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次は、洞窟を抜けてアユノトへ。少しずつ、陽が長くなっているな。
アリシアは、もう城に帰還してるのだろうか。
っていうか、アユノトに宿はないんだ。トールの家に泊まってるのか?
「お。早かったな、エル」
「カミーユ。アリシアは?」
「一昨日、出発したよ。城の中の魔法陣は、もう準備ができてるらしい」
「早いな」
「それより、リリーシアちゃんはどうした」
「会えなかったから置いてきた」
「はぁ?」
「マリーと旅行中で王都に居なかったんだ」
「マリーの奴、何連れまわしてるんだよ」
「リリーが砂漠に行きたかったらしい。おかげで、結婚することになった」
「次は結婚かよ」
「驚かないんだな」
「お前の言うことにいちいち驚いてたら疲れるだけだ」
「リリーはまだ知らないし、プロポーズもしてない」
「…どこまで順番が逆なんだよ、お前らは」
「?」
「いや、いいよ。金髪と黒髪のカップルの話しをあちこちで聞いただけだ」
そういえば、目立つって誰かに言われたことがあるな。
「どこに泊まってるんだ?」
「トールとシフの家。お前もそこで世話になったんだろ?」
「そうだよ。もう、随分前な気がする」
初めてリリーにキスしたのも。
「俺も、この数日で一年分ぐらいの労働をしたぜ」
「魔法陣か?」
「六日もかかった」
「六日も?」
どこまで大がかりなんだ。
「毎日点検するのも大変なんだぜ。角度の微修正を加えたり。精霊にも手伝ってもらうから、毎日死にそうになりながら作業してたんだからな」
「ポリシアも連れて行けば良かったんだ」
「そういえば、ポリシアちゃんも置いて来たのか」
「連れてくる理由がない」
「じゃあ、今頃、リリーシアちゃんと一緒に、お前を追いかけて来てるんだろうな」
「追いつくわけがない」
「俺は、追いつくと思うぜ」
「俺は明日にはグラシアルに着くんだぞ。そういえば、アリシアにはどうやって知らせるんだ?」
アリシアはもう帰還してるのに。
「お前がグラシアルに向かったら、アリシアに預けてる俺の精霊を召喚するんだよ。…で、俺が預かっているアリシアの精霊が召喚された時が、転移の魔法陣起動の合図なんだ」
「そうか」
「明日、グラシアルに着いたら、宿を取れ。氷砂糖亭って名前のところだ。そこで、アリシアから伝言があるだろう」
「氷砂糖亭か」
本当に、リリーと会ったルートを遡ってる。
「決行は明後日。ジェモの二日になるだろう」
「わかった」
早くリリス退治をしてしまおう。
「お前、本当にのりが軽いんだけどさ。お前が倒すのって、悪魔だろ?大丈夫か?」
「なんだよ、今さら」
「心配なんだよ。そりゃあ、お前は剣も魔法も十分強い。人間でお前に敵う奴なんてそうそう居ないだろう」
「リリーに負けたじゃないか」
「何言ってるんだ。本気で戦うつもりなら、レイピアなんて使わないだろ」
「殺し合いをしたいわけじゃない」
「ほら。本気じゃなかった」
「うるさいな」
「リリーシアちゃん、知らないんだろ」
「言うなよ」
「本当に知らないのか」
「…うるさいな。だいたい、リリーだって本気じゃなかっただろ。本気で殺しに来てるなら、もっと致命傷になる場所を狙うはずだ」
基礎能力が違う。明らかにリリーの方が身体能力は上だ。
戦いにおけるセンスも。
リリーと戦えば戦うほど、俺は不利になるだろう。
それに、リリーがリュヌリアンで本気を出していたら、俺も本気を出さざるを得ない。
そうしたら、殺し合いになる。
なぜなら、あの時。
レイピアが折れた後。少し本気で斬りかかった時の、リリーの反応速度は異常に早くて。
本気で戦ったら手加減なんて絶対にできない。
「殺し合いができなかったっていうのは、お互い様か」
っていうか。
あれは、ただの剣の稽古だったはずなんだけどな…。
「あの時、俺が負けなかったらどうなってたのかな」
ポラリスは、リリーが負けて、南へ行けばすべて失うと言っていた。
それは、何を指しているのか。
セルメアの連中が俺を襲うこともなかったし、リリーが危険な目に合うことはなかったはずだ。
セルメアで、すべての元凶がリリスであるという情報を得られなかった?そんなことはないだろう。
だって、イーシャは生きていて、魔力を渡せば話しが聞けた。
いや…。そうでもないのかな。
俺は魔力を暴走させそうになったし、イーシャを殺していたかもしれないんだから。
「リリーシアちゃんと行くなら、俺は一緒に行かなかっただろ」
そういえば、そんな約束だったな。
「それが、何か関係あるのか」
「魔法陣を六日で制作できたのは俺のおかげなんだぞ」
「それはアリシアに協力しただけだろ」
「女王が死ねば、あの城は崩れるんだ。中に居る市民を逃がさなければ、お前は、間接的に人殺しになる」
「城が崩れる?」
「グラシアルには、あの城が三日でできたっていう伝説があるの、知ってるか?」
「聞いたことあるな」
「それは事実で、あの城は氷でできてるんだ」
「まさか」
でも。夢で見た、リリーの姿をした初代女王は、氷とは思えないほど美しい球体に閉じ込められていた。
つまり。
城の中の人間を逃がさない限り、俺はリリスに勝ったとしても、悪魔に堕ちていた?
どこまで俺を悪魔にしたいんだ。
悪魔にした方が、死者の世界にとってはメリットが大きいのだろうけど。
絶対、悪魔になんてなってやるものか。
だって、リリーの夢を叶えるなら、人間じゃないとできない。
『エル、寝ないの?』
バニラとナターシャが出した岩と雪の塊を破壊する稽古。
ジオにも頼んで、たまに出現した岩や雪を不規則に動かしてもらう。
今日は立夏の終りで、月が完全に光を放たない日だから、アンジュが辺りを明るく照らしてくれている。
「どうせ明日戦いに行くわけじゃないんだ。魔力が尽きるまで稽古したって構わないだろ」
『それ、本気なの?私だって疲れちゃうわよ!』
『エル、リリスが襲ってきたらどうするの』
「俺を襲うためだけに、城を離れる理由がない。リリスは初代女王を裏切ることは絶対にしない」
リリスが女王の部屋の前から離れたのは断った一度きりだって、アリシアが言っていたじゃないか。
あれ?…ってことは。
『なんで、お前にそんなこと分かるんだ』
「俺はリリーを愛してる。リリーと一緒に居るために、リリスを倒すんだ。…あいつは俺の魂の片割れなんだろ。それなら考えていることは一緒だ。リリスは絶対に初代女王を裏切らない。一緒に居るために、初代女王に魔力を与え、大精霊が女王との契約を終えられないように手を尽くしてる」
『女王は、女だよ?』
「何か問題があるのか」
『愛っていうのは、人間の男女の間で発生するんだろ?』
「俺はリリーが男でも愛せるよ」
『…そうだね。その実例があったっけ』
「実例?」
『人間って難しいよ。で?だったら、リリスはお前と一緒に死ぬつもりはないってことか?』
「おそらく。初代女王を守るためなら刺し違えても良いって思っているかもしれないけど。…でも、あいつの理想は、俺の魂を悪魔に堕とすことだ。そうすれば、自分が死ぬ時に俺を悪魔召喚すればいい」
『悪魔になったエルを呼び出して殺すの?』
「その必要はない。リリス自身が器になれば、俺の魂はリリスの肉体に入り、そのまま一緒に消滅する」
『リリスは消滅したいかな』
「どれだけ一緒に居たいと願っても、悪魔と人間が一緒になることはできない。相手が不老不死にでもなってくれないと。初代女王が死ねば、リリスはもう、この世に未練はないだろう」
『どうやって、エルの魂を悪魔に堕とすつもり?』
「俺に人間を殺させればいい」
『お前はリリスしか殺さないんだろ?アリシアが城から人間を逃がせば、あの城に人間なんていなくなる。どうやって人間を用意するんだ』
「それはリリスの知らないことだろ」
『そうかな』
「知ってるって言うのか」
『リリスは、城のことなら何でも知ってる。城の中に巨大な魔法陣を描いてるんだろ?気づかないわけがない』
「じゃあ、俺がリリスの元に行くことも、アリシアの計画も、すでに全部ばれてるんだな」
『たぶん』
「なんで放置しておけるんだ」
『制度上問題がないからじゃない?』
「制度上問題がないのは、アリシアも確認済みだ。アリシアは、リリスが命令すれば転移の魔法陣を起動できないって言ってたんだぞ。だから俺にリリスをひきつけろって言って来たんだ」
命令は絶対。逆らえば死が待っている。
「いや。違う。…命令は、違反すれば女王に魔力をすべて奪われて死ぬ効力を持つ。アリシアと、すべての王位継承権保持者、魔法使いが命令を違反すれば、リリスは全員殺さなくちゃいけなくなる。すでに、そこまでの覚悟をリリスは知ってるんじゃないか。だから、手を下せない?」
『あいつは人間を殺すのに何のためらいもないよ』
「だめなんだよ」
『どうして』
「ポリシアが言っていたじゃないか。グラシアルの王族は、魔力を見る目を持っていたって。それは女王の娘の特徴だ。女王の娘には王族の血が流れてる。その血はどんどん薄れているだろうが、王位継承権保持者や魔法使いが王族の血を継承しているのは確かだ。全員殺せば、女王の娘が生まれなくなる可能性がある」
『それは、気づかなかったな』
「だから、リリスにとって、アリシアの行為は手詰まりなんだ。俺が居なくても、成功する。…もっと早く気づいて、アリシアに教えられたら良かったな」
そうすれば、俺を待つ必要なんてなかったのに。
『じゃあ、リリスはどうやって人間を用意するんだ?』
「どうやって?…思いつかないな。それとも、俺の推測が間違っているのか」
『エルに人間を殺させて、エルの魂を悪魔に堕とすつもりがないってこと?』
「リリスが俺の魂を求めているなら…。いや、もう一つ方法があるか」
『まだあるの』
「俺を生け捕りにして、封印すればいい」
『そんなこと、できるのか』
「昔、精霊はその奇跡の代償に人間の魂を要求したんだ。その際に、人間の魂を保存する方法があっただろう。リリスはその頃に生まれた悪魔だ。きっと、その方法を知ってる」
『…そうだね。知ってるかもしれない。もしリリスが望めば、女王も力を貸すだろうし』
「方法を知ってるのか?」
『それが、氷の魔法で可能なのは知ってるよ。たとえ肉体が滅びても、魂を永遠に閉じ込めておくことは可能なんだ』
「肉体が滅びても?寿命を超えても可能なのか。そんな魔法、自然に反してる気がするけどな」
『精霊はほとんど不老不死なんだ。人間が不老不死になることが自然に反してると思ってるのは、人間だけじゃないのか』
「それなら、精霊が奇跡の代償に得た魂を、永遠に自分のものにできるってことか?」
『それは違う。奇跡との等価交換、人間が精霊に渡せるのは、自分の寿命だけだ。もしも不老不死になるなら、そのために精霊の力が必要になる』
「そうだったな」
そして、精霊と人間は試行錯誤を繰り返し、現在の契約の方法が確立されていく。
「今日はこの辺にしておくか。ジオ、バニラ、ナターシャ、ありがとう」
『了解』
『終わったー』
『人使いが荒いんだから!』
三人の精霊が体に戻り、アンジュが俺の傍に来る。
「アンジュ、道を照らして」
『うん。まかせて』
今日は、月明かりもない暗い夜だから。




