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「エルロック・クラニス様ですね」
「十四日ぶりだな」
「失礼ですが、その瞳の色は」
あ。目薬をするの、忘れてた。
「知らないのか。赤ワインを飲み過ぎると目が赤くなるんだよ」
受付嬢が、笑いだす。
「えぇ。聞いたことがあります。…どうぞ。お気をつけて」
出国の印をもらう。
「あぁ」
あれ。あっさり通してくれたな。
「エルー。早く来なさいよ」
「あぁ」
ラングリオンの関所で入国印をもらう。
「何、口説いてるんだよ」
「何が?」
「行きで関所を抜けられたのって、あの受付嬢を落としたからじゃないのか?」
「そんなわけないだろ」
「ならどうしてあの人、笑ってたんだ」
「聞くなよ」
子供騙しなんだから。
「最早、才能だよな」
「何が」
「リリーシアちゃんも苦労する」
「苦労?」
さっきから、何の話しだ。
「ってわけだから。ここで一旦お別れだ」
「私たちは、ここから真っ直ぐ、北を目指す」
カミーユたちは、北のアスカロン湾から船を乗り継いでグラシアルを目指す。俺は王都を目指して、ここから北東に向かう。
「お前たちは真っ直ぐ王都に行くんだろ?」
「あぁ。…ん?待て。今、なんて言った?」
「ん?」
「たち、ってなんだ。俺は一人で帰るんだぞ」
「私も一緒に行くのよ」
ポリシアと?
「なんで」
「文句あるの?」
「アリシアと一緒に行けばいいだろ」
「頼むよ、エルロック。ポリーは早くリリーに会いたいんだ。私たちは、目的地に着いたら、すぐに魔法陣の制作に取り掛からなければならない」
「手伝えばいいだろ?」
「私、魔法陣なんて描けないわよ。あれって、ちょっと間違えただけで、やばいんでしょ?足手まといになるもの」
そこまではっきりと言えるなら清々しいな。
「それに、あなたに稽古をつけてもらう予定なの」
「稽古?」
「そうよ。あれだけ私を貶しておいて、自分の実力を見せないなんてあり得ないわ」
何、勝手に決めてるんだ。
「カミーユ。こいつを引っ張っていけ」
「ごめんなエル。俺はこれからアリシアと逃避行だ」
「エル、ポリー。先に行って待っているぞ」
「おい!」
このお転婆の相手をするなんて。冗談じゃないぞ。
『まぁ、仕方ないよね』
「早く次の街に行くわよ。着いたら特訓してもらうんだか」
「予定が狂いっぱなしだ」
『さんざん思い通りにやって来たツケが回って来たんだよ』
それって、良いことなのか悪いことなのかの判別がつかないぞ。
あぁ。面倒だ。
「違う。せめて、薙ぎ払う姿勢から斬り上げるぐらいの動きをしてみろ」
「この体勢からどうやって、そんなことできるのよ!」
「リリーはできるぞ」
ポリシアが右手に持つ太刀を、短剣ではじき飛ばす。太刀は宙を舞って、ポリシアの後ろの地面に刺さる。
「自分の持ってる剣を手放すなんて、どれだけ油断してるんだ」
「悪魔!」
「誰が、悪魔だ。稽古をしろって言ったのはお前だぞ。力はあるんだから、俺にはじかれたぐらいで剣を落とすな」
「絶対、当ててやるんだから」
「それ以前の問題をどうにかしろ」
『エル、前よりも強くなってるよね?』
「前って、いつと比較してるんだよ」
『リリーと戦ってた時』
「それは…」
言おうか悩んだけど、やめておこう。
たぶん、言ったらリリーが怒りそうだから。
「リリーのおかげじゃないか?」
「何、暢気におしゃべりしてるのよ。続きは?」
「疲れた。休んでるから、その刀でお手玉でもしてろ」
「お手玉?…馬鹿にしてるの?」
「まだ、刀の重さが手になじんでない。感覚が身に着くよ」
「失敗したら危ないじゃない」
「鞘をつけてやれよ」
ポリシアが、俺に向かって舌を出す。
そして、言われた通り鞘に納めた太刀を上に飛ばし…、
「いったぁ」
頭に落とす。
まぁ、その内出来るようになるだろう。




