03
「おはよう、エル」
「んん?…おはよう、エイダ」
「読み終わったから、返しますね」
「あぁ」
エイダから本を受け取る。一晩で読み終わったらしい。
「何かわかったか?」
『えぇ。素敵な恋物語だった』
リリーの話していた通りか。というか、エイダはこういうのが好きなのか?
「トリオット物語、だっけ?マリーに借りてみるか?」
『現代文学は、ちょっと苦手ですね』
そういえば、精霊って現代文字が読めないんだっけ。
学習すれば読めるようになるのだろうが、そんなことをする精霊は滅多に居ない。
ユールみたいに変わったやつぐらいだろう。
「リリー、起きろよ」
横に居るリリーを、本でたたく。
「うぅ」
リリーは目をこすりながら起き上がる。
「おはよう。エル」
さて。魔力集中でもやるか。
あ。
「リリー。一緒にやってみるか?」
リリーは首をかしげる。
「魔力を集中する方法」
「うん。やりたい」
「よし。じゃあ、ここに立て」
リリーをベッドの脇に立たせる。
「目を閉じて」
言われた通りにリリーは目を閉じる。
リリーの手を取ると、その上に指で印を書く。
魔法印。魔力が集まっているかどうかの目印だ。
「世界を創りし神の同胞よ。我は同調する者である。天上と地上を繋ぐ自然の和。すべての元素、命に感謝する」
魔法印が淡く光る。
「リリー、耳を澄まして、精霊の声を聴くんだ」
目を閉じる。
大地を。水を。光と闇を。炎と氷を。熱と冷気を。大気、真空。
精霊たちと同調する。呼吸を合わせる。
リリーの呼吸の音も。
「そう、その調子」
呼吸するたびに魔力が体へ行渡る。
そして、精霊たちへ…。
「あ…」
がたっ、と音がしたかと思うと、リリーがその場に膝をつく。
「大丈夫か?」
膝をついてリリーを支える。
「ごめん…」
魔法印が、消えた…?
今集めた魔力は、どこに行ったんだ?
魔法印が勝手に消えたってことは、リリーは受け取っていない?
「リリー?」
「ありがとう。エルと一緒に居ると、何もかもが新しい、初めてのことばかりだ」
リリーは顔を上げてほほ笑む。
「でも、魔力の集中をしても、私は魔力を得られないみたい」
そんなこと、あり得ない。どういうことだ?実際に、魔力は集まっていたのに。
「そうみたいだな」
それも、女王の娘の特性?
…なんなんだ、女王の娘って。
「エル、ありがとう。私と一緒に居てくれて」
リリーが、輝く黒い瞳で俺を見る。
「リリーが言ったんだろ。一緒に旅をしてくれって」
「だって、返事を聞いていない」
そうだったっけ。
ずっと、一緒に居るんだと思ってた。
「じゃあ、リリー。三年間、俺と一緒に居てくれ」
「え?」
今さら、気になることを放っておけない。
「修行の三年間、ずっと」
リリーは俯く。
「迷惑になるよ」
「迷惑じゃない」
リリーが顔を上げる。
答えてくれるまでの時間はすごく長く感じたけれど、実際はそれほど経過していなかっただろう。
その顔が、微笑んでくれるまで。
「はい。エル、よろしくお願いします」
リリーが頭を下げる。
「よし。じゃあ、これを預けておく」
自分の右手の中指から、赤い宝石の付いた指輪を外すと、リリーの右手の指に…。
「魔法に耐性があるって、これもかよ…」
「え?」
「この指輪は、勝手に指に嵌るようにできてるんだけどな」
魔法のかかった装飾具は、たいてい、サイズが合うように伸縮されるはずなんだけど。
リリーの指をいくつか試すと、右手の親指にぴったり嵌った。
「なくすなよ」
「え?」
それから、リボンを取り出して、リリーの指の大きさをすべて計測する。
「もう少し大きい街に行ったら直すから。親指じゃ不便だろ」
「あの、これ、」
「これがあれば、迷子になってもエイダが見つけてくれる」
『それは私の契約の証ですよ』
エイダが契約の証にくれた赤い宝石を、指輪にしたもの。
「えっ?…そんな、私が持っててもいいの?」
「いいんだよ。この間みたいに雪に閉じ込められたりしたら、探しにくいからな」
『そうですね。毎回、周囲の精霊が助けてくれるとも限りませんから』
エイダは、リリーのことを随分気に入ってるらしい。
普通、契約の証を他人に渡したら、怒って契約の破棄をしかねないだろう。
「ありがとう、エル、エイダ」
※
キルナから南下して、バンクスの街へ。
「雨だ」
リリーの手を引いて、手近な店の軒下に入る。
雨が降り始めたのが街に到着した後で良かった。
キルナを朝に出発したのに、到着したのは夕刻。
途中で雨が降って道が悪くなれば、もう少し時間がかかっていたかもしれない。
「珍しい」
徐々に勢いの強くなる雨を見上げながら、リリーが言う。
「珍しい?」
「雨なんて、滅多に振らないから」
滅多に降らない?
「そうか?俺がグラシアルの王都を目指してる間に、結構当たったけどな」
「そうなの?」
「そういえば、王都はずっと晴れてたな」
女王の力で?
そういえば、女王は寒冷な土地だったグラシアルを、住みやすい気候に変えたんだっけ。
その力で天候も操れるのか。
「あ。今日はあそこの宿にするか」
目を向けた先に、丁度宿が見える。外観も悪くないから、きっと良い宿だろう。
自分のマントをリリーの頭にかける。
「転ぶなよ」
「ありがとう」
リリーの歩みに気を遣いながら、宿まで歩く。
※
夕食を終えた後。
そのままレストランに残って、外を眺める。
リリーは部屋に戻ったらしい。
「暇だなぁ…」
雨が降っていても、旅はできるけれど。
リリーを連れて、道の悪い中を歩く気にはなれない。
何が起こるかわからないし、雨の中見失ったら…。
「ワインはいかがですか」
ワインか。
「じゃあ、クアシスワインを」
「かしこまりました」
ポールも勧めてたのに、飲んでなかったな。
メイドがワインを持ってきて栓を抜き、グラスに注ぐ。
「一本もらうよ」
「何かお召し上がりになりますか?」
「いや、いらない」
「かしこまりました。では、ごゆっくり」
メイドがワインのボトルを置いて去る。
果実の香りが豊潤で、酸味がきつくない。飲みやすいワインだ。ポルトペスタ辺りで買って帰ろう。
『ほどほどにして下さいね』
「そんなに飲まないよ」
ただの、暇つぶしだ。
二杯目のワインを注いだところで、目の前に女が座る。
「ご一緒しても良い?」
「あぁ。かまわないよ」
「クアシスワインね。私はこっちの方が好みよ」
相手が持ってきたのは、違う銘柄のワイン。
「それもグラシアルの?」
「えぇ。クアシスワインとセロラワインは、グラシアルの二大名産ワインよ」
飲んでいるワインを飲み干して、グラスを傾ける。
そのグラスに、相手がセロラワインを注ぐ。
クアシスワインより酸味が強いかな。こちらの方がワインらしい。
「どう?」
「美味いよ」
「お兄さん、グラシアルの人じゃないのね」
「ラングリオンから来たんだ」
「ラングリオン?…ずっと東の国だっけ」
「あぁ」
「王都へ行くの?」
「帰り道だよ。…こっちの、飲むか?」
「えぇ。一杯だけ、もらおうかしら」
相手の空いたグラスに、クアシスワインを注ぐ。
それから、自分のにも。
「乾杯」
相手の差し出したグラスに、グラスを合わせる。
「乾杯」
セロラワインの後だと、甘く感じる。
「グラシアルではね、クアシスワインは女性を口説く時に使うのよ」
「口説く?…あぁ」
だからポールがリリーに奢ってやるって言ったのか。
「なぁに?身に覚えがあるの?」
「連れが口説かれそうになってたんだよ」
「あぁ。黒髪の女の子」
「…知ってるのか」
「知ってるも何も。金髪と黒髪のカップルなんて目立つじゃない」
全然、考えもしなかったな。
相手の女が笑う。
「気づいてなかったのね。良いの?彼女に内緒で、私と飲んでいて」
「別に、恋人じゃないよ」
「そうなの?兄弟?」
「詮索するなら帰れ」
「あら。秘密の関係なのね」
恋人でもなく、血のつながりもない相手と、二人きりで旅をすることが、そんなに珍しい?
…珍しい、よな。あり得ない。護衛の任務でもなんでもないのに。
グラスにワインを注ぐと、途中で空になる。
それを見ていたのか、メイドが新しいワインを持ってくる。
「同じワインでよろしいですか?」
「あぁ」
「かしこまりました。…お客様は?」
「私は遠慮しておくわ」
メイドがクアシスワインの栓を抜いて、空になった瓶を持って帰る。
「お兄さん、飲める口だね」
「ワイン二本ぐらいじゃ酔っぱらわないだろ」
「私は一本で十分気持ち良くなれるな」
「それは、酔っぱらうってことか?」
「ちょうど良いってこと。…それとも、酔わせてくれる?」
「後が面倒だ」
「残念だな。好みなのに」
「…他を当たれ」
「他?この雨で、全然人がいないんだもの」
「酒の相手ぐらいならしてやるよ」
「本当に、雨ってつまらないわ」
「そうだな」
外を眺める。
雨はずっと、勢いを衰えさせることなく降り続いている。
「ねぇ、帰り道ってことは、ポルトペスタに向かっているの?」
「あぁ」
「そっか。…最近、あそこも治安が悪いから気を付けてね」
「治安が悪い?」
「黄昏の魔法使い。…ここ最近、ずっと騒ぎになってるのに、全然捕まらないのよ」
「また、その話しか」
「知ってるのね」
「魔法使いが悪さしたら、すぐ話題になる」
「そうね。魔法使いって、あんまり悪いことしないものね」
魔法使いは、魔術師ギルドで管理されているから。
そもそも、魔法を使えない人間にとって、魔法使いは恐怖の対象でしかない。
非日常的な自然現象を突然発現させるのだ。それは、人知を超えた存在。
精霊を使役することから、自然を破壊するもの、とも言われている。
そんな魔法使いの地位を貢献させたのが、魔術師ギルド。
人の為になることをやっている、悪いことはしない、というアピールをすることで、魔法使いに対する偏見を減らしているのだ。
だから、魔法使いは魔術師ギルドに加入し、その動向を監視される。
もし悪事を働くようなら、すぐにギルドの人間に討伐されるように。
魔法使いの討伐は、魔法使いの仕事だ。
「あなたも、魔法使い?」
「違うよ」
「良かった。黄昏の魔法使いって、金髪なんでしょう」
「そこまでは知らないな」
どうせ、討伐に参加するつもりはない。
「そうなんだ。黄昏の魔法使いは、女性をさらうのよ」
「女性をさらう?」
「だから、女の子を連れているなら気を付けた方がいいわ」
「自分も女なのに?」
「心配してくれるの?大丈夫よ。ここから東に行けば、すぐに私の故郷があるもの」
故郷、か。
俺には縁のないものだ。
「あぁ。なくなっちゃったわ」
瓶に入っていたワインをすべて注ぎきると、グラスの半分にも満たないワインを一息に飲む。
「あなたのもからっぽね。頼んでこようか?」
「あぁ。頼むよ」
「わかったわ。付き合ってくれてありがとう。それじゃあね」
そう言って、空になったワインの瓶二本とグラスを持って去っていく。
黄昏の魔法使いは女性をさらう、か。
そういえば、キルナの村で見かけた女って、宿のメイドだけだった。
確か、三日前に略奪にあったと言っていたな。
あの村の女性たちも…?
「どうぞ」
「あぁ」
メイドがワインの栓を抜く。
「お冷をお持ちしましょうか?」
「酔っているように、見えるか?」
「いえ…」
「そう見えたら、持ってきてくれ」
「かしこまりました」
メイドが頭を下げて、去っていく。
「暇だなぁ」
雨は、嫌いなんだ。
『さっきの人と、飲めば良いのにぃ?』
ユール。
「酔っぱらいの介抱なんてごめんだ」
『エルらしくないねぇ』
確かに。いつもだったら、酔わせてしまっても良いんだけど…。
「リリーがいるだろ」
『ふふふ。リリーが居るとぉ、ダメなのぉ?』
「何が言いたいんだよ」
『ねぇ、エル。どうして、リリーにあたしたちを紹介したのぉ?』
「見えるのに、隠したってしょうがないだろ」
『あたしは紹介されなくても、平気よぉ?』
「お前だけ紹介しないで、拗ねないのか?」
『拗ねるぅ』
「だろ?」
『でもでも、エルのためならぁ、我慢できるよぅ?だって、あたしの魔法は、誰にもわからないでしょぅ?』
真空の魔法。
特殊なこの精霊の魔法は、人の目には絶対に見えないいし、自然現象として、一般に想像のつかない魔法だ。
『ほかの子たちはリリーにもばれちゃうけどぉ、あたしだけは、絶対にリリーにもばれないよぅ?エルだって、わかってるのにぃ。どうしてぇ?』
「お前が洞窟で話しかけてきたんだろ」
『あの時だってぇ、ジオの紹介で十分だったじゃなぁい?』
「だめなのかよ」
『エルらしくないよぅ、って、言ってるのぉ』
また、俺らしくない、か。
『ねぇ、エル。エルの中で、リリーは、どんな存在なのぉ?』
「どんな、存在?」
『大切な人になったら、まずいよ、ね?』
「まさか。あり得ない」
あり得ない。
誰かが、自分の大切な人になるなんて。
もう。
もう、あんなのは二度とごめんだから。
「だって、リリーと一緒に居るのは、」
『秘密を探るためぇ?』
「……」
『手の早いエルがぁ、毎日横で寝てる女の子に手を出さないなんてぇ、不思議なんだけどなぁ』
「はぁ?」
『違うのぉ?』
「手の早いって、なんだよ」
『あれぇ?さっきの人だってぇ、いつもだったらぁ、誘いに乗っちゃうくせにぃ?』
「うるさいな」
あぁ。また、ワインが空になった。
カウンターに瓶を持っていく。
「あ、ただいま、お持ちしますね」
メイドがあわてて用意したワインを手に取る。
「どうも」
「あの、栓は、」
真空の魔法でコルクを吹き飛ばし、飛んだコルクを手に取ってメイドに渡す。
『ふふふ。エル、魔法使いってぇ、内緒じゃなかったのぉ?』
窓際のテーブルに戻って、ワインをグラスに注ぐ。
「お前が、変なこと言うから」
『えぇ?あたし、間違ったこと、言ったぁ?…エルが、落ち込むような真実をぉ、教えてあげただけだよぅ?』
なんて、性質の悪いやつ。
『で?どおして、リリーには何もしないのぉ?』
「別に、何も求められてない」
『あぁ。そうだねぇ。リリーがエルに求めたのって、一緒に旅してほしい、ってことだけだもんねぇ』
「……」
『それを、わざわざ三年間に引き伸ばして。エイダの指輪まで渡しちゃってさぁ。エル、一体、何考えてるのぉ?』
「何が言いたいんだよ」
『忠告ぅ』
忠告?
『あなたは、大きな力を得る代わりに大切なものを失う運命』
―あなたは周りを不幸にする人間。
―いつか、悪魔に列せられる魂。
王都の占い師が語った言葉。
『ねぇ、エル。あたしはぁ、エルの悲しい顔、見たくないよぅ』
わかってるよ。
だから、もう。大切なものなんて作らない。
『大好きよ、エル。だから、もうあんなことしないでね』
「わかってる」
わかってるよ。
大切なものができたら、それがどうなるか。
…なんで、リリーと一緒に居るんだろう。
三年間一緒に居るようにって、エイダの指輪を渡してまで縛って。
精霊が見えるから、精霊の声が聞こえるから、興味を持っただけだったのに。
深入りしてる。
女王の娘の秘密を解き明かしたいと。
解き明かして、どうするんだ?
知って、どうするんだ?
「エル?」
「…リリー」
まだ、眠ってなかったのか。一人じゃ眠れないから来たのかな。
「飲むか?」
「うん。グラス、もらってくる」
カウンターに行って、戻ってきたリリーの腕をつかむ。
「こっち」
「え?」
腕を引いて、隣に座らせる。
「エル、大丈夫?」
「ん?何が?」
リリーのグラスにワインを注ぐ。
リリーはワインの香りをかいで、ワインに舌を付ける。
「酒は苦手か?」
「あまり飲んだことがない」
飲んだことがあるのは、ロマーノだっけ。
どれぐらい、飲めるんだろう。
「今日は酔っぱらってもいいよ。どうせ、雨が止まないと出発できないんだから」
「止まなかったら?」
また、ユールとこんな話をするのは…。
「困るな」
「…エルはお酒に弱いの?」
「ん?」
酔っぱらってるように見えるのか?
「人並みには飲むよ」
「これ、何本目?」
「何本目、だったかな」
『四本目だよぅ』
「四本目?」
「あぁ、そうだっけ」
覚えてないな。何本目かなんて。
「暇だなぁ」
どうせ、暇つぶしに飲んでいただけだから。
嫌な雨が降ってるし。
「エルは、どうしてグラシアルに来たの?」
「ん?」
「ラングリオンからは、すごく遠い」
「目的か」
そういえば、エイダの記憶探しが当初の目的だったっけ。
「行ったことが、なかったからかな」
「行ったことがなかったから?」
「あぁ。どこかに行く理由なんて、そんなもんだろ」
だって。一つの場所にとどまってられないんだから仕方ない。
「そうかな」
エイダは、リリーに会うことが目的だって言ってたっけ?
「リリーは、なんで俺についてくるんだ?」
「それは…」
どうせ、言わないのだろう。
「俺が、人さらいだったらどうするんだ」
「人さらい?」
「そう。騙して、どこか遠くへ連れて行って…、」
あ。リリーは、俺がリリーの秘密を探りたいなんて、知らないんだっけ。
「って。状況は今と変わらないな」
リリーは首をかしげている。
本当に、無防備。
「リリーは可愛いな」
「え?」
リリーがうつむく。
「エルは、変だよ」
「変?」
「…ばか」
なんだ、それ。
「もう、酔っぱらった?」
「酔っぱらってないよ」
十分、顔が赤くなってるのに?
いつの間にか空になっているリリーのグラスに、ワインを注ぐ。
「顔が赤い」
「それは、エルのせいだよ」
「俺のせい?」
「エルは、自覚ないんだよね、きっと」
自覚がない。言われなれた言葉だ。
「傷ついた?」
「え?」
「自覚ない、の後に、たいてい、傷ついたって言われるから」
どうしてか知らないけれど。
ちゃんと、求められたことに対して、応えただけなのに。
「誰かを傷つけようなんて、思ってないのに」
必要とされる言葉がわかるから、必要とされる言葉を言い、求められるから、求めに応じるだけなのに。
「たぶん…、エルは、みんな一緒だから」
「みんな一緒?」
「大切にしている人も、どうでも良い人も。きっと、エルにとっては同じ括りなんだと思う」
「同じ括り、か」
そもそも、大切にしてる人なんていないから、すべて同じなんだろうけど。
リリーが、空になったグラスにワインを注いでくれる。
「エルは私を助けてくれて、一緒に居てくれる。でもそれは、きっと、私が私じゃなくても、してくれることだよね?」
何の話しだ?
「リリーはリリーだよ。それ以外の、何者でもない」
そもそも、リリーが俺に助けを求めたのは、俺の力が見えたからだ。
そうじゃなければ、俺に声なんてかけなかっただろう。
「たとえの話しだよ」
たとえって。
リリーがあの時、俺に声をかけなかったら…。
「だから、リリーがリリーじゃなかったら、出会わなかったし、こうして一緒にもいない」
「え?」
女王の娘の話しがなければ、きっと。
連れて歩くなんてことしなかった。
「リリーじゃなきゃ、三年間も一緒に居たいと思わなかったよ」
だって。
そうじゃなくたって、ほっとけるわけがない。
方向音痴で、すぐにふらふらいなくなって。
世間知らずで。
すぐ泣いて。
無防備で。
いつも、まっすぐ、輝く黒い瞳で俺を見る。
そう、これ。
色は深い闇の色なのに。
まっすぐ、揺るぎなくきらきらと輝く黒い瞳。
「あ」
額がぶつかって、現実に戻る。
リリーから離れて、ワインを口に入れる。
やばい。
キスしそうだった。
飲み干したワインのグラスを、リリーに傾ける。
「もうからっぽだよ」
リリーが瓶を傾けるが、もうワインは出てこない。
「飲まないんだろ?」
二杯目を入れてから、一切手のついていないリリーのグラスを取って、飲む。
「少し、飲み過ぎたな。…そろそろ寝よう」
ワインを飲み干して、部屋に戻ると、そのままベッドに入る。
リリーが近くに居るのがわかる。
「もう、寝たの…?」
起きたら、また一緒に寝てるのかな。