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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
4/45

02

 鳥のさえずりと、朝陽。

「ん…」

『おはよう、エル』

「あぁ。おはよう、エイダ」

 体を起こすと、案の定、リリーの腕が巻き付いていた。

『朝から溜息なんて』

「見てるなら注意しろよ」

『私が?止める理由なんてないでしょう』

「あるだろ」

 何考えてるんだよ。

『かわいい女の子が隣に来て、困ることでもあるんですか?』

 からかいやがって。

「少なくとも、毎日引っ張られるのはごめんだぜ」

 昨日の朝を思い出す。

『エルがちっとも起きないから、心配してたんですよ』

「心配?」

 昨日は…。っていうか、なんで俺はベッドの上で寝てるんだ?

 なんだか、記憶があいまいだ。まだ、頭が目覚めてないのかもしれない。

『寝室に運んでくれたのはリリーですよ』

「え」

 運んだって、俺を抱えてきたのか?

『もう少し筋肉つけた方が良いんじゃないですか?』

『そうだよ、エルー』

『女の子ひとり、まともに担げないのは問題よね』

『リリーは戦士だからな』

『エル、貧弱』

『言いかえせないねぇ?』

「鎧装備で筋肉ついた魔法使いが居てたまるかよ」

 俺の言葉に、精霊たちが笑う。

「リリー、起きろ」

 リリーの頭を撫でると、リリーは俺から腕を離し、目をこする。

「ん…」

 起き上がり、焦点の定まらない目で俺を見る。

「エル?…気が付いたの?」

「何寝ぼけてるんだよ。もう朝だって」

 リリーは俺の両頬に両手を当てる。

「元気?」

「あぁ。良く眠れたしな」

「良かった…」

 リリーは俺の首に手を回して抱き着く。

「なっ」

「エル。良かった…。私、エルに言わないと…」

「な、んだよ」

「ありがとう」

 ありがとう?

「どう、いたしまして?」

「あ、」

 リリーはあわてて俺から手を離すと、ベッドから降りる。

「先に、行ってるね」

 どこに?

 聞くより先に、リリーは部屋を出て行った。

『エル、いつまで固まってるのぉ?』

 なんだったんだ、今の…。

『ねえ、エル。昨日のこと、覚えています?』

「昨日?」

 ここ、トールの家だよな?確か、リリーと暖炉にあたってて…。

「ソファーで、寝たのか?…ってことは、俺、どれぐらい寝てたんだ?」

『昼食も夕食も食べてませんね』

 昨日の昼からずっと?

 寝すぎだろ…。

 予期しない襲撃や精霊との契約で魔力は使ったけど。

「なんか、調子狂うな…」

 あくびをしながら、立ち上がる。

「ナターシャ」

 契約したての雪の精霊を顕現させる。

『なぁに?エル』

「紹介するよ。出てこい、精霊たち」

 俺と契約している精霊たちが姿を現す。

「じゃあ、自己紹介しましょうか。私は炎の精霊、エイダよ」

『私は闇の精霊、メラニーだ』

 漆黒の蝙蝠のような羽を持つ精霊が言う。

『オイラは風の精霊、ジオだよー』

 くるくる回転しながら言うのは、透き通った黄緑色の羽を持った精霊。

『あたし、真空の精霊だよぅ。ユールっていうの。よろしくねぇ』

 エイダの肩に乗った、長い白銀の髪を体にまとわせた精霊が言う。

「おい、バニラ。お前もだ」

 メラニーの陰に隠れている、緑の髪をした精霊に声をかける。

『大地の精霊。バニラ』

 普段から寡黙な精霊は、ナターシャに向かってお辞儀をする。

『私はナターシャ。雪の精霊よ。よろしくね』

 精霊同士の相性が悪いと、魔法を使うとき、特に合成魔法に影響が出る。

 相性の良し悪しは、属性というよりは、コミュニケーションに起因することがほとんどだ。

「じゃあ、やるか」

 ベッドから降りて、いつものように魔力を集中する。

 大地、闇、水、炎、光、冷気、大気、真空、天上と地上を繋ぐ、すべての元素。命。

 自然と、世界とに同調する。呼吸を合わせる。

 深く呼吸するたびに、魔力が体の隅々に行渡るのを感じる。そして…。

 あれ?

「エル?どうかしました?」

「何か…。上手く行かないな」

 いつも通りにやってるはずなのに。魔力が膨れ上がる気がしない。

 もう一度、意識を集中する。落ちついて。自然の声を。

 …冷気の精霊たちだけじゃない。炎の精霊の感覚。…暖炉に住んでる精霊か?

 エイダが居るせいか、炎が一番気持ち良い。

 この感覚。魔力が体に満ちて、あふれ出た魔力が精霊たちへと流れていく。

 ゆっくり、目を開く。

 エイダを残して、他の精霊たちは姿を消した。

「エル、大丈夫?」

「あぁ。大丈夫だ。エイダも戻ってくれ」

『了解』

 エイダが姿を消す。

 さっきのは、何が良くなかったんだ?寝すぎたせいか?それとも環境のせい?

「エル、朝食ができたよ」

 扉が開いて、リリーが入ってくる。

「ごめん。魔力の集中してた?」

「いや、終わったところだ。…リリー、体は大丈夫なのか?」

「私は大丈夫。エルが助けてくれたから」

 首を振る。俺がもう少し、先を読めれば。リリーを危険な目になんて合わせずにすんだのに。

「俺が助けたわけじゃない。精霊や、トールが居たから…」

「お礼を言わなければならない人はたくさんいる。でも、一番、エルに感謝してるんだ」

 今朝のことを思い出す。

「じゃあ、俺も言っておく。無事でいてくれてありがとう」

「え?」

 自分のせいだってわかっていることで人が死ぬのは、嫌だから。

「守ってくれ、って言ってただろ」

「あ…。うん」


 ※


 あたたかい、野菜のポタージュに、パン。焼いたハムとチーズが並ぶ。

「さぁ、召し上がれ」

「いただきます」

 ここは、周囲と断絶している村のはずだ。

 保存が効く肉や野菜はともかく、新鮮なミルクは一体どこから?

「ここは、自給自足の村じゃないのか?」

「自給自足と言っても、ここからもっと山の方にも集落があって、取引がある。それに、定期的に通ってくれる商人もいるんだ」

「へぇ」

 おそらく、もっと上にある山の集落では放牧をしているのだろう。

「あんたたち、東の洞窟を抜けるのかい?」

「あぁ。東の洞窟を抜ければ、平原に出られるんだろ?」

「平原に出られるが、抜けてすぐ見える城には、訪れないほうがいい」

「城?」

「古城だ。遠い昔、この地方の領主だった者の。ずっと使われていなかったが、最近そこを根城にしてるやつが居るらしい」

「賊か?」

「精霊たちは嫌って近寄らない」

 精霊が嫌うってことは、趣味の悪い魔法使いが居るのかもしれない。

「ここはグラシアルだろ。女王が賊をのさばらせてるって?」

「洞窟を抜ければ、グラシアルの田舎さ。女王の魔力っていうのは、道伝いに伝わっている」

「道伝い?…あぁ、そういうことか」

 アユノトのルートが使われなくなった理由。

 フリオ街道、そしてグラシアルの大動脈である東西に走る大街道。それが女王の魔力を伝える道。必然的に、女王の魔力が及ぶ地域が栄え、豊かになる。

 さすがに、広大なグラシアルの全土をカバーしてるわけじゃないか。

「そうだ。トール、シフ。世話になったな。何か礼がしたい」

「礼などいらないよ。君たちは、精霊のお客さんだ」

「いや、精霊にも世話になったからな。昨日も助けてもらったし。何か困ってることとかないか?」

 トールとシフは顔を見合わせて笑う。

「いや、今朝ね。リリーシアが同じことを言って、薪割りを手伝ってくれたんだよ」

「今朝って、起きてから?」

「あぁ。あっという間に、一週間分の薪ができたよ。とても助かった」

 一週間分の薪って、相当な量だろ?

「私は、それぐらいしか出来ないから…」

「いやいや。こんな若い人が来ることも稀だからね」

「それだけで私たちは楽しいのよ」

 そうか。産業のないこの村は、若手が出て行ってしまうのだ。

「洞窟を抜けるなら、午前中に出た方がいいわ。お弁当も持って行ってね」

「私が洞窟まで案内してあげよう。準備ができたら声をかけてくれ」

「あぁ。すまない」

「ごちそうさまでした」

 リリーが手を合わせる。


 ※


 ブラックペッパー、レッドペッパー、ハルディ、セージ、ジャコウ…。

「エル、それは?」

「香辛料だよ。使ったら料理に深みや香りを与えるし、売っても高値で取引される」

 それぞれを麻の袋に入れていく。

「エルは料理するの?」

「家に居る時はたまにな」

「エルの家って?」

「ラングリオンの王都だ」

 言ってなかったか。

「ラングリオンって、東にある、砂漠の国?」

「砂漠はラングリオンの領地じゃないぜ」

「そうなの?」

 オービュミル大陸の東。大陸一の面積を誇るラングリオン王国の更に東には砂漠が広がっている。

「あそこは、遊牧民族の土地なんだ。一応、ラングリオンの市民証か手形が必要だけど…。そういえば、身分証は持ってるのか?」

「身分証って、これ?」

 リリーが身分証を出す。

 リリーシア・イリス。

 グラシアル女王国の王都出身で、身分は上級市民。おそらく、貴族を現しているのだろう。

 グラシアル王国印に魔法のホログラム入りだ。

 間違いなくどの国でも使える証書。有効期限は五年。

 さすがに、王族とは書いてないよな。

「あぁ。これで大丈夫だ」

「私もラングリオンへ行きたい」

「遠いぞ?」

 海路でも半月程度。陸路なら一月かかる距離だ。

「私が外に出られるのは三年だけだから…」

 そういえば、女王の修業って三年間だったか。

 結局、修行がなんなのか…。言わないんだろうな。

「あ、エルが行く場所があるなら、そっちを優先して」

「いや、俺の目的はグラシアルの王都だ。後は、適当に観光でもして帰国予定」

 王都には、もう少し滞在する予定だったけれど。

「古城は行くの?」

「行かないよ。なんでグラシアルのゴタゴタに巻き込まれなきゃいけないんだ。直に、この辺を管轄している騎士団が討伐するだろ」

『エル、それって、なんだか…』

「言うな」

「?」

 なんか、巻き込まれそうな予感がするんだよな…。

『じゃあ、賭けをする?』

「やめろ、余計に巻き込まれそうな気がしてきた」

 思わず頭を抱える。

「エルは、お人よしなの?」

 エイダの笑い声が響く。

「笑い事じゃないからな」

 香辛料を詰め終わり、ポールからもらった地図を広げる。

「今から洞窟を抜けるのに半日。おそらく、南のキルナって村に着くころには夜だ」

 洞窟の出口から、東南の方向に古城、少し西寄りの南にキルナという村がある。

 更に南に、バンクスという街。

 もう一つ、持参してた地図を広げる。

「これがオービュミル大陸の全域地図だ。ポールの地図は、この区画だな」

 地図の左上辺りを、指で四角く囲む。

「急ぐなら、港から船を乗り継いで行けばラングリオンまで行ける。…ただ、この村からは港までの道がないから、迂回して、大街道まで行かないとな」

「どうして?」

「どうしてって。経由できる場所がないだろ。野宿でもするつもりか?」

「経由できる場所?」

「…だいたい、この距離を歩くのにおよそ一日」

 キルナの村とバンクスの街を指で示す。

「そうなの?」

「そうだよ」

 もしかしなくても。地図が読めない?

「だいたい、こんな辺境の場所歩いてたら、精霊に魂を奪われかねないぞ」

「精霊が、人間の魂なんて欲しがる?」

「昔の話しだけどな。魔法使いがほとんど居ない時代。つまり、精霊と契約する方法が確立されていない頃。精霊は人間から奇跡を求められた時に、魂を要求したんだ」

「精霊が人を殺せば、罪になるんじゃないの?」

 そう。精霊とは自然の摂理に逆らわない生き物。

「殺しはしない。魔法使いと同じだ。人間の魂は、魔力を集められる。だから、精霊は人間の魂を、その寿命が尽きるまで預かるんだ。預かっている間、魔力をもらえる。そして、人間の寿命が尽きたら死者の世界へ送る。それは、自然に反しないことだから、精霊にとって罪にならない」

 現在では、ほとんど行われていない手法だ。精霊に頼むよりも、魔法使いに頼めばいいから。

 ただ。人間の魂と引き換えに願いを叶える精霊はまだ居るという噂は聞く。

「さ、行くか」

「その香辛料は?」

「宿代の代わりに置いていくんだよ」

 使っても良いし、売っても良いし。保存がきくものだから、邪魔にはならないだろう。

「そういうお礼の仕方もあるんだね」

「そうだな」

 宿を借りて食事まで提供してもらったんだから、最低限の礼儀だろう。

「エルは、とても親切?」

「…なんだよ、それ」

『私もリリーに同感ですよ』

「お前ら、いつの間に仲良くなったんだ?」

 っていうか、エイダは、いつの間にリリーって呼ぶようになったんだ?

 リリーシアって呼んでなかったか?


 ※


 切り立った山の斜面にぽっかりと開いた洞窟。

 土地勘のない人間がアユノト村方面から来るのは難しいだろう。

 洞窟から村までだったら、村から立ち上る煙を頼りに、何とかたどり着けそうだが。

 トールに案内してもらって良かった。

「ここは昼間でも薄暗いんだ。松明は持っているかい?」

「灯りなら大丈夫だ」

「そうか。それじゃあ、気を付けて。旅のご加護がありますように」

「あぁ。精霊たちにもよろしく言っておいてくれ」

「お世話になりました」

「元気で」

 手を振ってトールと別れると、洞窟へ入る。

「光の精霊と契約しているの?」

「いや、俺は光の精霊とは契約してない。その代り、これがあるんだ」

 光の玉を取り出し、卵を割る要領で杖の先に軽くぶつける。

 すると、玉から光があふれる。

「これも、魔法?」

「これは、光の魔法を込めた玉だ」

 光の玉は、杖の先をくるくる回りながら浮いている。

「あ、初めて会った時のも?」

「ああ」

 そういえば、リリーを連れて逃げるのに使ったっけ。

「あれは煙幕。爆炎の煙だけを抽出して、少しだけ混乱薬を混ぜてあるんだ。主に、逃走用に使う」

「便利だね」

「ほら」

 持っていたのをいくつかリリーに渡す。

「白いのが光の魔法、紫が煙幕。やるよ」

「ありがとう」

「衝撃を与えたら割れるから、落とすなよ」

「…気を付ける」

 大丈夫だよな?

 攻撃魔法を込めてるわけじゃないし、街で落としたところで大した被害は出ないだろうけど。

「メラニー」

『探索か?』

「あぁ」

『なかなか広いぞ』

「広いのか?迷うことはないらしいけど?」

 トールからは、ほとんど一本道だと聞いている。

『ここは採掘に使われた洞窟だ。あちこちに坑道がある。坑道は立ち入り禁止になっているようだが、どこまで探索する?』

「掘りつくされた坑道跡か。目ぼしいものもなさそうだな」

『それはバニラの分野だろう』

 迷宮の探索は闇の精霊の得意分野。しかし鉱物や草花の探知なら、大地の精霊が得意だ。

『エル。脇道は崩れる恐れがある』

「じゃあ、まっすぐ進むか」

『バニラ、出口まで近道があるようだが?』

『危険だ。道なりに進んだ方が良い』

「了解」

 おそらく、アユノト村方面と平原を繋ぐ役割を果たす道だけが、トンネルとして頑強に残っているのだろう。

『エル、錬金に使えそうなものを集めてくるか?』

「そうだな。バニラも頼む」

『了解』

『了解』

「わ、」

 精霊たちが飛び出していく。

「リリー、大丈夫か?」

「うん。…バニラって、大地の精霊?」

「あぁ」

「了解、って声しか聞こえなかったけど、もっと話してた?」

 ってことは…。

「ナターシャ、なんか話せ」

『なんか話せ、ってどういう意味よ』

「お前が一番賑やかだろ」

『失礼ね。これでも、人間と契約するのは初めてなのよ』

「そうなのか?」

『そうよ。女王が統治してから、あんまり魔法使いなんて来ないもの』

 そうだろうな。

「リリー、ナターシャの声は聞こえるか?」

「聞こえない」

「じゃあ、見たことのない精霊は聞こえないんだな」

 おそらく、体の中に入ってる精霊は見えないんだろう。

 エイダは最初から見えていたみたいだけど、エイダは俺の体に収まりきるような力じゃないからな。

『ちょっと、何の話しよ?』

「わ、綺麗な精霊」

 ナターシャ。俺の体から出たな?

『あら、見る目あるじゃない』

 姿を現してないから、見えるのはリリーだけだ。

『私は雪の精霊ナターシャよ』

「こんにちは、私はリリーシア」

『あなたも十分可愛いわよ、リリー』

「ありがとう」

『じゃあ、またね』

 ナターシャが戻る。

「エルって何人の精霊と契約してるの?」

「ん?…闇、真空、炎、風、大地と、雪の六精霊だ」

「魔法使いって、そんなに精霊を宿せるの?」

「んー。そうだな…」

 これは好みの問題なんだけど。

「そんなに連れてる奴はいないかな。単体の方が絆も強くなるし、より強い力を発揮できる。複数いれば合成魔法が使えてバリエーションが増えるし、備えにもなる」

「備え?」

「たとえば、戦闘になって炎の魔法を使った場合、相手は炎の魔法に対する対策をとる。けど、そこに、相手も想像してないような魔法…。氷の魔法なんかを使えば、こっちが優位に立てるだろ?」

「戦略的に戦える?」

「そういうことだ。ただし、精霊同士の相性が悪ければ、力を発揮できないし、妨害しあう場合もある。あんまり複数の精霊と契約すると、精霊に魔力を送るのが間に合わなくなって、契約違反だと見放されてしまう」

 精霊に魔力を送る見返りに、その力を貸してもらうのが契約だからだ。

『エルは弱っちいから見放さないよー』

『ふふふ。あたしが居なきゃ困るよねぇ』

「はいはい。ありがたく聞いておくよ」

「今も精霊と話してた?」

「あぁ。…面倒だから紹介しておくか。二人とも出てこいよ」

 リリーの知らない、風と真空の精霊を顕現させる。

『あたし、ユール。よろしくねぇ』

『オイラはジオだよ』

『ふふふ。あなた、おもしろいよねぇ。遊ぶぅ?』

『ひゃっほーい』

「…戻れ」

 二つの精霊を体に戻す。

「賑やかだね」

「いっつもこんな感じだ」

 こんなに多くの精霊と契約することになるなんて、思っていなかったけれど。

「これなら、一人旅でもさびしくなさそうだね」

 確かに。一人旅な感じはしないな。

「そういえば、久しぶりだな」

「え?」

「誰かと旅をするなんて」

 一番初めは、故郷を出て王都に向かう時だった。

「そういえば、リリーは城を出るのは初めてだったよな?」

「うん」

「修行の目的ってなんなんだ?」

「え?」

 女王の娘がするという修行。まさか、目的がないわけじゃないだろう。

「目的は…、」

 言えないのか。

「それは、」

 イリスが言っていた。女王から出される試練は、魔法を使わなければいけないらしい。

 魔法を使えるようになることだとしたら。

 その方法をリリーは知っているのか?

「悪かったよ。言いたくないことは言わなくていい。三年って、お前に与えられた自由な時間なんだろ?やりたいことやればいいじゃないか」

 女王の血族というのは、城の中に住んでいて、出られるのは修行の三年だけ。

 どちらにしろ、修行が終わったら城に帰らなければならないはずだ。

「エル、」

 リリーが俺の腕をつかむ。

「私は…」

 何か呟いたようにも聞こえたが、リリーはそれっきり黙った。


 ※


「止まれ、旅人よ」

 キルナに着いたのは、もう日が暮れたころだった。

「身分証の提示を」

「あぁ」

 古城の件があるから、警備体制が強化されているのか?

「お前はラングリオンからか。そっちは…」

 リリーの身分証を見ると、警備兵は青ざめ、両膝をついて顔を伏せる。

「イリス様で、ございますね。失礼いたしました!どうぞ、どうぞお通りください。宿の手配もすぐ!」

 おいおい。扱いが全然違うな。

「ま、待ってくれ、あの、大丈夫だから、その、」

 リリーが、警備兵の対応にあたふたする。

「お忍びで旅行だから、騒がないでやってくれ」

「しかし、上級市民様となると、尊い女王のご恩情熱い方で…」

 あぁ、そういう扱いなのか。

 そもそもこの国は、女王の国だ。上級市民ってことは女王の息がかかってるに違いないってわけか。

「いい、いいから」

 リリーは怖がって俺の後ろに隠れる。

「他言無用だ」

「はい!かしこまりました!」

 大丈夫か、この兵士。

「顔を上げてくれ。そんなこと、されたくない」

「はい!」

 警備兵はリリーに言われた通り立ち上がる。

「あの、誰にも言わないでほしい」

「了解いたしました」

「宿はどこだ?」

「広場を右に抜けたところにございます」

 態度で周囲にばれそうだけどな。そう思いながら、村の中に入る。

「エル、怖い」

「しょうがないだろ。女王はこの国では神様みたいなもんなんだから。お前が娘だってばれたら、あの兵士、卒倒するぞ」

「気を付ける」

 今さらだけど。

 広場を抜けて右に進むと、飲食店から音楽や灯りが漏れている。

 二階のありそうな建物を探して、中に入る。

「いらっしゃいませ。…ご宿泊ですか?」

「あぁ。空いてるか?」

「はい。すぐにご用意します。少々お待ちを…。あ、お食事もされますか?」

「あぁ。頼むよ」

「では、お席にご案内しますね」

 店内は夕飯時でにぎわっていた。

 案内された席に、リリーと二人で着く。

「肉料理しかご用意できないのですが、よろしいですか?」

「あぁ」

「はい」

「かしこまりました」

 メイドが去って行くと、店内に居た男たちが寄ってくる。

「見ない顔だな」

「可愛いお嬢さんだ」

「見世物じゃねーよ」

 酔っ払いが。

「まぁまぁ、そう固いこと言うなよ」

 俺の肩に腕を回そうとしてきた男の腕をつかみ、風の魔法で吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた男を見て、他の連中が騒ぎだす。

「兄ちゃんつえーな」

「でもよ、気を付けないと、こんなかわいい子、さらわれるぜ」

 俺のテーブルには近寄らずに、男たちが言う。

「…さらわれる?」

「なんだ、知らねーのか?」

「良くこの村まで無事できたもんだぜ」

「どういうことだ」

「最近、変な魔法使いが暴れてるんだ」

 古城の魔法使いか?

「この村にも三日ぐらい前に来て、村の物を略奪して行ったのさ」

「あいつら、やりたい放題だ」

「悪党なら、騎士団に討伐してもらえばいいじゃないか」

 確か、グラシアルには、各地方を守る騎士団があるはずだ。

「それが、あれこれ難癖つけて来ないんだよ。女王に直談判しに行った奴はまだ帰ってこないし」

 ただの職務怠慢なのか、それとも裏で何らかの繋がりがあるのか…。

「騎士団の連中はびびってるんだよ」

「あぁ、二つ名のある魔法使いなんだっけ?」

「黄昏の魔法使い、だっけ」

 なんだ、それ。ここはグラシアルだぞ。

「黄昏の魔法使いって?」

「お嬢ちゃんは知らないのか?」

「あれだろ、ラングリオンの英雄」

「え?悪魔じゃねーの?」

「それは、セルメアの話しだろ」

「英雄で、悪魔?」

 リリーは首をかしげる。

「エルは知ってる?」

「さぁね」

 ラングリオン王国もラ・セルメア共和国も東の国だ。ここは西の果てのグラシアル女王国だぞ。

「どっちにしろ、なんだって、こんなところに居るんだか」

「こらこら。お客さんに絡まないの」

 メイドが料理を運んでくる。

「ごめんなさいね。馬鹿ばっかりで」

「わぁ、おいしそう」

「えぇ。久しぶりのお客様だから、サービスするわ」

 魔法使いのせいで、ここまで来る人間が少ないのか。

「さぁ、あんたたち。食事が終わったなら帰って頂戴」

 メイドが男たちを追い払う。

「ゆっくりしていってね」

 明日は早くに出発しなければ。巻き込まれて、たまるか。


 ※


「今居るのが、この辺り」

 寝室に行って、地図を広げる。

「明日起きたら、まっすぐ南に向かって、この街で一泊して、更に南下して大街道に入る。そうしたら、大街道を東に進んで…」

 説明しながら、地図の上に指を這わせる。

 地図上でも目立つ、グラシアル国の東西を走る大街道。

 トールは、この道が女王の魔力を伝えていると言っていた。

「大街道沿いには宿場町がいくつもあるから、どこかで一泊して、メロウ大河とぶつかるこのポルトペスタっていう街まで行く。グラシアル王都よりもでかい街だ」

「ポルトペスタって、城下町より広いの?」

「あぁ。商業が盛んで、多くの旅人が必ず立ち寄る。人も物もたくさん集まる拠点」

 あ。今気づいた。

 ポールに教えてもらったアユノトを抜けるルートは、王都からポルトペスタまでの近道なのだ。

 山岳地帯を抜ける上に、立ち寄れる都市が少ないというリスクはあるものの、南北に長くそびえるオペクァエル山脈を迂回する必要がないから、五日は短縮になるだろう。

本来なら、城下町からフリオ街道を南に進み、山を大きく迂回して、ようやく大街道に入れるのだ。しかも、大街道に入ってからも、ポルトペスタまでの道のりは長い。

「ポルトペスタには色んなものがあるから、観光にはうってつけだ。しばらくここに滞在しても良いな。それから、ラングリオンまでどう行くか考えればいい」

 ついでに買い物も済ませないと。色々頼まれていたものもある。

「ええと…。迷わないかな」

 俺の話し、聞いてたか?

「こんなに広いのに」

「何言ってるんだよ。ポールに教えてもらった山の入り口の方が見つけにくかっただろ」

「そうなの?」

「そうだよ」

 まさか…。

「リリー。南はどっちだ?」

「こっち、かな?」

 リリーが指している方角は、東。

「リリーに一人旅は無理だな」

「え?違うの?」

「そっちは東だ」

 とんだ方向音痴だな。

「そんなんで、どこに行くって言うんだ?…そういえば、行きたいところはないのか?」

「行きたいところ?」

「三年間、外に出られるっていうのに、まったく無計画なのか?」

「ええと…」

 それも言えないこと?…な、わけないだろ。

「無計画なんだな」

「船、船には乗りたいよ。海に浮かんでる船!」

 思わず、笑ってしまう。

「え?何か変なこと言った?」

 海に浮かんでるから、船っていうんだよ。

「いや、なんでもない。それじゃあ、ラングリオンに向かうのに、船に乗ろう。ポルトペスタの北東に向かって、二つ街を超えればすぐに港町がある」

「うん」

 本当に、おもしろいな。

「明日は早いし、もう寝ろよ」

 さて。

 地図を閉まって、本を取り出す。

 “銀の棺”

 グラシアル王国に行くなら見つけてきて欲しいと頼まれていた本だが、どういう内容かは知らない。時間も余ったし、少し目を通しておくか。

 頼んだ本人からは、俺が読むような本じゃない、と言われていたけれど。古文書の類なら興味はある。

「それは?」

 リリーが本を覗きこむ。

「銀の棺だ」

「あぁ、氷の精霊と炎の精霊の恋物語?」

「恋物語?」

 古文書じゃないのか?確か、二、三百年前に書かれた本だ。

「内容、話して大丈夫?」

「あぁ」

「神話時代の話しだよ。冷気の神から生まれた氷の精霊と、熱気の神から生まれた炎の精霊が、惹かれあって、どうにか愛を貫こうとするんだけど…」

 冷気の神と熱気の神は、もともと一つだった魂が分裂して生まれた神だとされる。

 多くの神はこうして、もともと一つだった魂から生まれた。

 だから、光があれば闇が、大地があれば水が、空気があれば真空があり、それぞれは相反する属性だと言われている。

 神から大精霊が生まれ、その力を分割したり融合したりしながら、多くの精霊と自然が生まれている。

「反属性の力が一つになろうとしたら、消滅する」

 そして、もともと一つだったものが、一つになろうとすると、もとの魂の形に戻ると言われている。

 魂とは目に見えないもの。つまり、見た目上、消滅する。

 魔法もそうだ。炎の魔法に対して、同程度の力を込めた氷の魔法をぶつければ消滅する。

「だから、二つの精霊は、一つにならない方法を考えたんだ」

「一緒にならなかったってことか?」

 リリーは首を振る。

「違う。二人は禁忌とされる術で封印の棺を作り、炎の精霊はその封印の棺に入ったんだ」

「封印の、棺…」

 まさか、その単語をこんなところで聞くなんて…。

「氷の精霊は、自分の力が最大限に及ぶ氷の大地へその棺を移し、二人は永遠に一緒に居る方法を獲得したんだ。今もずっと。世界の終りまで、氷の精霊は棺を守り続けてる」

 眩暈がする。

「氷の大地っていうのは、神の台座のことだろうな」

 オービュミル大陸の北。

「たぶん。あそこは氷に閉ざされた大地だし、この物語の舞台だと思う」

『エル、私も読みたい』

「エイダも恋愛小説好きなの?」

「恋愛小説?」

「うん。“トリオット物語”は、銀の棺をモチーフにしているから」

「トリオット物語?…どっかで聞いたな」

 確か、ラングリオンの王都を旅立つ前に…。

『マリアンヌが読んでいた本では?』

「そうだ。マリーが読んでた本のシリーズだ」

 あれ、恋愛小説だったのかよ。だから、俺が読むような本じゃないって?

「マリアンヌ?」

「あぁ。王都の友人だ。そいつに頼まれてたんだよ、この本」

 本を閉じて机に置く。読む気が失せた。

「エイダ、読むなら読んでいいぜ。俺はもう寝る」

「じゃあ、借りていきますね」

 エイダが姿を現して、本を持ち去った。

 別に、ここで読んだって構わないのに。

 俺が目を閉じて、しばらくすると、リリーが灯りを消す。

 リリー。

 修行って、なんだ?

 魔法使いと一緒に旅することで、何が得られる?

 三年。

 三年あれば、オービュミル大陸を一周できるだろう。

 もっと遠くへ行きたいなら、別の大陸にも行ける。

 何かを学びたければ留学もできるし、研究もできる。

 でも、それだけ広い世界を見て、帰りたいと思うだろうか。

 城の中で一生生活なんて、幽閉されているのと変わらないんじゃないのか?

 そうだ。幽閉されている。女王がそうだ。出たくても出られない、女王は人柱じゃないか。

 なぜ、そこまでして女王の娘たちは修行を積み、女王になりたがる?

 わからないことだらけ。

 考えるための材料が足りない。

「エル?」

 近くでリリーの声が聞こえる。

 リリーは俺の布団に入ると、俺に抱き着く。

 なんで。

 今日こそは文句を言ってやる、つもりだった。

 腕の力が強くなるのと共に、嗚咽が漏れる。

 泣いてる?

 なんで。

「ジョージ…」

 俺はジョージじゃないぞ。

「……」

 程なく、リリーの寝息が聞こえてきた。

 あぁ。また、文句を言いそびれた。

「イリス」

 そこに、居るはずだろ。

「イリス、答えろ」

『何か用?ボクだって眠たいんだよぅ』

「リリーは毎日泣いてるのか?」

『なんだよ。今さら気づいたの?』

 今さらって、会ったのは一昨日だ。

『気をつけろよ、エル』

「何が?」

『山で会った奴は、女王の息がかかってる』

「城の奴なんだろ?」

 リリーを王都で追いかけまわしていた奴だとは思っていたけど…。

 あれ?

「女王の息がかかってるって、どういうことだ?」

 女王はリリーの旅立ちを祝福してるんじゃなかったのか?

「なんでリリーを殺そうとするんだ」

『リリーは死なない。ボクが死なせない。女王が死なせない』

 女王は、リリーを殺そうとするのに、リリーを死なせないようにする?

「なんだよ、それ?矛盾してるだろ」

 雪崩の時も、リリーはわかっていたのだろう。自分が死なないことを。

 死にかけても、女王がなんらかの手段でリリーを助けることを。

 なんらかの手段。女王は城の中に居ながら、リリーを助けられる?

 でも、女王の魔力は、大街道を中心に広がっていて、ここは女王の庇護が薄い場所なんだろ?

 娘だから?女王は、自分の娘に対して、力を使えるのか?



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