悲哀のラスボス戦
「この技を受けてみろ、はああっっ」
「グアァァァ」
私の渾身の必殺技を食らって、ようやく、敵の一人が地面に倒れた。残るは三体。
こちらは、私一人だ。
ただし、もともと一人だったわけではない。この戦闘が始まったときには、私を含めて四人いた。しかし、仲間の三人はこの強敵たちにすでに倒され、私のそばで屍となっている。
敵はいずれも手練れではあるが、とりわけ首領格らしい真ん中のヤツが圧倒的に強い。死んだ三人のうち二人はこの首領一人にやられたのだ。
私にはこれが最後の戦いとなるだろうということは分かっていた。勇者対ボスの戦い、いわゆるラスボス戦である。
もし私がこの戦いに勝てば、再びこの世界に平安が訪れることになるだろう。そして、それがこの地に住む者たちの願いであり、私の責務でもある。
そのために、今、私はこの最後の戦いに勝利しなければならない。
だが、それは、簡単なことではない。
この敵は、今までに私が闘ったことのないくらい強い。すでに、こちらの仲間三人はやられている。そしてもう、助けを呼ぶ余裕も、逃げ出す余裕もない。
(回復呪文を習っておくべきだったか……)
一瞬の後悔が私の胸をよぎる。
以前、仲間に忠告を受けたことがあったのだ。皆を束ねるリーダーである私がどんなときでも生き延びることができるよう、初級でもいいから回復呪文を覚えておけと。
しかし、私はそれを断った。
私は、そのときすでに世界最強と言っていいレベルだった。おまけに、そばには自分を助けてくれる頼もしい仲間がいてくれる。そんな私が、女々しく回復呪文なんぞに頼りたくもない。
そして、事実、私はどんなときも、どんな敵を相手にしても勝ってきた。
今日、この者たちと闘うまでは。
「これでも喰らいやがれ!」
敵の一人が、目をくらませるような光を放ち、その隙に、残りの二人が、激しく燃え盛る火の玉を投げつけ、剣で切りかかってくる。
私は、それを完全にはかわしきれずに、また傷を負った。
(クッ、卑怯な手を……)
これまで致命傷を受けずにはすんでいるが、だんだん体力を削られ目がかすんでくる。このままでは長くは持たない。
「フン、他愛もない。もう限界か? まさか、この程度だったとはな。期待はずれもいいところだ」
敵の首領が話しかけてきた。おそらく、勝てると見越しているのだろう、その表情には余裕が感じられる。
「お前の仲間も死んだ。もう勝ち目はないぞ。いや、もともと我らに勝とうなど、無理な話だったのだがな、ハハハ」
「だまれ、貴様たちのような者どもに私を倒せると思うな。私には、この世界を守るという義務があるのだ。たとえ最後の一人となっても、貴様たちには決して屈しない」
強がってはみたが、すでに立つのも精一杯だ。
「なら、死ぬがいい。最後は派手に散らしてやる。いくぞっ」
首領が特殊な構えを見せた。奴の必殺技だ。これを食らえば一発で終わる。私の仲間もそれでやられたのだ。
(いまだ!)
しかし、私はそれを待っていた。その技は発動まで時間がかかる。私は立っているだけで精一杯だったが、あえて反撃はせず魔法力は残して、奴がその技を出すのを待っていたのだ。
私は両手を前に突き出し手のひらを重ね、すぐさま呪文の詠唱に入った。そして、最後の力を振り絞り、最強の攻撃呪文を撃つ。
「それを待っていたぞ! はあああっっ」
呪文の発動と共に、大木の幹ほどもある巨大なエネルギーの光線が私の手から放たれ、放電を繰り返しながら、首領に襲いかかる。
それを目にして、あわてて首領は構えを解いて受け止めようとする、しかし、それより早く私の呪文がヤツを直撃した。
「ぐはぁっ」
激しい音と光が辺りを覆い尽くす。そして、私の呪文をまともに食らった首領は、もんどり打って地面に倒れた。黒焦げになってブスブスと体中から煙を出している。
(やった……)
今、私は最強の敵を倒したのだ。
首領が死んでいるのを確認し、私は残りの二人を見た。
「……次は、お前たちの番だ」
「よ、よくも……」
「く、くそ」
こいつ等は、首領よりも戦力が格段に落ちる。先ほどの最強呪文を使ったせいで、私ももう弱い呪文しか使えなくなっているが、それでも勝てるはずだ。私は自分が優位に立ったことを確信した。
(これで、また……夢に向かって進んでいける……)
この侵略者たちからこの世界を守ることができたら、ずっとやりたかったことがあった。それがようやくかなうかもしれない。
そのときであった。
残ったやつらの一人が、なにやら呪文を唱えた。そして、手に現れた光の球を、敵である私ではなく、すでに息絶えている首領に投げつけたのだ。目もくらむばかりの閃光がきらめく。
「むっ」
不意を突かれて、私はあわてて手をかざして目をかばう。
そして、光が収まったとき、そこには死んだはずの首領が何事もなかったように立っていたのだ。
「な、何だと……、くっ、蘇生呪文か……」
思わず呆然と立ちすくむ私。
首領は仲間の蘇生呪文で生き返っていた。
同時に、私は、自分の力が希望とともに体から抜けていくような錯覚にとらわれた。もはやこの状態では勝ち目はない。体力も尽き、最強呪文も撃てない。どうやら、自分はここで死ぬ運命だったのだ。
「ハハハ、残念だったな。これで終わりだ、くらえっ」
首領の必殺技が私に襲いかかる。そして、私にはそれをよける体力も気力もなかった。
呪文は狙い違わず、私を直撃する。
その瞬間、私は自分の死を知った。
「ぐふっ」
呪文の威力で体中が引き裂かれ、地面にたたきつけられて、意識が遠のいていく。地面に這いつくばり、私はもう起き上がることすらできない。
(くっ、私の夢もここまでか……)
抑えきれないほどの無念の情が、私の心の中に湧き上がる。
(世界征服まで、あと少しだったというのに……おのれ、邪魔をしおって……)
(私が、こんな虫ケラ同然の人間どもにやられるなど……、皆殺しにしてやるはずだったのに、ウジ虫どもが……)
薄れゆく意識の中、呪詛を吐く私に、首領が近づいてきた。とどめを刺しに来たのだろう。
「さらばだ、魔王」
そして、奴はその手に持っていた剣を私に振り下ろした。
「この魔界で朽ちていくがいい」
暗くなっていく私の視界に最後に映ったもの、それは、私を倒しに魔界まで来た勇者とその仲間たちの姿であった。