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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.共和国編
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 早朝。

 一人で、小屋を出る。

 まだ陽が昇っていなくて、薄暗い。

『みんなを置いて行くのか』

「あぁ。早く目が覚めたし。どうせすぐに追いつくだろ」

『そんな理由で置いてくのかよ』

「ずっと、考えてたんだ。何故、ディーリシアはこんなところに居るのか」

『答えが出たのか?』

「俺を、待ってるんじゃないかと思って」

『なんでだ』

「セルメアの国境を抜ける時。関所の連中は、あれこれ文句はつけていたけれど、結局俺を通した。…せいぜい、時間稼ぎをしようとしただけ。つまり、セルメアが俺の入国を拒否してないってことだ」

『あれだけ揉めてたのに?』

「入国を拒否する理由なんていくらでも作れる。犯罪者と同じ名前だから、で十分入国拒否できるぜ」

『なんであの関所の連中はそう言わなかったんだ?』

「嘘はすぐばれる。関所の信用が落ちるような真似はできないんだ。それは国家間の問題になる。…だから、セルメアが俺の名前で指名手配していないってことだ」

『セルメアが本気でエルを入国拒否したかったら、事前に犯罪者の名前として関所に通達してるってことか?』

「そうだ。そうじゃないってことは、あの関所の独自の判断。まぁ、俺が本当に魔法使いかどうか確認できなかったって言うのもあるんだろうな」

『瞳の色も変えていたし?』

「それが、役に立ったと思いたいけど」

『で?どうやったら、イーシャがお前を待ってる話しになるんだ?』

「俺が砦を焼き払い、戦争を終わらせた理由を。セルメアの連中はわかってるはずだ」

『理由って、フラーダリー?』

 フラーダリーを調べれば、必ず俺の名前が上がるはずだ。オリファン砦で俺を見た連中は、同一人物だと証言するだろう。

「だから、連中は、俺がフラーダリーを殺した相手を探しに来るって思うだろう」

『探さなかったのに?』

「知らなかったからな」

 殺した相手が生きているなんて。

「俺が復讐すると思ってるから、セルメアは、ディーリシアをこんな山奥に連れてきたんだ」

『え?イーシャを守る為に?』

「違う。被害を最小限に食い止める為だ」

『それって、お前に、街一つ吹き飛ばされたら困るから?』

「そういうことだ」

『お前、自分の力が相当やばいって自覚あるんだな』

「自分でもコントロールできないことがあったんだ。わかるよ」

 ただでさえ、言われているのだ。

 その力で人を殺せば悪魔になるって。

『自覚してるなら、良いけど』

「話を戻すぞ。セルメアは、ディーリシアを自由にすることはできない。逃がしたことで俺から報復を受ける可能性もあるし、他国で被害を出したらオリファン砦のことがばれる可能性がある。国境戦争は平和的解決がされたって評価されてるのに、蒸し返されたくないだろ?…かといって、俺のところに連れてくるわけにもいかなかったんだろうな」

『どうして?』

「誰が連れてくるんだ。そいつは死を覚悟しなきゃいけないだろ」

『あぁ。そうだよね』

「だから、ディーリシアは、国境戦争が終わってからずっと、ここに居たんじゃないか」

『なんだかかわいそうだな。ようやく城から自由になったのに、二年も同じ場所から離れられないなんて』

「じゃあ、ディーリシアが城に帰れなかったのは、俺のせいなのか」

『いや、イーシャは、どちらにしろ帰らなかったんじゃないかな』

「なんで?」

『イーシャは、リリーの気持ちを知ってる。だから、リリーの為に道を開きたかったんだと思うよ。自分が帰らないことで、リリーも帰らなくて良いって』

「リリーの気持ち?」

『言っても良いかな。リリーは、初めから女王になる気も、リリスの呪いの力を使う気もなかったんだ』

「城を出た時から?」

『そうだよ。リリーは、普通の女の子みたいに、誰かに恋をしたかっただけ。残りの人生をかけて。…そして、リリーはエルに恋をした。だから、エルに連れて行ってってお願いしたんだよ』

「え?じゃあ、俺じゃないといけない理由って、」

『そう。何度も言ってるだろ?』

「…知らなかった」

 そんな素振り、あったっけ?

『顔が赤いぞ、エル』

「俺は、リリーに何をしてやれるんだろう…」

 こんなに、想ってくれてるのに。何も気づかないなんて。

『恋人になると、だんだん似てくるのかな』

「何が?」

『リリーも同じこと言ってたな、って思って』

「リリーに求めることなんて何もないよ」

『本人に言ってやればいいじゃないか』

「…そうだな。早く帰ろう」

 ディーリシアを確認して。


 ウェリンに到着したのは、昼前。

 ここは。村というよりは、施設?

 大きな建物が一つと、畑。大人数で暮らしているようには見えないな。

 そういえば、小屋で見つけた名前は七人。ディーリシアもいるなら、住人は八人?

「お客様ですか?」

 建物から、ローブを着た少女が出てくる。

「ディーリシア・マリリスに会いに来た」

「え…?」

「ジェイド・イーシャの方がわかるか?」

 少女は、大きく目を見開いたかと思うと、急いで建物の中に入る。

「先生!」

 先生?

『なんか、まずい感じだよね』

『エル、準備した方が良いよぅ』

 真空の防壁を張る。

 闇の玉は、どうしようかな。炎を込めたのを三つ。吹雪が三つ。

『エル、上から来るぞ』

『下もだ』

 上から雷の魔法、下から大地の魔法。

「賑やかだな」

 大地の魔法は風の魔法で無効化し、雷の魔法は、闇の魔法で包んで消す。

 横から来た炎の魔法に対して、雪の魔法、水の魔法に対しても雪の魔法を使って凍らせる。

 風の魔法は真空の魔法で相殺。

『すごいな、エル』

 ナターシャが一緒に来てくれたから、防御は完璧になったな。

「話しを聞けよ」

 炎の刃を、雪の盾で防御する。

 次は、雷と水の混合魔法。

 早いな。炎を込めた闇の玉をぶつけると、炎が魔法を包み、攻撃してきた相手へ飛ぶ。

「あ」

 飛んでいった相手の目の前に、大地の魔法で壁を作る。

 あの身長。子供じゃないか。

 俺から放たれた炎の魔法は、大地の壁に当たって消える。

 子供の近くに、別の魔法使いたちが近寄る。

「おい。話しを聞け。戦いに来たわけじゃないぞ」

 飛んでくる炎の魔法を、雪で消す。

「お前は、黄昏の魔法使いじゃないのか」

「俺はそう呼ばれるのが大嫌いなんだ。…ディーリシアは居るんだろう。会わせてくれ」

「なぜ、本当の名前を知ってるんだ」

「俺が探してるのはディーリシアだ。ジェイドじゃない」

『エル、建物から人が出てきた』

 建物の方に目を向けると、白いローブを着た男が立っている。

「先生」

「先生?」

「フィルリアから聞いたよ。みんな、あれほど魔法で人を傷つけてはいけないと言ったのに、何をしているんだ。…すまない。うちの生徒たちが失礼をした」

「あんたは?」

「私はグリム。この教会で、子供たちに魔法を教えているんだ。…君は、エルロック・クラニスだね」

「なんで知ってるんだ」

「オリファン砦で、一度会っている」

「そうか」

 オリファン砦に居た兵士の顔なんて、いちいち覚えていないけれど。

「子供たちを攻撃しないでくれてありがとう。さぁ、中へ」

「先生、だめだよ」

「お姉ちゃん、殺されちゃう」

「俺は、殺しに来たわけじゃない」

「だって、お前がお姉ちゃんを眠らせたんだろ?」

「眠らせた?」

「呪いをかけたんでしょ?」

「呪い?」

 何の話しだ?

『マリリスだ』

 マリリス。ディーリシアの精霊が居る…?

「さぁ、こちらです」

 案内された場所は、棺のある部屋。

 緑の髪の女性が、その棺の中に居る。

「これが、ディーリシア?死んでるのか?」

 十代ぐらいの魔法使いの少年少女が、棺の回りに集まる。

「急に、起きなくなったんだ」

「声をかけても、返事をしないの」

「目も開かない」

「ずっとこのまま」

「でも、生きてるんだよ」

 一人の少年が、ディーリシアの頬に触れる。

「あったかいよ」

「眠ってるんだ。呼吸もしてる」

「…原因は」

「黄昏の魔法使いの呪いじゃないのか」

「呪いなんて使えない」

 せいぜい、闇の魔法で眠らせるだけ。

「あんたは知ってるのか?」

 先生、と呼ばれた相手を見る。

「さぁ、子供たち。今日の食事当番は?早く準備をしなければ、もう昼ですよ。…フィルリア。子供たちを連れて行きなさい」

「はい」

 一番年長なのだろう。フィルリアと呼ばれた少女が、子供たちを連れて出ていく。

 全員が出て行ったことを確認すると、グリムが口を開く。

「彼女は、死にゆく運命なんです。五カ月ほど前から、ずっと眠り続けている」

「五か月?」

「彼女は、自分はスコルピョンの七日に死ぬと言っていました」

 それは、ディーリシアが帰るべきだった日か?

「七日を過ぎても、彼女は死ななかった。けれど、それから五日後、目を覚まさなくなりました」

 女王が、魔力を奪ったんだろうな。

「彼女は、特殊な呪いをかけられているそうなのです。そのせいで、魔力が…」

「知っている。ディーリシアはグラシアルの女王の娘。女王に、魔力を奪われて、目覚めないんだろ?」

「ご存知でしたか」

「何故、ディーリシアは死んでいない?魔力を奪われなくなったのか」

「彼女が倒れた時、私の前に精霊が顕現しました。そして、彼女を死なせたくなかったら、魔力を供給し続けるように告げたのです」

 マリリスだろう。

「それじゃあ、ディーリシアに魔力を与え続けてるっていうのか?五カ月もの間?ずっと?」

「そうです。毎日、彼女に」

 毎日。目が覚めない相手にずっと…。

「でも、それも終わりです」

「終わり?」

「あなたが来たから。イーシャは、あなたに謝りたかったんです」

「俺に、謝りたかった?」

「はい。だから、私はあなたを待っていました。彼女と共に」

 グリムが、イーシャの髪を撫でる。

「約束は、果たしたよ。イーシャ」

 俺とディーリシアを会わせる為だけに。

 いつ来るかもわからない俺を、待ち続けていた?

 そんなことを、自分の命が尽きるまで続けるつもりだったのか?

「先生、お客様です」

 声に振り返る。

「ちょっと!何一人で来てるのよ!置いてくなんて酷いじゃない!」

「ポリシア。…アリシア、カミーユ」

 三人が入ってくる。

「こちらの方々は?」

「ディーリシアの妹と、俺の友人だ」

「マリリスが生きてるってことは、イーシャは生きてるの?…うん。そうよ、みんなで来たの。エルも一緒だったわ」

「エルロックは殺しに来たんじゃない」

 マリリスと話してるのか?

『エル。わかってると思うけど。お前が魔力を渡せば、イーシャは目覚めるんだからな』

「え?」

「そうだな。エルロックの魔力なら。目覚めさせることができるかもしれない」

 俺が?ディーリシアに?

『エルは、リリーの恋人なんだ。だから、リリーを助ける方法を探して、ここまで来たんだ。マリリス、何か知らないのか?』

「…そうだな。イーシャが何を調べていたのか、私たちは知らない。イーシャしか知らないこともありそうだな」

「アリシアでも知らないことってあるの?」

「視点が違うからな。私が知らないことを知っているかもしれない。エルロック、どうするんだ。イーシャから話を聞きたいなら…」

 ちょっと、待て。

「できない」

「エル?」

 何、言ってるんだよ。

 魔力を渡す方法って。

「無理だ」

「話しを聞く必要はないのか?」

 そうじゃ、なくって。

「エルロック?」

『待ってよ、エル』

 部屋を出て、外に出る。

『ここまで来て、なんの情報も得ずに帰るのか?リリーを置いてまでここに来た理由ってなんだ』

「リリーは魔力を送り続ければ死なない」

『お前。ずっとリリーに魔力を与え続ける気か?』

「可能だよ」

『リリーがそんなこと望むもんか』

「望まなくても。リリーを救う方法の一つだ。俺の力があれば、リリーはずっと目覚めていられる」

『女王が本気でリリーの魔力を奪ったらどうするんだ』

「それはない」

『どうして』

「俺がリリーに魔力を与えることは、女王にとってもメリットがある。安定的に、魔力を得られる方法じゃないか。だから、今だって。グリムがディーリシアに魔力を与えるから、女王はディーリシアを生かしてる」

『そりゃそうだけど…。何でできないなんて言ったんだ』

 嫌だよ。

「リリーと約束したんだ。他の人にはしないって」

『あぁ。あれ?』

「聞いてたなら、わかってるはずだろ」

 だから、ディーリシアに魔力を渡すなんて。

「エル」

「…カミーユ」

 カミーユが建物から出てくる。

「だいたいの事情は分かった。お前は、イーシャにキスしなきゃいけないんだろ?」

 極論だ。

「しなきゃいけない、ってわけじゃない」

「しないのか」

「したくない」

「我儘な奴だな。リリーシアちゃんに誓いを立ててるからか?」

「誓いを立てなくても。恋人以外にそんなことするなんてあり得ない」

「本当、無駄に律儀な奴だよな」

「うるさいな。嫌なものは嫌なんだから仕方ないだろ」

「方法がない」

「ある」

「言ってみろ」

 ディーリシアを、目覚めさせるほどの魔力。

 普通の人間では、難しいだろう。

 グリムが毎日魔力を与えても、目覚めないんだから。

「早く帰りたいんだろ?」

「もう、帰るよ」

「何も情報を得ずに?」

「死んでないってだけで、十分な収穫だ」

「いつもお前はそうだ。たまには、俺の言うことを聞け」

 カミーユが俺の肩を掴む。

「冗談じゃない。なんで俺がお前の言うことなんか…」

「冗談じゃない」

『えっ』

『えー』

『うわ…』

『最っ低。エル、顕現して良いよねぇ?』

「あ?あぁ」

 ユールがカミーユの背後で顕現して、カミーユの頭を殴る。

「いてっ。なんだ?」

 カミーユが辺りを見渡す。ユールはすぐに顕現を解いたから、探せないだろう。

「ほら、行って来いよ。一回も二回も一緒だろ」

 自分の口を、抑える。

『エル、大丈夫か?』

「エル?」

 何、されたんだ。

「おーい」

「カミーユ。殺してもいいか」

「それはごめんだ。リリーシアちゃんに言われるならまだしも、お前に言われる筋合いないぞ」

「行ってくる」

「あぁ。行って来い」

「リリーに殴られろ」

「痛そうだな」

「ありがとう」

「…お前それ、このタイミングで言うか」

「え?」

「いいよ。とっとと行け」

 建物の中に入って、ディーリシアの棺の前に行く。

「エル?」

「エルロック?」

「リリー、ごめん。これで最後だから」

 ディーリシアの唇に、口づける。

 あぁ、気が遠くなる…。初めてリリーにキスした時もこんな感じだったっけ?やばいな…。

「エルロック!」

 アリシアが、俺の腕を引っ張り、ディーリシアから引きはがす。

「馬鹿な奴だな。気を失うぞ」

 あぁ、そうか。俺の魔力がどれぐらい減るか、目に見えるんだもんな。

「どれぐらい、渡せばいいかわからないんだよ」

「リリーにやってるんだから、分かるだろう」

「リリーの呪いは、もう解けてる」

「リリスの呪いが?」

「嘘よ」

「リリーにいくらキスしても、もう魔力は奪われない。イリスから聞いてないのか」

『言ってないよ。そんなの、些細なことだ』

「そうか」

「些細なことじゃないわよ!どうやって解いたって言うの?」

「アリシアに、ポリシア?」

 女性にしては、少し低めの。初めて聞く声が、棺の中から、体を起こす。

「イーシャ?」

「グリム。私は…」

「イーシャ、まさか、もう一度、会えるなんて…」

「グリム?」

 グリムが、緑の髪と、黒い瞳の女性の手を握る。

「おはよう、イーシャ。エルロックがお前を目覚めさせたんだよ」

「…そうか。あぁ。わかるよ。黄金の髪と紅の瞳。エルロック・クラニス。会いたかった」

 グリムがイーシャを抱えて棺から出す。

「グリム、まだ立てないよ。体の感覚が難しい」

「ではみなさん、応接室へ」

 グリムに続いて、隣の部屋へ移動する。

『エル、大丈夫か?』

「あぁ。まだ魔法は使えると思う」

『お前の魔力って、底なしだな』

「一回、全部リリーに奪われたけど」

『リリーには内緒にしてやるよ』

「内緒?なんで、好きな相手に隠し事なんかしなくちゃいけないんだ」

『え、言うの?』

「だって、謝らないと気が済まない」

 怒るかな。俺なら怒る。他の誰かに奪われるなんて。

 やっぱり、しないべきだった。

 カミーユの馬鹿が、俺にキスなんてするから。

 ほとんどやけくそだ。

「なにを、落ち込んでるんだ」

「イーシャにキスしたことじゃない?」

「落ち込むことか?」

「だって、私が泣きながらキスしてって頼んでも、この失礼な男は、一生泣いてろって言ったのよ?」

「ポリー。その状況が、良くわからないんだが」

「二人とも、相変わらずだね。…今は、いつ?リリーはもう出発してる?」

「トーロよ。リリーは出発済み」

「イーシャ。エルロックはリリーの恋人だ」

「恋人?…リリーは?」

「ラングリオンの王都に置いてきたんだよ。俺は、リリーを女王から解放する方法を探している。それでディーリシアを探してたんだ。…勘違いするなよ。ジェイドを探しに来たわけじゃないからな」

「それは。何とも数奇な運命だね。私はお前の仇なんだよ」

「二度、言わせるな。俺が探していたのは、リリーの姉の、ディーリシアだ」

「じゃあ、私は黄昏の魔法使いに言おう。私の命はお前のもの。戦争とはいえ、無抵抗の相手を殺した罪は消えない」

「無抵抗、だって?」

 どういう意味だ。

「魔法の効かない私に、魔法部隊の将軍は一人で立ち向かって来た。私の目的は、その女を殺すこと。トップが死ねば、軍は引かざるを得ない。彼女は自らの軍を守る為に、その命を私に差出したんだよ」

 フラーダリー。

 ジェイド・イーシャがセルメアの軍に所属した時から。王都魔法部隊が、オリファン砦に行くと決まった日から。フラーダリーの死は、決まっていたのか?

『エル。大丈夫か』

「あぁ。大丈夫だ。もう、迷ったりしない」

 リリーが。答えをくれている。

 この場で、感情に任せてディーリシアを殺したりなんてしないよ。

 無抵抗の人間を殺した無抵抗の人間を殺すなんて馬鹿げてる。

「あの時の精霊?」

 バニラ。ディーリシアの前に居るのか。

『償っても、人の命は還らない』

「わかってるよ。だから、命を持って返したい」

『エルはお前を殺さない。いまだに争いを求めるなんて、戦争とは、なんて醜いものなんだ』

「人間は戦い続ける宿命だよ。精霊のように強くないから」

『愚かだ』

「返す言葉もない」

『過去は消えない。一生、その罪を背負い続けろ』

「私は」

『死とは解放だ。肉体という魂の牢獄に閉じ込められたまま、残りの生を、苦しみながら生きればいい』

「そうだね。生きる方が、死ぬよりも何倍も辛いよ」

 それは、良くわかる。

 何度も死にたいと思って。救われて、落とされる。

『エル。聞きたいことがあるんだろう』

「リリーを解放する方法、だったね」

「知ってるのか?」

「方法が、ないわけではない」

「そうなの?」

「あるのか?」

「女王と、女王の娘を繋いでいるもの。一つは私たちに与えられる精霊。そして、もう一つは紅のローブへの誓約」

 アリシアも言っていたな。

「帰還の日が近づいた時。私は女王の声を聴いた。女王は、紅のローブへの誓約を果たせなければ、私は死ぬだろう、と」

「それは、夢で?」

「夢のようだったな。でも、女王が言っていたんだ。マリリスを通じて会話してるって」

 あれは。

 イリスを通じて俺に話しかけたのは、女王?

「逆に言えば、紅のローブに誓約を破棄させれば、自由になれる」

「私たちの精霊は?」

「同じ」

「同じ?」

「女王、紅のローブ、王位継承権保持者。この三つの階級を除いた、城の中に居るすべての階級、及び階級のない部外者は、常に自然から得られる魔力を女王に捧げるよう、決められている」

 残りの階級は、女王の娘、魔法使い、市民。

「この階級の決まりに従って、精霊は、女王の娘が城から出たとしても、女王に魔力を捧げる。…ただし、魔法使いは、紅のローブから、女王の血の魔法印を受け取ることで、それを回避している」

 アリシアから聞いた通り。

「そして、女王の娘は紅のローブへ、三年後に帰還することを誓約する。誓約によって、精霊もまた、女王の娘を三年後、城へ連れ帰らなければならない」

「え?イリスも?」

「そう。娘と精霊は一体。だから、階級にも含まれる。…そういえば、イリス。何故、お前がここに?」

『今さら、突っ込まないでよ、それ』

「あり得ない。イリスの役目は、リリーを守ることだ」

『ボクの代わりにリリーを守ってくれてる精霊が居るからいいんだよ。ボクなんかより、よっぽど強い精霊だ』

「今の、お前より?」

『いいだろ。ボクはエルを信頼してるし、リリーもエルを信頼してるんだ』

「仲が良いんだね。リリーの恋人というのも、冗談ではなさそうだ」

『冗談だと思ってたの?』

「リリーが出発して、二月程度しか経っていないのに。信じる方が難しいよ」

『まぁ、そうだよね。もういいでしょ?話しの続きをしてよ」

「女王の娘と精霊が、帰還しなければならないって話しまでしたかな。…そう、だから、帰還できなかった場合、誓約に違反した私は、罰として、女王にすべての魔力を取られる、はずだった」

 だけど、グリムが毎日魔力を与え続けたことで…。

「グリム。…私を、今まで生かしてくれてありがとう」

「約束しただろう。必ず、黄昏の魔法使いに会わせるって」

「俺のことを探していたのか?」

「はい。探していました。…でも、居場所は特定できませんでした」

「悪かったな。俺は一か所に長く居るなんてないから」

「王都で子供を引き取ったと聞いて、訪ねたことがあります」

「俺の養子に会ったのか」

「会いました。けれど、あなたは居なかった」

 王都にはほとんど居ないからな。

「その代わり、お話を聞かせてもらいました。あなたが常に旅をしていること。色んな方を助けていること。…王都では、誰もあなたを黄昏の魔法使いとは呼ばなかった。ラングリオンでは英雄のはずなのに」

「黄昏の魔法使いなんて、架空の存在だ」

「セルメアでは、子供でも知っている悪魔の魔法使いです。あなたは、オリファン砦で、誰も殺さなかったのに」

「うるさいな。黄昏の魔法使いの話しなんてどうでもいいだろ。せっかく探してもらってたのに、会えなくて悪かったな」

 おそらく、ディーリシアが、目覚めなくなる時まで、俺を探し続けていたんだろう。

「で?ディーリシアは、魔力を与え続けられたから、死ななかったんだよな?」

「今も、私から女王へ、魔力は送られ続けているはずだよ」

「一気には取られないんだな」

「紅のローブは非道なんだ。魔力を集めるためなら手段を選ばない。だから、一気に私を殺すのではなく、利用価値のあるうちは生かすことに決めたのだと思う」

「紅のローブに決定権がある、みたいな言い方だな」

「罰を決めるのは紅のローブだよ。だから、誰も紅のローブには逆らえない。その紅のローブは女王に忠誠を誓い、自ら女王の扉を守り続けている。女王は、紅のローブの指示に従って、魔力を集める」

「指示に従って?」

「女王は外のことを知ることができないから。一度、女王の間に入れば、そこから二度と出てこない」

 女王の間。リリーも、女王になったその日から出られないって言ってたな。

「ただ、外のことを知る方法として、精霊を使うことができる。女王の精霊と、私たちの精霊は繋がっているらしい。だから、女王はマリリスを使って、忠告してきたんだよ。このままでは罰を受け、私もマリリスも死ぬことになると。…私は女王に言ったよ、帰らないって。そうしたら、女王は悲しそうな顔をして、消えた」

「女王は、氷に包まれていた?」

「氷?あの、透明な球体のこと?…確かに、氷だったかもしれない」

「そうだ。そして、うつろな瞳で…」

「なんで、知っている?」

 同じだ。

 俺に話しかけてきたのと。

「女王の顔は?知っている顔だったのか」

「フェリシアだったよ」

「本当に、フェリシアだって断言できるか?」

「どういう意味?女王が即位したのは私が十歳の時だから、本当にフェリシアだったかと聞かれても、自信はないかな」

「フェリシアじゃないかもしれない」

「まさか。それじゃあ、一体誰だったと?」

「初代女王」

「初代女王?」

 誰も、その顔を知らない。

「氷の大精霊と契約している、不老不死の初代女王」

「なんで、あなたがそんなこと知ってるのよ?」

「面倒だから、口を挟むな。これが事実だ」

「あり得ないわよ、エル。わかってない。初代女王って言うのは、」

「ポリー。静かに」

「……」

「初代女王の契約について知らないか?」

「知らない」

「何故、女王の娘が必要か、心当たりはないか?」

「女王に魔力を送るためじゃないのか」

「それは、紅のローブの狙いなんだろう?」

「紅のローブの?」

「だって、言ってたじゃないか。魔法使いが従うのも紅のローブ。誓約をさせるのも紅のローブ。違反した場合の罰を考えるのも、紅のローブ。女王は、階級に従って、自分の責任を遂行しているだけなんだろ?本当は、魔力を欲してなんかいないかもしれない。だから、お前に忠告をしてきたんだろう」

「帰還は義務だ」

「帰還しなくても、女王は困らない。さっき言った通り、グラシアル国は、不老不死の初代女王が支えている。女王の娘なんて要らない。王位継承者も要らない。帰還を強制し、意味の分からない制度を押し付けているのは、全部紅のローブだ」

「では、何故?」

 考えろ。もう、答えは出せるはずだ。

 氷の大精霊と初代女王の契約。

 女王の娘の存在理由。

 王位継承者が必要な理由。

 女王が、俺に言ってきた言葉。

―契約を果たせ。

―エルロック、待っている。

「初代女王って、魔力がなかったのに。そんなことできるわけないじゃない」

「ポリー?」

「魔力が、なかった?」

「知らないの。みんな。城の図書室にあったじゃない。初代女王、リーシア。魔力を持たない彼女は、城の中では常にないがしろにされていた。…グラシアルの王族って、みんな魔力が見えたし、魔法使いの素質があったらしいのよ。そのせいで、彼女はある雪深い年に、氷の大精霊に人身御供に出されたの。力がないなら、せめてその魂を国に役立たせろってことだったんじゃない?」

 魔法使いがほとんど居ない時代。精霊と契約する方法が確立されていない頃。

 精霊は人間から奇跡を求められた時に、魂を要求していた。

 人間の魂は魔力を集められるから。

「彼女は神の台座に辿り着き、そこで、氷の大精霊と契約をしたの。絵本だったもの。その辺の詳しいことは書いてなかったわ」

「魔力がないのに契約できた?」

「だから、書いてなかったって言ったでしょ」

 いや。上位契約なら可能だ。

 俺とエイダの契約。

 エイダは記憶を求め、俺は力を求めた。

「後は、知ってのとおり。初代女王は、氷の大精霊の力で国を豊かに、人間が住みやすい土地にしました。めでたしめでたし、よ」

 初代女王が求めたのは、グラシアルを人間が住みやすい土地にすること。

 じゃあ、氷の大精霊が求めたのは?

 氷の大精霊が欲しがるものって…。

「棺…」

「棺?」

―氷の精霊は、自分の力が最大限に及ぶ氷の大地へその棺を移し、二人は永遠に一緒に居る方法を獲得したんだ。

―今もずっと。世界の終りまで、氷の精霊は棺を守り続けてる。

 リリー。

 俺が、氷の大精霊なら。望みは一つだ。

 そうか。お前が待っているのは…。

「氷の大精霊は、封印の棺を探してる」

「封印の棺?」

「ラングリオンの東を砂漠に変えた、炎の精霊を」

「何の話しよ?」

「銀の棺。読んだことないか?」

「あれでしょ?氷の大精霊が、愛する炎の大精霊を閉じ込めてる棺。今でも神の台座に保管されてるっていう」

「あれは、持ち出されてる」

「持ち出されてる?」

「どういうことだ?」

「神の台座にはない?」

「…知らないのか?」

 アリシアたちは顔を見合わせる。

「ラングリオンでは、知らない人間が居ないほど、有名な話しだぞ」

「何、それ?」

「サンドリヨンの物語」

「何が関係あるんだ?」

「え?」

「サンドリヨンって。ガラスの靴の物語よね?森で出会った王子と姫が、恋に落ちて結ばれることを約束するけど、王子がほかの娘と結婚させられそうになって。で、王子はサンドリヨンから渡されていたガラスの靴を片方だけ持っていたから、この靴がぴったり合う女性と結婚するって言って、最後にサンドリヨンと結ばれるのよね?」

 ラングリオンの話しと、大分違うな。

「違う。そもそもサンドリヨンは姫じゃない。サンドリヨンの意味は、灰の魔法使いだ。原作では、サンドリヨンは、ラングリオンの東を七日七晩かけて焼き尽くし、砂漠に変えた炎の魔法使いを指す。これは史実で、砂漠には炎の大精霊を祀った封印の棺があるんだ」

「史実、って」

「銀の棺は、神の台座から持ち出されたんだ。棺はラングリオンの東で開かれ、そばに氷の大精霊が居ないことに気付いた炎の精霊は、氷の大精霊を探して彷徨い、ラングリオンの東を砂漠に変えた」

『え?その、炎の大精霊って』

「エイダだ」

 エイダは、記憶を失っている、と言っていた。

 そして、記憶探しを求めてきた。

 失った記憶が、何を指すのかわからない。

 アンジュが知っていたのだから、氷の大精霊の記憶も持っていたはずだ。

 棺に封印された時の記憶も、棺から出た時の記憶も。エイダは失っていない。

 …いや。違う。記憶という言葉にとらわれる必要なんてない。

 氷の大精霊がエイダを求めているなら。

 エイダも、氷の大精霊を求めているに違いない。

 つまり、エイダの失った記憶とは、氷の大精霊。

 だから女王は、契約を果たせと。俺を待っていると言ったんだ。

「エルロック」

「あぁ。説明の途中だったな。氷の大精霊と初代女王の契約は、精霊が女王に力を貸す代わりに、女王が封印の棺…、つまり炎の精霊を見つけ出すことだったんだ。そう考えると、女王の娘の役割がわかる。女王の娘の本来の役割は、身動きの取れない女王に変わって、炎の精霊を探し出すことだ」

「そんなこと、聞いたことがないわ」

「聞いたことがなくて当たり前だ。女王の娘には何一つ知らされない。だってそうだろ?炎の精霊が見つかれば、契約は終了。グラシアルは元の寒冷な土地に戻る。…だから、氷の精霊との契約の為だけに、探すふりをするためだけに、女王の娘に三年という期間が与えられるんだ」

「探すふり?…実際に見つけたらどうするんだ」

「プレザーブ城には、女王の娘について、国について知る、いくつもの手がかりがあったんだろ?それなのに。サンドリヨンの話しはなかった」

「あったわ」

「全く違う話しだ。銀の棺と、サンドリヨンの本当の物語を知っていれば、それが史実で、棺が砂漠にあることは誰にでもわかるのに。そして、氷の大精霊が求めているものもわかるはずなのに。誰も知らなかった。これは、意図的に隠されていた事実だ」

「確かに。銀の棺はずっと、神の台座にあると思ってたわ」

「そう考えている限り、女王が契約している相手が氷の大精霊だと気づいても、氷の大精霊が求めているものが何かは、永遠にわからないってことか」

「そうだ。…そして、紅のローブは外へ出る女王の娘を、魔力集めに利用することにしたんだ」

「じゃあ、王位継承者は?」

「それは…。おそらく、いつまでも、契約を果たせないから…」

「まさか、氷の大精霊への人身御供だっていうの?」

「そう考えるのが自然だ。女王には魔力がない。どれだけ魔力を集めたって、あの広大な土地を管理するだけの力を補えるわけがない。氷の大精霊から契約の解除を言い渡されればおしまいだ。だから、人間の魂を捧げて契約を破棄させないようにしてるとしか…」

「冗談じゃないわ。私たちは、氷の大精霊に命を捧げる為だけに生きてるっていうの?」

 そう考えるのが自然。

 でも。

 炎の精霊を愛している氷の精霊が、人間の魂を求めるだろうか。

 氷の大精霊がどんな性格なのかわからないけれど…。

 俺だったら…?

「拒否権までないなんて。そんなことになるぐらいなら、今すぐ死んだ方がましよ!」

「ポリー、落ちつけ」

「ポリシア。私たちは真実に近づいた。今は、その先を考えなければいけない時だよ」

「その先?」

 そう。答えは、もう出てるんだ。

 俺が、するべきこと。

「終わらせる」

「終わらせる?」

「俺がプレザーブ城に行ってリリスを殺し、エイダを氷の大精霊に会わせれば、全部終わりだ」

『エル…』

「リリスって何?呪いのこと?」

「紅のローブは、吸魂の悪魔・リリスだ。そいつを殺せば、呪いも誓約も消える。女王の娘は自由になれる」

「悪魔なんて、どうやって殺すのよ」

「俺は、殺せる」

「殺せるって…」

―いずれ、悪魔に列せられる魂。

 それは。悪魔と同等の魔力を保持しているから。

『わかったよ、エル。ボクも覚悟を決めなきゃな』

「イリス?」

『エル。ボクがお前を城の中に入れてやる』

「部外者を城の中に入れるなんて、紅のローブにしかできないわ」

『リリーの試練の扉を通るんだ』

「試練の扉を?」

「試練の扉は女王の娘が階級を上げるための扉。他の人間は絶対に通れないはずだ」

『あれはボクの扉だ。ボクの力に反応する。通れるのは、ボクと繋がりの深い人間。…だからエル、ボクはお前を通す』

「通すって…」

『ボクの魔力はお前でできてるんだぞ。忘れたのか?』

「できるのか?」

『できる。お前がリリーを救うなら、ボクはいくらでも協力する』

「わかった。イリス、一緒にグラシアルへ行こう」

『でも、その前に、リリーに会わなくちゃ』

「だめだ。リリーを連れては行けない。紅のローブと戦えるのは俺だけだ。女王の娘は、紅のローブに逆らえない」

「一人で行くつもりか?」

「リリーに何も言わずに行くの?」

「アリシア、ポリシア。カミーユを連れて、ラングリオンに行け。リリーを頼む。俺は真っ直ぐグラシアルへ行く」

『エル。エイダはリリーに預けっぱなしだろ』

「エイダはいつでも呼び出せる。イリスが俺を城の中に入れてくれたら、呼び出せばいい。…そうすれば、リリーはイリスを呼ぶだろう。そういう約束だ」

『だめだ!リリーの気持ちも考えろ。お前、また勝手なこと言ってるぞ!なんでもかんでも思い通りになると思うな!』

「他に良い方法があるか?…女王の娘は足手まといだ。俺と一緒に戦える人間なんていない。俺は女王の娘だって殺せるだけの力があるんだぞ」

『殺せるって…。ポルトペスタのこと?』

「そうだ。あの時、リリーがかばった女魔法使いが、氷の盾を使ったんだ。それがなければ、リリーは死んでいた」

『ソニアが…』

 ソニアって言うのか。あの、女魔法使い。

『エル、それでも、リリーを置いて行くべきじゃない』

「イリス。約束だ。俺は絶対にリリスを殺す。だから、」

『約束できない!』

「俺は、ラングリオンには戻らない」

『この分からず屋!リリーに、ずっと一緒に居てくれって言ったのは、お前だろ!』

「一緒に来れば、リリーが死ぬかもしれない」

『それなら一緒に死ねばいいだろ』

 イリス?

「何、言ってるんだ」

『ボクは、リリーが泣くのをもう見たくない。リリスの呪いで、お前から魔力を奪う度に、リリーは泣いてたんだぞ。もう目覚めなかったらどうしようって。お前はまた、リリーを泣かせるのか』

「俺は死なない」

『生きて帰れる保証はない。あいつがどれだけ狡猾な悪魔か、お前は知らないんだ』

 狡猾な悪魔?

「知ってるのか、リリスのこと」

『答えられない』

 知っているんだな。

「どこまで、秘密の保持の契約を結んでるんだ」

『エル。お前は、これだけ精霊に囲まれているのに。アンジュもいるのに。精霊のことをちっともわかってない』

「わかってない?」

『契約なんてただの言葉だ。最も強い絆。それは信頼だろ?お前だって知ってるはずだ。お前の精霊は、いくらお前が契約違反をしたってついて来てるじゃないか』

 そうだ。

 その通り。

 契約が言葉通りの意味を成すなら、俺は、リリーに魔力を渡すことを決めた時点で、契約を破棄されていたはず。

 でも、みんな傍に居てくれた。

『そうだ。ボクも、ボクの本来の契約者と信頼で繋がっている。だから、言えないんじゃなくて言わないんだ。裏切りたくないから』

 本来の契約者?

 エイダから生まれたアンジュにとっての俺。

 氷の大精霊から生まれたイリスにとっての、女王?

「お前は、リリーの精霊じゃないのか」

『ボクらは女王の為に幼い娘を守るんだ。育った娘が女王の娘になれば、女王の為に娘を導く』

「だって、お前は、リリーの為に…」

『生まれてからずっと一緒なら、情も移るよ。ボクはリリーが好きだし、エルのことも好きだ。だから、その望みを叶えたい。でも、女王を信頼してる。彼女を裏切るなんて考えられない』

「俺を城に入れることは、裏切りじゃないのか」

『裏切りじゃないんだ、エル。…きっと、わかるよ』

 数百年の間、国を支え続けた女王。

 気が遠くなるほどの年月を一人で…。

『エル。王都に帰ろう。連れて行くにしろ、行かないにしろ。リリーに会って、話すべきだ』

「帰れ、エルロック。私も準備がある」

「…準備?」

「お前がリリスと戦うなら、私もやりたいことがあるんだ」

「やりたいこと?」

「後で話す。それよりも、そろそろ何か食べさせないと、ポリーが死にそうだ」

「あなた、話しが長すぎなのよ。しかも、難しい話しばっかり…」

 大人しいと思ったら。

 もう昼も大分過ぎてるのか。

 そういえば、カミーユは何してるんだ?

「イーシャ、立てるかい?」

「もう少し休みたいな。先に行っていてくれる?子供たちには、まだ内緒にしていてね」

「わかった。…みなさん、こちらへどうぞ」

 グリムの案内で、部屋を出る。

「あぁ。頭使いすぎて死にそう。甘いものが食べたいわ。リリーのケーキが懐かしい。…リリーに会いに、私もラングリオンに行こうかな」

「そうだな。エルロックが道草しないようについて行ってやれ」

「冗談じゃない。俺はラングリオンには帰らないって言ってるだろ。だいたい、こんなおしゃべりと一緒に歩いてたら疲れるだけだ」

「何よ。あなたの方が十分お喋りじゃない」

「説明してただけだろ。全部端折って、リリス退治に行く、だけで通じるのか」

「通じるわけないじゃない。ただでさえ、まだ良くわからないことがいっぱいあるのに」

「まだ説明させる気か?」

「…いいわよ、わかんなくても。あなたのこと、わかったから。リリーを本気で助けたいって気持ち。…だから、信じてあげるわ、あなたのこと」

「信じるって?」

「私はまだ試練の扉を通れるほどの魔力はない。だから、何も手伝えないけど。信じてあげる。あなたが、すべてを終わらせるって」

「…そうか」

「悔しいけど。リリーは天才ね。あなたを好きになるなんて。こんなに尽くしてくれるんだもの」

「それは違う。リリーの方が、俺のことを想ってくれてるよ。俺ができることなんて、全然ない」

「だって、リリーを救おうとしてるじゃない」

「それは、俺がリリーと一緒に居たいからやってることだ」

「…ねぇ、アリシア。これって惚気なの?」

「惚気?何が?」

「少なくとも、リリーと恋人になる以前からこんな感じだったよ」

「イラつくわ」

「そう言ってやるな」

「おぅ、お前ら、ようやく来たな」

「カミーユ」

「わぁ、良い匂い」

「…うわ」

 空腹で、この甘ったるい匂いとか。

「ちょっと、エル、どこ行くのよ」

「無理だ」

 そのまま向きを変えて、外に出る。

「カミーユの奴、俺を殺す気か」

『何が?』

「苦手なんだよ、甘いもの」

『リリーと好みが正反対だよねー』

「知ってるよ」

『リリーも知ってるよ』

「知ってるよ」

 そんなこと。

 コーヒーの菓子、いつ作ってくれるのかな。

「悪かったな、エル。子供たちにクレープを焼いてたんだよ」

「カミーユ。だから、あんなにバニラの香りが充満してたのか」

「ほら。ちゃんと甘くないやつだぜ。昼食の余りを具にしたクレープガレットだ」

 ガレットを受け取る。

「全部食えよ」

 三つもある。

「何か飲み物が欲しかったら取りに来い」

「コーヒーは?」

「あるぜ」

「じゃあ、コーヒーで」

「…はいはい。持って来るよ」

 外のベンチに座って、クレープを食べる。

『エル、忘れちゃったのぉ?カミーユに何されたかぁ』

「ん…?あぁ。別に、いいだろ」

『えっ。あんなにびっくりしてたのに、いいの?』

「おかげで、ディーリシアと話せた。感謝してるよ」

 ディーリシアと話していなければ、リリスを殺す結論になんてならなかったはずだ。

『エルってさー』

『ジオ。言わなくて良いのよぅ』

『もしかして、ユールは、ずっとわかってたの?全然気づかなかったわ、私』

『あたしはエルと付き合いが長いものぉ』

『オイラの方が長いんだけどなー』

『ジオはぁ、ブランクがあるじゃなぁい?』

『ブランクって?』

『ジオはぁ、エルが小さいころのお友達なのぉ。契約したのは、あたしの後だけどぉ』

『そうなんだ』

 ジオ…。

「ほら、持ってきたぜ」

「カミーユ」

 カミーユからコーヒーを受け取って、飲む。

 まぁまぁかな。

「エル、さっきは悪かったな」

「何が?」

「気にしてないならいい」

「二度とするな」

「なんだよ。わかってるんじゃないか」

「謝る必要はない。決心がついたんだし。助かったと思ってる」

「…エル」

「何だ?」

 沈黙。…呼んでおいて、何も話さないカミーユの方を向く。

「カミーユ?」

「早く王都に帰って、また酒でも飲もうぜ」

「あぁ。そうだな」

「お前の次の目的地は王都でいいんだな?」

「え?…あ、」

 カミーユがにやりと笑う。

「言質は取ったぜ。男に二言はない、だろ?」

「わかったよ。王都に帰る。それから、グラシアルに行く。それでいいんだろ?」

「あぁ。どうせ途中でリリーシアちゃんに会いたくなるんだから、会っておいた方が良いだろ」

 それは、そうかもしれない。

「カミーユ」

「ん?」

「一緒に来てくれて、ありがとう」

「何言ってんだ。親友だろ」

 親友か。

「あぁ。そうだな」

 それも、いいか。

「え?」

「なんだよ。文句あるのか」

「いいや。ないよ。…そうだな。全部、リリーシアちゃんのおかげだ」

「何の話しだ?」

「故郷の話しするの、忘れるなよ」

「あぁ。そんなこと言ったっけ」

「お前は忘れっぽいからな」

「だったら、何度でも聞けばいいじゃないか」

「…本当に、忘れっぽい奴だ。じゃあな。俺はまだやることが残ってるから」

 クレープのあの匂い。しばらくとれないんだろうな…。

 リリー。

 今、何してるんだろう。

 そういえば、意識が繋がっている時に、砂漠に行くって言ってなかったっけ?

 何しに?

 王都で待ってろって言ったのに…。

 エイダが居るから大丈夫だよな?

「おい、魔法使い」

「…エルロックだ」

 全部で五人。さっきの魔法使いの子供たち。

 フィルリアは居ないな。

「エリアス、アルシュベタ、パヴリーナ、ベドジフ、ルカーシュ」

「え?」

「なんで、知ってるんだよ!」

 やっぱり、ノートで見た名前と同じ。

 こいつらが小屋の掃除をしてるのか。

「先生に聞いたの?」

「違うよ」

「じゃあ、なんで知ってるんだよ」

「当ててみろ」

 クレープ三つは重いな。あと、一個半もある。

「当てたら、これをやる」

 手つかずの一つを見せる。

「…わかるよ」

「答えは?」

「私たちの衣装に書いてある」

 そう言って、一人が袖を見せる。この少女は、アルシュベタ。

「そんなの初めて知ったな。不正解だ」

「なんかヒントくれよ」

 この子はエリアス。一番小さい子供。

「ヒントは…。お前たちが書いた文字を見た」

「文字?教室に行ったの?」

 この少女はパヴリーナ。

「まさか。こいつ、甘い匂いがダメで厨房から逃げ出したんだよ。無理だ」

 この少年はベドジフ。

「聖堂と応接室に、僕らの文字なんてない」

 で。ルカーシュ。

「ヒント。俺がそれを見たのは昨日」

「昨日?」

「ここで見たんじゃないなら…」

「わかった!掃除小屋!」

「掃除小屋って呼ばれてるのか、あそこ」

「ほら、俺が正解だろ?くれよ」

「あぁ」

 クレープを一つ、エリアスに渡す。

「お前たちが管理してるのか?」

「はい。冒険者ギルドから委託されてるの。三か所あって、七のつく日に、みんなで掃除に行くの」

 この周辺に、三か所もあるのか。

「どこの小屋に行ったの?」

「わからないよ。特徴なんて、洞窟が近くにあったぐらい」

「じゃあ、東の小屋だ。南東と西にもあるんだよ」

「一番近道の場所だ。知ってたの?」

「精霊から聞いた」

「精霊が教えてくれたの?」

「契約してる精霊?」

「あぁ」

「黄昏の魔法使いって、炎の精霊と闇の精霊じゃないの?」

「その言い方はやめろ。俺はその言葉が嫌いだって言ってるだろ」

「エルロック?」

「そうだ。ちゃんと名前で呼べ」

「人間なの?」

「馬鹿にしてるのか?」

「人間なんだ」

「悪魔じゃないんだ」

「悪魔じゃないよ。俺は誰も殺したことはないんだから」

「お姉ちゃんを殺しに来たくせに」

「違うって言ってるだろ」

「だって、お姉ちゃんは、黄昏の…、エルロックに命を狙われてるって。みんな言ってたよ」

「勘違いだ」

「そうなの?」

「あぁ」

「じゃあ、どうしてお姉ちゃんは目覚めないの?」

「さぁ。目覚めたくなったら、目覚めるだろ」

「起きたくないから起きないの?」

「起きたくても起きれない時、あるだろ」

「あ、わかる。お布団から出たくないんだよね」

「いっつもフィルリアにたたき起こされるんだよな」

「早寝しないからよ」

「宿題が難しいんだ」

「宿題?…そういえば、ここで勉強してるんだっけ」

「私たち、戦争で親を亡くしたの」

「黄昏の魔法使いのせいで、魔法使いの子供は嫌われるんだ」

「…そうか」

 引き取り手が居ないから、こんな山奥に。

「でも、先生もお姉ちゃんも優しいよ」

「だから、平気」

「勉強ははかどってるのか」

 子供たちが顔を見合わせる。

「難しい問題があるの。明後日までの宿題」

「みんなで解けって言われたんだけど」

「持って来いよ。暇だから見てやる」

 どうせ、あの匂いが消えるまで建物の中に入れないし。

「いいの?」

「難しいよ」

「俺が解けなかったら、何でも言うこと聞いてやる」

「うん。じゃあ、持ってくる」

「ついでに、コーヒーを持ってきてほしいんだけど」

「いいよ」

 ルカーシュがそう言って、空になったコーヒーのカップを持っていく。それに、他の四人も続く。


 ※


「子供たちの勉強を見てくれたんですね」

『あ』

 声に振り返ると、グリムが居た。

「あぁ。どうせ、暇だったし」

 あの甘ったるい匂い。夜になって、ようやくましになった。

「これ、渡しておく」

 紙を一枚、グリムに渡す。

「これは?」

「宿題の解答と解説」

「宿題?」

「あいつら、かしこいな。俺が出した問題も解いたから、少し難しい問題を出したんだ。俺は明日出発するから、答え合わせをしてやってくれ」

「…面白い問題ですね」

「そうか?」

「教師でもやっていたんですか?」

「まさか。それは、お前の方が知ってるだろ」

「そうですね。あなたは一つの場所にとどまっていない方ですから」

「ここは、自給自足なのか?」

「いいえ。私たちは、周辺の小屋の管理を請け負うことで生計を立てていますから。畑の作物も、一部は売っています。それに、月に一度、冒険者ギルドの方が、報酬と寄付を持って来るんです。懇意にしている商人の方もいらっしゃいますし」

 閉鎖的な環境な割には、外との交流はしっかりあるんだな。

「困ることはないのか」

「困ることはありません。子供たちが全員独り立ちするまで、しっかり育てますよ」

「そうか」

「イーシャは、またしばらく眠るそうです」

「もう、魔力が尽きたのか?」

「いいえ。あなたがすべてを終わらせるまで眠るそうです。今、子供たちに目覚めたことを告げて、また倒れでもしたら、子供たちが悲しんでしまいますから」

「そうだな」

 きっと、すべてが終われば。イーシャもマリリスを通して気づくことができるはずだから。

「不思議なものです。あなたは、自分の仇を救おうとしてる」

「俺の目的は、一つだ」

「一つ?」

「リリーと、一緒に居る方法を探してる」

「…そうでしたね」

「お前は俺が憎くないのか」

「憎い?何故ですか?」

「俺はイーシャにキスしたんだぞ?」

 グリムは笑いだす。

「なんだよ」

「私は、イーシャと恋人ではありません」

「違うのか?」

「好きだという気持ちはありますが、彼女は、無抵抗の人間を殺した罪を償うまで、幸せになれないと」

「償い?償いってなんだ。罪は一生消えない。過去は消えないんだ。…自分が幸せにならないことは、罪を償う方法じゃない。そんなの自分のエゴだ。誰も褒めてくれないし、誰も得しないぞ。そんなこと考えるぐらいなら、その命で何ができるか考えた方が良い」

「…あなたは強いですね」

「強くなんかない。俺が強ければ、もっと多くのものを守れた」

「だから、人助けをして回ってるんですか?」

「なんだそれ?俺はそんなことしてないぞ」

「私がラングリオンで聞いた、あなたの姿です」

『エルはぁ、すぐ巻き込まれるからねぇ』

『自覚がないんだから、仕方ない』

『困ってる人をほっとけないんだろー』

『お人よしね』

 勝手なことばっかり言いやがって。

「どう考えようと勝手だけど。あんまり人の評価をプラスに取りすぎて、足元掬われるような真似だけはするなよ。…じゃあな、俺は寝る」

「あ、お待ちください。この辺りの地図をお渡ししようと思っていたんです」

 グリムから地図を受け取る。

 子供たちが言っていた小屋や、洞窟の情報が書かれた詳細な地図だ。

 東の小屋まで半日。

 洞窟を抜けて…。こっちの道を通れば、もっと早く麓まで行けそうだな。

 半日以上かかるから、やっぱり小屋に一泊しなくちゃいけないけれど。

「明日は昼頃に出るよ。また、東の小屋を借りることになる」

「どうぞお使いください」

「これからラングリオンへ行って、グラシアルを目指せば、ジェモの月にはすべて終わってると思う。もし、ジェモの月を過ぎてもディーリシアが目覚めなかったら…」

「いいえ。あなたは、ご自分の目的だけをお考えください」

「…あぁ。そうだな」

「精霊のご加護がありますように」

 それなら、充分得ている気がするよ。



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