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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.共和国編
36/45

60

「おはよう…、ルイス、キャロル」

「おはよう、エル。…どうしたの?寝不足?」

「あぁ。少し」

 ほとんど、寝る時間なかった。

「おはよう。朝ご飯、食べられる?」

「あぁ。食べるよ。ルイス、フローラから荷物が届いたら、俺の部屋に運んでおいて」

「何か頼んだの?」

「これから頼みに行く」

「わかった」

 眠い…。

 でも、フローラに頼んで、ギルドで船の時間を調べて、残りの薬を仕上げて、早く出発しないと。

 リリーが帰って来る前に。

「はい、どうぞ」

 キャロルが俺の前にスープを置く。

「大丈夫?エル」

「あぁ。大丈夫。今日中に出発したいんだ」

「え?また、旅に出るの?」

「あぁ」

「またリリーシアを置いて行くの?」

「すぐ戻るよ」

「どこへ行くの?」

「グラシアル」

「グラシアル?すぐに帰ってこれるような場所じゃないよ」

「やることがあるんだ」

「やること?」

「あぁ。カミーユが先に行ってる。だから、早く行かないと」

「リリーシアに会うために王都に帰って来たのに?」

「リリーはもうすぐ帰るわ。会わないの?」

「時間がない」

「じゃあ、リリーにはなんて言えば良いのよ。リリーだって、エルに会いたいのに」

「あと数日の話しだよ。待てないの?」

「ルイス、キャロル。俺が帰るまで、リリーをもう王都から出さないでくれ」

「また、危ないことでもするつもり?」

 危ないと言えば、危ないか。

「心配するな。すぐに戻るから」

「リリーと結婚式しないの?」

「俺はまだ、リリーの気持ちを聞いてない」

「リリーと同じこと言うのね」

「同じこと?」

「エルの気持ちを聞いてないのに、勝手に書類を出していいのかなって」

「やっぱり、リリーシアに会って、話しをするべきだよ」

「そうよ、リリーがかわいそうだわ」

「今は、無理だ」

「無理?」

「そう。…ごちそうさま。美味しかったよ」

「もう出かけるの?」

「あぁ。フローラのところに行かないと」


 ウエストストリートにある花屋。

「あら、エル。早いわね」

 フローラがまだ店先に花を並べている最中だ。

「フローラ、この花が欲しいんだけど」

 メモ紙を渡す。

「ずいぶん、たくさんね。これでブーケでも作るの?」

「あるだけ全部欲しいんだ」

「え?」

「どれぐらいある?」

「ちょっと、待ってちょうだい。…何に使うの?ドライフラワーにでもするの?それとも、結婚式は今日だった?」

「どっちも違うよ」

「もっと早く言ってくれたら、用意したのに」

「決めたのは昨日の深夜だ」

「プレゼントなの?」

「プレゼント、なのかな。あぁ、アヤメは一本でいいよ」

「お店のお花がなくなっちゃうわ。今の季節じゃ用意が難しいものもある」

「あるのでいいよ。花には詳しくないんだ」

「どういうコンセプトなの?チューリップにエンゼルランプ?クチナシ、アングレカム…。これって」

 フローラの方が、俺の数倍詳しいだろう。

「バラは要らないの?」

「好みじゃない」

「相変わらず、面白い人ね。…わかったわ。できる限り用意する。その代り、銀貨三枚もらうわ。…それともルシュにする?」

 ルシュはラングリオンの通貨。

「銀貨で払うよ」

 銀貨を三枚渡す。

「用意に時間がかかるわ」

「できたら、家に届けてくれ」

「えぇ。…ブーケは要らないの?」

「まかせるよ。用意できた花のメモだけ添えて」

「花言葉も一緒に添える?」

「要らない」

「わかった。…本当に、あなたはいつも人を驚かせるわ」

「そんなつもりないんだけど」

「そう思っているのは、あなただけよ。結婚式の日は早めに教えてね」

「それ、疑問なんだけど。なんで、王都中に知れ渡ってるんだ?」

 噂の発信源が特定できないことはないけれど。

 それにしたって。王都に帰ってきた瞬間から花をもらうなんて。

「みんなの噂好きは今に始まったことじゃないわ。きっと、噂好きの妖精が広めているのよ」

「それは、説得力があるな。…じゃあ、よろしく」

「えぇ」


 次は、イーストストリートにある冒険者ギルド。

「エル。早いな」

「あぁ。ちょっと、船の時刻表を見せてくれ」

「船?どこかに行くのか?」

「あぁ。グラシアルまで」

「グラシアルまでなら、毎日定期便が就航してるだろ」

「最短で行きたい」

「最短で行くなら、乗り換えが必要だぞ。同じ船に乗ってたら、積み荷の入れ替えに時間がかかる」

「やっぱり、乗り換えればもっと時間を稼げるのか」

「いつ行くんだ?」

「早ければ早いほどいい」

「それなら、今日の夜に港行きの馬車に乗れ。商人ギルドが運営してる馬車だ。東大門から出てる。そうすれば、明日の夜には港に着く。そのまま夜に出向する船に乗るんだ」

「ラングリオンから夜に出向する船なんてあるのか?」

「貨物船だ。頼めば乗せてくれるだろう」

「そうか。…で?」

「ティルフィグンには早朝到着するから、朝出航の客船に乗り換えるんだ。ディラッシュでは乗り換えはない。昼に着いたら、積荷の入れ替えを待って、夜に出航だ。天気次第だが」

「今日の夜に出発すれば、グラシアルには二十五日の夜に到着する?」

「そうだ。ラングリオンから夜に出発する馬車は、平日の奇数日だけ。今日を逃せば、明後日にずれるからな」

「わかった」

「…また、行くのか」

「用事があるんだ。急いでるから、依頼は受けられないぜ」

「おい、受注済みの依頼はどうするんだ」

「あぁ…」

 アレクに頼まれてた琥珀。

 ちゃんと手に入れてあるけど。

「帰ってから渡すよ」

 今回は何も引き受けられないし。

「身を固めれば、お前の放浪癖も治ると思ってたんだがな」

「放浪癖?」

「なんだよ、違うのか?」

「癖なわけじゃないぞ」

「だったら、そんなにふらふらしてないで、王都に居ればいいじゃないか。幸せにすると決めた相手を泣かせるようなことはするんじゃない」

 いつも、泣かせてばかりいる。

 俺がリリーを笑わせたことなんてあったっけ。

 …思い出せない。

「でも、俺は行くよ」

「本当に、人の話を聞かないな。…まぁ、お前はそういう奴だ。気を付けて行け」

「あぁ」

「ほら。エル、結婚おめでとう」

 これ、一体、何本目の花なんだ。

「うちがポプリ屋になるぞ」

「結婚式を挙げるまで続くんだから仕方ないだろう。早く式を挙げてやれ」

「まだまだ先の話しだ」

 本当に、噂好きでお祭り好きな連中だ。

 リリーだってまだ、自分が結婚したなんて知らないのに。


「また、持ってきたの!」

 カウンターにもらって来た花を置く。

「しょうがないだろ。断れないんだから」

「お店が花で埋もれちゃうわ!」

「更に、フローラに花を頼んだんでしょ?」

「あぁ。…キャロル、昼は声かけないで。薬を作り終えるまで集中したいから」

「わかったわ。花が届いても声はかけなくて良いのね?」

「良いよ。それから、今日の夜に出発するから」

「本当に今日行くの?」

「そうだ。ポリシアには言うなよ」

 口止めしておかないと。何言われるかわからないからな。

「エル、本当にリリーシアを置いて行くの?」

「あぁ」

「怒ってるの?」

「何を?」

「リリーシアが王都に居ないから」

「怒ってないよ。…会いたかったけど」

 恨むよ、リリー。

 王都を出てからずっと、会いたかったのに。

 でも、今は会えないって思ってるんだから、少し複雑だな。


 研究室に入って、残りの薬を作る。

 うん。良い感じだ。

 今日は出来の良い薬が多い。

『エル、機嫌良いねぇ』

「思ったよりも上手くいったからな」

 これで、全部終わり。

『ねぇ、この前の薬、もう一回作ってみようよぅ』

『カミーユと意見交換もできたんだ。作ってみてもいいだろう』

それって、船酔い止めのことか?

「そうだな。やってみるか」

 紙の束の中から、自分のメモした紙を引っ張り出す。

 もう一度見直して、一部を修正して。

 完成したレシピで、薬を作る。

「これじゃ、味気ないかな。花の蜜でも入れておくか」

 リリーは甘いのが好きだから。

『良いねぇ』

 よし。完成。

 ルイスの知らない薬だから、ラベルも貼っておくか。

 店売りの予定はないけど。

 研究室を出て、台所に向かう。

「…何、やってるんだ」

 何かが焦げたような臭いがする。

「ようやく出てきたの、エル」

 なんでポリシアが、キャロルと台所に?

「エル、お昼ご飯、今温めるね。コンキリエのジェノベーゼよ」

「トマトとアスパラを入れて」

「ソラマメが入ってるよ。トマトは仕上げに入れてあげる」

「あぁ。それでいいよ」

「エルって料理できるの?」

「私はエルから料理を習ったのよ?」

「基礎しか教えてない。俺が教えたことなんてほとんどないよ。…っていうか、お前は何やってるんだ」

 その、焦げたフライパンはなんだよ。

「クレープを作ってるの」

「なんで」

「もうすぐお茶の時間だもの」

「あぁ。そうか」

 そんなに時間が経ってたのか。

「はい、どうぞ」

 キャロルからパスタを受け取る。良い匂いだ。

「フローラは来た?」

「うん。全部、部屋に運んで良かったの?」

「あぁ」

「イチゴの鉢植えをもらったわ。おまけだって」

 そう言って、キャロルが台所の脇を指さす。

 イチゴの鉢植えは、いくつか実がついている。

「リリーが喜ぶな」

「リリーはイチゴが好きなの?」

「好きだよ」

「そうなの?」

 ポリシアが驚いてこちらを見る。

「知らないのか?」

「リリーは甘いものなら何でも好きだもの」

「好みはあるだろ」

「ほかには?」

「メロンパンは良く食べてたな」

「メロンパン?…言われてみれば、そうかも」

「リリーのメロンパンは美味しいわよね」

「リリー、ここでメロンパンを焼いたの?」

「うん。ショコラティーヌも焼いてくれたし、後、コーヒーのパンと黒胡椒のパンも」

 あぁ。それ、食べたかったな。

「お菓子は?」

「チーズタルトもガトーショコラも焼いたわ。ジンジャミエルサブレも美味しかったわね」

「あぁ」

 コーヒーの菓子は一体いつ作ってくれるんだよ。

「また、謎の名前を考えたわね、リリー」

「え?」

「あの子、何にでも名前つけたがるじゃない」

 何にでも名前をつけたがる?

「そうかなぁ」

「ジンジャミエルって何語なの。サブレはカーコルのことだったかしら?」

 あっちではサブレをカーコルって呼ぶからな。

「ジンジャミエルは、生姜と蜂蜜だ」

「あぁ!ミエルね。蜂蜜生姜カーコルのことか。なんだ。ただの翻訳なの」

「何にでも名前を付けたがるってどういうことだよ」

「自分の気に行ったものには何でも名前を付けるのよ。あの剣だってそうじゃない」

「リュヌリアン?」

「そうよ。何語か知らないけれど」

 あれは、古いラングリオンの言葉だ。

 リュヌリアンの意味は…。

「あぁ、早くリリーに会いたいわ。リリーのお菓子が食べたい。…ねぇ、他には?リリーが気に入った食べ物」

「王都ではキッシュが気に入ったみたいだな」

 レイピアを一緒に探しに行った時に食べたっけ。

 …あれ?

 じゃあ、もしかして、俺のレイピアにも名前がある?

「キッシュ?何?それ」

「知らないの?一緒に作る?」

「えぇ、教えてちょうだい」

「うん。…クレープは、あきらめようか」

「そうね」

 どうやったら、あそこまで焦がせるんだ。

「あんまりキャロルの邪魔をするなよ」

「いいじゃない。どうせ、リリーが来るまで暇なんだもの」

「暇なら、王都の守備隊でも訪ねろ」

「守備隊?なんで?」

「守備隊の三番隊隊長にリリーの姉だっていえば、お前の面倒を見てくれるよ」

「リリーの知り合い?」

「あぁ」

「それなら、後で挨拶に行かなくちゃね」

 王都は平和だ。

 俺やリリーの稽古に付き合ってるんだから、どうせ暇だろう。

「ごちそうさま」

「エル、出かけるの?」

「夕方まで部屋で休む」

「わかったわ」

 台所を出て、階段を上る。

 廊下まで花の香りで満たされている。

「なぁ、イリス」

『何?』

「俺のレイピアの名前は?」

『知りたいの?』

 やっぱり名前があるのか。

「教えてくれ」

『イリデッセンス』

「イリデッセンス?」

 それって…。

「リリーの…」

『言っただろ。リリーがエルの為に作った傑作だって』

 リリー。

 ありがとう。

 リリーを知れば知るほど。

 愛おしくなる。

 愛されてるって実感する。

「本当に。リリーは天才だな」

 扉を開くと、部屋にはたくさんの色鮮やかな花の束と、アヤメの入った大きなブーケ。

『おー』

『素敵!なんてきれいなの!』

『うわぁ…』

『綺麗』

『きれいだねぇ』

『圧巻だな』

『すごいな、エル』

 本当に、花屋でもできそうだな。

「あれ?」

 そういえば、この部屋に本棚って二つもあったっけ?

 キャロルが物置を片付けた時に持ってきたのかな。

 本だってこんなには、なかったよな…。

『エル、これ、どうするんだ?』

「ん…」

 机の上に置いておいた本を開く。

 久しぶりに杖を出すと、本を見ながら部屋の中央に魔法陣を描く。

『何の魔法陣?』

「花の妖精の魔法陣」

 使わないから図柄は本を見ないとわからない。

 そもそも精霊と妖精は全くとがうものだ。

 精霊が自然の根源的な力を持った者であるのに対し、妖精は植物と共に生きる存在。

 木や草花の種類だけ存在し、妖精が死ぬと、その種が絶滅する。

 描き終わると、魔法陣に魔力を流し込む。

「花の妖精たちよ…」

『何か用?』

『魔法陣なんて描かなくても居るんですけどー』

『良い匂い。これだけ花に溢れてる家も珍しいからね』

「…ずいぶん、気さくな妖精だな」

 魔法陣なんて描かなくても良かったか?

 でも、保存の魔法を頼むなら、魔法陣は必要だろう。

『何の用?』

「この花を、しばらく枯れないように見てて欲しいんだ」

『切り花を?』

『なんでまた』

『花の一生は短いんだ』

「お前たちならできるだろ?」

『できるよ』

『いつまで?』

「期限はわからない。長くても五日程度じゃないかと思う」

『彼女へのプレゼント?』

『黒髪』

『黒い瞳』

 なんで知ってるんだ。

「手紙の代わりなんだ」

『花のメッセージか』

『おしゃれね』

『いいよ。見ててあげよう』

「ありがとう」

『でも、センスがない』

『愛が足りない』

『意味が伝わらない』

「どうしろって?」

 花の名前は知っているけれど。

 実物と照らし合わせて眺めたことなんてないから、もともと知っている花じゃないと、どれがどれかすらわからない。

『飾りつけをやらせて』

『こんなにあるんだもの』

『それを願いの代償に』

「あぁ。頼むよ」

『君たちも手伝ってよ』

『エル、顕現して良いのぉ?』

「いいよ。みんな、頼む」

 精霊たちが顕現して、妖精と共に花を飾る。花の妖精たちが指揮するなら、間違いないだろう。

 机の上に置いてあるメモを取る。

 フローラの文字で、花の名前が羅列されていた。花言葉と共に。

「要らないって言ったんだけどな」

 紙を一枚出して、花の名前を書き写す。

 そして、フローラのメモを持っていた本に挟む。

『リリーへの手紙?』

「そうだな。手紙にするか」

 言葉を書き足していく。

『エルって、本当にセンスないんだね。それ、手紙のつもり?』

「悪かったな」

『口ではいくらでも人を落とせるのに』

「落とせる?」

『あぁ。自覚、ないんだっけ。何も考えてないほうがよっぽど人を喜ばせることができるなんて。…だから、自分じゃ誰も幸せにできないなんて思うのか?』

「自覚ないのは人を傷つけるんだろ?」

 いつも、自分が思っているのとは反対の結果になるのだ。

「何かを求めれば、大切に想えば、傷つけるってわかってるんだ。…だから、何も求めてないのに。俺に関わってこようとする人間は、精霊は、みんな優しいんだ」

『自分が愛されてるって自覚はあるのか』

 シャルロから渡された書類を思い出す。

 あれは…。

「俺は嫌いな人間の傍には居ない。そんなの、みんな同じだろ」

『じゃあ、お前は周りの人間を拒否してる癖に、周りの人間を大切に想ってたってことじゃないか』

「もう一度、捨てることができなかっただけだ」

 全部捨てて、やり直して。結局同じものを求めてる。

 みんな優しくて。

 だから、捨てられないんだ。

 もう一度捨てざるを得ない状況になって、それでも生き続けなければならないのなら、同じことを繰り返すだろう。

 一人じゃ生きられない。

 大切にしなければ。傍に居続けなければ。

 ずっと、この中途半端な関係を続ければ。

 誰も傷つけずに、誰かと一緒に居られるはずだった。

 リリーと会うまで。

『リリーは?』

「リリーは、俺にとって特別な存在過ぎて。大切にしたいと思うのに、そうするためには離れなきゃいけない。でも、できない。一緒に居たくて。離したくなくて。それなら、俺が、俺を変えるしかないんだ」

『変えるって?』

「俺は、大切な人を失い続ける運命なんだ」

『運命?』

「すべての人間が生まれた時にかけられる呪い。誰も逆らえない」

『お前が逆らえないものなんてあったのか』

「そのせいで、全部失って来た」

『リリーを失ってないじゃないか』

「このままじゃ、失う」

 ポラリスの予言は。リリーを失う未来しかなかった。

『だから、リリスと戦うのか?』

「そうだよ。だから俺は自分の為に、たとえ刺し違えてでもリリスを殺さなきゃいけない」

『それが、すべてを救う方法だから?』

「未来があれば、リリーは幸せになれる」

『リリーを幸せにできるのはお前だけだぞ、エル』

 リリーが俺を愛してくれている限り、俺がリリーを愛することは、リリーを幸せにすることになるだろう。

 でも。

「自信がない」

『弱音なんて珍しいな。リリスを退治する方がよっぽど難しいことだろ』

「そうか?」

『その自信はどこから来るんだよ』

「大きすぎる力は邪魔なだけだ」

『エイダの力?』

「エイダは、俺について来てるだけだ。俺はエイダの力なんて求めてない」

『お前が元から持ってる魔力のことか』

「魔力を溜めておける器、だろうな。人間には、これだけ多くの魔力を保持するなんて不可能だって話しだから」

『なんで、溜めておけるのか知ってるのか?』

「魔力を溜めておけるかどうかは、魂によるらしい。ポラリスの受け売りだから、どこまで正しいかは知らないけれど」

 ただ。はっきりしているのは。

 俺の魔力が強すぎたせいで、俺は生まれると同時に母親を殺すことになった。

「そもそも、魔法使いの魂っていうのは、過去に精霊だったものの名残らしいんだ。精霊がその力をすべて自然に還すと、精霊の魂は死者の世界に行く。死者の世界に行けば、後は人間と同じだ。対になる魂が死者の世界へ行けば、その魂は生物として生まれてくる」

 だから。精霊は消えゆく種族。

「俺は昔、強い精霊だったんだろう、って言われてる。それが何かは知らないけれど」

『大精霊の魂?』

「知らないよ。ポラリスの言ってることが本当かどうかなんて調べようもない。あいつがそれを、何によって知ったのかも、だ」

 そこまで原初的な情報に詳しいのなんて神か精霊か…。

『精霊ではなさそうだったけど』

「らしいな。…ただ、少し疑問があるのは、そこまで大きな魂なら、死者の世界で分割されてるはずなんだ」

『分割?』

「リリスがどうやって復活するか知っているか?」

『知らないよ』

「悪魔の魂っていうのは、死んだ時に分割されるんだ。リリスは、七つの魂に分割される。だから、悪魔召喚する時には、すべての魂を一か所に集めなければならないんだ。そして、魂の器となる人間の肉体を捧げて、リリスを召喚する」

 悪魔召喚はそれなりのリスクがある。

 召喚した悪魔に器を用意しなければならないことはもちろん、悪魔が必ず自分に力を貸してくれるとは限らないのだ。

 なぜなら、悪魔も元は人間だ。神でも精霊でもない。

 ただ力が強いだけの人間。契約も約束も簡単に違える。

 ただ、リリスは…。

『なんで、リリスは女王に忠誠を誓ってるんだろうね』

「わからない。リリスは常に、呼び出した人間の力になる。歴史を調べる限り、どの時代もリリスは必ず一人の人間に寄り添っているんだ」

 約束を違えない悪魔の一人として、有名だ。

『なんでだろうね。メリットなんてないのに』

「そうだな。これまで悪魔と呼ばれた魂は、ほとんどが人間を殺し続ける魔王となり、退治されてきたから」

『あ…』

「ん?何か気づいたか?」

『エル、魔王の魂がどうなるか知ってる?』

「そういえば、魔王となった悪魔の魂は、退治されると二度と復活できないんだよな」

『なんでかわかる?』

 考えたこと、なかったな。

 魔王が勇者を倒す物語。それは、必ず魔王が永遠に消滅すると語られているから。

 同じ魔王は、二度と歴史に現れない。

「消滅…。魔王の、魂が?」

 魂が消滅する条件は、一つ。

「あり得ない。対になる魂が、同じ世界にあるのか?」

『そうだ。悪魔となった魂が求めるのは一つ。永遠に現世をさまようことに疲れた悪魔は、死者の世界を脅迫するんだ。自分を死者の世界へ導くか、自分の魂の片割れを自分の元に送るように』

「脅迫って。…まさか、それで人間を殺すのか」

『うん。一度に多くの魂が死者の世界に送られれば、管理が大変になる。死ぬ魂が、生まれる魂より多いのは不味いんだ。わかるだろ?』

「死者の世界は魂そのものだから、対になる魂が同じ場所に居ると、引かれあって消滅するから?こっちの世界は魂が器に入った状態だから、たとえ触れ合ったとしても、同時に死なない限り、すぐに消滅することはない?」

『そうだ。その結果、死者の世界から、悪魔の対になる魂が呼ばれ、強い力を持った魂は、勇者となって魔王を倒し、魔王と共に消滅するんだ』

「魔王と勇者の物語で、勇者のその後の物語がないって言うのは、そういうことか」

『気づくのは、そこじゃないだろ』

「え?」

『エル、リリスと戦っちゃだめだ』

「どうして」

『お前は、リリスと対になる魂だ』

「今の話しなら、人間を殺し続ける魔王とならない限り、死者の世界から対になる魂が来ることなんてないんだろ?」

『リリスが魔王になってからじゃ遅い。女王とリリスがやってることは、自然の摂理に反することだ。いくらでも理由なら見つけられるよ。だいたい、リリスの魂が一つになっていないと、対になる魂をこっちの世界に呼んでも消滅させることができないだろ』

「…じゃあ、生まれた時から、俺は、リリスを退治する運命だっていうのか」

 そんなの、ポラリスだって言ってなかったぞ。

『そうだよ。だって、お前は東の果てから西の果てのグラシアルまで来たじゃないか。たくさんの精霊と、エイダという強い精霊を連れて』

「あれは、」

『もし、リリスがもっと早くお前に気づいていれば。お前はリリスと戦っていたんだ。そして、リリスは相討ちを望み、肉体から離れた魂は一つになって消滅しただろう』

 そんな目的でグラシアルに行ったんじゃない。

 けれど…。

 もし、エイダの記憶探しがはかどって、氷の大精霊の存在に気付いたとしたら?

 俺は、グラシアル城に入る方法を探した?

 そして、その途中に居るリリスと…。

「リリーが、俺の運命を変えたのか」

 あの時。

 リリーが俺を見つけて、助けを求めたから。

『そうだよ。…そうなんだ。リリーは、エルの運命を変えたんだ』

 リリー。

 出会った時から、ずっと、助けられ続けていたなんて。

『だから、エル。お前はリリスと戦っちゃいけない』

「それは違うよ。イリス」

『どうして?』

「俺が死んでも、悪魔になってもいけない理由が増えただけだ」

 死ねばリリスと共に消滅する。

 悪魔になって死ねば、俺の魂は死者の世界に行くことができないのだから、いずれこの世界で消滅するだろう。

「人間のまま、リリスを倒せば問題ないだろ?」

『お前、ボクの話し聞いてたのか?』

『大丈夫よぉ。エルは強いものぉ』

『オイラたちがついてるよー』

『死なせない』

『危なくなったら私たちがエルを逃がせばいいのだろう』

『いくら性悪の悪魔だからって、精霊がこんなに味方してるのよ。大丈夫に決まってるじゃない』

『エル、僕はエルの為に戦う』

「…みんな」

『私たちの気持ち』

 エンゼルランプ。

 この花の花言葉は。

「あぁ。そうだな。リリスになんか負けないよ。こんなに強い味方が居るのに」

『ちょっと。エルロック、自分で頼んだこと、忘れてない?』

『話しが長いから、すっかり終わっちゃったわよー』

『見てごらん』

 部屋を見回す。

 あちこちに花が飾られ、いつの間にかリースまで作られている。

 部屋の雰囲気が随分変わったな。

 リリーは、喜ぶだろうか。

「ありがとう」

『リリーシアが来るまで、ここにいてあげよう』

『愛しいお姫様の為に戦う勇者様』

『素敵な物語が作れそうだ』

「物語は作れないよ。俺は消滅しないから」

『幸せな結末にしてくれれば良い』

『お姫様は王子様の愛で幸せになるの』

『その先を語るのは人間だ』

 その先、か。

 そうだな。その先を作る為に、戦おう。



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