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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
6/45

05

 グラシアル最大の商業都市、ポルトペスタ。

 多くの物が行き交い、昼夜を問わず活気に溢れるその都市は、何よりも人の多さに圧倒される。

「すごいな。どこからこんなに人が湧いて来るんだろう?」

「あんまりきょろきょろしてると、変な奴に声かけられるぞ」

「迷子になりそうだ」

「それは困る。ほら、」

 リリーの手をとる。

「離すなよ」

 俺の手を握り返して、リリーは頷く。

 一度はぐれたら、いくらエイダが通信役になってくれたとしても、もう一度会うのに半日は潰しそうだ。

「そういえば、指輪も直さないとな」

 リリーの親指に嵌めた指輪を思い出す。

 魔術師ギルドに頼めば、錬金道具を借りられるだろう。

「いいよ、大丈夫」

「不便じゃないのか?」

「うん」

「そうか」

 本人が言うならいいんだろう。

「そういえば、海じゃないけど、ここでも船に乗れるぜ」

「本当?」

「あぁ。夜の方が綺麗だって話だから、陽が暮れたら行ってみよう」

「うん」

「買い物があるんだけど、先に宿で休むか?」

「付き合う」

「疲れたら言えよ」

「わかった」

 片手でメモを取り出してページをめくる。

「…ドクトル商会で香辛料と羽ペン、ポリーズ茶工房で茶葉、ブリックスでクアシスワインとセロラワイン…」

「ポリーズってあそこ?」

「あぁ、そうだ」

「私もあそこの紅茶は好きだ」

「グラシアルは、紅茶の一大消費国だからな。質も高いものが集まる」

「ラングリオンにはないの?」

「あっちは、コーヒーの方が多い」

「黒茶?」

「こっちではそう呼ばれてるのか?」

 お茶ではないはずなんだけど。お茶は茶葉から抽出、コーヒーは豆から抽出だろ?

「もしくは、豆茶」

「あぁ、そっちの方がイメージに合ってるかな」

「お菓子を焼く時に、たまに使うんだ。グラシアルのレシピ本には、そうやって書かれているよ」

「へぇ。得意なのか?」

「え?…得意ではないけど」

 得意じゃない?まるで、普段からお菓子作りをしてるみたいな言い方だったけど。

「その割には詳しいじゃないか。コーヒーを使った菓子なんてそんなに知らないぜ」

「応用みたいなものだよ。茶葉もそうだけど、風味や苦みを出すのに使える」

 応用できるなら、十分基礎ができてるということじゃないのか?

「得意なんだろ?」

「得意なんかじゃ、」

「何が作れる?」

「ええと…」

 リリーは口ごもる。

「さっき言ってた、コーヒーの菓子は?」

「作れる、けど、」

「作れるんじゃないか。じゃあ、甘さ控えめで頼むな」

 ポリーズ茶工房と書かれた店の前に到着すると、手早く、必要な茶葉のナンバーとグラム数を伝える。

「あんた、どこの商会所属だ?」

「俺は商人じゃないぜ」

「こんな量、どこで売りさばくんだ」

「知り合いに頼まれたんだよ、っと」

 腕に抱えるほどの茶葉を受け取り、代金を払う。

「買い物に付き合わされて大変だな。お嬢ちゃんには、これをやるよ」

 店主は、リリーに紅茶のドロップを渡す。

「ありがとう」

「気を付けてな」

 店から離れてから、荷物を袋にしまう。

「旅人って、みんなこの袋を持っているの?」

「圧縮収納袋?」

「うん」

「そんなに流通してないと思うけどな」

「便利なのに?」

「これは、俺の卒業制作だから」

「卒業制作?」

「あぁ。俺はもともと砂漠の出身なんだ。ラングリオンの市民権を得るために、ラングリオンの王立魔術師養成所に通って、これは卒業時に作ったやつ。…ドクトル商会に寄るぞ」

 ドクトル商会は、この辺りの名産品を売っている。

 グラシアル王都に行くときにも立ち寄って買い物をした場所だ。

 茶葉も取り扱っているが、茶工房で買った方が遥かに安い。

 香辛料の類も割高だが、市場より質の高いものをそろえている。

「いらっしゃい。エルロック、久しぶりだな」

「良く顔を覚えてられるな」

「人の顔を覚えるのが商売だ」

「じゃあ、知り合いのよしみで半額ぐらいにはしてくれるだろ」

「割引はできないが、おまけぐらいならしてやってもいいぜ」

 香辛料をいくつか頼むと、店員は頼んだグラムよりも多めで包む。

「おまけしてもらったお礼に、もう少し買ってやるよ。おすすめはあるか?」

「うちの店のおすすめは、ビロードの鳥から作られた高級羽ペンと、有名ブランドの紅茶器のセットだ」

「じゃあ、羽ペンをもらおう」

「ありがたいね。インクもサービスしておくよ。ついでに、彼女にプレゼントはどうだ?」

「ん…。何か気になるものあるか?」

 すっかり買い物につき合わせてるからな。

「え?えっと…」

 リリーは、並んだ品物を見る。

「眼鏡」

「眼鏡?」

 意外だな。

「女性には、ピンクパールの眼鏡が人気だぜ」

「えっと…、どれがいいのかな」

「何に使うんだ?」

「え?…読書、かな?」

「実用性を求めるなら、シンプルな…、こういうのとか」

 赤縁で、線の細い眼鏡をリリーにかけさせると、店員がリリーに鏡を用意する。

「お似合いですよ」

「ありがとう」

 店員から、まとめた荷物を受け取って代金を払う。

 眼鏡は気に入ったらしい。

「エル、不思議だ」

「何が?」

「眼鏡をかけると、精霊や人の魔力が見えない」

「…不便じゃないのか?」

「全然。これが、エルと同じ景色でしょ?」

 そうか。嫌でも魔力があるかないか見えてしまうから、ある意味不便なのだろう。

「エルの顔も、こっちの方が見やすい」

 眼鏡っていうのは、書物を読む時に文字を見やすくすることで、目を疲れにくくする効果があるものなんだけど。

 リリーが喜んでいるならいいか。

「後は、お酒?」

「疲れてないか?」

「楽しいよ」


 ※


 夜のポルトペスタは、昼間とは一味違った賑わいを見せている。

「ここ、本当に昼間通った場所?」

「露店がみんな閉まってるからな。ほら、茶工房はあそこだぜ」

「本当だ」

 夜は喫茶店になっているらしい。お茶の香りがただよってくる。

「ねぇ、エル、こんなに楽しいことばかりでいいのかな」

「ん?」

「まだ、城を出てそんなに経っていないのに、城に居た時のことが、ずっと昔のことのように感じるんだ。あまりにも、かけ離れていて」

 城での生活がどんなものだったか、俺は知らない。

「もう城が恋しくなったのか?」

 リリーは首を振る。

「恋しくなんてないよ」

 そうだろう。それが、正常な答え。

「なら、帰らなければいいだろ」

「え?」

「帰りたくないなら、帰らなければいい」

 それはつまり、女王に逆らうこと…。

―誰も、女王には逆らえない。

 イリスも、ポールも言っていた言葉。

「そうだね。私は、帰らない気がする」

 女王に逆らったら、どうなるんだ?

「リリー」

「なに?」

「そっちは酒屋方面。船はあっちだ」

「そっか」

 三年経つまで、わからないことなのか。それとも、リリーは知っているのか。

「迷子はごめんだ」

 手を伸ばすと、リリーは俺と手を繋ぐ。

「ありがとう、エル。あ、そうだ。口開けて」

 俺が開いた口に、リリーが紅茶のドロップを放り込む。

「昼間の?」

「うん」

「甘いな」

「甘いかな」

「あぁ。俺には少し甘い」


「着いたぞ」

 真っ暗なメロウ大河の上に、灯りをともした船が浮かんでいる。

 空は星がきれいだし、半分ほどに膨らんだ月が、川に映り込んでいる。

 今日はポアソンの二十四日。

「乗ってみよう」

「沈まない?」

「沈まないよ」

 本当に、初めてなんだな。

「この船、もうすぐ出発するか?」

「あぁ。乗んな」

 十人ぐらいが乗れる船には、すでに五、六人の人が乗っている。

 後ろの方に乗って、リリーに手を差し伸べると、リリーは手を取って、船に乗る。

「わっ」

 揺れに驚いて、リリーが俺の腕を両手で掴む。

「大丈夫だよ」

 リリーと一緒に席に着くと、船が動き出す。

「ようこそ。ポルトペスタの幻想的な夜をお楽しみください」

 船頭がそう言って、船を動かす。

 リリーは相変わらず腕にしがみついたままだ。

「心配するなって。絶対沈まないから」

 こんなんで、大型の船に乗れるのか。

「マーメイドの話し、知らないの?」

「マーメイド?」

「マーメイドは、気に入った相手を見つけると、船を沈めちゃうんだよ」

「あぁ、そういう亜精霊が居るって聞いたことがあるな」

 亜精霊とは、精霊の力に飲まれて、精霊と同化してしまった生き物。

 精霊でも動物でもなくなったもの。

 理性を失うことが多いのが特徴で、寿命は動物の寿命に依存するが、魔力をすべて失っても死ぬ。

 人間も、強すぎる精霊と契約することによって、その姿が変わってしまうことがある。

 強すぎる力を扱えずに亜精霊のようになることもあれば、強すぎる力で自然に反した殺戮を行い、悪魔になることもある。

 自分の力量以上の精霊と契約することのリスクだ。

 マーメイドは、海の精霊に飲まれた人間。

 上半身が人間で下半身が魚の姿をしている。

 理性を失わなかった一部のマーメイドは、一つの種族としてどこかで生きているという。

「恋物語だよ」

「随分荒っぽい話しだな」

 気に入ったら船を沈めるなんて。

「マーメイドは恋した相手を助けるんだ」

「助けてくれるなら、沈んでも怖くないじゃないか」

「助けるのは、恋をした相手だけだよ」

「巻き込まれて死んだ方は大変だな」

 まぁ、そんなのは物語には関係ないだろうけど。

「それで、マーメイドは、助けた相手を陸に連れて行くんだ。魔法で人間の姿に変わったマーメイドは、」

「不可能だ。亜精霊が姿を変えるなんて」

 亜精霊の姿は、精霊と同化した結果だ。

 その死の瞬間まで姿を変えることなんてない。

 剣で真っ二つにされようが、必ずその姿を保つ。

 …もちろん、攻撃された分のダメージは蓄積され、魔力が尽きれば消滅するけれど。

『エル、謝りなよぅ』

「え?」

『今の、エルが悪いわ』

『エル。人の話しは最後まで聞くものだ』

 …怒らせた?

「悪かったよ、リリー。ちゃんと最後まで聞くから、教えて」

「…最後に、泡になって消えるの」

 リリーは、不機嫌そうに、俺と逆の方向を向く。

 途中の話しはどこに行ったんだよ。

『あ~あ。怒らせたー』

『拗ねちゃいましたね』

 エイダが笑う。

 そんなに、怒らせるようなこと言ったかな…。

 ええと、マーメイドが、泡になって消える?

 いや…。

「泡になって消えないよ」

「え?」

 リリーがこちらを見る。

「いいか。聞け。…マーメイドは、自分の呪われた力のせいで、恋をした相手の船を沈めてしまう。恋した相手を救いたいマーメイドは、その相手を救って、岸に上げる」

 ここまでが、リリーの話し。

「助けられた相手は、誰が自分を救ってくれたか知らない。彼は自分を助けてくれたのが誰かを探す内に、それがマーメイドだと知ることになる。そして、マーメイドが船を沈めたことも」

 リリーが眉をひそめる。

 何か言いたそうに口を開きかけて、黙る。

 …悪かったよ。話しを途中で遮って。

「彼はすべてを許し、マーメイドと結ばれる。マーメイドは、彼のキスによって人間の姿になり、幸せに暮らす。…ほら、泡になって消えない」

 納得したような顔をしかけて、リリーは頬を膨らませる。

「元の話しと全然違う」

 あぁ、可愛い。

「恋物語だ」

「今、作ったの?」

「リリーが話してくれないから」

「…ごめんなさい」

「なんでリリーが謝るんだ?」

 怒ってたのは、リリーじゃないか。

「彼のキスで姿が変わるのは、良いの?」

「マーメイドの姿にされたのが呪いのせいって解釈ならありだろ」

「呪い?」

「そう。船を沈めるだけの力を得る代わりに、海から離れられなくなる呪い」

 そうすれば、もともと亜精霊っていう設定ではなくなる。

「呪いっていうのは、代償を必要とする強力な力だ。それに、だいたいの恋物語の構成上、呪いを解くのは必ず“真実の愛の証明”って決まってるだろ」

「なんだか、色々台無しだね」

 リリーはため息をつく。

「なんだよ。せっかく作ったのに」

「元の話し、知ってるの?」

 知ってたら、リリーから聞く必要なんてないだろ。

「詳しい内容は知らないけど、マーメイドの話しが悲恋っていうのは知ってるよ」

「どうして、幸せな結末にしたの?」

「悲恋の代表みたいな話ししかされないんだ。そろそろマーメイドも幸せにならないと、また船を沈めに来るだろ?」

「あ…」

「ほら。もう、マーメイドなんていないんだから、沈まない」

 俺に話しで勝とうなんて、百年早いぜ、リリー。

「キスで解けない呪いだってあるよ」

「それじゃ、恋物語にならないな」

「…負けた。うん。エル、ありがとう。素敵な話しだった」

 ようやく、許してくれる気になったかな。

「落ちついたなら、周りを見てみろよ」

「周り?」

 リリーが周囲を眺める。

 船は大河の中央に漕ぎ出していた。

 暗闇の中で、いくつかの光が煌めく。街の灯りと、他の船の光が水面に反射している。

「星みたい」

「星も出てるよ」

 リリーが空を見上げる。

「わぁ…」

 良かった。連れてきて。

「綺麗…」

 リリーの笑顔だった表情が、ゆっくりと、不安げな表情に変わっていく。

「リリー?」

 俺を掴んでいる手に、力がこもる。

「まだ怖い?」

 リリーは答えない。

 ただ、空を見上げている。

 輝く漆黒の瞳が、空の星を映す。

 宝石のように。

 煌めいていて。

 とても…、

「綺麗だね」

「え?」

 リリーの声に、我に返る。

「空?」

「うん。とても、綺麗で、泣きそうになる」

 泣きそうになるって。

 もう、泣いてるのに。

 リリーの目元に手を当てて、涙を拭う。

「もうすぐ到着だ」

「うん」

 船が元の場所に戻ってくる。

 停止するのを確認すると、リリーを抱き上げる。

「わっ」

 抱えたまま船を降りる。

「あ、あの、」

「昼間に乗れば良かったな」

「どうして?」

「景色が変わらなくて、つまらなかっただろ」

「とっても、綺麗だったよ」

 周りの景色よりも、星よりも。その、輝く黒い瞳を見ていたなんて言えない。

「それに、きっと、一生忘れない。エルの、マーメイドの話し」

「あんなの、適当に作っただけだよ」

「嬉しかった」

 嬉しかった?

「それは良かった」

 それは、予想外の感想だな。

「いつ、降ろしてくれるの?」

「あぁ。忘れてた」

 リリーを抱えたままだって。

 鎧と剣がなければ、本当に軽いから。


 ※


「エルロックさん、手紙が届いているよ」

「手紙?」

 宿に戻ってすぐ、女将から手紙を受け取る。

「誰だ?」

 俺がどこを旅してるかなんて、わかるはずないだろう。グラシアルを旅していれば、必ずポルトペスタには立ち寄るけど…。

 差出人が書いてない。

 その場で封を切って、手紙を読む。

 …船着場、ドクトル商会倉庫裏にて待つ。

「リリー、先に休んでてくれ」

 リリーを追っている連中か?

「用事?」

「あぁ。すぐ戻る。…エイダ、頼んだぞ」

 絶対にリリーを守ってくれ。

『あんまり遅かったら迎えに行きますよ』

 宿を出ると、船着き場まで走る。

『エル、どうした?』

『宣戦布告でぇす』

 精霊では、ユールだけが文字を読める。

『手伝うか?』

「そうだな」

 メラニーを顕現させると、自分の姿を魔法で闇に隠す。

 姿を完全に消せるほど万能ではないが、明るい場所に出ない限り、遠目には見つからないだろう。

「ドクトル商会の倉庫ってどれだ?」

『あの辺一帯、全部そうじゃないか?』

「おいおい、随分アバウトな指示だな」

 何番目の倉庫裏かぐらい書いておいても良いだろ。

『いくつかトラップがある。近づく前に壊しておくとしよう』

 メラニーが、闇の魔法でトラップを強制発動させる。

 発動直後、氷の魔法が辺りを埋め尽くす。

 …殺す気か?

「くそっ、いないぞ!」

「馬鹿な」

「探せ、まだ近くに居るはずだ」

 男が二人、女が一人。最低でも三人いるのか。厄介だな。

 氷の魔法ってことは、女王の指示か?俺を狙ってる?

 うーん。相手をするか。しないか。

 このまま無視して帰っても…。

 いや。何か情報が引き出せるかもしれない。

「メラニー、人数わかるか?」

『少なくとも三人。倉庫の表側にも人間の気配がする』

「見張り役かな。無関係かもしれないし」

『こちらに回ってこられないよう、眠りの魔法でも仕掛けておくか?』

「そうだな。頼む」

 真空の魔法で体を覆う。体の周囲に、炎を包んだ闇の玉をいくつか作り、浮遊させる。

 エイダがすぐ傍に居ないから、炎の魔法に少しタイムラグがあるな。

 精霊が近くに居ないと、その力を引き出すのに時間がかかってしまう。…けれど、これぐらいのタイムラグならなんとかなるだろう。

 ついでに、雪の魔法を込めたのも一つ作っておくかな。

「あいつら、今どの辺に居る?」

『何で仕掛ける?大地の魔法なら、誘導してやれるぞ』

「じゃあ、頼むぜ」

 大地の魔法を集める。

「行くぞ」

『了解』

 メラニーの姿を消して大地の魔法を発動させ、風の魔法で跳躍すると、一人目を風のロープで縛り上げ、炎の魔法をロープ伝いに発動させる。

 誰かから氷の魔法を受けて、浮遊させていた闇の玉が爆発し、魔法をかけてきた相手を炎の魔法で攻撃する。

 いくつかの悲鳴。

 体の周囲に炎の矢を作り、風のロープで縛った相手に向かって放つ。

 火だるまになった男が地面に張り付いた。

 まずは一人目。

 また、闇の玉が爆発する。

 爆発した炎の魔法が進んだ先は放っておき、

「メラニー、もう一人に頼む」

 大地の魔法を放つ。メラニーの誘導で放たれた魔法は地面を崩しながら突き進む。そのライン上に居た魔法使いが跳躍する。

 跳躍した相手に向かって、風のロープを放つが、上手くかわされた。今度は相手の着地地点を見極めて、真空の魔法を放つ。手ごたえはあったが、素早いな。

 また闇の玉から炎が発動する。そっちから先に戦った方が良さそうだ。

 炎を込めた玉は残り三つ。雪を込めたのが一つ。

「どいつがリーダーなんだ?」

 さっきから俺に向かって魔法を発動する相手に向かって真空の魔法を放つ。

 氷の魔法に対して、炎の矢を放って相殺。

 間合いを詰めて、近距離で炎の魔法を放ち、続けて風のロープで縛る。

 ロープで強く締め付け、無抵抗になったところで眠りの魔法を使う。

 風のロープを解くと、どさり、と体が落ちた。

 二人目。残り一人。

 炎の矢を体の周囲に作る。

 生け捕りにできるか?

 俺に向かって氷の刃が降り注ぐ。

 いくつかを炎の矢で相殺したが、防げなかった刃が真空で作った防壁を貫通して体を貫く。

「くっ」

 血が凍るような感覚。

『エル、』

 生け捕りは難しい、か。

 炎を体の周りに張りめぐらせる。もっと、もっとだ。

 俺に向かって放たれた氷の刃を溶かしつくし、なお燃え上がる炎を、一つにまとめる。

 辺りが明るくなるほどの炎の玉が、相手の魔法使いを照らす。

 逃げようとする魔法使いの足に風のロープを絡める。

 転んだ魔法使いめがけて、集めた炎を放とうとした、瞬間。

「エル、待って!」

「リリー」

 リリーの声に振り返る。

 一瞬、目を離した隙に、魔法使いから放たれたらしい攻撃が闇の玉に当たり、魔法が発動する。

 雪の魔法が発動し、吹雪が周囲の視界を消した。

 集めた炎の魔法を、さっき魔法使いが居た方角へ向かって放つ。

 …が。視界が開けて見えたのは、リリーの姿だった。

「何やってる」

「…ごめんなさい」

 あの、炎も無効化したのか?

 信じられない。女王の娘っていうのは無敵じゃないか。

「リリーシア様」

 様?

 女の声。

 リリーが振り返る。

 魔法使いの女は、リリーの前に跪く。

「誰の命令だ」

 見たこともないような威厳を持って、リリーは言葉を紡ぐ。

「独断でございます」

 独断ということは、女王の命令じゃない?

 城の人間には違いなさそうだが。

「では、私から命令だ。二度と、私の前に現れるな」

「どうか、どうかお許しを」

「聞こえなかったか」

 リリーは、持っていた剣を抜く。

「リリーシア様、」

 リリーは大剣を、魔法使いに向かって振り下ろす。

 振り下ろされた剣は、魔法使いのロープの裾を切って、地面に突き刺さる。

「去れ」

「仰せのままに」

 魔法使いは、倒れている二人を回収して消えた。

 リリーは自分の剣を鞘に納め、俺を見る。

「あの…」

「帰るぞ、リリー」

 リリーの腕を掴んで歩く。

「あの、」

「なんで来たんだよ。先に寝てろって言っただろ」

「エイダに聞いたんだ。エルが戦ってるって」

『私は止めましたよ』

「たぶん…、私のせいなんじゃないかと思って」

 あぁ、そうだろうな。

「来る必要なんてなかったのに」

 もう少し早く片付けられたら、何か情報を聞き出せたかもしれない。

 少なくとも、あの魔法使いたちの目的は何か、ぐらい。

 待てよ。

 リリーには逆らえない様子だった。

 どういうことだ?

「惜しかったな」

 もう少し上手くやっていれば、聞き出せたはずだ。

「え?」

「あいつら、また襲ってこないかな」

 あれだけリリーに言われたなら、簡単に来てはくれなさそうだけど。

「あの、それは、どういう意味?」

「ん?」

「だって、エルは私と居るから、危険に…」

「何言ってるんだ?」

「だから、私のせいで、危ない目にあうから、だから、その…」

 リリーは俯く。

 あぁ。気にしてるのか。

「気にするなよ。グラシアルを出たら、あいつらも追ってこられないだろ?」

「そうかもしれないけど…。私、一緒に居て大丈夫?」

「それは、リリーが気にすることじゃないだろ。一緒に居ろっていうのは、俺が言い出したことなんだから」

 リリーは黙る。黙って、倒れた。

「リリー?…リリー!」

『エル、お前のせいだぞ』

「どういう意味だよ、イリス」

『リリーだって、魔力がゼロなわけじゃないんだ。お前が馬鹿みたいに膨らませた炎の魔法をまともにくらって、平気なわけないだろ』

「あ…」

 魔法のダメージは、見た目じゃ計れない。

「なんで、無茶ばっかりするんだよ」

 リリーを起こして、背負う。

「馬鹿」

 リリーだって、魔力がゼロなわけじゃない、か。

 魔法がきかない人間なんていないから、すっかり忘れていた。

 そもそも魔法は、生きている動物や亜精霊にしか攻撃的なダメージは通らない。

 もちろん、大地や風の魔法のように、すでに存在しているものに働きかけて動かす魔法もある。

 それで大地が傷つくかと言われると、そんなことは全くない。景観が悪くなるだけだ。

 もし精霊にダメージを与えようとするならば、顕現している状態の精霊に本人の属性以外の魔法を使うしかない。

 自然そのものである精霊は、同じ属性で傷つくことはないからだ。

 …精霊が戦うなんてまずあり得ないけれど。

 そして、魔法は自然の摂理に逆らわない性質も持っている。

 すなわち、反属性同士の相殺効果―雪や氷といった冷気の力は炎の魔法で溶かせるし、相生関係―木は炎の魔法で燃えるし、相克関係―炎の魔法は水で消える。

 ただ、魔法を放つことでそこまでの効果を出すには、かなりの力が必要だ。

 人間同士の戦いで、そこまでの効果は必要ない。

 なぜなら、相手の魔力に働きかけるからだ。

 人間は必ず魔力を持っている。魔法使いならなおさらだ。

 俺がさっき氷の魔法を直に食らって、血が凍るような感覚を体験したように、相手も俺の魔法で、炎に焼かれるような痛みを感じただろう。

 それは、自分の持つ魔力が反応するからだ。

 こんなの、魔法使いなら初歩の知識じゃないか。

 …リリーだって、魔力がゼロなわけじゃない?

 イリスは、なんだってそんなことを言ったんだ?

 魔力がゼロじゃないから、強い魔法はダメージになる?

 言い換えれば、リリーには魔力がないから、魔法に強い耐性がある?

「おかえり。その子、血相変えて出てったけど、何かあったのかい?」

 宿に戻ると、まだ起きていた女将が出てくる。

「あぁ。大丈夫」

「怪我がなくて何よりだよ。暗いし、女の子ひとりじゃ物騒だからね」

「心配かけてすまなかった。この通り、無事だ」

 リリーには一切、見た目の怪我はない。

「良かったわ。黄昏の魔法使いが、この辺りにも出るって噂だからね」

「キルナでその噂は聞いたな」

「あぁ。あの辺を根城にしてるらしいね。騎士団も早く捕まえてくれたらいいのに」

「そうだな」

「無事で良かったわ。ゆっくり休んで頂戴」

「あぁ」

 階段を上り、部屋へ戻ると、リリーをベッドに横たえる。

「イリス、リリーは大丈夫か?」

『すぐに回復するよ』

「…そうか」

 治癒魔法でも使えたら良かったんだけど。

 魔法の傷は、治癒魔法でしか回復してやれない。

 でも、リリーに効果はないか。

「ん…」

 リリーが、目を開く。

「エル?」

「大丈夫か?」

 リリーは起き上がって、伸びをする。

「うん。初めて魔法を受けたから、驚いた。エルは強い」

 魔力がゼロの状態の人間は、昏睡状態になる。

 だから、そうならない程度の魔力がリリーにはあるのだろう。

 その魔力に、俺の魔法が働きかけたらしい。

「悪かった」

「え?…エルは、悪くないよ。全部、私の責任だ」

「いいや。俺は、リリーの秘密を探ろうとしてるんだぜ」

「私の、秘密?」

「あぁ。あの魔法使いたちから聞き出そうとしたところを、リリーに邪魔されたんだ」

「…どうして、知りたいの?」

 どうして?

「ただの探究心。なんかすっきりしないからな。俺には、どうしてリリーが俺と一緒に旅をしたいかわからない」

 修行のことも、女王の娘の特性のことも。

「それに、答えを持っている相手は目の前に居るんだから、いつでも答え合わせができるしな」

「え?私?」

「そう。俺が解き明かしたことが正解なら、リリーが言わなくても解決だ」

「無理だ、そんなの」

「女王の娘の特徴。一つ、魔法に対する耐性が強い。それは魔力がないから。二つ、魔力が見える。これには精霊が見えることと話せることを含む。三つ、子供が産めない、だっけ?」

 リリーは驚いたように目を見開く。

「なんだよ、イリスが言ってたじゃないか」

「魔力がないことと、魔法に対する耐性が強いことって、同じことなの?」

「そうだよ。魔法っていうのは相手の魔力に働きかけるんだ。魔力がない奴には、魔法はほとんど効かない」

「そうなんだ」

「…そうなんだ、って。自分のことだろ?」

「私も、自分のことを完璧に知っているわけではないから…」

 リリーは俯く。

「なら、俺が解き明かしてやるよ」

「私は、エルに言えないことがたくさんある」

「言いたくなったら言えばいいだろ。俺はラングリオンでは天才と呼ばれた錬金術師だぜ。三年もあれば片付く問題だ」

 とは言ったものの。とっかかりが少ないんだよな…。

「私は…」

「いいよ。言わなくて」

「…ごめんなさい。迷惑ばっかりかけて」

「迷惑じゃないって、最初に言っただろ」

「うん…」

 リリーはゆっくりと瞬きをする。

「一つだけ教える。私の修業の目的は、魔法を使えるようになること。そして、三年以内に帰還して、試練の扉を壊すこと」

「扉を壊す?」

「うん。試練の扉は、イリスの力を引き出した魔法でしか壊せない」

「魔法、使えるのか?」

 リリーは首を横に振る。

「使えるようになる?」

「方法がある。…でも、それは、言えない」

 秘密ってわけか。

 修行の話しはイリスから聞いていたから、あんまり収穫ではないけれど。

 イリスの力を引き出した魔法で破壊出来る、試練の扉。

 ってことは氷の魔法じゃないのか?

 それとも、イリスは特殊な精霊?

 それとも、他の人間が手伝えないようにしているだけ?

 流石に、城に調べに行くなんてできないからな。

 魔法を使えるようになる方法ってなんだ。

 リリーに足りないのは、魔力。

 でも、魔力集中でも魔力は補給できなかった。つまり、魔力を貯蓄できない体なんだろう。

 近くから、寝息が聞こえる。

「リリー」

 今日は泣かずに眠れたか。



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