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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
3/45

01

 動けない。

 背中がやけに熱いのがわかる。

 腕を後ろに回すと、何かに触る。

「んん…」

 声。

 昨日、初めて聞いた声が。

 何が?どうなってる?

「エイダ。説明しろ」

『説明も何も。見たままですよ?』

 後ろから回った腕は、しっかりと俺の胴体に巻きついている。

「で?」

『無理やり引きはがします?』

『ぷぷっ。エルは力が弱いもんなー』

『そうは言っても、人間の娘だ。男より力が弱いものだろう』

『エルは魔法使いだから非力だよぅ。手伝ってあげようかぁ?』

 朝からうるさい連中だ。

 リリーの腕をつかみ、引っ張るが、離してくれる様子はない。

『いいこと考えたぁ』

「お前のいいことは、ろくな事じゃないからやめろ」

 俺の話を聞かずに、真空の精霊、ユールが続ける。

『あたしたちが引っ張ってあげるぅ。あ、エイダ一人で十分かなぁ?』

「引っ張るって?」

『やってみましょう』

 エイダが姿を現し、俺の腕を引っ張る。

「う、わっ」

 リリーの腕をすり抜けたのは良いが、そのままベッドの下に落ちた。

「大丈夫?エル」

『うまくいったねぇ』

『上手く行った、か?』

 いってないだろ。どう考えても!

「集まれ、精霊たち」

 立ち上がり、服のほこりを払うと、目を閉じて魔力を集中する。

 エイダが窓を開き、新鮮な朝の空気が部屋の中に満ちる。

 大地、闇、水、炎、光、冷気、大気、真空、天上と地上を繋ぐ、すべての元素。命。

 自然と、世界とに同調する。呼吸を合わせる。

 呼吸するたびに、魔力が体の隅々に行渡るのを感じる。

 そして、自分から溢れ出た魔力が、精霊たちへ流れていくのを。自分と精霊の繋がりを。

 あぁ。街中なのに、この国は本当に精霊の気配であふれている。

 魔力で満ちているから。

 外で精霊たちが遊んでいる。光の精霊の感じが多いから、今日もきっと晴れるのだろう。

 ゆっくりと、目を開く。

 精霊たちは静まり、エイダも戻ったようだ。

「エル、おはよう」

 リリーが、いつの間にか起き上がってベッドに腰掛けている。

「おはよう」

「今のって、毎朝してるの?」

「魔力の集中?だいたい毎朝やってるかな。朝の方が空気も澄んでて集めやすいし。ほら、朝陽が綺麗だぜ」

 リリーが窓に駆け寄る。上りたての太陽が、澄んだ空気を通して街に降り注ぐ。

「街が黄金に輝いてる」

 反射した光が目に入ってまぶしい。

「さて。朝市に行ってくるか。リリー、これをやるよ」

 自分の荷物の中から、袋を出してリリーに投げる。

「これは?」

「原理はめんどくさいから省くけど、圧縮収納袋だ」

 真空の魔法を編み込んである袋。圧縮できる類のものなら圧縮して収納できる。

 魔法抵抗を設定していないから、無機物にしか魔法はかからない。人間や生物には全くの無害だ。

 もともと圧縮されている鉱物なんかも、それ以上圧縮のしようがないから、収納できないが。

「何でも入るの?」

「いや。その口を通るやつで、薬や布、紙だ。鉱物でできたものは縮まないから入らない。お前の武具みたいなのは無理だ。それから、生ものみたいに組成が複雑なものも入らない。乾燥パンとか単純な構成のものなら入る」

「どうやって出すの?」

「仕舞った位置を覚えておくことだな。すぐに慣れる」

 リリーは袋をがさごそといじり、中から薬を出す。

「俺が作った薬もいくつか入ってる。体力を回復する薬、毒や麻痺を治す薬」

「作った?」

「錬金術だよ」

 リリーは、袋の中からいくつか薬を取り出す。

「エリクシール…。エルって、魔法使いじゃないの?錬金術師?」

 もともと、魔法よりも錬金術の方が得意なんだけど。

「どっちでも良いだろ。…さ、行くぜ」


 ※


 ポールの奴。本当に安全なルートなんだろうな。

「雪だ!」

 山道を登るにつれて、天候が悪化してる気がする。

「リリー、これを着ておけ」

 フード付きの毛皮のマントを出して、リリーに着せる。

「あったかい」

「昼までには村に着くと思うけど、あんまり体力を使うなよ」

「うん。気を付ける」

 自分もマントを羽織り、フードをかぶると、踊るように、空を見上げながら歩くリリーに続いて歩く。

 ポールからもらった地図を見る。

 グラシアル王都を出て、道もない広い平原を南東へ。

 オペクァエル山脈へ近づくと、確かに地図で示された場所に、山に入る道があった。

 轍の跡もなければ、馬蹄の跡も見当たらないから、しばらく使われていないルートに違いはないだろう。

 昔は良く使われていたのか、道幅は、荷馬車が交差できるほど広い。

 もしかしたら平原にも道があったのかもしれないな。今は跡形もなかったけれど。

 見上げると、もう春だっていうのに、山頂には雪の塊が見える。

 今日は、ポアソンの月の、二十日。

 道の先にも、木々にも、うっすらと雪が積もっている。

 何もないに越したことはないが。

『エル、イリスはどうして、協力する覚悟があるのか、って聞いたんでしょうね』

 それは、俺も気になっていたことだ。

「手を引け、と言ってるようにもとれるし、ただ協力を求めているだけにも取れるし」

『私は、協力を求めていると思いますよ』

「エイダは自分の都合の良いように解釈しすぎだ」

『あら。間違ってますか?』

「可能性は五分五分だろ」

 先を歩くリリーが、俺のもとに戻り、並んで歩く。

「エル、魔法使いが居る」

「どこに?」

「この先に。まだ、良く見えないんだけど」

 この先に人影なんて見えない。

「何人?」

「二人、かな。魔力が少ない人は見えないから、正確な人数はわからないけど」

 リリーを追ってる連中か?

『見てくる』

 エイダは俺から離れると、飛び立つ。

「今、エイダが居ない?」

「ああ、魔法使いたちを見に行ってる」

「エルは、本当は金色なんだね」

 魔力を表す色、なのか?

「エイダが居ると違う色なのか?」

「もうちょっと、赤い色かな」

 エイダは強い炎の精霊だから、俺の中に入っていても一番強く見えるのだろう。

 ってことは、魔力よりも、精霊の方が強く見えるのか?

「あの魔法使いたちは何色?」

「水色、かなぁ。色なんて気にしたことないよ。エルが特別すぎてわからない」

 じゃあ、エイダが特殊なパターンだとして、やっぱり見えてるのは魔力の色?…難しいな。

『エル!リリーシア!避けて!』

 幾筋かの氷の竜巻が舞い上がり、こちらに迫る。

 早い。

 真空の魔法を集める、けど。間に合わないな。逃げた方が早い。

「まかせて」

 リリーは背中から両手剣を抜くと、その剣を大きく振りあげる。

 青白く光るその剣に斬られ、竜巻は二つに分かれて霧散した。

「無茶苦茶だな」

 その剣、魔法が切れるのか?

 真空の魔法を放って、残りの氷の竜巻を消滅させる。

「エイダ、」

『一緒に戦う?』

「リリーを頼む」

『了解。リリーシア、援護する』

 体の周囲に真空の魔法で防壁を張る。

 風の魔法で跳躍し、相手までの距離を縮めながら、炎の矢を放つ。

 向こうからは、氷の刃。

 お互いの魔法が衝突して蒸発した。

「先に仕掛けてきたのはそっちだからな」

 風の魔法を回転させつつ、それに炎を乗せて放つ。

「お返しだ!」

 炎の竜巻は魔法使いたちに向かって放たれたが、ダメージを与えたような感触はなかった。

 無効化された?でも、炎は消えていない。

「ふふふ。面白いな」

 炎の中から、銀髪の女が現れた。

 もう一人は顔のほとんどを覆うフードに、ローブを身に着けているので性別不明。

 銀髪の女が、指先で魔方陣を描く。

「魔法使い。名前を聞いておこう」

「いきなり攻撃しておいて、詫びもなしかよ」

 その魔法陣をめがけて炎を放つが、魔法陣を壊すには威力が足りなかったらしい。

「私は何もしていないぞ。お前を見物しに来ただけだ」

 俺を、見に来た?

「ではな」

 女は魔法陣の中に消えて行った。

「なんだ、今の魔法」

 転移した?どんな理論の魔法だ?

 空間移動なんて、人間には理論上不可能だ。

「おっと」

 自分に向かって飛ぶ氷の刃を、炎の魔法でつぶす。

「さっきのはお前か」

 大地の魔法で、相手の足元を狙う。

 局地的な地割れで足元をすくわれた魔法使いに向かって、力を込めた炎の刃を投げつける。

 相手は、それを氷の盾で防いだ。

「ちっ」

 やっぱり少し分が悪いな。ここは冷気の精霊に祝福された土地。

 次の手を考えていると、俺の横を炎の風が通り抜ける。

 リリー。

 加速したリリーは迷いなく、炎をまとった剣で氷の盾に一撃を加えると、数歩引く。

 剣の炎の正体はエイダだろう。

 ひび割れた氷の盾に向かって炎の矢を浴びせると、氷の盾はあっけなく消えた。

「くそっ」

 声からすると、こいつは男か?

 フードの男めがけて、風の魔法で編んだロープを放ち、男を縛り上げる。

 炎の矢を放とうとしたところで、びりっと手に電撃が走った。

 ロープ伝いに雷の魔法を使ってきたらしい。

 集中が途切れて風のロープがほどける。が、その前に、リリーが男の胴体に一撃を加える。

 その瞬間、にやり、と男の口元がゆがんだように見えた。

「こい!」

 フードの男が左手を上げると、男の後ろ―つまり、俺たちの前方から巨大な雪の塊が押し寄せた。

 馬鹿な。雪崩が起きるほどの雪なんて、どこから?

「リリー!」

 フードの男は雪に押しつぶされたように見えたが、おそらく脱出の手段があったはずだ。

 ほとんど男の目の前に居たリリーは。

 ここからじゃ、距離が遠い。

「エル!大丈夫!逃げて!」

 大丈夫なわけないだろ!あれは魔法じゃない!魔法によって引き起こされた雪崩、災害だ。

『エル、飛べ!』

 風の魔法を俺とリリーにかけたが、リリーには魔法がかからない。

「間に合えっ」

 風の魔法で編んだロープを放ったところで、エイダに腕を引かれた。

 姿を現した炎の精霊は、俺を抱えて飛ぶ。

「エイダ、」

 足元を雪の塊が通過していく。

「くそっ」

「エル、落ちついて」

 俺が放とうとした炎の魔法を、エイダが消す。

「リリーは大丈夫。イリスは氷の精霊だから、少しの間なら、雪の中でも呼吸できるはずよ」

 落ちつけ。

 落ちついて、助ける方法を考えるんだ。

「エル。炎の魔法を使ってはダメ」

「……?」

「これ以上、雪と氷の精霊たちを刺激するのは良くないでしょう?」

 そう言って、エイダは俺を雪原に降ろすと、姿を消した。

 そうだ、ここは冷気に祝福された土地。

 雪の塊を炎で蒸発させるのは、自然に反する。ここの精霊たちと敵対しかねない。

 魔力を集中して、周囲を探る。

 この山に住む、精霊たちの気配。雪、氷、風、大地、光…。

「山の精霊たちよ。対話を望む。どうかその姿をここへ」

 精霊たちのざわめき。

 まだ、声にならない。

 俺に興味があっても、話したくはないのだろう。

「突然来て、騒ぎを起こした非礼を謝罪したい。雪を裂き、大地を炎で溶かしたかったわけじゃない。どうか…」

 早く、リリーを助けないと、

『魔法使い』

 精霊が現れる。

『知ってるよ。君が争いを仕掛けたわけじゃないって』

『雪に埋まった人間は助けてやろう』

『そこをどけ』

『手伝ってあげる』

 いくつかの雪の精霊が顕現して、雪を持ち上げる。

 そこへ風の精霊が息吹をかけると、雪の中から黒い髪が覗いて見えた。

「リリー!」

 走り寄って、雪の中からリリーを引き出す。

 リリーの体は凍るように冷たい。口元に耳を当てる。

 まさか…。

『エル、たすけて』

「イリス?」

 イリスの声だけが聞こえる。

『リリーを。ボクの魔力が尽きる前に、助けて』

 生きてる。まだ、生きてる。

 リリーからも、微かな呼吸が聞こえる。

「ありがとう、精霊たち」

 精霊たちがリリーを覗きこむ。

『死にかけだな』

『かわいそうに』

「この近くに村があるはずなんだ。俺たちはそこを目指してる」

『アユノト?』

『木こりに助けてもらえば良い』

『今なら、近くに来ているよ』

「木こり?」

『耳を澄ませて聞いてごらん』

『すこーん、すこーん』

 耳を澄ませると、確かに、木こりが木に斧を当てる音が聞こえる。

『連れてってよ、魔法使い』

「え?」

『助けてあげたんだから、私も連れてって』

『物好きな子』

『ボクらは行くよ』

『気を付けてね』

 目の前に、一人の雪の精霊が残る。

 雪の中では黄色みがかって見える白い肌と白い羽。

 愛らしい姿の雪の精霊は、瞬きをしない茶色の瞳を俺に向ける。

『契約を』

「わかった。エイダ、リリーを頼む」

 エイダが姿を現し、リリーを抱える。

「私の熱で温められたら良かったのに…」

 魔法に耐性のあるリリーの体は、炎の精霊の熱ではあたたまらないのだろう。

「雪の精霊。俺の名前はエルロック」

 腰から短剣を抜いて、自分の髪の毛を一房切り取る。

 そして、それを雪の精霊に渡す。

『私はナターシャ』

「ナターシャ。冷気に祝福された雪の精霊よ。請い願う。我と共に歩み、その力、我のために捧げよ。代償としてこの身の尽きるまで、汝をわが友とし、守り抜くことを誓う」

『エルロック。我は応えよう』

 ナターシャは俺の髪をその身に取り込む。

 これで、契約完了。

『賑やかな身体ね、エルロック。賑やかなのは好きよ』

 炎のエイダと、闇、真空、風、大地の精霊に加えて、雪の精霊。

「エル、リリーは重いから気を付けてね」

 エイダはリリーを俺の腕に乗せる。

 毛皮のマントをぐるぐる巻きにしても、蒼白な顔に血の気が戻る様子はない。

 エイダがその姿を消したとたん、腕にその重みがかかる。

 そうだ。

 ガントレットもブーツも鎧も、女性用とはいえ戦士のものだ。

 そして何より、背丈ほどの長さがある、大きな両手剣。

『木こりはこっちよ、エルロック』

「エルでいいよ」

 長い距離を歩く自信がないな。

『手伝う?』

「いや、大丈夫だ」

『たとえば…』

 俺の話を無視してナターシャはそう言うと、目の前に雪の塊を作る。

『ほら、乗って』

「乗って?」

 どこにどうやって?

 そう思っていると、ナターシャが背中を押す。

「おいっ」

 押されて、目の前の雪の塊に乗せられるのと、雪の塊が猛スピードで走りだすのとは同時だった。

『楽しいでしょ?これで木こりのところまで一っ跳びよ』

『ひゃっほーい』

『楽しいねぇ』

「あのなぁ」

 上手く木々を避けながら、雪の塊は進む。

 スピードが速いせいで、ただでさえ冷たい空気が、余計に冷えて頬に刺さる。

『あ、木こりがいた』

 俺には見えないが、ナターシャには見えるらしい。

『あのね、』

「ん?」

『これ、止まらないから、飛び降りてね』

「はぁ?」

 ナターシャは、えへへ、と笑うと、姿を消した。

 ってことは、このまま行くと、あの木にぶつかる…。

 思ったのと同時に、風のロープを手近な木の枝に伸ばす。

 ロープは上手く木の枝に巻きついて、俺とリリーを宙に浮かせる。

 何も乗っていない雪の塊は、まっすぐ進んで大木にぶつかると、その形を失った。

「随分お転婆な精霊だな」

 リリーを抱えて地上に降り、風のロープを消す。

「何の音かと思ったら、君、魔法使いかい?」

 俺の二、三倍はあるような大男が、斧を担いでこちらに来た。

 こいつが、精霊たちの言っていた木こりだろう。

「あぁ。助けてほしい。連れが死にかけてるんだ」

「さっき聞こえた雪崩に巻き込まれたんだね。村まで案内しよう」

 木こりは優しくそう言うと、リリーごと俺を抱き上げ、歩き出す。

「おい、歩けるって」

「山の精霊が噂してたんだよ。お客さんが来てるからもてなしてやってくれって」

 山の精霊。さっき助けてくれた精霊たちのことか?

「精霊の声が聞こえるのか?」

「この山で生まれ、育ち、一生を終えるんだ。精霊は私たちの友達さ」

「…そうだな」

 精霊に愛されてるから、こんな山奥でも人間が生きていけるのだ。

 共存共栄している。

 昔はどこもそうだった。

 …俺の、故郷だった場所も。

 けれど、最近では珍しいだろう。

「私の名前はトール。君たちは?」

「俺はエルロック。こっちがリリーシアだ」

「ここにお客さんが来るなんて久しぶりだな。一年に数回は来るんだけどね。ほら、見えてきたよ」

 煙が立ち上っているのが見える。あそこが、アユノト村。

「大したもてなしもできないが、今日はうちに泊まると良い。この村に宿はないよ。旅人が来ないからね」

「すまない。世話になる」

「いいんだ。精霊のお客さんは、我々のお客さんだからね」

 アユノト村は、小さな村らしい。

 トールに抱えられた位置から集落のほとんどが見渡せる。

 山の雪を見る限り、季節によっては雪で閉ざされる村だろう。

「シフ、帰ったよ」

 トールの家に到着して、ようやく腕から降ろされる。

「リリー」

『まだ生きてるよ』

 イリス。良かった。

「あらまぁ、お客様?」

 部屋の奥から女性が現れる。

「あぁ。二人とも雪崩に巻き込まれてね、凍えてるんだ。温めてやってくれ」

「それは大変」

「私は、もう少し薪を集めてくるよ」

 そのまま家を出て行くトールを見送る。

「お名前は?」

「俺はエルロック。こっちがリリーシア」

「私はトールの妻のシフよ。よろしくね。さぁ、暖炉にあたって頂戴」

 シフに案内されて暖炉のそばまで行く。

「ソファーに座って。濡れたマントよりも、こっちのブランケットの方が温かいわ。今、温かいスープをごちそうするから待っていてね」

 言われた通り、リリーと自分のマントを脱ぎ、借りたブランケットでリリーを包む。

 シフはマントを暖炉のわきにあるコート掛けにかけると、奥へ戻っていった。

「イリス。リリーは今、どんな状態なんだ?」

 イリスは確か、自分の魔力が尽きる前にリリーを助けてほしいと言っていた。

 おそらく、自分の魔力をリリーに与えて、リリーを生かしてる。上位契約の精霊ならできることだ。

『エル、お前はどうなんだよ』

「俺はどうってことない。エイダが居る限り、俺が凍え死ぬなんてことはないよ」

 エイダは何よりも優先して、俺を守る。

 だから、さっきも。

 リリーの傍に居たはずなのに、俺を優先して助けた。

 エイダがリリーを助けていれば、リリーが死にかけることもなかったかもしれない。

 あ…。

 エイダにリリーを任せて、俺が全力であそこから離脱していれば、エイダはリリーを助けた?

『エル、リリーに口づけて』

「は?」

『そうすれば、リリーを救える』

 救える?

 今も凍るように冷たい頬に触れる。息をしているのかさえ分からないほど、小さな呼吸。

 なんで、と聞けば良かったのかもしれない。いや、聞くべきだった。

 眠ったままのリリーに口づける前に…。



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