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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.暁を呼ぶ騎士
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 ギルドのマスターが言っていた通りに船を乗り継いで、グラシアルへは二十五日の夜に到着。

 そのまま港で一泊して、ポルトペスタに着いたのは二十八日の昼。

 リリーと歩いた道を思い出しながら、グラン・リューの宝石店へ。

「いらっしゃいませ。エルロック様」

「俺は客じゃないぜ。様なんて要らない」

「どのようなご用件でしょう」

 金剛石を出して、グラン・リューに渡す。

「純度も高く、美しい。大きさも申し分ないですね。買い取りをご希望でしたら…」

「いや。加工したいんだ。職人を紹介してほしい」

「加工ですか?どのようなサイズに?」

「指輪だ」

「指輪?こんなに大きな金剛石を、小さな指輪に加工すると?…このままカットして、ティアラにすればよろしいのでは?」

「余ったらそうしてもいいかな」

「リリーシア様への贈り物ですか」

「そうだよ」

「かしこまりました。指輪に加工いたしましょう」

「指輪は俺が作る。石だけ、加工してくれ」

「…あなたは、ラングリオンで有名な錬金術師でしたね」

 素性ぐらい、いくらでも調べられるだろう。

「こちらへどうぞ」

 グラン・リューに続いて、地下へ行く。

「リリーシア様は、ご一緒ではないようですね」

「詳しいな」

「ディーリシア様にお会いになられたとか」

 ディーリシアの情報を集めているなら。その情報が盗賊ギルドから出た時点で、俺が探し当てたと気づくだろう。

「会って来た。死んでなかったよ」

「そうでしたか。…さぁ、こちらへ」

 リリーと一緒に来た、ドラゴンの卵を抱く鉱石が置いてある部屋の奥へ。

 奥は廊下になっている。

「何か得るものはございましたか」

「あぁ。リリーは俺が解放する。…そのせいで、この国の女王が死ぬかもしれないけど」

「そうですか」

 相変わらず、考えてることの読めない爺さんだ。

「いいのか。女王が死んでも」

「権力者というものは、移り変わるものです。それによってこの国がどう変わろうとも、私たちの生活に大した影響はないでしょう」

「住みにくくなるかもしれない」

「それは少し、困りますね。しかし、私はポルトペスタという街を愛しています。ここに住む人々は、みんなそうでしょう。さぁ、こちらへ」

 部屋の奥は、上り階段だ。

「こちらが、私の工房でございます」

「工房…」

 何人かの職人が作業をしている。

 グラン・リューがその一人に近づく。

「珍しいな。工房に人を連れてくるなんて」

「急ぎのご用件だそうです。指輪の制作を手伝ってあげてください」

「指輪?…これで?どんだけでかい指輪を作る気だ」

「結婚指輪です」

 言ってないぞ、そんなこと。

「なんだって?」

「では、よろしくお願いいたします」

 グラン・リューはそう言って出ていく。

「あんた、名前は?」

「エルロック」

「俺はブロックル。本当にこの石を指輪にする気か?」

「余ったらやるよ」

「やるって。…一体いくらで手に入れたんだ?」

「もらったんだ」

「もらったぁ?」

「指輪を作るのに」

 バニラが俺に渡したのは、その為だろう。

 これが、人間の間で絆の石と呼ばれているから。

「信じられない。どれだけ勿体ないと思ってるんだ」

「この石じゃないとダメなんだ」

「わかったよ。で?どんな風に仕上げるんだ」

「決めてない」

「おい、ここに何しに来たんだ」

「石を加工する技術がないからだ。時間がない。三日で仕上げる」

「俺を怒らせたいのか?…まず、デザインを考えろ」

「わかった」

 ブロックルの向かいに座って、紙に絵を描く。

「早いな」

「イメージはあるんだ。剣士だから、あまり派手なデザインにできない」

 リリーの細い指に合うように。

「結婚指輪なら、自分のも作らないとダメだぜ」

「あぁ。忘れてた」

「お前、馬鹿って言われるだろ」

 言われない、ことはないか。

 リリーにさんざん言われてる。

「たまに」

「細い指だな」

「誰が?」

「お前が」

 リリーの方が細いだろう。そういえば、リリーの右手の親指は、俺の中指と同じサイズだったっけ。

「彼女のサイズはわかるのか」

「わかるよ」

 ずっと前に、計ったから。

 リリーの指のサイズを計ったリボンを出す。

「全部計ったのか」

 本当は、リリーに渡した指輪のサイズを直すために計ったんだけど。

「プロポーズはもうしたのか?」

「プロポーズする前に結婚したんだ」

「は?…もう一度言ってくれ」

「だから、指輪が必要なんだ」

「どうやったらそういう順番になるんだよ」

「俺は事実しか言ってないぞ」

「偉そうに言うセリフか?」

「偉そう?」

 そんなつもりないけれど。

「彼女は怒らないのか」

 リリーは、怒るのかな。勝手に婚姻届にサインしたこと。

「怒ったところで、後戻りはできない。だから指輪を作ってる」

 たとえ、リリーが断っても。

 書類を取り下げる気も、別の書類にサインする気もないからな。

 最初に書いたのはリリーなんだから。

「まともなんだか、いかれてるんだかわからない奴だな」

 絶対に断らせない方法、ないかな。

「できた。こんな感じで作れるか?」

 紙の向きを変えて、正面をブロックルの方に向ける

「石は全部埋め込むのか」

「そうだ。俺は宝石のカットには詳しくない。でも、この指輪を嵌める相手はグラン・リューが認める目利きだ。下手な仕事をしたら許さない」

「それを早く言えよ。だから、お前をここに連れて来たのか」

「あぁ。いくら失敗してもいいから、絶対に自信のあるものを作ってくれ」

「馬鹿にしてるのか」

「土台は俺が作る」

「俺の石を乗せられるようなものを素人に作れるのか」

「素人じゃないよ。錬金術師だ。指輪の加工ぐらいできる」

「錬金術師?そういや、錬金術で指輪を作る奴もいたな。…ほらよ、プラチナ鉱だ。そいつで土台を作れ」

 金剛石はプラチナ鉱と相性がいいのか。

「どこか、一人で作業できる場所はないか?」

「集中したいなら、そっちの部屋を使え。道具は?」

「芯棒とピンセットにヤスリを何種類か」

「それだけでできるのか」

「あぁ」

 炎ならアンジュに頼めるし、プラチナ鉱のカットもユールに頼める。後はメラニーに加工を手伝ってもらえばいい。冷やす作業もナターシャがやってくれるだろう。

「遊びじゃないんだからな?」

「それはこっちのセリフだ。ついでに刻印を入れる道具はあるか?」

「ほらよ」

「どうも」

 三日で、できるかな。

 ラングリオンの王都からグラシアルまでの船旅を通して、王都のギルドマスターに聞いた方法で縮められた日数は、およそ三日。

 それ以上は、時間をかけられない。

 カミーユとアリシアは、魔法陣をどれぐらい完成させるだろうか。

 大がかりな魔法陣だから、描くのにかなり時間がかかるだろうけど、俺がリリーを連れてすぐに王都を出ることを想定しているはずだ。

 その場合、最短でいつ到着するか。

 期待に応えるならば、その想定の日までに到着したい。

 魔法陣が完成すれば、アリシアはすぐにグラシアルへ行って試練の扉を壊し、城内の魔法陣の制作に取り掛かる。

 カミーユは魔法陣の監視の為にアユノトにとどまる予定だ。


 形はできたな。後は、ヤスリで削って…。

 ノックの音がして、扉が開く。

 顕現していた精霊たちが、一斉に俺の体に戻って、持っていた道具が机の上に落ちた。

「作業は順調か」

「あぁ」

「見せてくれ」

 持っていた指輪を二つ渡す。

「丁寧な加工だ。これからデザインを入れていくのか」

「あぁ」

「泊まるところは決めてるのか?」

「いや、ここにまっすぐ来たから。もう引き上げる時間か?」

「宿を取ってないなら、泊めてやる。好きな部屋を使え」

「ここはお前の家なのか?」

 宝石店と繋がってるみたいだけど。

「ここはグラン・リューの工房だ。エイトリは俺の叔父だぞ」

 確か、あの老紳士はエイトリ・グラン・リューって名乗っていたっけ。

「じゃあ、勝手に使わせてもらうよ」

 指輪の制作なんて久しぶりだな。魔法の指輪なら、伸縮自在だから簡単に作れるんだけど。

 最後に作ったのは、エイダの石をもらって、自分用に作ったのだっけ。

 契約の証に、俺に渡した赤い石。

 これを渡すのは二人目だって、言ってたな。

 一つ目は誰に渡したんだろう。氷の大精霊に?

「エルロック様」

「グラン・リュー。急な仕事を頼んで悪かったな」

「いいえ。ブロックルも面白い仕事だと言っていましたよ。こちらが指輪に乗せる石です」

「もう仕上がったのか?」

 柔らかい布の上に石が並んでいる。

「いいえ。これから、更に、輝きを増すカットを加えていきます」

「三日でできるか?」

「明日には仕上がるでしょう。ご心配せずとも、宝石の出来は私が確認致しますよ」

「助かるよ。俺はリリーほど目利きじゃないから」

「意外ですね」

「意外?」

「なんでもできる天才、と聞きましたよ」

「それ、何の情報だ。俺が得意なのは錬金術だけだぞ」

「あなたという人間は、調べれば調べるほど面白い。世界をひっくり返せるほどの力を持ちながら、その力を自分のために使うことはない。恐ろしい人間のように語られることもあれば、博愛の精神に満ちた人として語られることもある」

「どれも、俺とは違う人間の話しだな」

「そう思っているのは、あなただけでしょうね」

 フローラにも、全く同じ口調で言われたな。

「ところで、一つお聞きしたいことがあったのです」

「聞きたいこと?」

「リリーシア様が持っていらっしゃった赤い宝石の指輪。あれは、エルロック様の贈り物ですね?」

「どうしてわかったんだ?」

「あの指輪でしたら、中指に着けるのがふさわしいでしょう。親指向きの指輪ではございません」

 流石、宝石商だな。

「私はこれまで、あのような石を見たことがありません。紅玉でも、薔薇石でも、赤瑪瑙でもない」

「あれは、炎の精霊の石だ。見たことなくて当たり前だよ」

「精霊玉?それは、強い精霊と上位契約を結ぶ時に現れる石のことですか」

「そう呼ぶのか」

「えぇ。契約の解除と同時に砕けてしまうので、その存在は幻と言われています」

「見た目には紅玉と変わらないけどな」

「そうでしょうね。宝石に詳しくなければ、見分けなどつかないでしょう。だから、その存在の確認が難しいのです。まさか、私が生きている間に見ることができるとは。長生きはするものですね」

 長生きって。一体いくつなんだよ。

 あ。そういえば。

「この石は見たことあるか?」

 荷物に入れっぱなしだった宝石箱を出して、中を開く。

「真珠ですか。透き通るような青の真珠?…これは、まさか」

「やっぱり知ってたのか。マーメイドの涙って言うらしいぜ」

「お借りしてもよろしいですか?」

「あぁ」

 真珠をグラン・リューに渡す。

「この真珠は、以前私が手にしたことのあるものと同じものですね」

「同じもの?」

「はい。流浪の真珠とも呼ばれている真珠なのです。もともと一つの真珠だったものが、二つに割かれてから、一度も出会っていないと言われています」

 あれ…。

 どこかで聞いたような話しだな。

 一緒に居たのが、別れた後、まだ一度も出会えていないって。

 今の俺とリリーもそうだけど。

 …あぁ。トリオット物語だ。あれはすれ違いの物語だったな。

「私も、若い頃に真珠の片割れを手に入れようと走り回ったものですが、とうとう見つけられず、旅の商人に片割れを探してくれるように託したのです」

「俺も、セルメアの宝石商に言われたんだよ。片割れを見つけてくれって」

「残念ながら、これは私が過去に見たものと全く同じものです。私は、この片割れを見たことはございません」

「あんたでも見たことがないのか。…探すのに苦労しそうだな」

「私たち宝石商は、片割れを泡沫の真珠と呼んでいるのですよ」

「泡沫?もう存在しないって言うのか」

「マーメイドのお話をご存知ですか」

 リリーが話してくれた恋物語か?

「最後、泡になって消えてしまうっていう話しか」

「はい。この真珠は、そのマーメイドが流した涙と言われています。右の目から流れた涙と、左の目から流れた涙が合わさって生まれた真珠。片方は愛する人へ残し、もう片方は自らと共に泡にしたと言われているのです」

 だから、どれだけ探しても…。

「いや、片割れはある」

「なぜ、そう思われるんですか」

「泡になって消えてないからだ」

「真珠が?」

「マーメイドも真珠も。あの話しの結末は俺が変える。片割れの真珠を見つけ出せば、それが証明できるってことだろ。マーメイドの話しが悲恋じゃなかったって」

 いいかげん、リリーに納得させてやる。

「あなたは、本当に面白い人ですね」

「だって、これでイヤリングを作ろうと思ってるのに。二つセットじゃなきゃ意味がないだろ?」

 必ず見つけるよ。どこに居ても。



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