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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.暁を呼ぶ騎士
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151

 リヨンの十六日。

「慣れないな」

 こう、堅苦しい服は。

 首までボタンを留めるなんて何年ぶりだ。

「何言ってるんだよ」

「正装なんて、卒業式以来だ」

「ほら、ネクタイ」

「…やって」

 カミーユにネクタイを渡す。

「なんでできないんだよ」

 言いながら、カミーユが俺の首にネクタイをつける。

「やったことないんだから仕方ないだろ」

「研究所に所属してれば、式典の度につけなきゃいけないぞ」

 この先、錬金術研究所にも、魔法研究所にも所属することはないだろう。

「ほらよ」

「ありがとう。…そういえば、アリシアは研究所に来るって?」

「今は政変の真っ只中だから、もう少し落ち着いたら考えるってさ」

「そうか」

「ポリシアちゃんは、式が終わったら旅に出るらしい」

「一人で?」

「あぁ。大陸を出るらしいぞ」

「どこに行くんだ」

「刀の国だって」

 あいつは、何になりたいんだよ。

 まぁ、自由を手に入れたってことか。

「終わったらパッセの店で二次会だ」

「二次会って。まだ昼過ぎなのに」

「飲んで騒いでたら、すぐに陽なんて暮れるだろ。お前とリリーシアちゃんはゲストなんだから、着替えるなよ」

「嫌だよ。なんで堅苦しい恰好をしていかなきゃいけないんだ」

「お前、自分の立場分かってるのか?」

 カミーユがそう言ったところで、扉が開いて、マリーが入ってくる。

「ちょっと!リリー知らない?」

「え?」

「居ないのか?」

「もう!この大切な日に迷子なんて!探すの手伝って!」

『リリーの馬鹿』

「式はもう始まるんだぞ?…エルはここで待ってろよ」

「なんで?」

「お前までいなくなったら困るだろ!マリー、リリーシアちゃんの着替えは済んでるのか?」

「終わってるわ。後はこれを…、エル、持ってて」

 マリーがティアラを俺に渡す。

「あぁ」

「ティアラを取りに行ってる間に居なくなっちゃったの!」

 ばたばたと、カミーユとマリーが出て行く。

「イリス、リリーの居場所分かるか?」

『ボク、リリーの傍に居れば良かったね…』

 わからないのか。

『あたしたちも探してこようかぁ?』

『あの様子じゃ、チャペルには居なさそうだな』

『ほかの精霊にも聞いてみようよー』

「顕現しても構わないから、頼む」

『もう、ここまで方向音痴って、あり得ないわ!』

『どこ探したら良いかなぁ』

『手分けしよう』

 窓を開くと、精霊たちが飛び立つ。

「誰も、探せない場所か」

 まさかとは思うけど。

『ボクも探しに行くよ』

「いや、イリスは傍に居てくれ。リリーが呼び出したら、少し間をおいて俺が呼び出すから。リリーにその場から離れるなって言ってくれれば、俺が迎えに行く」

『そっか。…あぁ、もう。どこ行ったんだよ』

「心当たりが、ないわけじゃない」

『え?どこ?』

 行ってみるか。

 部屋を出て、廊下を歩く。

「エル、リリー見つかった?」

 廊下の奥から、ポリシアが走ってくる。

「いや」

「もー!何やってるのよリリー」

 そして、走り去る。

『エル、どこに行くの?』

「このチャペルの構造、わからないからな。…この辺かな」

 扉を開いた先に、螺旋階段がある。

『ここ、どこに繋がってるの?』

「外」

『外?』

 螺旋階段を上っていくと、途中で靴が落ちている。

『本当に、この上に居そうだね』

 靴を拾って、更に上へ。

 明るい光が差し込む出口へ出る。

 長い白いベールと、アンピールラインの白い柔らかなドレス。

「リリー」

 リリーが振り返る。

「エル」

 高いところでまとめた髪。

 幾筋かの黒い髪は結わずに落としているが、白い首や肩がくっきりと見える。

 胸元には雫の形をした青い石。

 両耳には、マーメイドの涙と呼ばれる真珠が揺らめいている。

 そして、輝く黒い瞳。

 どこまでも高潔で美しい。

 触れることなんてできないぐらい、完璧で。

 だめだな。

 やっぱり、言葉になんてできない。

 綺麗だよって言ったら、またからかってるって言われるかな。

「忘れ物」

 跪いて、靴を差し出す。

「どうぞ、お姫様」

「あ…」

 リリーがドレスの裾を上げて、靴に足を通す。

「ありがとう」

 サンドリヨンの物語。

 ガラスの靴を履いて、幸せになるんだったな。

「みんな、探し回ってるぞ」

「え?」

「ほら」

 リリーの居る場所は、チャペルの一番上。鐘のある場所だ。

 下を眺めると、見知った顔が走っているのが見える。

「みんな、私を探してたの?」

『リリー、探されてる自覚なかったの?』

「だって、みんな外に居るから、まだ大丈夫だと思って」

「何を見てたんだ?」

「ほら、あそこがエルの家。向こうがパッセさんのお店でしょ?上から見たら、迷子にならない」

「今、充分迷子になってるだろ」

「ごめんなさい」

 リリーにティアラをつける。

「…だめ。やっぱり言おう」

「え?」

「リリー、綺麗だよ。俺の知ってるどんな花よりも、宝石よりも。もう、誰にも渡したくない。俺だけのものにして良い?」

「あ、あの…」

「からかってないよ。からかったことなんて一度もない。リリー。この輝く黒い瞳で、俺だけを見つめて」

 リリーの頬に触れて、キスをする。

 赤く染まる首へ、肩へ。

「エル、」

「愛してる」

 親指に指輪を嵌めた、右手の甲をとって、口づける。

「死んじゃう」

「え?」

「心臓が、ドキドキし過ぎて、死んじゃう」

「死なないで」

「だって、すごく嬉しいの…、これ以上、何も言わないで」

 可愛い。

 リリーを抱きしめる。

「何度でも言うよ」

「だめ、死んじゃう」

 あぁ、可愛い。

『発見!』

『みんな、こっちだ』

『何やってんだよー、二人とも』

『最初からチャペルに居るんじゃない!』

「…みんなも、探してくれてたの?」

『相変わらずマイペースだな』

「ごめんなさい」

『あんまり綺麗だからってぇ、式の前に脱がしちゃだめよぉ?』

「…しないよ。リリー、降りよう」

「うん。…あ、」

 リリーを抱きかかえる。

「また靴を落としたら探すのが大変だろ?」

「うん」

 本当に。なんて可愛いお姫様なんだ。


 螺旋階段を下りて、聖堂へ。

「見事に、誰もいないな」

『リリーが見つかるまでは、式どころじゃないからねぇ』

「じゃあ、誰もいない内に式を挙げるか」

「え?」

『何言ってるんだよ。牧師も、証人もいない結婚式なんて聞いたことがないぞ』

「証人ならいっぱいいるじゃないか。ほら」

 精霊たちを強制的に顕現させる。

『え?』

『私たち?』

「ユール、牧師をやれ」

『ふふふ。しょうがないなぁ。ほら、指輪頂戴?アンジュとイリスちゃんが持っててよぅ』

 指輪を外して、アンジュに渡す。リリーも指輪を外して、イリスへ。

『では』

 コホン、とユールが咳払いをする。

『この結婚に異議がある方は、挙手してください』

『異議なし』

『同じく』

『ないわ』

『ないよー』

『では、これより婚姻の儀を執り行います。精霊と月の女神へ、これから語る言葉に偽りのないことを誓いますか』

「はい」

「はい」

『新郎、エルロック。あなたは、その魂のすべてをリリーシアに捧げることを誓いますか』

「え?」

「はい、誓います」

「あの、」

『では、新婦、リリーシア。あなたは、その魂のすべてをエルロックに捧げることを誓いますか』

「はい、誓います」

『では、エルロック。あなたは誓いを永遠とするために、彼女に指輪を与えますか』

「はい」

『リリーシア、あなたは誓いを守る為に、彼から指輪を受け取りますか』

「はい」

『では、指輪を交換してください』

 イリスから受け取った指輪を、リリーの左薬指に嵌める。

 今度は、リリーがアンジュから受け取った指輪を、俺の薬指に。

『それでは、真実の愛の証明を』

「リリー、愛してる」

「エル。私も、愛してる」

 リリーの唇に、口づける。

 そして、唇を離した瞬間。

 チャペルに鐘が鳴り響く。

「え?」

 同時に、上から花が降ってくる。

『おめでとう』

『僕らも祝福しよう』

『素敵な二人に』

 花の妖精じゃないか。

「ありがとう」

「ありがとう。…それにしても、すごい音だな」

 多重に音が聞こえるのは、チャペルの中に居るせいか?

『だってぇ、ここだけじゃないものぉ』

「ここだけじゃない?」

『王都中の鐘を、鳴らしてるのよぉ?』

『精霊たちに手伝ってもらったの』

『お祭り好きは、人間だけじゃない』

『おめでとう、エル』

『おめでとう、リリー』

『みんな外で待ってるぞ』

 リリーの手を取って、外に出る。

「あ!リリー!何やってるのよ」

「えっと…」

「式を挙げてたんだよ。誰もいないから」

「何言ってるのよ。牧師も証人もいない式なんて聞いたことがないわ。ほら、ここでいいからやるわよ」

 牧師も証人も居たんだけどな。

「牧師を連れて来たぞ」

「花嫁が見つかったんですか?」

「いいから、すぐ式をやって」

「わかりました。それでは、この結婚に異議のある方は申し出てください―」

「面倒だな」

 もう一回やり直すのか。

「おい、エル。リリーシアちゃんの為にもちゃんとやれよ」

 もう、誓いは終わったんだ。

 リリーの肩を抱く。

「全員聞け。リリーは俺のものだ、奪いたい奴はかかってこい」

「何、馬鹿なこと言ってるのよ」

「お前に喧嘩売れる奴が居たら見てみたいよ」

「相変わらず滅茶苦茶な奴だ」

「異議なし、だな」

「リリー、もう離れることはないよ。リリーに俺を捧げる」

「はい」

「リリーも俺に、自分を捧げてくれる?」

「はい」

 リリーが笑う。

 それだけで、幸せだ。

「以上だ。結婚式は終わり」

「指輪の交換はどうした」

「もうつけてる」

 リリーの左の手を左で取って、掲げる。

「じゃあ、誓いのキスをしろ」

「こんな、聴衆の面前で?」

 一体、チャペルの前に何人いるんだよ。

 ここに居るのなんて、知ってる顔だけじゃないぞ。

 冗談じゃない。

「その絶妙な良識はどこから来るのかしらね」

「エル、新郎新婦が愛の証明をしないと式は終わらないぞ」

「そうだぜ。早くしろ」

 あぁ。結託しやがって。

「エル、好きだよ」

 リリーが俺の頬に手を触れて、キスをする。

 周りからは、拍手。

「エル、顔が赤い」

「リリーには、敵わないな」

 その頬に、キスをする。

「リリー」

 リリーが、キャロルから受け取ったドライフラワーの束を高く投げると、辺りにドライフラワーが舞う。

 リリーに花言葉と共に捧げた、愛の言葉。

 アヤメ

 チューリップ

 エンゼルランプ

 アングレカム

 ペチュニア

 レンゲソウ

 クチナシ

 スターチス

 ファレノプシス

 ショウブ

 ストック

 ナズナ

 そして、サンザシ

「おめでとう、エル、リリー」

「おめでとう」

「おめでとう」

「…ありがとう」

 道が開く。

 リリーの手を取って、人と人の間を歩いて行く。

 歩くたびに花が舞う。

 こんなに幸せな気持ちになれる日が来たのも。

 自分の運命を変えられたのも。

 全部、リリーのおかげ。

「リリー、ありがとう」



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