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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
5/45

03

「おはよう、エル」

「んん?…おはよう、エイダ」

「読み終わったから、返しますね」

「あぁ」

 エイダから本を受け取る。一晩で読み終わったらしい。

「何かわかったか?」

『えぇ。素敵な恋物語だった』

 リリーの話していた通りか。というか、エイダはこういうのが好きなのか?

「トリオット物語、だっけ?マリーに借りてみるか?」

『現代文学は、ちょっと苦手ですね』

 そういえば、精霊って現代文字が読めないんだっけ。

 学習すれば読めるようになるのだろうが、そんなことをする精霊は滅多に居ない。

 ユールみたいに変わったやつぐらいだろう。

「リリー、起きろよ」

 横に居るリリーを、本でたたく。

「うぅ」

 リリーは目をこすりながら起き上がる。

「おはよう。エル」

 さて。魔力集中でもやるか。

 あ。

「リリー。一緒にやってみるか?」

 リリーは首をかしげる。

「魔力を集中する方法」

「うん。やりたい」

「よし。じゃあ、ここに立て」

 リリーをベッドの脇に立たせる。

「目を閉じて」

 言われた通りにリリーは目を閉じる。

 リリーの手を取ると、その上に指で印を書く。

 魔法印。魔力が集まっているかどうかの目印だ。

「世界を創りし神の同胞よ。我は同調する者である。天上と地上を繋ぐ自然の和。すべての元素、命に感謝する」

 魔法印が淡く光る。

「リリー、耳を澄まして、精霊の声を聴くんだ」

 目を閉じる。

 大地を。水を。光と闇を。炎と氷を。熱と冷気を。大気、真空。

 精霊たちと同調する。呼吸を合わせる。

 リリーの呼吸の音も。

「そう、その調子」

 呼吸するたびに魔力が体へ行渡る。

 そして、精霊たちへ…。

「あ…」

 がたっ、と音がしたかと思うと、リリーがその場に膝をつく。

「大丈夫か?」

 膝をついてリリーを支える。

「ごめん…」

 魔法印が、消えた…?

 今集めた魔力は、どこに行ったんだ?

 魔法印が勝手に消えたってことは、リリーは受け取っていない?

「リリー?」

「ありがとう。エルと一緒に居ると、何もかもが新しい、初めてのことばかりだ」

 リリーは顔を上げてほほ笑む。

「でも、魔力の集中をしても、私は魔力を得られないみたい」

 そんなこと、あり得ない。どういうことだ?実際に、魔力は集まっていたのに。

「そうみたいだな」

 それも、女王の娘の特性?

 …なんなんだ、女王の娘って。

「エル、ありがとう。私と一緒に居てくれて」

 リリーが、輝く黒い瞳で俺を見る。

「リリーが言ったんだろ。一緒に旅をしてくれって」

「だって、返事を聞いていない」

 そうだったっけ。

 ずっと、一緒に居るんだと思ってた。

「じゃあ、リリー。三年間、俺と一緒に居てくれ」

「え?」

 今さら、気になることを放っておけない。

「修行の三年間、ずっと」

 リリーは俯く。

「迷惑になるよ」

「迷惑じゃない」

 リリーが顔を上げる。

 答えてくれるまでの時間はすごく長く感じたけれど、実際はそれほど経過していなかっただろう。

 その顔が、微笑んでくれるまで。

「はい。エル、よろしくお願いします」

 リリーが頭を下げる。

「よし。じゃあ、これを預けておく」

 自分の右手の中指から、赤い宝石の付いた指輪を外すと、リリーの右手の指に…。

「魔法に耐性があるって、これもかよ…」

「え?」

「この指輪は、勝手に指に嵌るようにできてるんだけどな」

 魔法のかかった装飾具は、たいてい、サイズが合うように伸縮されるはずなんだけど。

 リリーの指をいくつか試すと、右手の親指にぴったり嵌った。

「なくすなよ」

「え?」

 それから、リボンを取り出して、リリーの指の大きさをすべて計測する。

「もう少し大きい街に行ったら直すから。親指じゃ不便だろ」

「あの、これ、」

「これがあれば、迷子になってもエイダが見つけてくれる」

『それは私の契約の証ですよ』

 エイダが契約の証にくれた赤い宝石を、指輪にしたもの。

「えっ?…そんな、私が持っててもいいの?」

「いいんだよ。この間みたいに雪に閉じ込められたりしたら、探しにくいからな」

『そうですね。毎回、周囲の精霊が助けてくれるとも限りませんから』

 エイダは、リリーのことを随分気に入ってるらしい。

 普通、契約の証を他人に渡したら、怒って契約の破棄をしかねないだろう。

「ありがとう、エル、エイダ」


 ※


 キルナから南下して、バンクスの街へ。

「雨だ」

 リリーの手を引いて、手近な店の軒下に入る。

 雨が降り始めたのが街に到着した後で良かった。

 キルナを朝に出発したのに、到着したのは夕刻。

 途中で雨が降って道が悪くなれば、もう少し時間がかかっていたかもしれない。

「珍しい」

 徐々に勢いの強くなる雨を見上げながら、リリーが言う。

「珍しい?」

「雨なんて、滅多に振らないから」

 滅多に降らない?

「そうか?俺がグラシアルの王都を目指してる間に、結構当たったけどな」

「そうなの?」

「そういえば、王都はずっと晴れてたな」

 女王の力で?

 そういえば、女王は寒冷な土地だったグラシアルを、住みやすい気候に変えたんだっけ。

 その力で天候も操れるのか。

「あ。今日はあそこの宿にするか」

 目を向けた先に、丁度宿が見える。外観も悪くないから、きっと良い宿だろう。

 自分のマントをリリーの頭にかける。

「転ぶなよ」

「ありがとう」

 リリーの歩みに気を遣いながら、宿まで歩く。


 ※


 夕食を終えた後。

 そのままレストランに残って、外を眺める。

 リリーは部屋に戻ったらしい。

「暇だなぁ…」

 雨が降っていても、旅はできるけれど。

 リリーを連れて、道の悪い中を歩く気にはなれない。

 何が起こるかわからないし、雨の中見失ったら…。

「ワインはいかがですか」

 ワインか。

「じゃあ、クアシスワインを」

「かしこまりました」

 ポールも勧めてたのに、飲んでなかったな。

 メイドがワインを持ってきて栓を抜き、グラスに注ぐ。

「一本もらうよ」

「何かお召し上がりになりますか?」

「いや、いらない」

「かしこまりました。では、ごゆっくり」

 メイドがワインのボトルを置いて去る。

 果実の香りが豊潤で、酸味がきつくない。飲みやすいワインだ。ポルトペスタ辺りで買って帰ろう。

『ほどほどにして下さいね』

「そんなに飲まないよ」

 ただの、暇つぶしだ。

 二杯目のワインを注いだところで、目の前に女が座る。

「ご一緒しても良い?」

「あぁ。かまわないよ」

「クアシスワインね。私はこっちの方が好みよ」

 相手が持ってきたのは、違う銘柄のワイン。

「それもグラシアルの?」

「えぇ。クアシスワインとセロラワインは、グラシアルの二大名産ワインよ」

 飲んでいるワインを飲み干して、グラスを傾ける。

 そのグラスに、相手がセロラワインを注ぐ。

 クアシスワインより酸味が強いかな。こちらの方がワインらしい。

「どう?」

「美味いよ」

「お兄さん、グラシアルの人じゃないのね」

「ラングリオンから来たんだ」

「ラングリオン?…ずっと東の国だっけ」

「あぁ」

「王都へ行くの?」

「帰り道だよ。…こっちの、飲むか?」

「えぇ。一杯だけ、もらおうかしら」

 相手の空いたグラスに、クアシスワインを注ぐ。

 それから、自分のにも。

「乾杯」

 相手の差し出したグラスに、グラスを合わせる。

「乾杯」

 セロラワインの後だと、甘く感じる。

「グラシアルではね、クアシスワインは女性を口説く時に使うのよ」

「口説く?…あぁ」

 だからポールがリリーに奢ってやるって言ったのか。

「なぁに?身に覚えがあるの?」

「連れが口説かれそうになってたんだよ」

「あぁ。黒髪の女の子」

「…知ってるのか」

「知ってるも何も。金髪と黒髪のカップルなんて目立つじゃない」

 全然、考えもしなかったな。

 相手の女が笑う。

「気づいてなかったのね。良いの?彼女に内緒で、私と飲んでいて」

「別に、恋人じゃないよ」

「そうなの?兄弟?」

「詮索するなら帰れ」

「あら。秘密の関係なのね」

 恋人でもなく、血のつながりもない相手と、二人きりで旅をすることが、そんなに珍しい?

 …珍しい、よな。あり得ない。護衛の任務でもなんでもないのに。

 グラスにワインを注ぐと、途中で空になる。

 それを見ていたのか、メイドが新しいワインを持ってくる。

「同じワインでよろしいですか?」

「あぁ」

「かしこまりました。…お客様は?」

「私は遠慮しておくわ」

 メイドがクアシスワインの栓を抜いて、空になった瓶を持って帰る。

「お兄さん、飲める口だね」

「ワイン二本ぐらいじゃ酔っぱらわないだろ」

「私は一本で十分気持ち良くなれるな」

「それは、酔っぱらうってことか?」

「ちょうど良いってこと。…それとも、酔わせてくれる?」

「後が面倒だ」

「残念だな。好みなのに」

「…他を当たれ」

「他?この雨で、全然人がいないんだもの」

「酒の相手ぐらいならしてやるよ」

「本当に、雨ってつまらないわ」

「そうだな」

 外を眺める。

 雨はずっと、勢いを衰えさせることなく降り続いている。

「ねぇ、帰り道ってことは、ポルトペスタに向かっているの?」

「あぁ」

「そっか。…最近、あそこも治安が悪いから気を付けてね」

「治安が悪い?」

「黄昏の魔法使い。…ここ最近、ずっと騒ぎになってるのに、全然捕まらないのよ」

「また、その話しか」

「知ってるのね」

「魔法使いが悪さしたら、すぐ話題になる」

「そうね。魔法使いって、あんまり悪いことしないものね」

 魔法使いは、魔術師ギルドで管理されているから。

 そもそも、魔法を使えない人間にとって、魔法使いは恐怖の対象でしかない。

 非日常的な自然現象を突然発現させるのだ。それは、人知を超えた存在。

 精霊を使役することから、自然を破壊するもの、とも言われている。

 そんな魔法使いの地位を貢献させたのが、魔術師ギルド。

 人の為になることをやっている、悪いことはしない、というアピールをすることで、魔法使いに対する偏見を減らしているのだ。

 だから、魔法使いは魔術師ギルドに加入し、その動向を監視される。

 もし悪事を働くようなら、すぐにギルドの人間に討伐されるように。

 魔法使いの討伐は、魔法使いの仕事だ。

「あなたも、魔法使い?」

「違うよ」

「良かった。黄昏の魔法使いって、金髪なんでしょう」

「そこまでは知らないな」

 どうせ、討伐に参加するつもりはない。

「そうなんだ。黄昏の魔法使いは、女性をさらうのよ」

「女性をさらう?」

「だから、女の子を連れているなら気を付けた方がいいわ」

「自分も女なのに?」

「心配してくれるの?大丈夫よ。ここから東に行けば、すぐに私の故郷があるもの」

 故郷、か。

 俺には縁のないものだ。

「あぁ。なくなっちゃったわ」

 瓶に入っていたワインをすべて注ぎきると、グラスの半分にも満たないワインを一息に飲む。

「あなたのもからっぽね。頼んでこようか?」

「あぁ。頼むよ」

「わかったわ。付き合ってくれてありがとう。それじゃあね」

 そう言って、空になったワインの瓶二本とグラスを持って去っていく。

 黄昏の魔法使いは女性をさらう、か。

 そういえば、キルナの村で見かけた女って、宿のメイドだけだった。

 確か、三日前に略奪にあったと言っていたな。

 あの村の女性たちも…?

「どうぞ」

「あぁ」

 メイドがワインの栓を抜く。

「お冷をお持ちしましょうか?」

「酔っているように、見えるか?」

「いえ…」

「そう見えたら、持ってきてくれ」

「かしこまりました」

 メイドが頭を下げて、去っていく。

「暇だなぁ」

 雨は、嫌いなんだ。

『さっきの人と、飲めば良いのにぃ?』

 ユール。

「酔っぱらいの介抱なんてごめんだ」

『エルらしくないねぇ』

 確かに。いつもだったら、酔わせてしまっても良いんだけど…。

「リリーがいるだろ」

『ふふふ。リリーが居るとぉ、ダメなのぉ?』

「何が言いたいんだよ」

『ねぇ、エル。どうして、リリーにあたしたちを紹介したのぉ?』

「見えるのに、隠したってしょうがないだろ」

『あたしは紹介されなくても、平気よぉ?』

「お前だけ紹介しないで、拗ねないのか?」

『拗ねるぅ』

「だろ?」

『でもでも、エルのためならぁ、我慢できるよぅ?だって、あたしの魔法は、誰にもわからないでしょぅ?』

 真空の魔法。

 特殊なこの精霊の魔法は、人の目には絶対に見えないいし、自然現象として、一般に想像のつかない魔法だ。

『ほかの子たちはリリーにもばれちゃうけどぉ、あたしだけは、絶対にリリーにもばれないよぅ?エルだって、わかってるのにぃ。どうしてぇ?』

「お前が洞窟で話しかけてきたんだろ」

『あの時だってぇ、ジオの紹介で十分だったじゃなぁい?』

「だめなのかよ」

『エルらしくないよぅ、って、言ってるのぉ』

 また、俺らしくない、か。

『ねぇ、エル。エルの中で、リリーは、どんな存在なのぉ?』

「どんな、存在?」

『大切な人になったら、まずいよ、ね?』

「まさか。あり得ない」

 あり得ない。

 誰かが、自分の大切な人になるなんて。

 もう。

 もう、あんなのは二度とごめんだから。

「だって、リリーと一緒に居るのは、」

『秘密を探るためぇ?』

「……」

『手の早いエルがぁ、毎日横で寝てる女の子に手を出さないなんてぇ、不思議なんだけどなぁ』

「はぁ?」

『違うのぉ?』

「手の早いって、なんだよ」

『あれぇ?さっきの人だってぇ、いつもだったらぁ、誘いに乗っちゃうくせにぃ?』

「うるさいな」

 あぁ。また、ワインが空になった。

 カウンターに瓶を持っていく。

「あ、ただいま、お持ちしますね」

 メイドがあわてて用意したワインを手に取る。

「どうも」

「あの、栓は、」

 真空の魔法でコルクを吹き飛ばし、飛んだコルクを手に取ってメイドに渡す。

『ふふふ。エル、魔法使いってぇ、内緒じゃなかったのぉ?』

 窓際のテーブルに戻って、ワインをグラスに注ぐ。

「お前が、変なこと言うから」

『えぇ?あたし、間違ったこと、言ったぁ?…エルが、落ち込むような真実をぉ、教えてあげただけだよぅ?』

 なんて、性質の悪いやつ。

『で?どおして、リリーには何もしないのぉ?』

「別に、何も求められてない」

『あぁ。そうだねぇ。リリーがエルに求めたのって、一緒に旅してほしい、ってことだけだもんねぇ』

「……」

『それを、わざわざ三年間に引き伸ばして。エイダの指輪まで渡しちゃってさぁ。エル、一体、何考えてるのぉ?』

「何が言いたいんだよ」

『忠告ぅ』

 忠告?

『あなたは、大きな力を得る代わりに大切なものを失う運命』

―あなたは周りを不幸にする人間。

―いつか、悪魔に列せられる魂。

 王都の占い師が語った言葉。

『ねぇ、エル。あたしはぁ、エルの悲しい顔、見たくないよぅ』

 わかってるよ。

 だから、もう。大切なものなんて作らない。

『大好きよ、エル。だから、もうあんなことしないでね』

「わかってる」

 わかってるよ。

 大切なものができたら、それがどうなるか。

 …なんで、リリーと一緒に居るんだろう。

 三年間一緒に居るようにって、エイダの指輪を渡してまで縛って。

 精霊が見えるから、精霊の声が聞こえるから、興味を持っただけだったのに。

 深入りしてる。

 女王の娘の秘密を解き明かしたいと。

 解き明かして、どうするんだ?

 知って、どうするんだ?

「エル?」

「…リリー」

 まだ、眠ってなかったのか。一人じゃ眠れないから来たのかな。

「飲むか?」

「うん。グラス、もらってくる」

 カウンターに行って、戻ってきたリリーの腕をつかむ。

「こっち」

「え?」

 腕を引いて、隣に座らせる。

「エル、大丈夫?」

「ん?何が?」

 リリーのグラスにワインを注ぐ。

 リリーはワインの香りをかいで、ワインに舌を付ける。

「酒は苦手か?」

「あまり飲んだことがない」

 飲んだことがあるのは、ロマーノだっけ。

 どれぐらい、飲めるんだろう。

「今日は酔っぱらってもいいよ。どうせ、雨が止まないと出発できないんだから」

「止まなかったら?」

 また、ユールとこんな話をするのは…。

「困るな」

「…エルはお酒に弱いの?」

「ん?」

 酔っぱらってるように見えるのか?

「人並みには飲むよ」

「これ、何本目?」

「何本目、だったかな」

『四本目だよぅ』

「四本目?」

「あぁ、そうだっけ」

 覚えてないな。何本目かなんて。

「暇だなぁ」

 どうせ、暇つぶしに飲んでいただけだから。

 嫌な雨が降ってるし。

「エルは、どうしてグラシアルに来たの?」

「ん?」

「ラングリオンからは、すごく遠い」

「目的か」

 そういえば、エイダの記憶探しが当初の目的だったっけ。

「行ったことが、なかったからかな」

「行ったことがなかったから?」

「あぁ。どこかに行く理由なんて、そんなもんだろ」

 だって。一つの場所にとどまってられないんだから仕方ない。

「そうかな」

 エイダは、リリーに会うことが目的だって言ってたっけ?

「リリーは、なんで俺についてくるんだ?」

「それは…」

 どうせ、言わないのだろう。

「俺が、人さらいだったらどうするんだ」

「人さらい?」

「そう。騙して、どこか遠くへ連れて行って…、」

 あ。リリーは、俺がリリーの秘密を探りたいなんて、知らないんだっけ。

「って。状況は今と変わらないな」

 リリーは首をかしげている。

 本当に、無防備。

「リリーは可愛いな」

「え?」

 リリーがうつむく。

「エルは、変だよ」

「変?」

「…ばか」

 なんだ、それ。

「もう、酔っぱらった?」

「酔っぱらってないよ」

 十分、顔が赤くなってるのに?

 いつの間にか空になっているリリーのグラスに、ワインを注ぐ。

「顔が赤い」

「それは、エルのせいだよ」

「俺のせい?」

「エルは、自覚ないんだよね、きっと」

 自覚がない。言われなれた言葉だ。

「傷ついた?」

「え?」

「自覚ない、の後に、たいてい、傷ついたって言われるから」

 どうしてか知らないけれど。

 ちゃんと、求められたことに対して、応えただけなのに。

「誰かを傷つけようなんて、思ってないのに」

 必要とされる言葉がわかるから、必要とされる言葉を言い、求められるから、求めに応じるだけなのに。

「たぶん…、エルは、みんな一緒だから」

「みんな一緒?」

「大切にしている人も、どうでも良い人も。きっと、エルにとっては同じ括りなんだと思う」

「同じ括り、か」

 そもそも、大切にしてる人なんていないから、すべて同じなんだろうけど。

 リリーが、空になったグラスにワインを注いでくれる。

「エルは私を助けてくれて、一緒に居てくれる。でもそれは、きっと、私が私じゃなくても、してくれることだよね?」

 何の話しだ?

「リリーはリリーだよ。それ以外の、何者でもない」

 そもそも、リリーが俺に助けを求めたのは、俺の力が見えたからだ。

 そうじゃなければ、俺に声なんてかけなかっただろう。

「たとえの話しだよ」

 たとえって。

 リリーがあの時、俺に声をかけなかったら…。

「だから、リリーがリリーじゃなかったら、出会わなかったし、こうして一緒にもいない」

「え?」

 女王の娘の話しがなければ、きっと。

 連れて歩くなんてことしなかった。

「リリーじゃなきゃ、三年間も一緒に居たいと思わなかったよ」

 だって。

 そうじゃなくたって、ほっとけるわけがない。

 方向音痴で、すぐにふらふらいなくなって。

 世間知らずで。

 すぐ泣いて。

 無防備で。

 いつも、まっすぐ、輝く黒い瞳で俺を見る。

 そう、これ。

 色は深い闇の色なのに。

 まっすぐ、揺るぎなくきらきらと輝く黒い瞳。

「あ」

 額がぶつかって、現実に戻る。

 リリーから離れて、ワインを口に入れる。

 やばい。

 キスしそうだった。

 飲み干したワインのグラスを、リリーに傾ける。

「もうからっぽだよ」

 リリーが瓶を傾けるが、もうワインは出てこない。

「飲まないんだろ?」

 二杯目を入れてから、一切手のついていないリリーのグラスを取って、飲む。

「少し、飲み過ぎたな。…そろそろ寝よう」

 ワインを飲み干して、部屋に戻ると、そのままベッドに入る。

 リリーが近くに居るのがわかる。

「もう、寝たの…?」

 起きたら、また一緒に寝てるのかな。



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