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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
8/45

07

 ポルトペスタに来て、三日目。

「あれ?リリーは?」

『おはよう、エル。リリーは散歩に出かけましたよ』

 出かけた?

『昨日の今日で、リリーだって顔を合わせづらいでしょう?』

「…あぁ」

 忘れてた。

「リリーから、預かりものです」

 エイダが姿を現して俺に金貨を渡し、姿を消す。

「金貨?」

『えぇ、出かけるというので、お金を渡したら、代わりにこれを置いて行ったんです』

「どういう換算だ」

 金貨一枚を両替するのに、他の貨幣が一体何枚必要だと思ってる。

 金貨一枚=銀貨五十枚=銅貨千枚=蓮貨一万枚だ。

『話しをまとめると、金銭の管理はエルに任せるそうです。もっと詳しく、リリーとのやり取りを再現します?』

「いや、いいよ」

 おそらく、聞いても疲れるだけだ。

 身支度を整えて、魔力の集中をする。

 朝一の空気ではないが、精霊に渡せるぐらいには回復する。

 思ったより消費してない。

「で、リリーはどこに行ったんだ?」

『すぐに戻りますよ』

 また、変なことに巻き込まれてないよな?

 あぁ、もう。

「探しに行ってくる」

『エルは、心配性ね』

「心配してるわけじゃない」

 あれ?心配してるのか?

 部屋の扉を開く。

「わっ」

「あっ」

 転びかけるリリーを抱き留める。

『だから、すぐに戻ります、って言ったでしょう?』

「もう宿に着いてるなら、そう言えよ」

 リリーを立たせる。

「あの、」

「なんだ?」

「朝食に。これ」

 焼きたてのパンが入った紙袋を、リリーが差出す。

 あれ?コーヒーの香りがする?

「いい匂いだな。せっかくだから、外で食おうぜ」

「うん」

 良かった。笑ってる。

「…昨日は悪かったな」

「私も、ごめんなさい」

 リリーが謝ることなんてないだろうけど。

 もしかしたら、魔力を奪ったことを言っているのかもしれない。

「さ、行くか」

 ポルトペスタも、もう一泊したら出発しよう。

 魔術師ギルドに依頼の報酬を受け取りに行って、ついでにラングリオンへの定期便の情報も確認しておかなければ。

 それから、グラン・リューから得た情報。

 緑色の髪と、黒い瞳の女性、ディーリシア。消息不明の、一番目の女王の娘。

 おそらく、この国で調べられることは、すべて調べ終わっての情報だろうけど…。

 失敗って、何を指すんだ?

 考えられることは、修行から帰らなかったか、試練に失敗したか。

 後者なら、城の中に居るのかもしれない。前者なら?どこかで生きてる?それとも…。

「何考えてるの?エル」

「ん?…明日にでも、ポルトペスタを出発しよう」

「わかった。北の港を目指すんだよね?」

 正確には、北東。

「北ってどっちかわかるか?」

「え?ええと、宿があっちで、船に乗った場所があっちだから…、あっちかな?」

 リリーが指したのは、北東だ。

「あぁ、だいたいあってるぜ」

 リリーはほっと胸をなでおろす。

「良かった」

 繁華街を抜けて公園へ。

 ポルトペスタの東に流れるメロウ大河を臨む公園は、緑豊かで、多くのオブジェや噴水が並ぶ。

 公園の脇でレモネードを二つ買い、ベンチに座ってパンの袋を開く。

「コーヒーのパン?」

「うん。売ってたの。もう一つは、黒胡椒のパン」

 そう言って、リリーが袋からパンをもう一つ出す。

 どっちも美味そうだな。

「どこに売ってたんだ?」

 グラシアルでコーヒーのパンを見たのは初めてだ。

「ええと…」

 わからないのか。

 でも。

「こんなの探せるなんてすごいよ。リリーは天才だな」

「…からかってるの?」

 からかってるつもりなんて全くないんだけど。

 それ、口癖なのか?

「向こう岸に行くには、船しかないの?」

「あぁ。これだけでかい河だからな。橋を作っても、船が通れないから不便なんだろう」

 今も、目の前を多くの船が行き交っている。

 あぁ。良い香りのパンだ。美味しい。

「そっか。…あんなに大きなものが浮いているなんて、不思議だね」

 浮力の話しをしようとして、やめる。

 リリーが興味のあること。グラン・リューは、リリーは学者になりたいのだと言っていた。

「リリー。女王にならなかったら、何になりたい?」

「んん?」

 リリーは甘いメロンパンをほおばっている。

「ほら」

 レモネードを渡す。

「ありがとう。…女王にならなかったら、女王を守る魔女部隊に配属されるんだ」

「魔女部隊?…確か、女王直属の少数精鋭、だよな」

 二つ名は、龍氷の魔女部隊、だったか。

 その活躍があったのは、もう百年以上昔だ。今は、周辺諸国との戦争がないから。

「そう。試練を潜り抜け、女王になる資格を持っていた、強力な魔力を保持した精鋭」

 女王にならなかった者の集まりならば、さぞや強いのだろう。

 じゃ、なくて。

「だから、修行も試練も放棄して、城に帰らない場合の話をしてるんだよ」

「それは…」

 女王の娘にとって。それは、選択不可能なものなのか?

「それは、女王が許さない。誰も、女王には逆らえないんだ」

 女王が決めたことだから?

「なんだよ。将来が全部決められてるっていうのか?」

「うん。私は、修行の期間が過ぎれば、帰らなければいけない」

 この前、帰らないって言ってたのに。

「それは、魔法を使えるようになって?」

 リリーは頷く。

「その努力はしてるのか?」

「…うん」

 してないだろう。

「俺と一緒に居て、修行になるのかよ」

「うん」

 そこは、即答なんだな。

 どういう意味なのか。

 考えてることが、さっぱりわからない。

「で?質問には答えないのか」

「なんの?」

「もし、女王にならなかったらって話し」

「だから、それは…」

「夢や希望を持つことを禁止されてるわけじゃないだろ」

 女王になるか、魔女部隊に入るか。

 選べない未来しかないなんて。

「もし、この呪いが解けるなら」

 呪い?

「幸せな家庭を築きたい」

 あぁ。それすらも、叶わないのか。

 誰かを愛しても、その相手と結ばれることはできない。

 そういえば、女王の娘は子供を産めないって、イリスが言ってたな。

 それは、未来を選べないようにするため?

 女王の娘だから?

 女王の命令だから?

 そんなこと…。

「ラングリオンに行ったら、一緒に暮らそう」

「え?」

「全く違う環境で暮らすっていうのも、きっと楽しいだろ」

 何が女王の娘だ。

 だって、リリーは。

 リリーは、ごく普通の…。

 いや。やめよう。今考えたって仕方ない。

「エル、私…」

「さてと。今日は何して過ごす?」

 リリーが、ぽかんと、口を開けて俺を見る。

「…エルって、すごく変」

 リリーはそっぽを向く。

「なんだよ、それ」

「何考えてるか、全然わからない」

 お前に言われたくない。

「会ってまだ、そんなに経ってないんだぜ。わかるわけないだろ」

「そんな相手と、一緒に暮らせる?」

「暮らせるだろ?俺はそういうのばっかりだ」

「そういうの、ばっかり?」

 あ。口が滑った。

「前にも言ったけど、俺は砂漠の出身だ。王都の養成所に通っている間、世話をしてくれた人が居たんだよ」

 俺を、王都まで連れてきてくれた人。

 連れてきて、面倒をみてくれた人…。

「それに、店を任せてる奴もいるし」

 二人とも、元気にしてるかな。

「店?」

「あぁ。俺は王都で薬屋をやってるんだ」

「薬屋?…、錬金術で?」

「そういうこと」

「たぶん、仕事も溜まってるだろうしな」

 あぁ、帰るのが面倒になってきた。

 また、無理難題押しつけられないよな?

「あの、整理しても良い?」

「ん?」

「エルは、砂漠の出身で、錬金術と魔法を勉強してラングリオンの市民権を得て、王都で薬屋さんをやってる人?」

「あー、一応、王都の魔法部隊に所属してる」

「え?」

「兵役なんだよ。養成所に通った人間の。研究所に所属してれば兵役はないんだけど」

「兵役があるのに、国を離れていいの?」

「出動要請がなければ大丈夫だろ」

 大丈夫じゃないし、絶対怒ってるだろうけど。

「エルは自由だね」

「リリーも今は自由だろ?」

「うん、そうだった」

「じゃ、出かけるぞ。行きたいところ決めなかったら、昨日と同じところに行く」

「昨日って…」

 リリーが首をかしげる。

「次は何色のドレスにする?」

「そ、それは、もう嫌だ」

 リリーが勢いよく首を横に振った。



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