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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.暁を呼ぶ騎士
43/45

77

 陽が昇って来た。

 まぁまぁ、眠れたかな。

「集まれ、精霊たち」

 立ち上がり、魔力を集中する。

 新鮮な朝の空気が部屋の中に満ちる。

 大地、暗闇、水、炎、光、冷気、大気、真空、天上と地上を繋ぐ、すべての元素。命。魂。

 根源的な部分ですべて繋がっているから。

 広がり続け、調和し、世界が作られ、命が作られ、今、ここに居る。

 だから、自然と、世界とに同調するのは難しいことじゃない。

 呼吸するたびに、力が体の隅々に行渡るのを感じる。

 そして、自分から溢れ出た魔力が、精霊たちへ流れていくのを。自分と精霊の繋がりを。

『行くぞ、エル』

『悪魔なんてやっつけちゃおうよー』

『絶対負けないわよ!』

『おー!』

 威勢がいいな。

『エル、あたしが守ってあげるからねぇ』

『生きて、帰ろう』

「もちろんだ」

 さぁ、行くか。


 ※


 朝の空気が気持ち良い。

 プレザーブ城に向かって大通りを歩く。

 リリーと一緒にサンドイッチを食べた広間のオブジェは、水色のまま。

 まっすぐ歩いて、プレザーブ城へ。

 中に入り、さらに奥へ行くと、ローブを着た男が一人立っている。

「エルロック様ですね」

「お疲れ様」

「どうか、この国を本来あるべき姿にお戻しください」

「俺は俺の為に戦うんだ」

「それが、この国を救うことになるのです」

 だから、魔法使いたちはアリシアに協力するのだろう。

 そのまま扉の奥へ進む。

 ホールには、五つの扉。

 扉の上には、精霊の文字が彫ってある。

 ツァ、ヴィ、ルゥ、フェ、クォ。

 ヴィの扉が開いている。アリシアの扉だ。

 開いていると言っても、その先は壁になっているのだけど。

 おそらく、通る資格のないものには、壁に見えるのだろう。

 フェの扉の前へ。

『エル。これから言うことを、良く聞いてくれ』

「あぁ」

『まず、ボクを見ても驚かないこと。ボクが顕現したら、すぐにボクと契約すること。ボクに自分の魔力を絶対に送らないこと』

「契約?」

『そうだ。この扉を通れるのは、ボクと繋がりの深い人間だけ。リリーは生まれた時から一緒だから契約なんて必要ないけれど、エル、お前とボクがいくら信頼し合っていても、過ごした年月には変えられないんだ』

「あぁ、わかったよ」

『エル。リリスは狡猾な悪魔だ。初代女王を守るためなら、お前を殺すためならなんでもする。…あいつは、とにかく人を騙すのが上手いんだ。絶対に、騙されるな』

「わかった」

『じゃあ、顕現するよ』

 …え?

「お前、それ、」

「早く契約しろ」

「わかったよ」

 どれだけ、強い精霊になったんだよ。

 自分の髪をまとめて、まとめた髪を全部、短剣で斬り落とす。

「ばっさり切ったな」

「エイダだって、これぐらい持って行ったぞ」

「充分だ」

「契約を…」

「いいよ。エル、ボクはお前の精霊になる。いいな?」

「あぁ。俺はお前を守る」

 イリスが俺の髪をその体に取り込む。

「契約成立だ。…行くぞ!」

 イリスが扉に向かって魔法を放つ。

 扉がその魔法を受けて、光り輝く。

「くそ、もう気づかれたか」

「気づかれた?」

「リリー以外と契約するのは違反なんだ」

「違反?」

「氷の大精霊は、ボクをリリーに与えた。だから、ボクは自由を手に入れるまで、誰とも契約なんてできないんだ」

「おい、どういうことだ」

「最初に言っただろ、ボクも女王に逆らえないって」

「…いつの、話しをしてるんだよ」

『苦戦してるな、イリス』

「マリリス」

「マリリス、だって?」

 目の前に、氷の精霊が現れる。マリリスって、ディーリシアの精霊だろ。

『俺の力を使え』

「くっそー。いいんだな?」

『そのために来たんだ』

 マリリスが、イリスの体に入る。

「融合した?」

「ボクが吸収した」

「吸収?」

「あぁ、くそ。これでダメだったら洒落にならないぞ!」

 何を、そんなに焦ってるんだ?

「いっけー!」

 ガラスが割れるような、大きな音が響く。

「やった!間に合った、ぞ」

 音を立てて、扉が開く。

 そして。

「…イリス?」

 初めて会った時と同じ、鳥の姿。

『後は頼んだよ』

「イリス、なんで、契約してるのに俺の魔力を使わないんだ」

『最初に言っただろ。ボクに魔力を送るなって』

「だめだ。寿命を削って魔法を使うなんて、契約の意味がない。俺の魔力を…」

『だめだ、エル。ボクは消える。女王に逆らえば、魔力を吸われるんだ』

「逆らうって」

『ボクに魔力を与えても、女王に吸われるだけだ。早く行け、エル』

「嘘だ」

『情けない顔するなよ…。エル…』

 嘘だ。

「イリス」

 体がどんどん透けていく。

「なんで、言わないんだ」

 消えた。

「イリス、居るんだろ、返事をしろよ」

 嘘だ。

 こんなの。

 イリスは、一言も言わなかったじゃないか。

 俺を通すために、自分が死ぬなんて。

「イリス」

 だって、お前はリリーの精霊なのに。

『エル、イリスは居ない』

「なんで…」

『エル、立ち止まるな』

 守れなかった。

 守るって契約したのに。

『進まなくちゃ』

 もっと早く気づいていれば。

『エルロック!いつまでうじうじ悩んでるんだよー!』

『落ち込むのは後回しよぉ』

 そうだ。

 立ち止まっていられない。

「許さない」

 この城のシステムも。リリスも。

 終わらせてやる。

 扉をくぐって、廊下を走る。

 この廊下の続く先に、リリスが居る。

 右手にイリデッセンスを持って、ホールへ。

『え?』

『嘘ぉ』

『あれ…?』

「リリー?」

 なんで?

「エル、どうして、ここに?」

 リリーが、リュヌリアンを抜いて、立っている。

 リリーの目の前には紅のローブ。ローブだけが、落ちている。

「なんで、ここに居る」

―あいつは、とにかく人を騙すのが上手いんだ。

「紅のローブに、連れてこられたの」

―絶対に、騙されるな。

「どこから」

「アユノトから」

 確かに、リリーがアユノトに居てもおかしくない。

「エルは?」

「俺はリリスを殺しに来たんだ」

「リリス?…紅のローブなら、今、私が殺したよ」

 リリーが目の前に落ちているローブを見る。

「どうやって」

「どうやって?戦ったんだ」

 黒い髪のツインテール、黒い瞳、リュヌリアン、白い鎧、左手にガントレット、右の親指に赤い宝石の指輪。

「勝負を挑まれたんだ」

「エイダは?」

「私だけが連れてこられたの」

「エイダがリリーの傍を離れるなんてあり得ない」

「エイダが居ない時だったから」

「嘘だ」

「エルがエイダを呼べばわかるよ」

 もし、これがリリスなら。

 イリスの居ない今、エイダをリリーから離すわけにはいかない。

 もし、これがリリーなら。

 エイダはきっと、リリーを探してここに来る。

「呼ぶ必要はない」

「どうして?」

 イリデッセンスを構える。

「エル?」

「リリー。俺はリリーを信じてる」

 わからないんだ。見た目だけじゃ、どっちか。

 だって、リリスはルミエールにリュヌリアンを作らせたんだろ?

 リリーの防具はすべて、ここでそろえてるんだ。リリスにだってそろえることは可能。

 外見で判断はつけられない。

「だから、戦ってくれ」

「…いいよ」

 リリーがリュヌリアンを構える。

 構え方は同じ。

 リュヌリアンの迫力も。

「来い」

 リリーが跳躍して、剣を振り下ろす。

 それを、イリデッセンスで受け止める。

 前より少し弱いかな。

「前も避けなかったね」

「そうだったな」

 剣をはじいて、風の魔法で右手に飛ぶ。

 イリデッセンスで刺すと、リリーはそれを避けて薙ぎ払う。

 跳躍してかわし、風の魔法でさらに高く飛ぶ。

 リリーは薙ぎ払った体制のまま回転して俺が居た場所を斬る。

 リリーらしい動き。

 だけど。

 上からイリデッセンスで突きさすと、リリーは剣のガードでそれを防ぐ。

 反動を利用して飛び、風の魔法で離れた場所に着地。イリデッセンスを構え直す。

 走ってきたリリーは剣を斬り上げる。しゃがんで胴体を狙うと、リリーはそれをかわしてイリデッセンスを蹴り、二歩引く。

 リリーを追い、リリーの剣をイリデッセンスで叩きつける。

 リリーは剣で応じ、鍔迫り合いになる。

「エル、いつまで続けるの?」

 真空の魔法でリリーの剣をひきつけると、リリーがよろける。体勢を崩しかけたが、リリーは持ち直して剣で薙ぎ払う。

 それをかわして、イリデッセンスで斬り上げる。リリーはそれを避けて、数歩引く。

 間違いない。

 剣に真空の魔法を込めて、リリーの剣に当てる。

「あ、」

 そして、リリーの剣ごと振り上げると、リリーの手から剣が抜けた。

「終わりだ」

 左手で腰の短剣を抜き、リリーの胸に突き刺す。

「え…」

 イリデッセンスに張り付いていたリリーの剣が落ちる。

 短剣を抜いてリリーから離れると、リリーの胸から血が吹き出した。

「エル…、どうして…」

『エル!』

『どういうことよ!』

『みんな、静かにしようよぉ…』

 炎の魔法を体の周囲に集める。

「リリーは、俺より強いんだ。俺に負けるわけないだろ」

「エル…、エルの方が強いよ。私はエルに勝ったことなんてない」

「勝ったじゃないか」

「あれだって、エルが迷わなければ、私は負けていた」

「何でも知ってるんだな」

「覚えてるよ。エルと一緒に居た時のことは全部」

「そうか。なら、俺が、リリーに手を繋いでいいか初めて聞いたのはいつか覚えているか」

「それは…」

 炎の魔法を、リリーに放つ。

『ちょっと!』

 集めた炎はすべて、放ったけれど。

「……」

『後ろだ』

 振り返る。

 そして、イリデッセンスと短剣で攻撃を受ける。

 これは、刀。

 しかも、二本持ち?

 風の魔法で大きく後退して、構え直す。

 が、構え直すと同時に、続けて斬られる。

 早い。

 ポリシアとは比べ物にならないぞ。

 真空の魔法で引き寄せて、短剣でもう片方の刀をイリデッセンスに寄せる、が、相手は力ずくで刀を振り上げ、俺の胴体を斬りつける。

「…っ」

 避けきれなかった。

 イリデッセンスを逆手に持ち、しゃがんで両方の刀を防御すると、短剣で相手の足を斬りつけ、風の魔法で左手へ。

 相手はすかさず向きを変えて追ってくる。

 無理だ。もう、二歩下がり、体制を整えて防戦する。

「どうしたの、エル」

「いいかげん、リリーの真似はやめろ」

「無理だよ。だって、私はリリーシアだもの」

「ふざけるな!」

 イリデッセンスと短剣で刀をそれぞれはじく。

 すかさず、短剣で斬りつける。

「左利きなんて、ずるいよ。初めて知った」

「お前が二本持ちだって言うのも初めて知ったよ」

「二刀流って言うんだよ」

 リリーが笑う。

『エル、顕現させてくれ』

「あぁ」

 斬られた傷を、バニラが治す。

「邪魔だよ」

「くそっ」

 リリーの刀がバニラを狙うのを、イリデッセンスではじいて阻止する。

 そして、二撃目を短剣で防ぐ。

「残念。一撃で仕留めてあげようと思ったのにな」

「どういう意味だ」

「この刀は、反属性。精霊を一思いに殺せるんだよ」

「お前ら、俺から離れてろ!」

『やだぁ』

「命令だ!」

『ユール、行くぞ』

『オイラたちがやられたら、エルが魔法を使えなくなくなっちゃう』

『エル、顕現の許可は?』

「安全なら許可する」

「余裕だね、エル。かっこいい」

 お前の方が、数倍余裕じゃないか。

 信じられない速さだぞ。

「ねぇ、どうして、気づいたの」

「何が」

「中身が違うって」

 中身?

「お前はリリーじゃない」

「聞いてるの」

「答えるかよ!」

 くそ。全然、攻撃の機会がない。

「答えてくれないの」

「黙れ」

「あんなに愛し合ったのに」

 右腕が斬られる。

 斬りつけた相手の腕を短剣で斬り、しゃがんで腕の下をくぐると、イリデッセンスで背後を狙う。が、もう片方の刀で防がれる。

「エル、いたい」

「お喋りな悪魔だ」

 短剣で刀をはじき、風の魔法で下がって、構え直す。

「忘れたの、エル」

 絶対殺す。

「ねぇ…?」

 見えた。

 イリデッセンスを縦に構えて、短剣で刀と刀の間を刺す。

 リリーの顔がゆがみ、リリーは数歩下がる。

 それを追って、イリデッセンスで刀を薙ぎ払い、短剣で懐に入ると、リリーの首を短剣で…。

「やめて、エル」

「お前はリリスだ」

 リリーが笑う。

「肉体までそうだと、言い切れるのか」

「な、」

 まさか。

 でも、リリスは魂だけの存在。その魂を、リリーに移し替えたなら…。

 リリーが、俺の左手から背後に回る。

「あ…」

「愛する者に殺されるがいい」

『エル!』

 まずい、間に合わない。

 そう、思った瞬間。

 後ろで何かが割れる音がして、光があふれる。

 何が起こったのかわからないまま、風の魔法でその場から離れて、振り返ると。

 炎をまとったリリーが、リュヌリアンで、刀を手にしたリリーを薙ぎ払い、吹き飛ばす。

「リリー…?」

 吹き飛ばされた方は、ホールの端の壁に激突した。

 その頭は、何故か光が舞っている。

 …あれは、光の玉?

 呆けていると、急に頬を叩かれた。

「エルの馬鹿!どうして一人で行っちゃうの?」

 輝く、黒い瞳。

 リリーが俺の頬に触れる。

「あ、あの、ごめんなさい。痛かった?」

 本当に、表情がころころ変わるんだから。

 視界がかすむ。頬が熱い。

「信じてた」

 そのまま、リリーを抱きしめる。

「良かった、信じて」

 リリーは、リリーだから。

「エル?」

「会いたかった」

「私も、会いたかったよ。いつの間に、髪切っちゃったの?」

「イリスに渡したんだよ」

「イリスは…、」

「話しは後。あいつを殺そう」

「うん」

 もう一度、きつく抱きしめた後、リリーを離す。

「あいつの弱点は炎だ。俺が炎を集める間、まかせてもいい?」

 リリーが笑顔で答える。

「まかせて!」

 リリーが走って行く。

「アンジュ、手伝って。みんなはリリーを援護してくれ」

『了解』

『まかせてー』

『了解』

『やるわよ!』

『行くよぉ』

 足元に、魔法陣を描く。

『何をするの?』

「傍に居てくれればいいよ。ここは元が寒い土地だから、炎を集めるのが大変なんだ」

 魔力を集中する。

「炎の精霊は、アンジュとエイダしか居ないからな」

 吸魂の悪魔、リリス。

 ある満月の夜。月の女神の力を借りて、光の勇者はリリスを討伐した。

 リリスは最後、炎で焼かれ、その灰は大海に流されたと言われている。

 今日は満月でもなんでもないけれど。

 リュヌリアンがあれば大丈夫だろう。

 古い言葉で、月と繋がりを持つ剣だ。

 あぁ、力が満ちる。

 炎の魔法が、溢れる。

 コントロールを離したりなんかしない。

「…リリー!」

 二人が、同時にこちらを見る。

 え?

 なんで、二人ともリュヌリアンを持ってるんだよ。リリスの奴、どこまで狡猾なんだ。

「準備完了だ」

 炎をまとめて掲げる。

「うん」

 右のリリーが答える。

 左のリリーが、リュヌリアンを構えてこちらを向く。

 あぁ、リリス。お前は本当に、リリーをちっともわかってない。

 知ってるか?リリーには、同じパターンの攻撃は効かないんだよ。

 風の魔法でリリスを縛り上げ、炎の魔法をぶつける。

 どれぐらい、燃やせばいいんだ。灰になるまでって。

「エル…」

 炎の中で、人影が揺らめく。

「ようやく、会えたのに」

 初めて聞く声。

 これが、リリスか。

「悠久の時を、待っていたのに」

 炎の中から蔦が飛び出し、それが俺を縛り上げる。

 炎を自分の体にまとわせるが、焼き切れない。

「エル!」

 リリーが俺に向かって伸びる蔦をリュヌリアンで斬る。

「一緒に逝こう、エル」

―騙されるな。

 イリス?

「リリー!危ない!」

 俺の声でリリーが跳躍した直後、リリーの居た場所が砕ける。

 リリーは何故か、そのまま、炎の中へ入って行く。

「馬鹿!」

 炎の魔法を止めるが、すでに炎の塊と化しているそれは、そう簡単に消えない。

「リリー!」

 吹雪の魔法を炎にぶつける。

 これが、リリスの狙い?

 リリーを巻き込むことが?

 リリーを、俺の魔法で殺させることが?

―あなたは、大切なものを失う運命。

―失えば、永遠に現世をさまよう運命。

 あぁ…。

 また、俺は。

 救えないのか?

 運命を変えられないのか?

『エル!』

 刀が一本、俺に向かってくる。

『危ない!』

 バニラが出した岩と、ナターシャが出した雪の塊を貫通して、まっすぐ…。

『あれ、魔法が効かない!』

『避けろ!』

 避けようとして、体が動かないことに気付く。

 リリーに切られたはずの蔦が、絡みついて、動けない。

「エル!」

 炎から飛び出した短剣が、刀に当たり、二つが目の前で落ちた。

 炎が消えて、現れたのは。

 リリーだけ。

「リリー!」

 自分の体にまとわりつく蔦を引きはがして、リリーの傍に行く。

「エル…」

「なんで」

 胸に、深々と突き刺さった刀から、血があふれる。

「大丈夫だよ、エルは、悪魔になんてならない」

 大地の魔法を、リリーの胸にかけながら、刀を抜く。

 抜いた場所から、血があふれる。

「私を殺したのは、リリスだから」

 何、言ってるんだ。

「死なないで」

 エリクシールを、リリーの傷口にかける。

 傷がふさがって行く。

 塞がって行く、けれど。

「リリー」

「エル…」

 リリーが俺の頬に触れる。

「一緒に居られなくて、ごめんね…」

 リリーがゆっくり、目を閉じる。

 そして、リリーの手が、落ちる。

「リリー」

 また、俺は大切なな人を失うのか?

「死なないで…」

 俺が愛したから。

 運命に逆らえないから。

 俺は、どうやっても、リリーを救えないのか?

「リリーを失えば、俺は、もう…」

『エル、だめだよ!』

『…私たちにできることなんてないわ』

『エルには、辛いことが多すぎるよ…』

『リリスの魂は、もうここにはない』

『きっと、来世で結ばれることができる』

『人間って、馬鹿ねぇ…』

 痛みすら、感じない。

 感覚が麻痺したみたいに。

 刺すところ、間違えてないよな。

 体の力が抜けて、リリーに重なる。

 ごめん、リリー。

 何度も助けてもらったのに。

 でも、無理だ。

 何のために、生きてきたんだ。

 誰も幸せにできないなんて。

 好きな人を守れないなんて。

 なんで、俺はこんなに弱いんだ。

 リリー。

 俺のせいだ。

「さぁ、代償を得たなら、奇跡を返さなきゃ」

 エイダ?

「そうだな」

 誰だ?

「リリー、起きて?」

 リリー?

「エル、起きて」

 目を、開く。

「あれ…」

 体を起こす。

 死んで、ない?

「エル?」

「リリー?」

 イリデッセンス。

 輝く黒い瞳が。

「うん…?」

 リリーを抱き起こして、頬を撫でる。

「生きてる?」

「うん。…どこも痛くない。エルが、助けてくれたの?」

「違う、俺は何もしてない」

「いいえ。エルが助けたのよ」

「エイダ?…と?」

「初めまして。私の名前はパスカル」

「氷の大精霊…?」

「そうだ。エイダを連れて来てくれてありがとう。エルロック」

「エイダを連れてきたのは、リリーだ」

「エイダの封印の棺を開いたのはエルだよ」

 エイダとパスカルは、顔を見合わせて笑う。

「さて、どこから話したらいいのかな」

「そうね。でも、まずは女王に会いに行くべきよ」

「そうだね。彼女も、二人に話しを聞いて欲しいだろう」

 いつの間にか、ホールの先の扉が開いている。

「女王の間が、開いてる…」

「エルロック。少し、いいか?」

「なんだ?」

 氷の大精霊が、俺の額に手を当てる。

 そして、その手に何か掴むと、両手でそれを包み、広げる。

「さぁ、出ておいで」

「イリス!」

 イリス?

『あれ、エル?…リリーも?』

 妖精の姿をした、イリス?

「契約を交わしていて良かったな。イリスはエルロックの中で生きてたんだよ」

「契約?」

 そうだ。リリーは何も知らないんだ。

『ボク、エルと契約したんだよ。エルの髪をもらって』

「だから呼んでも来なかったの?」

『リリーの側に行けるほど、魔力がなかったんだよ』

「イリスは俺を通すために魔力を使い果たして…」

 あの時…。

『死にぞこなったんだ』

 イリスが笑う。

「イリス、良かった…」

 氷の大精霊は、イリスから、今度はマリリスを出す。

「さぁ、マリリス。お前はもう自由だ。主の元へ届けてあげよう」

『ありがとう、エルロック』

 マリリスが消える。

 ディーリシアの元へ、帰ったのだろう。

『エル、リリー、リリスを倒したんだな?』

「うん」

 倒した、のか?

「リリーが?」

「違うよ、リリスはエルの炎に焼かれて死んだんだよ」

「だって、リリーが炎の中に入って行ったのは、」

「私はリリスの動きを止めていただけ。リリスが、炎から逃げ出そうとしてたから」

「なんで、そんな危ないことするんだよ」

「だって…」

「魔法、効くんだろ?」

 さっき、大地の魔法が効いた。

 イリスが居なくなって、魔力が回復してるに違いない。

「死んでないよ、ほら」

 だって、死んだんじゃ…。

「エルが、その魂をリリーを救うために捧げたから、パスカルはリリーを救ったのよ。私は、契約によってエルを救ったの」

 精霊が奇跡を起こすための代償…。

「俺が助かったら、代償にならないんじゃないのか」

「いいのよ。ねぇ、パスカル?」

「問題ないな。さぁ、女王の元へ」

 二人の大精霊が、先を歩く。

「ねぇ、エル。魂を捧げるって、どういうこと?」

『エルはぁ、リリーが死んじゃったから、自分も死のうとしたのよぅ』

「ユール!」

「どうして、そんなことするの?」

「聞く必要、あるか?」

「あるよ」

「リリーが居ない世界に、興味なんてないからだよ」

「…エルの、ばか」

 だって。

 ずっと、リリーと一緒に居る方法を考えてきたんだ。

「もう、離れないで」

「ずっと、一緒に居よう」

「好きだよ」

「愛してる」

 リリーが、触れられる場所に居る。

 愛せる場所に。

 ようやく、自由な場所に。

『困ったねぇ』

『エイダもパスカルも、先に行ってしまったな』

『大精霊を待たせるなんて、なかなかできないよねー』

『いいじゃない。ちょっとぐらい待ってあげましょうよ』

『良かった』

『うん』

 悪かったな。

 だって、どれぐらい、長い間離れていたと思ってるんだ。

「会いたかった。ずっと」

「会いたかったのに、先に行っちゃったの」

「だって、リリーが。婚姻届なんて書くから」

「どうして、サインしたの?」

 なんで、聞くんだ。

「手紙は読んだ?」

「手紙?って、あの、問題?」

「そう」

 リリーはくすくす笑う。

「解いた?」

「うん」

「自分で?」

「王立図書館で調べたんだ」

「…花は、喜んでくれた?」

「うん。嬉しかった。すごく。…手紙も、嬉しかった。…あの、花言葉。私が受け取ってもいいの?」

「その為に、考えたんだ。受け取ってくれる?」

「はい」

 良かった。

「リリー。次も、はいって言って」

「次?」

 リリーの左手を取って、指輪を嵌める。

「え…?」

「俺と結婚して」

 リリーが驚いて、その輝く黒い瞳を、まっすぐこちらに向ける。

「はい」

「一緒に、幸せな家庭を築こう」

「はい」

 あぁ、これって強制じゃないか。

「本当に、俺で良い?」

「はい」

 リリーが、ほほ笑む。

 ずっと、その顔が見たかった。

「幸せにする」

「今、とっても幸せだよ」

「もっと」

「じゃあ、私も。エルを幸せにする」

「リリーが居てくれるだけで幸せなんだ」

「私ももっと、エルを幸せにしたい」

 顔を見合わせて、笑う。

「行こう、リリー」

「うん」

 立ち上がって、リリーの手を引く。

『本当、二人とも暢気なんだから』

「イリス」

『女王も、エイダとパスカルも待ってるんだよ』


 ※.


 女王の間。女王以外は、誰も入れなかった場所。

 真っ直ぐ先に、エイダとパスカルが。

 そして、氷の球体に閉じ込められた、黒髪の女性が、虚ろな青い瞳で俺とリリーを見る。

 これが、初代女王。

「エル、上…」

 リリーが俺の腕をつかむ。

「上?」

 リリーに言われて上を見上げる。

「なんだ、これ…」

 十数人の女性が、初代女王と同じように氷に閉じ込められて、天井から下を見下ろしている。

「それは、歴代の王位継承者」

「王位継承者って」

「リリスの貢物」

「…氷の大精霊は、人間の魂を求めたのか」

「パスカルは、そんなものを求めなかった」

「なら、どうして」

「リリスの意地なんだ。彼女はとても優しい」

 優しい、だって?

「私の為に魔力を集め、私の為に真実を隠し、私をあらゆることから守ってくれた」

「周りは被害者だらけだぞ」

「愛とは盲目なのだよ」

「リリスはお前を愛していたのか」

「彼女は男を愛さない」

「…あぁ」

 そうだ。リリスが助けるのは、必ず女性だったな。

「かわいそうなリリス。ようやく、魂の片割れが来たのに」

「俺のことか?」

「私は、リリスに言ったんだ。もう、自由になるように」

「俺を殺して自分も死ねって?」

「そうだ。でも、リリスは断った。リリスは、お前を悪魔にしようとしていたけれど。失敗したようだな」

「どうやって」

「リリーシアは、必ずエルロックを助けに来る。そして、お前は炎の魔法を使い、リリーシアを焼き殺す」

「計画通り、だな」

 結局、炎の中でリリスはリリーを自分で殺さなければならなくなったのだろう。

 あそこで、どんなやり取りがあったのかは知らないけれど。

「計画は狂いっぱなしだ。あんなに焦っているリリスは見たことがない」

「焦っている?」

「そうだ。…まぁ、それもすべて終わり」

「あぁ。終わりだ」

「ありがとう、エルロック、リリーシア。エイダをパスカルの元に連れて来てくれて。そして、この国を長い停滞の歴史から救い出してくれて」

 長い、女王の支配の終り。

「私から言いたいことは、これだけ。アリシアたちは、すべての住人の移動に成功した。ディーリシアも目覚めた。すべての氷の精霊は自由になった。そして…」

 天上の氷が一つ、地上に降りてくる。

 地上に降りると、その氷が溶ける。

「フェリシア。聞こえるか」

「…はい。女王陛下」

 白銀の髪の女性が、女王に跪く。

 フェリシア。現在の、表向きの女王?

「正しい歴史を。私のなした悪行を、伝えておくれ」

「女王陛下…」

「聞いていただろう。この二人が、終わらせてくれたんだ。私が語ったすべての物語を、まとめてくれ」

「わかりました」

「…さぁ、新しい街まで送ろう」

 フェリシアが光に包まれて、消える。

 あれは、転移の魔法?

「一人でここに居ると暇でね。リリスが連れてきた娘を話し相手にしているんだ」

「話し相手って…」

「私の歴史を、最初から、最後まで。語り続けている。娘が変わる度に」

「上に居る娘は、みんな死んでいるのか」

「死んでいる。その魂だけが、氷の中にとらわれているんだ」

「何故」

「さっきも言った通り、パスカルは娘の魂を拒否した。だから、リリスは娘の魂を、城を維持させる力として使うことにしたんだ」

 魂を閉じ込めておく魔法…。

「この城は氷でできている。パスカルの魔力ばかり使わなくても良いように、パスカルが娘の魂を求めれば、いつでも捧げることができるように、リリスは娘の魂を捧げ続けたんだ。だから、彼女たちを解放すれば、城は崩れる」

「解放するのか」

「もちろん、すべて解放する。でも、その前に。私も、パスカルの最期を見たいんだ」

「最期?」

 最期って?

「エル、契約の完了を」

 エイダが俺の目の前に来る。

「あぁ」

 リリーの手を取って、親指の指輪を外す。

「エイダ、今までありがとう」

 エイダが、その宝石をその身に取り込む。

「エルの髪は、アンジュが持ってるの」

「いいよ、返す必要なんてない」

「ありがとう。アンジュを、大切にしてあげてね」

「あぁ。大切にする」

 エイダがリリーを見る。

「リリー。封印の棺まで連れて行ってくれてありがとう。一緒に旅できて、楽しかったわ」

「うん…」

「そういえば、何を取りに行ってたんだ?」

「これよ」

 エイダが、水色の宝石を出す。

「パスカルからもらった、大切な石なの」

 氷の大精霊の、精霊玉。

「エル、リリー。良いことを教えてあげる」

「良いこと?」

「精霊は、大きな嘘をついてるの」

「嘘?」

「精霊が契約に当たって欲しいものは、魔力じゃないのよ」

「え?」

『どういうこと?』

『え?』

『ナターシャとアンジュはぁ、新しい精霊だから、知らないよねぇ』

 新しい精霊は知らない?

『エイダ。それを語るのか』

『ルール違反だよー』

『もう、忘れ去られたことだ』

「忘れ去られたこと?」

「どういうことだ?」

「精霊には感情がなかったの」

「感情が?」

 こんなにお喋りで、色んな性格が居るのに?

「私たちは、人間の感情、特に、愛情というものの虜になった。私たちは、人間に寄り添うことで、その感情を手に入れようとしたの」

「それが、契約?」

「そうよ。人間が、その短い命の中で、最も労力をかけるもの。人間は、誰かを救うことを、精霊に奇跡として求め続けてきた。私たちは奇跡を起こすたびに、人間に近づき、その感情を、もっと知りたいと願った」

 精霊が、代償として求め続けてきたのは、人間の魂ではなく、人間の、感情?

 だから、生きている人間に寄り添う方法として、魔法使いとの契約の概念が生まれた?

「私はパスカルを愛した。でも、その感情が良く理解できなかった。きっと、これが愛なのだろうって。漠然とした気持ちでいて、不安だった。これは本当に愛なのか。対になる魂が引かれあってるだけじゃないのかって」

 わかるよ、その気持ち。

「わからないまま。私たちは一緒に居たいと願い、その為に、封印の棺を作った。私は棺に入り、ずっと、パスカルを想い続けたの」

 それは…。

「私は、パスカルの声が聞きたいと思った。その瞳で見つめてもらいたいと」

 そうだ。

 リリーと話せないなら。

 その輝く瞳を二度と見られないなら。

 何の意味もない。

「私は、エルと一緒に居ることで、リリーと一緒に居ることで、愛が何か、理解できた気がするの」

 エイダ…。

「それは、イリスを通じてあなたたちを見ていた、パスカルもそう」

 エイダが振り返って、パスカルの方へ向かう。

 パスカルもまた、エイダの傍へ。

 エイダが、パスカルの手を取る。

「あ…」

 触れ合った場所が、蒸気を上げて溶けていく。

「エイダ!」

 反属性のものが一つになろうとすると。

もともと一つだったものが、一つになろうとすると。

「エル、リリー。ありがとう。楽しかったわ」

「ありがとう」

 炎と氷が、混ざり合って、溶け合っていく。

 触れ合った場所から。

 どんどん。

 消えて行って。

 そして、すべてが消滅する。

 カラン、と、一つの石が落ちた。

「精霊玉…?」

 リリーと近づいて、その石を拾う。

「ヴィオレット」

 不思議な色合いの石だ。

『エル、リリー』

『崩れるよ!』

「え?」

 初代女王の方を見ると、そこには、着ていた服の残骸だけが残されている。

「逃げるぞ」

 リリーの手を取って、フェリシアが転移した場所に手をつく。

「エル?」

 魔力を集中する。

 女王が死んだから、探しにくい。

『エル、ここだ』

「イリス?」

『飛ぶよ』

「あぁ。リリー、手を離さないで」

 イリスの案内に従って、転移の魔法を使う。

「うん」

 さよなら、エイダ。

 パスカル。



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