01
動けない。
背中がやけに熱いのがわかる。
腕を後ろに回すと、何かに触る。
「んん…」
声。
昨日、初めて聞いた声が。
何が?どうなってる?
「エイダ。説明しろ」
『説明も何も。見たままですよ?』
後ろから回った腕は、しっかりと俺の胴体に巻きついている。
「で?」
『無理やり引きはがします?』
『ぷぷっ。エルは力が弱いもんなー』
『そうは言っても、人間の娘だ。男より力が弱いものだろう』
『エルは魔法使いだから非力だよぅ。手伝ってあげようかぁ?』
朝からうるさい連中だ。
リリーの腕をつかみ、引っ張るが、離してくれる様子はない。
『いいこと考えたぁ』
「お前のいいことは、ろくな事じゃないからやめろ」
俺の話を聞かずに、真空の精霊、ユールが続ける。
『あたしたちが引っ張ってあげるぅ。あ、エイダ一人で十分かなぁ?』
「引っ張るって?」
『やってみましょう』
エイダが姿を現し、俺の腕を引っ張る。
「う、わっ」
リリーの腕をすり抜けたのは良いが、そのままベッドの下に落ちた。
「大丈夫?エル」
『うまくいったねぇ』
『上手く行った、か?』
いってないだろ。どう考えても!
「集まれ、精霊たち」
立ち上がり、服のほこりを払うと、目を閉じて魔力を集中する。
エイダが窓を開き、新鮮な朝の空気が部屋の中に満ちる。
大地、闇、水、炎、光、冷気、大気、真空、天上と地上を繋ぐ、すべての元素。命。
自然と、世界とに同調する。呼吸を合わせる。
呼吸するたびに、魔力が体の隅々に行渡るのを感じる。
そして、自分から溢れ出た魔力が、精霊たちへ流れていくのを。自分と精霊の繋がりを。
あぁ。街中なのに、この国は本当に精霊の気配であふれている。
魔力で満ちているから。
外で精霊たちが遊んでいる。光の精霊の感じが多いから、今日もきっと晴れるのだろう。
ゆっくりと、目を開く。
精霊たちは静まり、エイダも戻ったようだ。
「エル、おはよう」
リリーが、いつの間にか起き上がってベッドに腰掛けている。
「おはよう」
「今のって、毎朝してるの?」
「魔力の集中?だいたい毎朝やってるかな。朝の方が空気も澄んでて集めやすいし。ほら、朝陽が綺麗だぜ」
リリーが窓に駆け寄る。上りたての太陽が、澄んだ空気を通して街に降り注ぐ。
「街が黄金に輝いてる」
反射した光が目に入ってまぶしい。
「さて。朝市に行ってくるか。リリー、これをやるよ」
自分の荷物の中から、袋を出してリリーに投げる。
「これは?」
「原理はめんどくさいから省くけど、圧縮収納袋だ」
真空の魔法を編み込んである袋。圧縮できる類のものなら圧縮して収納できる。
魔法抵抗を設定していないから、無機物にしか魔法はかからない。人間や生物には全くの無害だ。
もともと圧縮されている鉱物なんかも、それ以上圧縮のしようがないから、収納できないが。
「何でも入るの?」
「いや。その口を通るやつで、薬や布、紙だ。鉱物でできたものは縮まないから入らない。お前の武具みたいなのは無理だ。それから、生ものみたいに組成が複雑なものも入らない。乾燥パンとか単純な構成のものなら入る」
「どうやって出すの?」
「仕舞った位置を覚えておくことだな。すぐに慣れる」
リリーは袋をがさごそといじり、中から薬を出す。
「俺が作った薬もいくつか入ってる。体力を回復する薬、毒や麻痺を治す薬」
「作った?」
「錬金術だよ」
リリーは、袋の中からいくつか薬を取り出す。
「エリクシール…。エルって、魔法使いじゃないの?錬金術師?」
もともと、魔法よりも錬金術の方が得意なんだけど。
「どっちでも良いだろ。…さ、行くぜ」
※
ポールの奴。本当に安全なルートなんだろうな。
「雪だ!」
山道を登るにつれて、天候が悪化してる気がする。
「リリー、これを着ておけ」
フード付きの毛皮のマントを出して、リリーに着せる。
「あったかい」
「昼までには村に着くと思うけど、あんまり体力を使うなよ」
「うん。気を付ける」
自分もマントを羽織り、フードをかぶると、踊るように、空を見上げながら歩くリリーに続いて歩く。
ポールからもらった地図を見る。
グラシアル王都を出て、道もない広い平原を南東へ。
オペクァエル山脈へ近づくと、確かに地図で示された場所に、山に入る道があった。
轍の跡もなければ、馬蹄の跡も見当たらないから、しばらく使われていないルートに違いはないだろう。
昔は良く使われていたのか、道幅は、荷馬車が交差できるほど広い。
もしかしたら平原にも道があったのかもしれないな。今は跡形もなかったけれど。
見上げると、もう春だっていうのに、山頂には雪の塊が見える。
今日は、ポアソンの月の、二十日。
道の先にも、木々にも、うっすらと雪が積もっている。
何もないに越したことはないが。
『エル、イリスはどうして、協力する覚悟があるのか、って聞いたんでしょうね』
それは、俺も気になっていたことだ。
「手を引け、と言ってるようにもとれるし、ただ協力を求めているだけにも取れるし」
『私は、協力を求めていると思いますよ』
「エイダは自分の都合の良いように解釈しすぎだ」
『あら。間違ってますか?』
「可能性は五分五分だろ」
先を歩くリリーが、俺のもとに戻り、並んで歩く。
「エル、魔法使いが居る」
「どこに?」
「この先に。まだ、良く見えないんだけど」
この先に人影なんて見えない。
「何人?」
「二人、かな。魔力が少ない人は見えないから、正確な人数はわからないけど」
リリーを追ってる連中か?
『見てくる』
エイダは俺から離れると、飛び立つ。
「今、エイダが居ない?」
「ああ、魔法使いたちを見に行ってる」
「エルは、本当は金色なんだね」
魔力を表す色、なのか?
「エイダが居ると違う色なのか?」
「もうちょっと、赤い色かな」
エイダは強い炎の精霊だから、俺の中に入っていても一番強く見えるのだろう。
ってことは、魔力よりも、精霊の方が強く見えるのか?
「あの魔法使いたちは何色?」
「水色、かなぁ。色なんて気にしたことないよ。エルが特別すぎてわからない」
じゃあ、エイダが特殊なパターンだとして、やっぱり見えてるのは魔力の色?…難しいな。
『エル!リリーシア!避けて!』
幾筋かの氷の竜巻が舞い上がり、こちらに迫る。
早い。
真空の魔法を集める、けど。間に合わないな。逃げた方が早い。
「まかせて」
リリーは背中から両手剣を抜くと、その剣を大きく振りあげる。
青白く光るその剣に斬られ、竜巻は二つに分かれて霧散した。
「無茶苦茶だな」
その剣、魔法が切れるのか?
真空の魔法を放って、残りの氷の竜巻を消滅させる。
「エイダ、」
『一緒に戦う?』
「リリーを頼む」
『了解。リリーシア、援護する』
体の周囲に真空の魔法で防壁を張る。
風の魔法で跳躍し、相手までの距離を縮めながら、炎の矢を放つ。
向こうからは、氷の刃。
お互いの魔法が衝突して蒸発した。
「先に仕掛けてきたのはそっちだからな」
風の魔法を回転させつつ、それに炎を乗せて放つ。
「お返しだ!」
炎の竜巻は魔法使いたちに向かって放たれたが、ダメージを与えたような感触はなかった。
無効化された?でも、炎は消えていない。
「ふふふ。面白いな」
炎の中から、銀髪の女が現れた。
もう一人は顔のほとんどを覆うフードに、ローブを身に着けているので性別不明。
銀髪の女が、指先で魔方陣を描く。
「魔法使い。名前を聞いておこう」
「いきなり攻撃しておいて、詫びもなしかよ」
その魔法陣をめがけて炎を放つが、魔法陣を壊すには威力が足りなかったらしい。
「私は何もしていないぞ。お前を見物しに来ただけだ」
俺を、見に来た?
「ではな」
女は魔法陣の中に消えて行った。
「なんだ、今の魔法」
転移した?どんな理論の魔法だ?
空間移動なんて、人間には理論上不可能だ。
「おっと」
自分に向かって飛ぶ氷の刃を、炎の魔法でつぶす。
「さっきのはお前か」
大地の魔法で、相手の足元を狙う。
局地的な地割れで足元をすくわれた魔法使いに向かって、力を込めた炎の刃を投げつける。
相手は、それを氷の盾で防いだ。
「ちっ」
やっぱり少し分が悪いな。ここは冷気の精霊に祝福された土地。
次の手を考えていると、俺の横を炎の風が通り抜ける。
リリー。
加速したリリーは迷いなく、炎をまとった剣で氷の盾に一撃を加えると、数歩引く。
剣の炎の正体はエイダだろう。
ひび割れた氷の盾に向かって炎の矢を浴びせると、氷の盾はあっけなく消えた。
「くそっ」
声からすると、こいつは男か?
フードの男めがけて、風の魔法で編んだロープを放ち、男を縛り上げる。
炎の矢を放とうとしたところで、びりっと手に電撃が走った。
ロープ伝いに雷の魔法を使ってきたらしい。
集中が途切れて風のロープがほどける。が、その前に、リリーが男の胴体に一撃を加える。
その瞬間、にやり、と男の口元がゆがんだように見えた。
「こい!」
フードの男が左手を上げると、男の後ろ―つまり、俺たちの前方から巨大な雪の塊が押し寄せた。
馬鹿な。雪崩が起きるほどの雪なんて、どこから?
「リリー!」
フードの男は雪に押しつぶされたように見えたが、おそらく脱出の手段があったはずだ。
ほとんど男の目の前に居たリリーは。
ここからじゃ、距離が遠い。
「エル!大丈夫!逃げて!」
大丈夫なわけないだろ!あれは魔法じゃない!魔法によって引き起こされた雪崩、災害だ。
『エル、飛べ!』
風の魔法を俺とリリーにかけたが、リリーには魔法がかからない。
「間に合えっ」
風の魔法で編んだロープを放ったところで、エイダに腕を引かれた。
姿を現した炎の精霊は、俺を抱えて飛ぶ。
「エイダ、」
足元を雪の塊が通過していく。
「くそっ」
「エル、落ちついて」
俺が放とうとした炎の魔法を、エイダが消す。
「リリーは大丈夫。イリスは氷の精霊だから、少しの間なら、雪の中でも呼吸できるはずよ」
落ちつけ。
落ちついて、助ける方法を考えるんだ。
「エル。炎の魔法を使ってはダメ」
「……?」
「これ以上、雪と氷の精霊たちを刺激するのは良くないでしょう?」
そう言って、エイダは俺を雪原に降ろすと、姿を消した。
そうだ、ここは冷気に祝福された土地。
雪の塊を炎で蒸発させるのは、自然に反する。ここの精霊たちと敵対しかねない。
魔力を集中して、周囲を探る。
この山に住む、精霊たちの気配。雪、氷、風、大地、光…。
「山の精霊たちよ。対話を望む。どうかその姿をここへ」
精霊たちのざわめき。
まだ、声にならない。
俺に興味があっても、話したくはないのだろう。
「突然来て、騒ぎを起こした非礼を謝罪したい。雪を裂き、大地を炎で溶かしたかったわけじゃない。どうか…」
早く、リリーを助けないと、
『魔法使い』
精霊が現れる。
『知ってるよ。君が争いを仕掛けたわけじゃないって』
『雪に埋まった人間は助けてやろう』
『そこをどけ』
『手伝ってあげる』
いくつかの雪の精霊が顕現して、雪を持ち上げる。
そこへ風の精霊が息吹をかけると、雪の中から黒い髪が覗いて見えた。
「リリー!」
走り寄って、雪の中からリリーを引き出す。
リリーの体は凍るように冷たい。口元に耳を当てる。
まさか…。
『エル、たすけて』
「イリス?」
イリスの声だけが聞こえる。
『リリーを。ボクの魔力が尽きる前に、助けて』
生きてる。まだ、生きてる。
リリーからも、微かな呼吸が聞こえる。
「ありがとう、精霊たち」
精霊たちがリリーを覗きこむ。
『死にかけだな』
『かわいそうに』
「この近くに村があるはずなんだ。俺たちはそこを目指してる」
『アユノト?』
『木こりに助けてもらえば良い』
『今なら、近くに来ているよ』
「木こり?」
『耳を澄ませて聞いてごらん』
『すこーん、すこーん』
耳を澄ませると、確かに、木こりが木に斧を当てる音が聞こえる。
『連れてってよ、魔法使い』
「え?」
『助けてあげたんだから、私も連れてって』
『物好きな子』
『ボクらは行くよ』
『気を付けてね』
目の前に、一人の雪の精霊が残る。
雪の中では黄色みがかって見える白い肌と白い羽。
愛らしい姿の雪の精霊は、瞬きをしない茶色の瞳を俺に向ける。
『契約を』
「わかった。エイダ、リリーを頼む」
エイダが姿を現し、リリーを抱える。
「私の熱で温められたら良かったのに…」
魔法に耐性のあるリリーの体は、炎の精霊の熱ではあたたまらないのだろう。
「雪の精霊。俺の名前はエルロック」
腰から短剣を抜いて、自分の髪の毛を一房切り取る。
そして、それを雪の精霊に渡す。
『私はナターシャ』
「ナターシャ。冷気に祝福された雪の精霊よ。請い願う。我と共に歩み、その力、我のために捧げよ。代償としてこの身の尽きるまで、汝をわが友とし、守り抜くことを誓う」
『エルロック。我は応えよう』
ナターシャは俺の髪をその身に取り込む。
これで、契約完了。
『賑やかな身体ね、エルロック。賑やかなのは好きよ』
炎のエイダと、闇、真空、風、大地の精霊に加えて、雪の精霊。
「エル、リリーは重いから気を付けてね」
エイダはリリーを俺の腕に乗せる。
毛皮のマントをぐるぐる巻きにしても、蒼白な顔に血の気が戻る様子はない。
エイダがその姿を消したとたん、腕にその重みがかかる。
そうだ。
ガントレットもブーツも鎧も、女性用とはいえ戦士のものだ。
そして何より、背丈ほどの長さがある、大きな両手剣。
『木こりはこっちよ、エルロック』
「エルでいいよ」
長い距離を歩く自信がないな。
『手伝う?』
「いや、大丈夫だ」
『たとえば…』
俺の話を無視してナターシャはそう言うと、目の前に雪の塊を作る。
『ほら、乗って』
「乗って?」
どこにどうやって?
そう思っていると、ナターシャが背中を押す。
「おいっ」
押されて、目の前の雪の塊に乗せられるのと、雪の塊が猛スピードで走りだすのとは同時だった。
『楽しいでしょ?これで木こりのところまで一っ跳びよ』
『ひゃっほーい』
『楽しいねぇ』
「あのなぁ」
上手く木々を避けながら、雪の塊は進む。
スピードが速いせいで、ただでさえ冷たい空気が、余計に冷えて頬に刺さる。
『あ、木こりがいた』
俺には見えないが、ナターシャには見えるらしい。
『あのね、』
「ん?」
『これ、止まらないから、飛び降りてね』
「はぁ?」
ナターシャは、えへへ、と笑うと、姿を消した。
ってことは、このまま行くと、あの木にぶつかる…。
思ったのと同時に、風のロープを手近な木の枝に伸ばす。
ロープは上手く木の枝に巻きついて、俺とリリーを宙に浮かせる。
何も乗っていない雪の塊は、まっすぐ進んで大木にぶつかると、その形を失った。
「随分お転婆な精霊だな」
リリーを抱えて地上に降り、風のロープを消す。
「何の音かと思ったら、君、魔法使いかい?」
俺の二、三倍はあるような大男が、斧を担いでこちらに来た。
こいつが、精霊たちの言っていた木こりだろう。
「あぁ。助けてほしい。連れが死にかけてるんだ」
「さっき聞こえた雪崩に巻き込まれたんだね。村まで案内しよう」
木こりは優しくそう言うと、リリーごと俺を抱き上げ、歩き出す。
「おい、歩けるって」
「山の精霊が噂してたんだよ。お客さんが来てるからもてなしてやってくれって」
山の精霊。さっき助けてくれた精霊たちのことか?
「精霊の声が聞こえるのか?」
「この山で生まれ、育ち、一生を終えるんだ。精霊は私たちの友達さ」
「…そうだな」
精霊に愛されてるから、こんな山奥でも人間が生きていけるのだ。
共存共栄している。
昔はどこもそうだった。
…俺の、故郷だった場所も。
けれど、最近では珍しいだろう。
「私の名前はトール。君たちは?」
「俺はエルロック。こっちがリリーシアだ」
「ここにお客さんが来るなんて久しぶりだな。一年に数回は来るんだけどね。ほら、見えてきたよ」
煙が立ち上っているのが見える。あそこが、アユノト村。
「大したもてなしもできないが、今日はうちに泊まると良い。この村に宿はないよ。旅人が来ないからね」
「すまない。世話になる」
「いいんだ。精霊のお客さんは、我々のお客さんだからね」
アユノト村は、小さな村らしい。
トールに抱えられた位置から集落のほとんどが見渡せる。
山の雪を見る限り、季節によっては雪で閉ざされる村だろう。
「シフ、帰ったよ」
トールの家に到着して、ようやく腕から降ろされる。
「リリー」
『まだ生きてるよ』
イリス。良かった。
「あらまぁ、お客様?」
部屋の奥から女性が現れる。
「あぁ。二人とも雪崩に巻き込まれてね、凍えてるんだ。温めてやってくれ」
「それは大変」
「私は、もう少し薪を集めてくるよ」
そのまま家を出て行くトールを見送る。
「お名前は?」
「俺はエルロック。こっちがリリーシア」
「私はトールの妻のシフよ。よろしくね。さぁ、暖炉にあたって頂戴」
シフに案内されて暖炉のそばまで行く。
「ソファーに座って。濡れたマントよりも、こっちのブランケットの方が温かいわ。今、温かいスープをごちそうするから待っていてね」
言われた通り、リリーと自分のマントを脱ぎ、借りたブランケットでリリーを包む。
シフはマントを暖炉のわきにあるコート掛けにかけると、奥へ戻っていった。
「イリス。リリーは今、どんな状態なんだ?」
イリスは確か、自分の魔力が尽きる前にリリーを助けてほしいと言っていた。
おそらく、自分の魔力をリリーに与えて、リリーを生かしてる。上位契約の精霊ならできることだ。
『エル、お前はどうなんだよ』
「俺はどうってことない。エイダが居る限り、俺が凍え死ぬなんてことはないよ」
エイダは何よりも優先して、俺を守る。
だから、さっきも。
リリーの傍に居たはずなのに、俺を優先して助けた。
エイダがリリーを助けていれば、リリーが死にかけることもなかったかもしれない。
あ…。
エイダにリリーを任せて、俺が全力であそこから離脱していれば、エイダはリリーを助けた?
『エル、リリーに口づけて』
「は?」
『そうすれば、リリーを救える』
救える?
今も凍るように冷たい頬に触れる。息をしているのかさえ分からないほど、小さな呼吸。
なんで、と聞けば良かったのかもしれない。いや、聞くべきだった。
眠ったままのリリーに口づける前に…。




