07
ポルトペスタに来て、三日目。
「あれ?リリーは?」
『おはよう、エル。リリーは散歩に出かけましたよ』
出かけた?
『昨日の今日で、リリーだって顔を合わせづらいでしょう?』
「…あぁ」
忘れてた。
「リリーから、預かりものです」
エイダが姿を現して俺に金貨を渡し、姿を消す。
「金貨?」
『えぇ、出かけるというので、お金を渡したら、代わりにこれを置いて行ったんです』
「どういう換算だ」
金貨一枚を両替するのに、他の貨幣が一体何枚必要だと思ってる。
金貨一枚=銀貨五十枚=銅貨千枚=蓮貨一万枚だ。
『話しをまとめると、金銭の管理はエルに任せるそうです。もっと詳しく、リリーとのやり取りを再現します?』
「いや、いいよ」
おそらく、聞いても疲れるだけだ。
身支度を整えて、魔力の集中をする。
朝一の空気ではないが、精霊に渡せるぐらいには回復する。
思ったより消費してない。
「で、リリーはどこに行ったんだ?」
『すぐに戻りますよ』
また、変なことに巻き込まれてないよな?
あぁ、もう。
「探しに行ってくる」
『エルは、心配性ね』
「心配してるわけじゃない」
あれ?心配してるのか?
部屋の扉を開く。
「わっ」
「あっ」
転びかけるリリーを抱き留める。
『だから、すぐに戻ります、って言ったでしょう?』
「もう宿に着いてるなら、そう言えよ」
リリーを立たせる。
「あの、」
「なんだ?」
「朝食に。これ」
焼きたてのパンが入った紙袋を、リリーが差出す。
あれ?コーヒーの香りがする?
「いい匂いだな。せっかくだから、外で食おうぜ」
「うん」
良かった。笑ってる。
「…昨日は悪かったな」
「私も、ごめんなさい」
リリーが謝ることなんてないだろうけど。
もしかしたら、魔力を奪ったことを言っているのかもしれない。
「さ、行くか」
ポルトペスタも、もう一泊したら出発しよう。
魔術師ギルドに依頼の報酬を受け取りに行って、ついでにラングリオンへの定期便の情報も確認しておかなければ。
それから、グラン・リューから得た情報。
緑色の髪と、黒い瞳の女性、ディーリシア。消息不明の、一番目の女王の娘。
おそらく、この国で調べられることは、すべて調べ終わっての情報だろうけど…。
失敗って、何を指すんだ?
考えられることは、修行から帰らなかったか、試練に失敗したか。
後者なら、城の中に居るのかもしれない。前者なら?どこかで生きてる?それとも…。
「何考えてるの?エル」
「ん?…明日にでも、ポルトペスタを出発しよう」
「わかった。北の港を目指すんだよね?」
正確には、北東。
「北ってどっちかわかるか?」
「え?ええと、宿があっちで、船に乗った場所があっちだから…、あっちかな?」
リリーが指したのは、北東だ。
「あぁ、だいたいあってるぜ」
リリーはほっと胸をなでおろす。
「良かった」
繁華街を抜けて公園へ。
ポルトペスタの東に流れるメロウ大河を臨む公園は、緑豊かで、多くのオブジェや噴水が並ぶ。
公園の脇でレモネードを二つ買い、ベンチに座ってパンの袋を開く。
「コーヒーのパン?」
「うん。売ってたの。もう一つは、黒胡椒のパン」
そう言って、リリーが袋からパンをもう一つ出す。
どっちも美味そうだな。
「どこに売ってたんだ?」
グラシアルでコーヒーのパンを見たのは初めてだ。
「ええと…」
わからないのか。
でも。
「こんなの探せるなんてすごいよ。リリーは天才だな」
「…からかってるの?」
からかってるつもりなんて全くないんだけど。
それ、口癖なのか?
「向こう岸に行くには、船しかないの?」
「あぁ。これだけでかい河だからな。橋を作っても、船が通れないから不便なんだろう」
今も、目の前を多くの船が行き交っている。
あぁ。良い香りのパンだ。美味しい。
「そっか。…あんなに大きなものが浮いているなんて、不思議だね」
浮力の話しをしようとして、やめる。
リリーが興味のあること。グラン・リューは、リリーは学者になりたいのだと言っていた。
「リリー。女王にならなかったら、何になりたい?」
「んん?」
リリーは甘いメロンパンをほおばっている。
「ほら」
レモネードを渡す。
「ありがとう。…女王にならなかったら、女王を守る魔女部隊に配属されるんだ」
「魔女部隊?…確か、女王直属の少数精鋭、だよな」
二つ名は、龍氷の魔女部隊、だったか。
その活躍があったのは、もう百年以上昔だ。今は、周辺諸国との戦争がないから。
「そう。試練を潜り抜け、女王になる資格を持っていた、強力な魔力を保持した精鋭」
女王にならなかった者の集まりならば、さぞや強いのだろう。
じゃ、なくて。
「だから、修行も試練も放棄して、城に帰らない場合の話をしてるんだよ」
「それは…」
女王の娘にとって。それは、選択不可能なものなのか?
「それは、女王が許さない。誰も、女王には逆らえないんだ」
女王が決めたことだから?
「なんだよ。将来が全部決められてるっていうのか?」
「うん。私は、修行の期間が過ぎれば、帰らなければいけない」
この前、帰らないって言ってたのに。
「それは、魔法を使えるようになって?」
リリーは頷く。
「その努力はしてるのか?」
「…うん」
してないだろう。
「俺と一緒に居て、修行になるのかよ」
「うん」
そこは、即答なんだな。
どういう意味なのか。
考えてることが、さっぱりわからない。
「で?質問には答えないのか」
「なんの?」
「もし、女王にならなかったらって話し」
「だから、それは…」
「夢や希望を持つことを禁止されてるわけじゃないだろ」
女王になるか、魔女部隊に入るか。
選べない未来しかないなんて。
「もし、この呪いが解けるなら」
呪い?
「幸せな家庭を築きたい」
あぁ。それすらも、叶わないのか。
誰かを愛しても、その相手と結ばれることはできない。
そういえば、女王の娘は子供を産めないって、イリスが言ってたな。
それは、未来を選べないようにするため?
女王の娘だから?
女王の命令だから?
そんなこと…。
「ラングリオンに行ったら、一緒に暮らそう」
「え?」
「全く違う環境で暮らすっていうのも、きっと楽しいだろ」
何が女王の娘だ。
だって、リリーは。
リリーは、ごく普通の…。
いや。やめよう。今考えたって仕方ない。
「エル、私…」
「さてと。今日は何して過ごす?」
リリーが、ぽかんと、口を開けて俺を見る。
「…エルって、すごく変」
リリーはそっぽを向く。
「なんだよ、それ」
「何考えてるか、全然わからない」
お前に言われたくない。
「会ってまだ、そんなに経ってないんだぜ。わかるわけないだろ」
「そんな相手と、一緒に暮らせる?」
「暮らせるだろ?俺はそういうのばっかりだ」
「そういうの、ばっかり?」
あ。口が滑った。
「前にも言ったけど、俺は砂漠の出身だ。王都の養成所に通っている間、世話をしてくれた人が居たんだよ」
俺を、王都まで連れてきてくれた人。
連れてきて、面倒をみてくれた人…。
「それに、店を任せてる奴もいるし」
二人とも、元気にしてるかな。
「店?」
「あぁ。俺は王都で薬屋をやってるんだ」
「薬屋?…、錬金術で?」
「そういうこと」
「たぶん、仕事も溜まってるだろうしな」
あぁ、帰るのが面倒になってきた。
また、無理難題押しつけられないよな?
「あの、整理しても良い?」
「ん?」
「エルは、砂漠の出身で、錬金術と魔法を勉強してラングリオンの市民権を得て、王都で薬屋さんをやってる人?」
「あー、一応、王都の魔法部隊に所属してる」
「え?」
「兵役なんだよ。養成所に通った人間の。研究所に所属してれば兵役はないんだけど」
「兵役があるのに、国を離れていいの?」
「出動要請がなければ大丈夫だろ」
大丈夫じゃないし、絶対怒ってるだろうけど。
「エルは自由だね」
「リリーも今は自由だろ?」
「うん、そうだった」
「じゃ、出かけるぞ。行きたいところ決めなかったら、昨日と同じところに行く」
「昨日って…」
リリーが首をかしげる。
「次は何色のドレスにする?」
「そ、それは、もう嫌だ」
リリーが勢いよく首を横に振った。