忙しそうに働いていました。
しばらくすると、一匹のありが列から離れました。脚が折れていて、触覚が震えています。ありは、ついに動けなくなって、横に倒れてしまいました。
仲間のありはというと、やはりせっせと働いていて、見向きもしませんでした。
かえるは、このありに、なんとかもう少し生きて欲しいと願いました。
ありは、かえるのほうを見ました。
驚きもせず、ただこちらをじっと見ていました。
ありは、死を覚悟しているようでした。
かえるは、どうしてやることもできず、ただ見ていることしかできませんでした。
ありは、かえるに話しかけました。
かえるさん、どうしたのです。早く、食べてしまわないのですか?
かえるは、言葉を探しましたが、少し考えた後、次のように言いました。
ありくん、君は死んでしまうのが、怖くないのかい?
ありは、少し考えた後、
しかし、しょうがないことです。
と、答えました。
かえるは、寂しくなりました。
命を諦めているありとさっきの自分が重なったのです。
ありくん、君は、そんなに小さく弱く生まれて、みじめじゃないかい?
かえるは、ありに問いかけました。
ありは、しばらく沈黙すると、次のように言いました。
わたしは、生まれつき脚が弱く、しかし、この姿に生まれてきたことを有難く思っています。そして、今、脚がとうとうだめになって、あなたに食べられて、死ぬことになっても、それが天命だと思っています。なんの悔いもありません。
なんで、そんなつまらないことを言うのだろう。しかし、ありの顔は真剣でした。かえるは、ますます生きるということが、わからなくなりました。
考えていると、その様子を見て、ありがかえるに言いました。
あなたは、幸せですね。わたしに比べれば。脚は健康だし、わたしより大きくて強いし。でも、とても悲しそうに見えます。
かえるは、堪らなくなって答えました。
ぼくは、もっと大きな姿に生まれたかったんだ。強くてかっこいいじゃないか。
でも、ぼくは、この小さく間抜けな姿に生まれた。情けなくて死にたくなったが、死ぬのも怖い。ぼくは、なんて小さいんだ・・。
ありは、言いました。
羨ましい方ですね。あなたは。
わたしなどは、生きるのに手一杯でそんなことを考えたこともない。
きっと、生きるのに余裕があるのでしょう。
かえるは、ありの言葉を聴いて、ますます恥ずかしくなって、もう、堪らなくなってしまいました。
まるで、ぼくは、このありくんより小さいじゃないか。
このありがいると、どんどん自分がみじめに見える。この、ありを消してしまいたい。そんな、意識がそうさせたのでしょうか。かえるは、咄嗟に舌を伸ばし、ありを食べてしまいました。
それは、一瞬で、気づいたら飲み込んでいたのでした。
かえるは、喉の奥にありがいるのを感じました。すると、無性に気分が悪くなって、げーげー吐きました。
涙が大粒になって出ました。
嗚咽まじりに、おいおい泣きました。
しかし、ありは、もう出てくることは、ありませんでした。
日が暮れ、夜になりました。
かえるは、呆然とし、丘の上に座っていました。
どうやってここに来たかも覚えていません。
のどの奥がじんじん痛みます。
痛むたび、先程のありのことを思い出し、かえるは、また泣くのでした。
幾日か過ぎました。
かえるは、まだ、丘の上に座っていました。
お腹なんて空きません。
だから、かえるは、かなりやつれていました。
ああ、もう生きる気力が湧かない。
かえるは、もう何もかもが嫌になっていました。
誰か強い生き物が現れて、自分をさっさと飲み込んでくれないだろうかと思いました。
かえるは、あれから、一睡もできていませんでした。
しかし、疲れが溜まっていたのでしょう。
かえるは、とうとう、眠りにつきました。
夢を見ました。
夢には、脚の折れたありが出てきました。
先日自分が呑み込んだありでした。
かえるは、慌てました。
そして、謝りました。
ひたすらに頭を下げて、
ごめんなさい。ごめんなさい。
と、繰り返し謝りました。
頭を挙げてください。
それは、ありの声でした。
かえるは、頭を挙げました。
ありは、続けます。
かえるさん、死ぬとは、簡単なものですね。しかし、生きるとは、難しいものですね。
死にたいと思うなら死になさい。それがあなたの天命です。わたしは、次に何に生まれ変わるか知りませんが、どんな姿になったって、一生懸命生きてやりますよ。
かえるさん、あなたは?
そう言うと、ありは、意地悪そうな顔をして、最後ににこりと笑いました。
かえるは、目を覚ましました。
辺りは暗く、夜のようでした。
空は、満天の星空でした。
こんな綺麗な景色を、かえるは、初めて見ました。
かえるは、感動して泣きました。
泣けば泣くほど、力が湧いてくるのを感じました。
かえるは、もう大丈夫な気がしました。
また、この綺麗な景色を、見たいなあと思いました。
遠くで仲間の鳴き声で聞こえます。
そろそろ帰ろうか。
お腹が空いた。
かえるは、丘を下り、田んぼへと帰ります。
ぴょんぴょん跳ねながら、帰ります。
終わり




