77
陽が昇って来た。
まぁまぁ、眠れたかな。
「集まれ、精霊たち」
立ち上がり、魔力を集中する。
新鮮な朝の空気が部屋の中に満ちる。
大地、暗闇、水、炎、光、冷気、大気、真空、天上と地上を繋ぐ、すべての元素。命。魂。
根源的な部分ですべて繋がっているから。
広がり続け、調和し、世界が作られ、命が作られ、今、ここに居る。
だから、自然と、世界とに同調するのは難しいことじゃない。
呼吸するたびに、力が体の隅々に行渡るのを感じる。
そして、自分から溢れ出た魔力が、精霊たちへ流れていくのを。自分と精霊の繋がりを。
『行くぞ、エル』
『悪魔なんてやっつけちゃおうよー』
『絶対負けないわよ!』
『おー!』
威勢がいいな。
『エル、あたしが守ってあげるからねぇ』
『生きて、帰ろう』
「もちろんだ」
さぁ、行くか。
※
朝の空気が気持ち良い。
プレザーブ城に向かって大通りを歩く。
リリーと一緒にサンドイッチを食べた広間のオブジェは、水色のまま。
まっすぐ歩いて、プレザーブ城へ。
中に入り、さらに奥へ行くと、ローブを着た男が一人立っている。
「エルロック様ですね」
「お疲れ様」
「どうか、この国を本来あるべき姿にお戻しください」
「俺は俺の為に戦うんだ」
「それが、この国を救うことになるのです」
だから、魔法使いたちはアリシアに協力するのだろう。
そのまま扉の奥へ進む。
ホールには、五つの扉。
扉の上には、精霊の文字が彫ってある。
ツァ、ヴィ、ルゥ、フェ、クォ。
ヴィの扉が開いている。アリシアの扉だ。
開いていると言っても、その先は壁になっているのだけど。
おそらく、通る資格のないものには、壁に見えるのだろう。
フェの扉の前へ。
『エル。これから言うことを、良く聞いてくれ』
「あぁ」
『まず、ボクを見ても驚かないこと。ボクが顕現したら、すぐにボクと契約すること。ボクに自分の魔力を絶対に送らないこと』
「契約?」
『そうだ。この扉を通れるのは、ボクと繋がりの深い人間だけ。リリーは生まれた時から一緒だから契約なんて必要ないけれど、エル、お前とボクがいくら信頼し合っていても、過ごした年月には変えられないんだ』
「あぁ、わかったよ」
『エル。リリスは狡猾な悪魔だ。初代女王を守るためなら、お前を殺すためならなんでもする。…あいつは、とにかく人を騙すのが上手いんだ。絶対に、騙されるな』
「わかった」
『じゃあ、顕現するよ』
…え?
「お前、それ、」
「早く契約しろ」
「わかったよ」
どれだけ、強い精霊になったんだよ。
自分の髪をまとめて、まとめた髪を全部、短剣で斬り落とす。
「ばっさり切ったな」
「エイダだって、これぐらい持って行ったぞ」
「充分だ」
「契約を…」
「いいよ。エル、ボクはお前の精霊になる。いいな?」
「あぁ。俺はお前を守る」
イリスが俺の髪をその体に取り込む。
「契約成立だ。…行くぞ!」
イリスが扉に向かって魔法を放つ。
扉がその魔法を受けて、光り輝く。
「くそ、もう気づかれたか」
「気づかれた?」
「リリー以外と契約するのは違反なんだ」
「違反?」
「氷の大精霊は、ボクをリリーに与えた。だから、ボクは自由を手に入れるまで、誰とも契約なんてできないんだ」
「おい、どういうことだ」
「最初に言っただろ、ボクも女王に逆らえないって」
「…いつの、話しをしてるんだよ」
『苦戦してるな、イリス』
「マリリス」
「マリリス、だって?」
目の前に、氷の精霊が現れる。マリリスって、ディーリシアの精霊だろ。
『俺の力を使え』
「くっそー。いいんだな?」
『そのために来たんだ』
マリリスが、イリスの体に入る。
「融合した?」
「ボクが吸収した」
「吸収?」
「あぁ、くそ。これでダメだったら洒落にならないぞ!」
何を、そんなに焦ってるんだ?
「いっけー!」
ガラスが割れるような、大きな音が響く。
「やった!間に合った、ぞ」
音を立てて、扉が開く。
そして。
「…イリス?」
初めて会った時と同じ、鳥の姿。
『後は頼んだよ』
「イリス、なんで、契約してるのに俺の魔力を使わないんだ」
『最初に言っただろ。ボクに魔力を送るなって』
「だめだ。寿命を削って魔法を使うなんて、契約の意味がない。俺の魔力を…」
『だめだ、エル。ボクは消える。女王に逆らえば、魔力を吸われるんだ』
「逆らうって」
『ボクに魔力を与えても、女王に吸われるだけだ。早く行け、エル』
「嘘だ」
『情けない顔するなよ…。エル…』
嘘だ。
「イリス」
体がどんどん透けていく。
「なんで、言わないんだ」
消えた。
「イリス、居るんだろ、返事をしろよ」
嘘だ。
こんなの。
イリスは、一言も言わなかったじゃないか。
俺を通すために、自分が死ぬなんて。
「イリス」
だって、お前はリリーの精霊なのに。
『エル、イリスは居ない』
「なんで…」
『エル、立ち止まるな』
守れなかった。
守るって契約したのに。
『進まなくちゃ』
もっと早く気づいていれば。
『エルロック!いつまでうじうじ悩んでるんだよー!』
『落ち込むのは後回しよぉ』
そうだ。
立ち止まっていられない。
「許さない」
この城のシステムも。リリスも。
終わらせてやる。
扉をくぐって、廊下を走る。
この廊下の続く先に、リリスが居る。
右手にイリデッセンスを持って、ホールへ。
『え?』
『嘘ぉ』
『あれ…?』
「リリー?」
なんで?
「エル、どうして、ここに?」
リリーが、リュヌリアンを抜いて、立っている。
リリーの目の前には紅のローブ。ローブだけが、落ちている。
「なんで、ここに居る」
―あいつは、とにかく人を騙すのが上手いんだ。
「紅のローブに、連れてこられたの」
―絶対に、騙されるな。
「どこから」
「アユノトから」
確かに、リリーがアユノトに居てもおかしくない。
「エルは?」
「俺はリリスを殺しに来たんだ」
「リリス?…紅のローブなら、今、私が殺したよ」
リリーが目の前に落ちているローブを見る。
「どうやって」
「どうやって?戦ったんだ」
黒い髪のツインテール、黒い瞳、リュヌリアン、白い鎧、左手にガントレット、右の親指に赤い宝石の指輪。
「勝負を挑まれたんだ」
「エイダは?」
「私だけが連れてこられたの」
「エイダがリリーの傍を離れるなんてあり得ない」
「エイダが居ない時だったから」
「嘘だ」
「エルがエイダを呼べばわかるよ」
もし、これがリリスなら。
イリスの居ない今、エイダをリリーから離すわけにはいかない。
もし、これがリリーなら。
エイダはきっと、リリーを探してここに来る。
「呼ぶ必要はない」
「どうして?」
イリデッセンスを構える。
「エル?」
「リリー。俺はリリーを信じてる」
わからないんだ。見た目だけじゃ、どっちか。
だって、リリスはルミエールにリュヌリアンを作らせたんだろ?
リリーの防具はすべて、ここでそろえてるんだ。リリスにだってそろえることは可能。
外見で判断はつけられない。
「だから、戦ってくれ」
「…いいよ」
リリーがリュヌリアンを構える。
構え方は同じ。
リュヌリアンの迫力も。
「来い」
リリーが跳躍して、剣を振り下ろす。
それを、イリデッセンスで受け止める。
前より少し弱いかな。
「前も避けなかったね」
「そうだったな」
剣をはじいて、風の魔法で右手に飛ぶ。
イリデッセンスで刺すと、リリーはそれを避けて薙ぎ払う。
跳躍してかわし、風の魔法でさらに高く飛ぶ。
リリーは薙ぎ払った体制のまま回転して俺が居た場所を斬る。
リリーらしい動き。
だけど。
上からイリデッセンスで突きさすと、リリーは剣のガードでそれを防ぐ。
反動を利用して飛び、風の魔法で離れた場所に着地。イリデッセンスを構え直す。
走ってきたリリーは剣を斬り上げる。しゃがんで胴体を狙うと、リリーはそれをかわしてイリデッセンスを蹴り、二歩引く。
リリーを追い、リリーの剣をイリデッセンスで叩きつける。
リリーは剣で応じ、鍔迫り合いになる。
「エル、いつまで続けるの?」
真空の魔法でリリーの剣をひきつけると、リリーがよろける。体勢を崩しかけたが、リリーは持ち直して剣で薙ぎ払う。
それをかわして、イリデッセンスで斬り上げる。リリーはそれを避けて、数歩引く。
間違いない。
剣に真空の魔法を込めて、リリーの剣に当てる。
「あ、」
そして、リリーの剣ごと振り上げると、リリーの手から剣が抜けた。
「終わりだ」
左手で腰の短剣を抜き、リリーの胸に突き刺す。
「え…」
イリデッセンスに張り付いていたリリーの剣が落ちる。
短剣を抜いてリリーから離れると、リリーの胸から血が吹き出した。
「エル…、どうして…」
『エル!』
『どういうことよ!』
『みんな、静かにしようよぉ…』
炎の魔法を体の周囲に集める。
「リリーは、俺より強いんだ。俺に負けるわけないだろ」
「エル…、エルの方が強いよ。私はエルに勝ったことなんてない」
「勝ったじゃないか」
「あれだって、エルが迷わなければ、私は負けていた」
「何でも知ってるんだな」
「覚えてるよ。エルと一緒に居た時のことは全部」
「そうか。なら、俺が、リリーに手を繋いでいいか初めて聞いたのはいつか覚えているか」
「それは…」
炎の魔法を、リリーに放つ。
『ちょっと!』
集めた炎はすべて、放ったけれど。
「……」
『後ろだ』
振り返る。
そして、イリデッセンスと短剣で攻撃を受ける。
これは、刀。
しかも、二本持ち?
風の魔法で大きく後退して、構え直す。
が、構え直すと同時に、続けて斬られる。
早い。
ポリシアとは比べ物にならないぞ。
真空の魔法で引き寄せて、短剣でもう片方の刀をイリデッセンスに寄せる、が、相手は力ずくで刀を振り上げ、俺の胴体を斬りつける。
「…っ」
避けきれなかった。
イリデッセンスを逆手に持ち、しゃがんで両方の刀を防御すると、短剣で相手の足を斬りつけ、風の魔法で左手へ。
相手はすかさず向きを変えて追ってくる。
無理だ。もう、二歩下がり、体制を整えて防戦する。
「どうしたの、エル」
「いいかげん、リリーの真似はやめろ」
「無理だよ。だって、私はリリーシアだもの」
「ふざけるな!」
イリデッセンスと短剣で刀をそれぞれはじく。
すかさず、短剣で斬りつける。
「左利きなんて、ずるいよ。初めて知った」
「お前が二本持ちだって言うのも初めて知ったよ」
「二刀流って言うんだよ」
リリーが笑う。
『エル、顕現させてくれ』
「あぁ」
斬られた傷を、バニラが治す。
「邪魔だよ」
「くそっ」
リリーの刀がバニラを狙うのを、イリデッセンスではじいて阻止する。
そして、二撃目を短剣で防ぐ。
「残念。一撃で仕留めてあげようと思ったのにな」
「どういう意味だ」
「この刀は、反属性。精霊を一思いに殺せるんだよ」
「お前ら、俺から離れてろ!」
『やだぁ』
「命令だ!」
『ユール、行くぞ』
『オイラたちがやられたら、エルが魔法を使えなくなくなっちゃう』
『エル、顕現の許可は?』
「安全なら許可する」
「余裕だね、エル。かっこいい」
お前の方が、数倍余裕じゃないか。
信じられない速さだぞ。
「ねぇ、どうして、気づいたの」
「何が」
「中身が違うって」
中身?
「お前はリリーじゃない」
「聞いてるの」
「答えるかよ!」
くそ。全然、攻撃の機会がない。
「答えてくれないの」
「黙れ」
「あんなに愛し合ったのに」
右腕が斬られる。
斬りつけた相手の腕を短剣で斬り、しゃがんで腕の下をくぐると、イリデッセンスで背後を狙う。が、もう片方の刀で防がれる。
「エル、いたい」
「お喋りな悪魔だ」
短剣で刀をはじき、風の魔法で下がって、構え直す。
「忘れたの、エル」
絶対殺す。
「ねぇ…?」
見えた。
イリデッセンスを縦に構えて、短剣で刀と刀の間を刺す。
リリーの顔がゆがみ、リリーは数歩下がる。
それを追って、イリデッセンスで刀を薙ぎ払い、短剣で懐に入ると、リリーの首を短剣で…。
「やめて、エル」
「お前はリリスだ」
リリーが笑う。
「肉体までそうだと、言い切れるのか」
「な、」
まさか。
でも、リリスは魂だけの存在。その魂を、リリーに移し替えたなら…。
リリーが、俺の左手から背後に回る。
「あ…」
「愛する者に殺されるがいい」
『エル!』
まずい、間に合わない。
そう、思った瞬間。
後ろで何かが割れる音がして、光があふれる。
何が起こったのかわからないまま、風の魔法でその場から離れて、振り返ると。
炎をまとったリリーが、リュヌリアンで、刀を手にしたリリーを薙ぎ払い、吹き飛ばす。
「リリー…?」
吹き飛ばされた方は、ホールの端の壁に激突した。
その頭は、何故か光が舞っている。
…あれは、光の玉?
呆けていると、急に頬を叩かれた。
「エルの馬鹿!どうして一人で行っちゃうの?」
輝く、黒い瞳。
リリーが俺の頬に触れる。
「あ、あの、ごめんなさい。痛かった?」
本当に、表情がころころ変わるんだから。
視界がかすむ。頬が熱い。
「信じてた」
そのまま、リリーを抱きしめる。
「良かった、信じて」
リリーは、リリーだから。
「エル?」
「会いたかった」
「私も、会いたかったよ。いつの間に、髪切っちゃったの?」
「イリスに渡したんだよ」
「イリスは…、」
「話しは後。あいつを殺そう」
「うん」
もう一度、きつく抱きしめた後、リリーを離す。
「あいつの弱点は炎だ。俺が炎を集める間、まかせてもいい?」
リリーが笑顔で答える。
「まかせて!」
リリーが走って行く。
「アンジュ、手伝って。みんなはリリーを援護してくれ」
『了解』
『まかせてー』
『了解』
『やるわよ!』
『行くよぉ』
足元に、魔法陣を描く。
『何をするの?』
「傍に居てくれればいいよ。ここは元が寒い土地だから、炎を集めるのが大変なんだ」
魔力を集中する。
「炎の精霊は、アンジュとエイダしか居ないからな」
吸魂の悪魔、リリス。
ある満月の夜。月の女神の力を借りて、光の勇者はリリスを討伐した。
リリスは最後、炎で焼かれ、その灰は大海に流されたと言われている。
今日は満月でもなんでもないけれど。
リュヌリアンがあれば大丈夫だろう。
古い言葉で、月と繋がりを持つ剣だ。
あぁ、力が満ちる。
炎の魔法が、溢れる。
コントロールを離したりなんかしない。
「…リリー!」
二人が、同時にこちらを見る。
え?
なんで、二人ともリュヌリアンを持ってるんだよ。リリスの奴、どこまで狡猾なんだ。
「準備完了だ」
炎をまとめて掲げる。
「うん」
右のリリーが答える。
左のリリーが、リュヌリアンを構えてこちらを向く。
あぁ、リリス。お前は本当に、リリーをちっともわかってない。
知ってるか?リリーには、同じパターンの攻撃は効かないんだよ。
風の魔法でリリスを縛り上げ、炎の魔法をぶつける。
どれぐらい、燃やせばいいんだ。灰になるまでって。
「エル…」
炎の中で、人影が揺らめく。
「ようやく、会えたのに」
初めて聞く声。
これが、リリスか。
「悠久の時を、待っていたのに」
炎の中から蔦が飛び出し、それが俺を縛り上げる。
炎を自分の体にまとわせるが、焼き切れない。
「エル!」
リリーが俺に向かって伸びる蔦をリュヌリアンで斬る。
「一緒に逝こう、エル」
―騙されるな。
イリス?
「リリー!危ない!」
俺の声でリリーが跳躍した直後、リリーの居た場所が砕ける。
リリーは何故か、そのまま、炎の中へ入って行く。
「馬鹿!」
炎の魔法を止めるが、すでに炎の塊と化しているそれは、そう簡単に消えない。
「リリー!」
吹雪の魔法を炎にぶつける。
これが、リリスの狙い?
リリーを巻き込むことが?
リリーを、俺の魔法で殺させることが?
―あなたは、大切なものを失う運命。
―失えば、永遠に現世をさまよう運命。
あぁ…。
また、俺は。
救えないのか?
運命を変えられないのか?
『エル!』
刀が一本、俺に向かってくる。
『危ない!』
バニラが出した岩と、ナターシャが出した雪の塊を貫通して、まっすぐ…。
『あれ、魔法が効かない!』
『避けろ!』
避けようとして、体が動かないことに気付く。
リリーに切られたはずの蔦が、絡みついて、動けない。
「エル!」
炎から飛び出した短剣が、刀に当たり、二つが目の前で落ちた。
炎が消えて、現れたのは。
リリーだけ。
「リリー!」
自分の体にまとわりつく蔦を引きはがして、リリーの傍に行く。
「エル…」
「なんで」
胸に、深々と突き刺さった刀から、血があふれる。
「大丈夫だよ、エルは、悪魔になんてならない」
大地の魔法を、リリーの胸にかけながら、刀を抜く。
抜いた場所から、血があふれる。
「私を殺したのは、リリスだから」
何、言ってるんだ。
「死なないで」
エリクシールを、リリーの傷口にかける。
傷がふさがって行く。
塞がって行く、けれど。
「リリー」
「エル…」
リリーが俺の頬に触れる。
「一緒に居られなくて、ごめんね…」
リリーがゆっくり、目を閉じる。
そして、リリーの手が、落ちる。
「リリー」
また、俺は大切なな人を失うのか?
「死なないで…」
俺が愛したから。
運命に逆らえないから。
俺は、どうやっても、リリーを救えないのか?
「リリーを失えば、俺は、もう…」
『エル、だめだよ!』
『…私たちにできることなんてないわ』
『エルには、辛いことが多すぎるよ…』
『リリスの魂は、もうここにはない』
『きっと、来世で結ばれることができる』
『人間って、馬鹿ねぇ…』
痛みすら、感じない。
感覚が麻痺したみたいに。
刺すところ、間違えてないよな。
体の力が抜けて、リリーに重なる。
ごめん、リリー。
何度も助けてもらったのに。
でも、無理だ。
何のために、生きてきたんだ。
誰も幸せにできないなんて。
好きな人を守れないなんて。
なんで、俺はこんなに弱いんだ。
リリー。
俺のせいだ。
「さぁ、代償を得たなら、奇跡を返さなきゃ」
エイダ?
「そうだな」
誰だ?
「リリー、起きて?」
リリー?
「エル、起きて」
目を、開く。
「あれ…」
体を起こす。
死んで、ない?
「エル?」
「リリー?」
イリデッセンス。
輝く黒い瞳が。
「うん…?」
リリーを抱き起こして、頬を撫でる。
「生きてる?」
「うん。…どこも痛くない。エルが、助けてくれたの?」
「違う、俺は何もしてない」
「いいえ。エルが助けたのよ」
「エイダ?…と?」
「初めまして。私の名前はパスカル」
「氷の大精霊…?」
「そうだ。エイダを連れて来てくれてありがとう。エルロック」
「エイダを連れてきたのは、リリーだ」
「エイダの封印の棺を開いたのはエルだよ」
エイダとパスカルは、顔を見合わせて笑う。
「さて、どこから話したらいいのかな」
「そうね。でも、まずは女王に会いに行くべきよ」
「そうだね。彼女も、二人に話しを聞いて欲しいだろう」
いつの間にか、ホールの先の扉が開いている。
「女王の間が、開いてる…」
「エルロック。少し、いいか?」
「なんだ?」
氷の大精霊が、俺の額に手を当てる。
そして、その手に何か掴むと、両手でそれを包み、広げる。
「さぁ、出ておいで」
「イリス!」
イリス?
『あれ、エル?…リリーも?』
妖精の姿をした、イリス?
「契約を交わしていて良かったな。イリスはエルロックの中で生きてたんだよ」
「契約?」
そうだ。リリーは何も知らないんだ。
『ボク、エルと契約したんだよ。エルの髪をもらって』
「だから呼んでも来なかったの?」
『リリーの側に行けるほど、魔力がなかったんだよ』
「イリスは俺を通すために魔力を使い果たして…」
あの時…。
『死にぞこなったんだ』
イリスが笑う。
「イリス、良かった…」
氷の大精霊は、イリスから、今度はマリリスを出す。
「さぁ、マリリス。お前はもう自由だ。主の元へ届けてあげよう」
『ありがとう、エルロック』
マリリスが消える。
ディーリシアの元へ、帰ったのだろう。
『エル、リリー、リリスを倒したんだな?』
「うん」
倒した、のか?
「リリーが?」
「違うよ、リリスはエルの炎に焼かれて死んだんだよ」
「だって、リリーが炎の中に入って行ったのは、」
「私はリリスの動きを止めていただけ。リリスが、炎から逃げ出そうとしてたから」
「なんで、そんな危ないことするんだよ」
「だって…」
「魔法、効くんだろ?」
さっき、大地の魔法が効いた。
イリスが居なくなって、魔力が回復してるに違いない。
「死んでないよ、ほら」
だって、死んだんじゃ…。
「エルが、その魂をリリーを救うために捧げたから、パスカルはリリーを救ったのよ。私は、契約によってエルを救ったの」
精霊が奇跡を起こすための代償…。
「俺が助かったら、代償にならないんじゃないのか」
「いいのよ。ねぇ、パスカル?」
「問題ないな。さぁ、女王の元へ」
二人の大精霊が、先を歩く。
「ねぇ、エル。魂を捧げるって、どういうこと?」
『エルはぁ、リリーが死んじゃったから、自分も死のうとしたのよぅ』
「ユール!」
「どうして、そんなことするの?」
「聞く必要、あるか?」
「あるよ」
「リリーが居ない世界に、興味なんてないからだよ」
「…エルの、ばか」
だって。
ずっと、リリーと一緒に居る方法を考えてきたんだ。
「もう、離れないで」
「ずっと、一緒に居よう」
「好きだよ」
「愛してる」
リリーが、触れられる場所に居る。
愛せる場所に。
ようやく、自由な場所に。
『困ったねぇ』
『エイダもパスカルも、先に行ってしまったな』
『大精霊を待たせるなんて、なかなかできないよねー』
『いいじゃない。ちょっとぐらい待ってあげましょうよ』
『良かった』
『うん』
悪かったな。
だって、どれぐらい、長い間離れていたと思ってるんだ。
「会いたかった。ずっと」
「会いたかったのに、先に行っちゃったの」
「だって、リリーが。婚姻届なんて書くから」
「どうして、サインしたの?」
なんで、聞くんだ。
「手紙は読んだ?」
「手紙?って、あの、問題?」
「そう」
リリーはくすくす笑う。
「解いた?」
「うん」
「自分で?」
「王立図書館で調べたんだ」
「…花は、喜んでくれた?」
「うん。嬉しかった。すごく。…手紙も、嬉しかった。…あの、花言葉。私が受け取ってもいいの?」
「その為に、考えたんだ。受け取ってくれる?」
「はい」
良かった。
「リリー。次も、はいって言って」
「次?」
リリーの左手を取って、指輪を嵌める。
「え…?」
「俺と結婚して」
リリーが驚いて、その輝く黒い瞳を、まっすぐこちらに向ける。
「はい」
「一緒に、幸せな家庭を築こう」
「はい」
あぁ、これって強制じゃないか。
「本当に、俺で良い?」
「はい」
リリーが、ほほ笑む。
ずっと、その顔が見たかった。
「幸せにする」
「今、とっても幸せだよ」
「もっと」
「じゃあ、私も。エルを幸せにする」
「リリーが居てくれるだけで幸せなんだ」
「私ももっと、エルを幸せにしたい」
顔を見合わせて、笑う。
「行こう、リリー」
「うん」
立ち上がって、リリーの手を引く。
『本当、二人とも暢気なんだから』
「イリス」
『女王も、エイダとパスカルも待ってるんだよ』
※.
女王の間。女王以外は、誰も入れなかった場所。
真っ直ぐ先に、エイダとパスカルが。
そして、氷の球体に閉じ込められた、黒髪の女性が、虚ろな青い瞳で俺とリリーを見る。
これが、初代女王。
「エル、上…」
リリーが俺の腕をつかむ。
「上?」
リリーに言われて上を見上げる。
「なんだ、これ…」
十数人の女性が、初代女王と同じように氷に閉じ込められて、天井から下を見下ろしている。
「それは、歴代の王位継承者」
「王位継承者って」
「リリスの貢物」
「…氷の大精霊は、人間の魂を求めたのか」
「パスカルは、そんなものを求めなかった」
「なら、どうして」
「リリスの意地なんだ。彼女はとても優しい」
優しい、だって?
「私の為に魔力を集め、私の為に真実を隠し、私をあらゆることから守ってくれた」
「周りは被害者だらけだぞ」
「愛とは盲目なのだよ」
「リリスはお前を愛していたのか」
「彼女は男を愛さない」
「…あぁ」
そうだ。リリスが助けるのは、必ず女性だったな。
「かわいそうなリリス。ようやく、魂の片割れが来たのに」
「俺のことか?」
「私は、リリスに言ったんだ。もう、自由になるように」
「俺を殺して自分も死ねって?」
「そうだ。でも、リリスは断った。リリスは、お前を悪魔にしようとしていたけれど。失敗したようだな」
「どうやって」
「リリーシアは、必ずエルロックを助けに来る。そして、お前は炎の魔法を使い、リリーシアを焼き殺す」
「計画通り、だな」
結局、炎の中でリリスはリリーを自分で殺さなければならなくなったのだろう。
あそこで、どんなやり取りがあったのかは知らないけれど。
「計画は狂いっぱなしだ。あんなに焦っているリリスは見たことがない」
「焦っている?」
「そうだ。…まぁ、それもすべて終わり」
「あぁ。終わりだ」
「ありがとう、エルロック、リリーシア。エイダをパスカルの元に連れて来てくれて。そして、この国を長い停滞の歴史から救い出してくれて」
長い、女王の支配の終り。
「私から言いたいことは、これだけ。アリシアたちは、すべての住人の移動に成功した。ディーリシアも目覚めた。すべての氷の精霊は自由になった。そして…」
天上の氷が一つ、地上に降りてくる。
地上に降りると、その氷が溶ける。
「フェリシア。聞こえるか」
「…はい。女王陛下」
白銀の髪の女性が、女王に跪く。
フェリシア。現在の、表向きの女王?
「正しい歴史を。私のなした悪行を、伝えておくれ」
「女王陛下…」
「聞いていただろう。この二人が、終わらせてくれたんだ。私が語ったすべての物語を、まとめてくれ」
「わかりました」
「…さぁ、新しい街まで送ろう」
フェリシアが光に包まれて、消える。
あれは、転移の魔法?
「一人でここに居ると暇でね。リリスが連れてきた娘を話し相手にしているんだ」
「話し相手って…」
「私の歴史を、最初から、最後まで。語り続けている。娘が変わる度に」
「上に居る娘は、みんな死んでいるのか」
「死んでいる。その魂だけが、氷の中にとらわれているんだ」
「何故」
「さっきも言った通り、パスカルは娘の魂を拒否した。だから、リリスは娘の魂を、城を維持させる力として使うことにしたんだ」
魂を閉じ込めておく魔法…。
「この城は氷でできている。パスカルの魔力ばかり使わなくても良いように、パスカルが娘の魂を求めれば、いつでも捧げることができるように、リリスは娘の魂を捧げ続けたんだ。だから、彼女たちを解放すれば、城は崩れる」
「解放するのか」
「もちろん、すべて解放する。でも、その前に。私も、パスカルの最期を見たいんだ」
「最期?」
最期って?
「エル、契約の完了を」
エイダが俺の目の前に来る。
「あぁ」
リリーの手を取って、親指の指輪を外す。
「エイダ、今までありがとう」
エイダが、その宝石をその身に取り込む。
「エルの髪は、アンジュが持ってるの」
「いいよ、返す必要なんてない」
「ありがとう。アンジュを、大切にしてあげてね」
「あぁ。大切にする」
エイダがリリーを見る。
「リリー。封印の棺まで連れて行ってくれてありがとう。一緒に旅できて、楽しかったわ」
「うん…」
「そういえば、何を取りに行ってたんだ?」
「これよ」
エイダが、水色の宝石を出す。
「パスカルからもらった、大切な石なの」
氷の大精霊の、精霊玉。
「エル、リリー。良いことを教えてあげる」
「良いこと?」
「精霊は、大きな嘘をついてるの」
「嘘?」
「精霊が契約に当たって欲しいものは、魔力じゃないのよ」
「え?」
『どういうこと?』
『え?』
『ナターシャとアンジュはぁ、新しい精霊だから、知らないよねぇ』
新しい精霊は知らない?
『エイダ。それを語るのか』
『ルール違反だよー』
『もう、忘れ去られたことだ』
「忘れ去られたこと?」
「どういうことだ?」
「精霊には感情がなかったの」
「感情が?」
こんなにお喋りで、色んな性格が居るのに?
「私たちは、人間の感情、特に、愛情というものの虜になった。私たちは、人間に寄り添うことで、その感情を手に入れようとしたの」
「それが、契約?」
「そうよ。人間が、その短い命の中で、最も労力をかけるもの。人間は、誰かを救うことを、精霊に奇跡として求め続けてきた。私たちは奇跡を起こすたびに、人間に近づき、その感情を、もっと知りたいと願った」
精霊が、代償として求め続けてきたのは、人間の魂ではなく、人間の、感情?
だから、生きている人間に寄り添う方法として、魔法使いとの契約の概念が生まれた?
「私はパスカルを愛した。でも、その感情が良く理解できなかった。きっと、これが愛なのだろうって。漠然とした気持ちでいて、不安だった。これは本当に愛なのか。対になる魂が引かれあってるだけじゃないのかって」
わかるよ、その気持ち。
「わからないまま。私たちは一緒に居たいと願い、その為に、封印の棺を作った。私は棺に入り、ずっと、パスカルを想い続けたの」
それは…。
「私は、パスカルの声が聞きたいと思った。その瞳で見つめてもらいたいと」
そうだ。
リリーと話せないなら。
その輝く瞳を二度と見られないなら。
何の意味もない。
「私は、エルと一緒に居ることで、リリーと一緒に居ることで、愛が何か、理解できた気がするの」
エイダ…。
「それは、イリスを通じてあなたたちを見ていた、パスカルもそう」
エイダが振り返って、パスカルの方へ向かう。
パスカルもまた、エイダの傍へ。
エイダが、パスカルの手を取る。
「あ…」
触れ合った場所が、蒸気を上げて溶けていく。
「エイダ!」
反属性のものが一つになろうとすると。
もともと一つだったものが、一つになろうとすると。
「エル、リリー。ありがとう。楽しかったわ」
「ありがとう」
炎と氷が、混ざり合って、溶け合っていく。
触れ合った場所から。
どんどん。
消えて行って。
そして、すべてが消滅する。
カラン、と、一つの石が落ちた。
「精霊玉…?」
リリーと近づいて、その石を拾う。
「ヴィオレット」
不思議な色合いの石だ。
『エル、リリー』
『崩れるよ!』
「え?」
初代女王の方を見ると、そこには、着ていた服の残骸だけが残されている。
「逃げるぞ」
リリーの手を取って、フェリシアが転移した場所に手をつく。
「エル?」
魔力を集中する。
女王が死んだから、探しにくい。
『エル、ここだ』
「イリス?」
『飛ぶよ』
「あぁ。リリー、手を離さないで」
イリスの案内に従って、転移の魔法を使う。
「うん」
さよなら、エイダ。
パスカル。




