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ポルトペスタ三日目。
「後は俺が引き受けるから、お前は散歩でもして来い」
「散歩?」
「俺は職人だ。仕上げぐらい任せてくれ」
「わかったよ」
任せるしかないか。俺が作るよりも出来は良いはずだ。
工房から外に出る。
宝石店の裏通りだが、富裕区だけあって、ここも十分綺麗な石畳が引かれている。
リリーと歩いたのは、一月半前か。
ずっと歩かせていたから、リリーとのんびりするつもりで寄ったのに。
ソニアっていう魔法使いに襲われるし、黄昏の魔法使い討伐を押し付けられるし、ゆっくりできたのは三日目だけだったな。
それも、ポルトペスタの川沿いを散歩して、夜にポリーズのカフェに行って終わり。
もっと、何か言ってくれればいいのに。
リリーは俺に何も求めない。
俺の求めには、いくらでも応じてくれるのに。
少しぐらい、我儘を言ってもらわないと、喜ぶことを考えるのが難しい。
喜ぶこと…。そうだ、マーメイドの話しは喜んでくれたんだっけ。
本当に、物語が好きなんだろう。
マーメイドの話しの続きを作るんだったな。
魚介が食べられないマーメイドと結ばれた人間の話し。
…なんだ。そんなのたいした問題じゃない。
好き嫌いなんて誰にでもある。食べられないなら食べなきゃいいし、魚介を食べない国に住めば良い。
食べ物の好みぐらいで、一緒に居続けることができないわけない。
そんなの、些細な問題じゃないか。
泡になって消えるなんて、絶対にさせない。
真珠の片割れだって絶対に揃えてみせる。
リリー。
元気にしてるかな。
もう王都には帰っているだろうか。
声が聞きたい。
会いたくて、会いたくてたまらないのに。
すべて終わってから帰ったとしても、ラングリオンまでは半月かかるんだ。
一体、次に会えるのはいつなんだろう。
会ってない期間の方が長い。
あんなに一緒に居ようって約束したのに。
約束を破ってばかりいるのは、俺の方か。
リリーも、会いたいと思ってくれているだろうか。
だったら、嬉しいんだけどな。
※
「ほらよ。完成だ」
完成品を受け取る。
二つの指輪を重ね合わせると、花の模様が浮かび上がる。
良かった。イメージ通りだ。
自分用のを左の薬指に嵌める。
指にもよくなじむ。仕上げを頼んで良かったな。
「いくらだ?」
「これもやる」
「ティアラ?」
いつの間に、こんなの作ってたんだ。
「余った石で作ったんだよ。国宝級の仕上がりだからな」
「そんなの買い取れないぞ」
「買い取る必要はない。残りの石で代金は相殺だ」
「相殺って」
このティアラに、ほとんど使っただろう。
大ぶりな金剛石を中央に置いて、他にも丁寧な細工で石がちりばめられている。
「どっちにしろ、持っていけない」
「どうして」
「これから行くところがあるんだ。持ち歩いてたら壊すかもしれない」
「プロポーズに行くんじゃないのかよ」
「その前に、やることがある」
「…そうかい。じゃあ、帰りに寄って行け」
「そうする。こっちも預かっててくれ」
リリーに渡す予定の指輪を差し出す。
「おいおい。それぐらい持ち歩けるだろ」
「失くすかもしれない」
「途中で彼女に会ったらどうするんだ。持って行け」
途中で、リリーと会う?
『リリー、エルのこと追いかけて来てるかもね』
「まさか…」
でも。
今までだってそうじゃないか。リリーの行動は読めない。
アリシアに捕まったときだって、追いかけて来たし。その可能性がないわけじゃ…。
「わかった。持っていく」
最速のルートを選んでいるのだから、リリーが俺に追いつくことは不可能だろう。
ただ、帰り道では会うかもしれない。
会ったら、言いたいことがたくさんあるな。




