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ギルドのマスターが言っていた通りに船を乗り継いで、グラシアルへは二十五日の夜に到着。
そのまま港で一泊して、ポルトペスタに着いたのは二十八日の昼。
リリーと歩いた道を思い出しながら、グラン・リューの宝石店へ。
「いらっしゃいませ。エルロック様」
「俺は客じゃないぜ。様なんて要らない」
「どのようなご用件でしょう」
金剛石を出して、グラン・リューに渡す。
「純度も高く、美しい。大きさも申し分ないですね。買い取りをご希望でしたら…」
「いや。加工したいんだ。職人を紹介してほしい」
「加工ですか?どのようなサイズに?」
「指輪だ」
「指輪?こんなに大きな金剛石を、小さな指輪に加工すると?…このままカットして、ティアラにすればよろしいのでは?」
「余ったらそうしてもいいかな」
「リリーシア様への贈り物ですか」
「そうだよ」
「かしこまりました。指輪に加工いたしましょう」
「指輪は俺が作る。石だけ、加工してくれ」
「…あなたは、ラングリオンで有名な錬金術師でしたね」
素性ぐらい、いくらでも調べられるだろう。
「こちらへどうぞ」
グラン・リューに続いて、地下へ行く。
「リリーシア様は、ご一緒ではないようですね」
「詳しいな」
「ディーリシア様にお会いになられたとか」
ディーリシアの情報を集めているなら。その情報が盗賊ギルドから出た時点で、俺が探し当てたと気づくだろう。
「会って来た。死んでなかったよ」
「そうでしたか。…さぁ、こちらへ」
リリーと一緒に来た、ドラゴンの卵を抱く鉱石が置いてある部屋の奥へ。
奥は廊下になっている。
「何か得るものはございましたか」
「あぁ。リリーは俺が解放する。…そのせいで、この国の女王が死ぬかもしれないけど」
「そうですか」
相変わらず、考えてることの読めない爺さんだ。
「いいのか。女王が死んでも」
「権力者というものは、移り変わるものです。それによってこの国がどう変わろうとも、私たちの生活に大した影響はないでしょう」
「住みにくくなるかもしれない」
「それは少し、困りますね。しかし、私はポルトペスタという街を愛しています。ここに住む人々は、みんなそうでしょう。さぁ、こちらへ」
部屋の奥は、上り階段だ。
「こちらが、私の工房でございます」
「工房…」
何人かの職人が作業をしている。
グラン・リューがその一人に近づく。
「珍しいな。工房に人を連れてくるなんて」
「急ぎのご用件だそうです。指輪の制作を手伝ってあげてください」
「指輪?…これで?どんだけでかい指輪を作る気だ」
「結婚指輪です」
言ってないぞ、そんなこと。
「なんだって?」
「では、よろしくお願いいたします」
グラン・リューはそう言って出ていく。
「あんた、名前は?」
「エルロック」
「俺はブロックル。本当にこの石を指輪にする気か?」
「余ったらやるよ」
「やるって。…一体いくらで手に入れたんだ?」
「もらったんだ」
「もらったぁ?」
「指輪を作るのに」
バニラが俺に渡したのは、その為だろう。
これが、人間の間で絆の石と呼ばれているから。
「信じられない。どれだけ勿体ないと思ってるんだ」
「この石じゃないとダメなんだ」
「わかったよ。で?どんな風に仕上げるんだ」
「決めてない」
「おい、ここに何しに来たんだ」
「石を加工する技術がないからだ。時間がない。三日で仕上げる」
「俺を怒らせたいのか?…まず、デザインを考えろ」
「わかった」
ブロックルの向かいに座って、紙に絵を描く。
「早いな」
「イメージはあるんだ。剣士だから、あまり派手なデザインにできない」
リリーの細い指に合うように。
「結婚指輪なら、自分のも作らないとダメだぜ」
「あぁ。忘れてた」
「お前、馬鹿って言われるだろ」
言われない、ことはないか。
リリーにさんざん言われてる。
「たまに」
「細い指だな」
「誰が?」
「お前が」
リリーの方が細いだろう。そういえば、リリーの右手の親指は、俺の中指と同じサイズだったっけ。
「彼女のサイズはわかるのか」
「わかるよ」
ずっと前に、計ったから。
リリーの指のサイズを計ったリボンを出す。
「全部計ったのか」
本当は、リリーに渡した指輪のサイズを直すために計ったんだけど。
「プロポーズはもうしたのか?」
「プロポーズする前に結婚したんだ」
「は?…もう一度言ってくれ」
「だから、指輪が必要なんだ」
「どうやったらそういう順番になるんだよ」
「俺は事実しか言ってないぞ」
「偉そうに言うセリフか?」
「偉そう?」
そんなつもりないけれど。
「彼女は怒らないのか」
リリーは、怒るのかな。勝手に婚姻届にサインしたこと。
「怒ったところで、後戻りはできない。だから指輪を作ってる」
たとえ、リリーが断っても。
書類を取り下げる気も、別の書類にサインする気もないからな。
最初に書いたのはリリーなんだから。
「まともなんだか、いかれてるんだかわからない奴だな」
絶対に断らせない方法、ないかな。
「できた。こんな感じで作れるか?」
紙の向きを変えて、正面をブロックルの方に向ける
「石は全部埋め込むのか」
「そうだ。俺は宝石のカットには詳しくない。でも、この指輪を嵌める相手はグラン・リューが認める目利きだ。下手な仕事をしたら許さない」
「それを早く言えよ。だから、お前をここに連れて来たのか」
「あぁ。いくら失敗してもいいから、絶対に自信のあるものを作ってくれ」
「馬鹿にしてるのか」
「土台は俺が作る」
「俺の石を乗せられるようなものを素人に作れるのか」
「素人じゃないよ。錬金術師だ。指輪の加工ぐらいできる」
「錬金術師?そういや、錬金術で指輪を作る奴もいたな。…ほらよ、プラチナ鉱だ。そいつで土台を作れ」
金剛石はプラチナ鉱と相性がいいのか。
「どこか、一人で作業できる場所はないか?」
「集中したいなら、そっちの部屋を使え。道具は?」
「芯棒とピンセットにヤスリを何種類か」
「それだけでできるのか」
「あぁ」
炎ならアンジュに頼めるし、プラチナ鉱のカットもユールに頼める。後はメラニーに加工を手伝ってもらえばいい。冷やす作業もナターシャがやってくれるだろう。
「遊びじゃないんだからな?」
「それはこっちのセリフだ。ついでに刻印を入れる道具はあるか?」
「ほらよ」
「どうも」
三日で、できるかな。
ラングリオンの王都からグラシアルまでの船旅を通して、王都のギルドマスターに聞いた方法で縮められた日数は、およそ三日。
それ以上は、時間をかけられない。
カミーユとアリシアは、魔法陣をどれぐらい完成させるだろうか。
大がかりな魔法陣だから、描くのにかなり時間がかかるだろうけど、俺がリリーを連れてすぐに王都を出ることを想定しているはずだ。
その場合、最短でいつ到着するか。
期待に応えるならば、その想定の日までに到着したい。
魔法陣が完成すれば、アリシアはすぐにグラシアルへ行って試練の扉を壊し、城内の魔法陣の制作に取り掛かる。
カミーユは魔法陣の監視の為にアユノトにとどまる予定だ。
形はできたな。後は、ヤスリで削って…。
ノックの音がして、扉が開く。
顕現していた精霊たちが、一斉に俺の体に戻って、持っていた道具が机の上に落ちた。
「作業は順調か」
「あぁ」
「見せてくれ」
持っていた指輪を二つ渡す。
「丁寧な加工だ。これからデザインを入れていくのか」
「あぁ」
「泊まるところは決めてるのか?」
「いや、ここにまっすぐ来たから。もう引き上げる時間か?」
「宿を取ってないなら、泊めてやる。好きな部屋を使え」
「ここはお前の家なのか?」
宝石店と繋がってるみたいだけど。
「ここはグラン・リューの工房だ。エイトリは俺の叔父だぞ」
確か、あの老紳士はエイトリ・グラン・リューって名乗っていたっけ。
「じゃあ、勝手に使わせてもらうよ」
指輪の制作なんて久しぶりだな。魔法の指輪なら、伸縮自在だから簡単に作れるんだけど。
最後に作ったのは、エイダの石をもらって、自分用に作ったのだっけ。
契約の証に、俺に渡した赤い石。
これを渡すのは二人目だって、言ってたな。
一つ目は誰に渡したんだろう。氷の大精霊に?
「エルロック様」
「グラン・リュー。急な仕事を頼んで悪かったな」
「いいえ。ブロックルも面白い仕事だと言っていましたよ。こちらが指輪に乗せる石です」
「もう仕上がったのか?」
柔らかい布の上に石が並んでいる。
「いいえ。これから、更に、輝きを増すカットを加えていきます」
「三日でできるか?」
「明日には仕上がるでしょう。ご心配せずとも、宝石の出来は私が確認致しますよ」
「助かるよ。俺はリリーほど目利きじゃないから」
「意外ですね」
「意外?」
「なんでもできる天才、と聞きましたよ」
「それ、何の情報だ。俺が得意なのは錬金術だけだぞ」
「あなたという人間は、調べれば調べるほど面白い。世界をひっくり返せるほどの力を持ちながら、その力を自分のために使うことはない。恐ろしい人間のように語られることもあれば、博愛の精神に満ちた人として語られることもある」
「どれも、俺とは違う人間の話しだな」
「そう思っているのは、あなただけでしょうね」
フローラにも、全く同じ口調で言われたな。
「ところで、一つお聞きしたいことがあったのです」
「聞きたいこと?」
「リリーシア様が持っていらっしゃった赤い宝石の指輪。あれは、エルロック様の贈り物ですね?」
「どうしてわかったんだ?」
「あの指輪でしたら、中指に着けるのがふさわしいでしょう。親指向きの指輪ではございません」
流石、宝石商だな。
「私はこれまで、あのような石を見たことがありません。紅玉でも、薔薇石でも、赤瑪瑙でもない」
「あれは、炎の精霊の石だ。見たことなくて当たり前だよ」
「精霊玉?それは、強い精霊と上位契約を結ぶ時に現れる石のことですか」
「そう呼ぶのか」
「えぇ。契約の解除と同時に砕けてしまうので、その存在は幻と言われています」
「見た目には紅玉と変わらないけどな」
「そうでしょうね。宝石に詳しくなければ、見分けなどつかないでしょう。だから、その存在の確認が難しいのです。まさか、私が生きている間に見ることができるとは。長生きはするものですね」
長生きって。一体いくつなんだよ。
あ。そういえば。
「この石は見たことあるか?」
荷物に入れっぱなしだった宝石箱を出して、中を開く。
「真珠ですか。透き通るような青の真珠?…これは、まさか」
「やっぱり知ってたのか。マーメイドの涙って言うらしいぜ」
「お借りしてもよろしいですか?」
「あぁ」
真珠をグラン・リューに渡す。
「この真珠は、以前私が手にしたことのあるものと同じものですね」
「同じもの?」
「はい。流浪の真珠とも呼ばれている真珠なのです。もともと一つの真珠だったものが、二つに割かれてから、一度も出会っていないと言われています」
あれ…。
どこかで聞いたような話しだな。
一緒に居たのが、別れた後、まだ一度も出会えていないって。
今の俺とリリーもそうだけど。
…あぁ。トリオット物語だ。あれはすれ違いの物語だったな。
「私も、若い頃に真珠の片割れを手に入れようと走り回ったものですが、とうとう見つけられず、旅の商人に片割れを探してくれるように託したのです」
「俺も、セルメアの宝石商に言われたんだよ。片割れを見つけてくれって」
「残念ながら、これは私が過去に見たものと全く同じものです。私は、この片割れを見たことはございません」
「あんたでも見たことがないのか。…探すのに苦労しそうだな」
「私たち宝石商は、片割れを泡沫の真珠と呼んでいるのですよ」
「泡沫?もう存在しないって言うのか」
「マーメイドのお話をご存知ですか」
リリーが話してくれた恋物語か?
「最後、泡になって消えてしまうっていう話しか」
「はい。この真珠は、そのマーメイドが流した涙と言われています。右の目から流れた涙と、左の目から流れた涙が合わさって生まれた真珠。片方は愛する人へ残し、もう片方は自らと共に泡にしたと言われているのです」
だから、どれだけ探しても…。
「いや、片割れはある」
「なぜ、そう思われるんですか」
「泡になって消えてないからだ」
「真珠が?」
「マーメイドも真珠も。あの話しの結末は俺が変える。片割れの真珠を見つけ出せば、それが証明できるってことだろ。マーメイドの話しが悲恋じゃなかったって」
いいかげん、リリーに納得させてやる。
「あなたは、本当に面白い人ですね」
「だって、これでイヤリングを作ろうと思ってるのに。二つセットじゃなきゃ意味がないだろ?」
必ず見つけるよ。どこに居ても。




