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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.共和国編
28/45

42

 ラ・セルメア共和国の関所を越えると、大体の旅人が立ち寄るだろう大都市・モーガ。

 何か、嫌な予感がするんだよなぁ。

 アリシアが居るんだろ?

「ねぇ、約束忘れてないでしょうね。剣を買ってくれるって」

「あぁ。覚えてるよ。…アリシアは、もう来てるのか?」

「来てるんじゃない?私が手紙を受け取る前に出発してるはずだから」

「そうだよな」

「アリシアっていうのも、ポリシアちゃんの姉妹?」

「そうよ。私たち、五人姉妹なの」

「五人?」

「アリシアは二番目で、私は三番目。リリーが四番目で、メルはまだ城にお留守番。…これから、一番上のイーシャに会いに行くのよ」

「そうなのか」

「エルから何も聞いてないの?」

「リリーシアちゃんの為にセルメアに行かなきゃいけないってことしか聞いてないな。目的地は、地図をもらったから知ってるけど」

「あなた、相当なお人よしね」

『エル』

 メラニーの声を聞くと同時に、その場に伏せる。

 闇の魔法を使って、人混みに紛れる。

「…エル?」

「どこ行ったんだ?」

『見ぃつけた』

 ユールの声がする方角に目を向ける。

 見つからないルートを選んで、屋根の上に居る相手の背後へ。

 そして、風と真空で編んだ魔法のロープを放つ。

「あっ」

「何度も同じ手に引っかかると思うなよ」

「おや。残念」

「お前、真空の精霊と契約してるのか?」

「縄を解け。話しづらい」

 アリシアが笑って言う。

「街中で魔法なんて使うなよ」

 魔法のロープを消す。

「真空の精霊とは契約していないよ。たまに実験中に現れるから、力を貸してもらうだけだ。あいつらは気難しいから、なかなか契約してくれない」

 真空の精霊が気難しい?

 それが本当なら、ユールはどれだけ変わった精霊なんだ。

「それよりも、良くわかったな。真空の魔法が混ざってるって」

「俺の精霊は優秀なんだ」

「真空の精霊と契約してるのか」

「答える義理はない」

「手紙は届いたか?」

「届く前に出発したよ。アリシアも来てるってことは、ポリシアに聞いたんだ」

「そういえば、ポリーも一緒に居たな。お前は本当に私たちと縁が深い」

 出会うと同時に攻撃されてばっかりだ。

「できれば、関わりたくなかったよ」

「それにはリリーも含むのか?」

「含むわけないだろ」

「なら、どうして連れてないんだ?」

 もう、説明するのも面倒だ。

「イリス、説明しておいてくれ」

『おい、丸投げかよ』

「お前、イリスか。随分力を溜めたな」

 なんだ?その、変な言い回しは。

「イリスには会ったばかりだろ?」

「あぁ。お前はイリスが見えないんだったか」

『アリシア。余計なこと言うなよ』

「まぁ、いい。手紙を見てないなら、これを渡しておく。傭兵時代のイーシャの絵だ」

 アリシアから一枚の絵を受け取る。

「随分、俺が知ってるのと雰囲気が違うな」

 緑の髪をポニーテールにした、精悍な顔つきの女剣士。

『ジェイド』

 バニラ?

「イーシャは、ジェイド・イーシャという名前で傭兵をやっていたらしいからな」

『こいつは、』

 何故、バニラが知ってるんだ?

『こいつは、フラーダリーの仇だ』

「え…」

『フラーダリーの胸を貫いた顔。間違いない』

 だって。

 フラーダリーを殺した奴は、死んだって。

 俺は、あの時、死んだって聞いたぞ。

『エル、聞いてくれ。あの時、私は嘘をついたんだ。そうしなければ、お前が怒りで人を殺すかもしれなかったから』

「嘘だ」

『エル』

「どうした?エルロック」

『エル、だめだ、』

『エル!』

『落ちつけ!』

『やめてっ、』

 嘘…。

『アリシアって、闇の魔法使えるよねぇ?』

『!…アリシア、エルを眠らせろ!今すぐ!』

 嘘だ。

 今さら、今さら、今さら…。


 ※


 百合の魔法使いと呼ばれた、強くて、美しくて、気高い魔法使い。

「そろそろ、決断をしたらどうだい」

 首を横に振る。

「生き残ったのは君一人だ」

「クロライーナの住人だったのは、エルロックだけじゃない」

「たまたまオアシスを離れていただけじゃないか。あの場に居て助かったのはこの子だけ」

「すべては精霊の意思。精霊がエルロックを守ったんだ」

 違う。全部、俺のせいだ。

 俺が、この瞳をくれてやるなんて約束をしたから。

 炎の精霊が、すべて焼き尽くした。

 砂漠のオアシス都市、クロライーナ。

 今では、ラングリオンに管理されている廃墟。

「耳は聞こえるようになったんだろう」

「まだ、声は出せない」

「構わない。連れて行くよ」

「王都に連れて行ってどうする。嫌がってるじゃないか」

「ここに居てどうする。この子に一生辛い思いを押し付けるのか」

「知っているぞ、王都の連中がエルロックのことを何て呼んでいるか」

「この子は精霊に愛されている存在だ」

「クロライーナでも、さんざん利用されてきたんだ。これ以上、誰かに利用されるなんてかわいそうじゃないか。俺だって、エルロックを使って精霊の奇跡を求めた人間だ。…クロライーナが滅びたのはそのせいだ。代償を支払わなかったから」

「この子は私が守る。王都の連中の好きにはさせないよ」

「好きにはさせないって。お前みたいな若い魔法使いに何ができる」

「誰も、私には何もできない。私がこの紋章を持っている限り」

「それは、」

「公然の秘密だ。だから、私はその子を守れる。私に預けてくれ。王都の連中は痺れを切らしている。クロライーナの調査が終われば、無理やりその子を連れて行くつもりだ」

「まさか。何の権限があって、そんなことを」

「その力が他国に知られれば、他国からも人が押し寄せるぞ。お前だって、彼の力がどれほどの奇跡かわかるだろう」

「クロライーナの惨状を知ってもか?」

「そうだ。一人でいるのは危険だ。お前に、彼を守れるというのか」

「……」

「連れて行ってもいいね」

「あぁ。研究材料にされるぐらいなら、あんたに連れて行ってもらった方が楽だろう」

「さぁ、おいで。私と一緒に行こう」

 首を横に振る。

「エルロック。行くんだ。もう、ここに居てもしょうがない」

 何故。

 ここを離れる必要が。

 だって、俺が必要としていたものは、全部ここにある。

 父も。

 新しい母も。

 これから生まれてくる弟か妹も。

 精霊も。

 精霊の声を聴ける俺を、頼ってくれる人も。

 全部。

 ここで、砂になってある。

 そう。俺を生んだことで死んだ母も。

 ここに居る。

「エルロック。すべて、捨てるんだ」

 捨てるものなんて何もない。

 だって、もう、失っているのに。

「お前がすべて捨てるなら、私は希望をやる」

 希望?

 それは、何を意味する言葉?

「おいで。お前はまだ、いくらでもやり直せる。すぐに、言葉も取り戻すさ」

 やり直せる?

 何を?

「さぁ、希望をやるから、私についてこい」

 手を、差し伸べられた。

 すべて、捨てて、やり直せる?

 失っていない状態に、戻れる?

「一緒に行こう」

 あの時。

 声が出なかったから。

 本当は、言いたかった。

 いいよ。

 って…。

 

 目を閉じる。

 次にどんな光景が待ってるか知ってるのに、目を開いてしまう。

 胸から滴る真っ赤な血。

 これが、俺が彼女にしたこと。

 あんなに、大切にしてもらったのに。

 生きていけるって。

 そう思えるようになったのに。

 俺のせいで…。

「エル」

 俺が。

 生きていたせいで。

「エル!」

 俺の運命に巻き込まれたから。

「エルのばか!」

「え?」

 リリー?

「なんで、ばかって呼んだら気づくの…」

「リリー?」

 なんで、こんなところに。

 夢?

 夢の中で、夢を見ることなんてあるのか?

「エル。酷い顔してる」

「酷い顔?」

「何があったの?」

 リリーが、なんで?

「ディーリシアが。…フラーダリーの仇だったんだ」

「イーシャが?」

「あぁ」

 表情まで、良く動いてる。

「イーシャを、殺すの?」

 殺す?

「生きてるか死んでるかもわからない相手を?」

「生きていたら、殺すの?」

 俺は、殺したかったのか?

 確かに、あの時。オリファン砦に挑んだ時は…。

 でも、それよりも。

「俺は人間を殺すことはできない。殺せば、俺の魂は悪魔に堕ちるんだ」

「いいよ、悪魔になっても、私はエルのことが好きだよ」

「リリー」

 これって、俺の願望なのかな。

「だめだよ。悪魔になれば、一緒に居ることはできない」

 永遠に現世をさまよう存在になってしまう。

「私がどれだけ魔力を奪っても、エルは私と一緒に居てくれたよ」

「それとこれとは違う」

「同じだよ。私がどんな存在でも、エルは私と一緒に居てくれたんだ。だから、私はエルがどんな存在でも、一緒に居るよ」

 この、強情なところ。

「例え、エルがずっと現世に生き続けたとしても。私が生まれ変わる度に見つけてくれれば良い。私は、見つけるよ」

 あぁ。そうだ。

「本物のリリーみたいだ」

「何言ってるの?私は、私だよ?」

「だって、これは夢だ」

「夢なら、私は私じゃないの?」

 あれ?

「いや、リリーはリリーだ」

 だって、そんなこと。リリーじゃなきゃ言わない。

 俺が、想像もつかないような言葉。

「ねぇ、エル。私が、エルの代わりに殺そうか」

「ディーリシアを?」

「…エルが望むなら。私はできるよ」

「家族を殺すなんて。だめだ、リリー。一生後悔する」

 そんなこと、絶対にさせない。

「じゃあ、イーシャを生かすの?」

「生かすも何も。俺が決めることじゃない。俺は殺したりなんかしない」

 悩むことなんて、なかったのに。

 今さら。

「そもそもイーシャに会いに行ったのは、リリーを助ける方法を探すためなんだ」

「…ごめんね、ついて行けなくて」

「大丈夫。カミーユもいるし、アリシアとポリシアが…」

「え?アリシアとポリーも一緒なの?」

「あぁ。今、俺を眠らせたのはアリシアだ。アリシアが、俺にイーシャの絵を見せて。バニラが、それがフラーダリーの仇だって気づいて」

 そして、俺は…。

「もしかして、グラン・リューからもらった手紙って、イーシャの絵だった?」

「良くわかったな。その時にもらった絵と、大分雰囲気が違ったから、俺も同じ人間だとは思わなかったけど」

「バニラがエルと一緒に見てたんだ。その絵」

「バニラが?」

 リリーには、バニラの姿が見えるから。

 バニラも、自分が知っている顔と似ていることに気づいていたのかもしれない。

 俺が探しているのは常にディーリシアという名前で、バニラが知っていたのはジェイドという名前だったから、確信が持てなかったのだろうけど。

「どうして、アリシアがエルに眠りの魔法を?」

「仇だって聞かされて。混乱してたんだ。…混乱して。自分の魔力の制御ができなくなった」

「いつも、魔力を抑えてるから?」

「抑えてる?そんなつもりはないけど。…ただ、感情が攻撃的だったのは確かなんだろうな。あのまま魔力が暴走してたらやばかった」

 気を付けているんだけど。

「前に一度、制御できなくなったことがあったんだ。あの時はエイダが傍に居て、コントロールしてくれたから」

「オリファン砦だね?」

「知ってるのか。そうだよ。フラーダリーを殺されて。砦を焼いたんだ」

「でも、誰も殺さなかった」

「そうだ。…誰も死なないでいてくれて、良かった」

「良かったの?好きな人を殺されたのに」

「殺したかったよ。すべて。でも、バニラが止めた。バニラは、フラーダリーは自分を殺した相手と刺し違えたって言ったんだ。だから、俺は、仇なんていないって。誰かを殺すなんて無意味だって」

「バニラはフラーダリーの意思を尊重したんだね」

「そうだな。嘘までついて…」

 精霊は嘘をつかない。言葉を何よりも大切にするから。

 嘘をつくのは人間だけだ。

 それなのに。

「わかってるんだ。失って辛い思いをするのは、みんな一緒だって。俺はそれを知ってる。復讐に復讐を重ねても得るものは何もない。…だから、あの時。俺を止めてくれたことに感謝してる。きっと、誰かを殺せば後悔していたから」

 誰かを殺していれば、出会うこともなかったかもしれない。

「リリー、手を繋いでもいい?」

「そんなの、初めて言われた」

 リリーが笑って、俺の手を取る。

「いつも、勝手に引っ張っていくのに」

「そうだったかな」

「うん。いつも、嬉しかった」

 俺は、いつからリリーが好きだったんだろう。

 手を繋ぐのなんて、ほとんど無意識にやってた。

「リリー。俺は、イーシャを殺さなくて良かった」

「どうして?」

「だって、イーシャはリリーの姉だ。殺していれば、リリーに好きだって言えなかった。出会うこともなかったかもしれないし、リリーに復讐される運命だったかもしれない」

「私は、どんな運命でも、エルを好きになったよ」

 本当に。どうして、こんなに強いんだ。

「じゃあ、俺が悪魔になったらリリーを攫うよ。永遠に、自分のものにするために」

「うん。攫って、エルのものにして」

 こんなに可愛いお姫様なら。

「永遠に俺から離れられない呪いをかけるよ」

 救われない恋物語のように。呪いで閉じ込める。

「代償は?」

 違うよリリー。今のは俺の願いだ。

「今のが代償。だから、リリー。求めて。願って」

「ずっと一緒に居たい」

 あぁ。それが本当にリリーの望んでくれることなら。

「夢みたいだ」

「夢じゃないよ」

「これが本当だなんて思えない」

「どうして?」

「どうしてって…。リリーの答えが、俺にとって都合の良い答えばかりだから」

 さっきからずっと。

「だって、同じ時を生きる力を得る代わりに、俺と離れられなくなる呪いなんて」

 リリーにとって何のメリットもないのに。

「だめ?」

 それはとても魅力的なことだけど。

「だめだ」

「どうして?」

「ちゃんと、リリーの意思で一緒に居て欲しい。リリーの考えた言葉を聞きたい。そうじゃなきゃ、愛し合えない」

 だって、リリーはいつも俺の想像を超える。

「だから、たとえ俺がどんな存在になっても、リリーと一緒に生きられる方法を考えるよ。今だって、そうだ」

 リリーを女王から解放できれば、俺はリリーとずっと一緒に居られる。

「そうだね。エル、信じてる。エルが私を救ってくれるって。だから、エルも私のことを信じて。…私を守るなんて思わないで。私は、エルの隣に居られる人間になるから」

 それって。

「リリー」

「信じてくれる?」

 あぁ、もう。信じられない。

「本当に。これ、夢なのか」

「夢じゃないよ」

 夢じゃなかったらなんなんだ。

 あぁ、でも、この輝く黒い瞳はリリーのもの。

「信じるよ、リリー。だって、リリーは俺の希望なんだ」

 そう言うしかないじゃないか。

「もう、大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 リリーに会えたから。

「行かなくちゃ」

「行く?どこへ?」

「砂漠に」

「砂漠?」

 砂漠って…?


 ※


『あ、起きたぁ』

『起きた?大丈夫か、エル』

『うわーん、エル、心配したんだぞ!』

『何考えてるのよっ!』

『良かったよ。気が付いて』

『そうだな。問題は片付いてないが』

『…エル』

 ええと…?

「リリー?」

『あ』

『……』

『?』

『何寝ぼけてるんだよ。リリーは王都だろ』

 あれ?

 そうだ。ってことは、やっぱりあれは夢なのか?

 あんなに、リアルな夢だったのに。

 まだ、手を繋いでいた感触が残ってるのに。

「ここ、どこだ?」

『モーガの宿だ。みんなはレストランに居るよ』

「みんな?」

『アリシアとぉ、ポリシア』

『カミーユもな』

「俺はどれぐらい寝てたんだ?」

『もう夜も遅いのよぅ。アリシアに眠らされたの、覚えてるぅ?』

「あぁ。覚えてるよ。その前に、魔力を暴走させそうになったことも」

 オリファン砦の時と同じ。

 魔力が勝手に溢れだして。

 ほっといたら、魔法が発動して、その魔法に魔力が奪われて、大惨事になっていただろう。

 普段から魔力の管理は気を付けているんだけど。

『じゃあ、なんでそうなったかも…』

「覚えてるよ。ディーリシアが、フラーダリーの仇だってこと」

『エル、すまない。私が軽率だった』

「いいよ、バニラ。あの時、嘘をついてくれてありがとう」

『エル?』

「お前の判断は正しかった。俺が人間でいられるのは、お前のおかげだよ」

『真実を話したのが、最悪のタイミングでも、か?』

「最悪のタイミング?」

『お前は悩むだろう。ジェイドを殺すか、生かすか』

「生かすよ。もし、生きてるのなら。殺す理由がない」

 リリーが。答えを出すのを手伝ってくれたから。

『エル』

「それとも、バニラ。お前は殺したいと願うのか?」

『人間の一生は短い。私が手を下さなくても、いずれ死ぬ』

「そう言うと思ってた」

 精霊とは、そういうものだ。人間の生死に頓着しない。

『エル。眠っている間に何かあったのか?』

「リリーに会ったんだ。…たぶん、夢だけど」

 久しぶりに、会えた。

 早く目的を果たして帰ろう。

 会いたい。

『エル、みんな心配してるんだ。下に行くぞ』

「あぁ」

 部屋を出て、レストランに向かう。

「エル、」

 最初に気付いたカミーユが走ってくる。

「大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。良い夢が見られた」

 カミーユと一緒に、アリシアとポリシアがいるテーブルに行く。

 テーブルには、ワインの瓶とグラス。

「アリシア。悪かったな」

「お前は抵抗しなかったから、眠らせるのは楽だったよ。それより、イリスから聞いたぞ。イーシャはお前の、」

「なんでイリスが知ってるんだよ」

『バニラから聞いたよ』

「あぁ」

 バニラの言葉を聞いて、イリスが伝言したのか。

「取り乱して、悪かったよ。俺の目的は変わらない。イーシャに会って、確かめるだけだ」

「いいの?大切な人の仇なんでしょ?私、あなたがイーシャを殺したって反対しないわよ」

「リリーと同じこと言うんだな」

「リリー?リリーに会ったの?」

「いや。夢の話しだ。俺は誰かを殺したりしないし、殺してくれって頼んだりもしない」

「イーシャは、覚悟してると思うわ。どうせ死ぬってわかってる命だもの」

「女王の娘っていうのは、どこまで諦めが良いんだよ」

「あきらめてなんかいないわ。私、リリーみたいに死を待つなんて嫌よ。だから、力を求めてる」

「リリーは死なない」

「何言ってるの?…ねぇ、知らないの?」

 ポリシアが、アリシアを見る。

「ポリー、エルロックは知ってるよ。全部。もしかしたら、私たち以上に」

「じゃあ、わかってるはずじゃない」

「俺はリリーを救う。絶対に」

「ポリシアちゃん。こいつはやるっていったらやるんだよ。だから、リリーシアちゃんは死なない」

「どうして信じられるの、カミーユ。そんな簡単な話しじゃないわ」

「私も、信じているよ」

「アリシアまで?どういうこと?」

「直に、エルロックがどういう人間かわかるよ」

「なんだ、それ」

「そのままの意味だよ」

 納得しないポリシアに向かって、アリシアが笑う。

「っていうか。腹減ったんだけど。カミーユ、なんか持ってきてくれ」

 この、空腹感。久しぶりだ。

 エイダが側に居ないせいか?

「あぁ、そういや何も食べてなかったな。待ってろよ」

 カミーユが席を立つ。

「あの炎の精霊は、リリーと一緒に居るんだって?」

「あぁ。そうだよ」

「ねぇ、それって灰の魔法使いのことよね」

「詳しいな」

 エイダの顕現している時の名前。

 灰の魔法使い・サンドリヨン。

 魔術師ギルドと冒険者ギルドに入ってるなら、二つ名のある人間の情報ぐらい知っているか。

 王都では、エイダは灰の魔法使い・サンドリヨンと呼ばれ、ポラリスと住んでることになってる。

 サンドリヨン。

 ラングリオンの童話では、七日七晩かけて東の土地を砂漠にしたとされる炎の魔女。

 子供向けの童話では、サンドリヨンは自分が愛した王子に、どんな災厄からも持ち主を守る魔法のガラスの靴を片方託していたから、世界を砂漠になっても王子だけは生き残る。王子がガラスの靴をサンドリヨンに返すことで、世界は再生され、二人は幸せになる。

 でも、原作では、サンドリヨンは、もう片方の自分のガラスの靴を脱いで、自らの体を燃やして灰になってしまうのだ。王子がその灰を集め、ガラスの靴にかけると、そこから水が湧いてオアシスが生まれたと言われている。

「ところで、忘れてないわよね?」

「何を?」

「私の剣買ってくれるってことよ!」

「あぁ。覚えてるよ。明日の朝一で行くぞ。買い物を済ませて、昼前には出発する」

「ゆっくり選ばせてよ」

「ゆっくり選びたいなら、買うのは帰ってからだ」

「それまで、一本で我慢しろって言うの?」

「俺は早く帰りたいんだよ」

「それって、リリーに会いたいから?」

「それ以外に理由があるか?」

「…私、今のリリーに会いたいわ」

「そうだな。からかいがいがありそうだ」

 本当、仲の良い姉妹だな。

「ほらよ、ついでにワインももらって来たぜ」

 カミーユが料理を俺の前に並べ、グラスとワインを置く。

 っていうか、この食事の量、多すぎだ。

「私はもうやめとく。明日は早起きしなくちゃ。…起きたら先に行ってるから、ちゃんと来てよ」

「どこの店に行くんだよ」

「同じ通りに武具店があるわ」

「アリシア、付き合ってやれ」

「また騙されたのか?ポリー」

「またって何よ。たまたま、剣を探してたら、商人に声をかけられただけよ」

「刃渡りが、これぐらいの剣を探しておいてくれ。重さは何でもいい。…重くても、持てるだろ」

「ちょっと、」

「構わないが。素材は?いくらぐらいのものを探してる?」

「銀貨三枚」

「気前がいいな」

「銀貨三枚って。お前、ポリシアちゃんに何かしたのか?」

「俺が折った剣が、それだけしたんだってさ」

「折った剣って、あの細い奴か?…王都でそんなぼったくりやったら、すぐに守備隊に捕まるぞ」

「そんなに、酷いの、この剣」

「レイピアで折れる剣が銀貨三枚なわけないだろ」

「リリーシアちゃんも世間知らずだと思ったけど、ポリシアちゃんもやっぱりお姫様なんだなぁ」

「お姫様って何よ」

「いただきます」

 手を合わせて、食事を食べる。

 セルメアの料理は、果実のソースが美味い。

「ちょっと、エル。話しは終わってないわよ。なんで、そんな短いのを買わなきゃいけないの。持ってるのと全然長さ違うんだけど!」

「お前の攻撃は単調すぎる。ただ剣を振り回してるだけじゃないか。二本持ちたいなら、剣の長さを変えろ。両方同じ長さなんて不便だろ?メリットがないぞ。せめて、片方を防御にまわせるぐらいの余裕を持て。じゃなかったら二本持ちなんてやめろ。長さが違えば、嫌でも動きのバリエーションが増えるんだから、試してみればいい」

「ちょっと!あなたに講釈される筋合いないわよ!黄昏の魔法使いが剣士なんて聞いたことないわ」

 魔術師養成所でも剣術は必修科目だ。

「エルは、ずっとレイピアと短剣使ってたからな。たぶん、ポリシアちゃんに通じることがあるんじゃないか?」

「レイピアなんて護身術じゃない」

「そうだな。戦い方のスタイルは人それぞれだけど、聞いて損はないと思うぜ。試してみたらどうだい?」

「…いいわよ。試すぐらいなら」

「何でもできるんだな、エルロック」

「リリーと稽古をしてたんだから、嫌でも強くなるだろ」

「そういえば、勝負に負けて、リリーを置いてきたんだったな」

「カミーユ」

「仕方ないだろ。リリーシアちゃんを連れてこない理由って、それしかないんだから」

「リリーは私より強いのよ。そう簡単に負けられたら困るわ。ねぇ、アリシア、まだ飲んでいくの?」

「いや、私もそろそろ部屋に戻ろう。おやすみ、二人とも」

「それじゃあ、また明日」

「おやすみ」

「おやすみ、アリシア、ポリシアちゃん」

 アリシア?

 二人が階段を上って行くのを見送る。

「なんでアリシアは呼び捨てなんだ?」

「年が同じだろ」

「同じ?」

「二十歳なんだよ。来年のヴィエルジュに二十一歳だから、年計算では一つ下になるんだけど。ポリシアちゃんはサジテイル生まれで、今は十九歳。リリーシアちゃんはポアソンの十九日だってさ」

「え?」

 その日って…。

「やっぱり知らなかったのか」

 会った日だ。

「女王の娘が出発するのって、誕生日なのか?」

「あぁ。成人になる十八歳に出発するんだってな」

「十八歳?」

「まさか、何にも聞いてないのか?」

「年なんて知らないし、言ってない」

 十八歳って。ラングリオンなら、まだ未成年だ。

「言ってもいないのかよ」

 年下だろうとは思ってたけど。

「どうした?」

『何、落ち込んでるんだよ?』

『ふふふ。未成年に手を出しちゃったことじゃなぁい?』

『お酒も飲ませちゃったよねー』

『なんだよ。グラシアルでは成人だ』

「エル?」

「後、三三五日もある」

「…リリーシアちゃんの誕生日まで?」

「遠い」

「結婚したいなら、できるだろ」

「結婚?」

「リリーシアちゃんはグラシアルでは成人してるんだから。オービュミル条約で、各国固有の制度は常に尊重されてるだろ?その中に、成人の年齢も含まれてる」

「お前が条約を覚えてるなんて意外だな」

「エルが教えたんだからな」

「そうだっけ。…別に、結婚を急いでるわけじゃないよ。リリーの問題が片付かないのに、結婚してくれなんて言えない」

「じゃあ、なんで早く十九歳になってほしいんだよ」

「うるさいな」

「もしかして、未成年に…」

 言うな。

 カミーユの口に、箸で持っていた魚を突っ込む。

「美味いな。だいたい、そんなに気にすることか?…っていうか、いつまで食ってるんだよ」

「カミーユが持ってき過ぎなんだよ」

「残せばいいじゃないか」

「手を付けた食事を残すなんて考えられない」

「無駄に律儀な奴だよな。ほら、寄越せよ。食ってやるから」

 トレイごと、食事をカミーユの前に出す。

「残すなよ」

 グラスに注がれてあるワインを飲む。

「これぐらい食えないなんて、女みたいだな」

 それ、言われたの三回目だ。

「殴るぞ」

「いいかげん、髪を切ったらどうだ」

「精霊と契約するのに使うからいいんだよ」

 最後に切ったのは、エイダと契約する時。のばしていた髪を全部、エイダに渡したから。

 おかげで、その後に契約したジオとバニラには爪を渡すことになったんだっけ。

 精霊と契約するためには、自分の体の一部を精霊に渡さなければいけない。上位契約でも、下位契約でも。

 そうすることで、精霊と人間に繋がりを作るのだ。

 繋がりがあるから、精霊を召喚できる。

 そしてそれは、契約の解除の際に返してもらう。返してもらうというか。別に要らないけど。

 でも、もしエイダと契約を解除するなら、今リリーが持っている契約の証はエイダに返さなくちゃいけない。あれは上位契約を結ぶために、エイダが俺に渡してきたもの。

 そういえば、アンジュには契約が必要なかった。契約で繋がってないのに、呼び出したりできるのか?

 …たぶん、できるから、エイダは必要ないって言ったんだろう。

 あれ?ってことは、イリスもそうなのか?

 聞いてみるか。

 ワインを飲み干す。

「先に休む。残さず食えよ」

「はいはい」

 カミーユを置いて、部屋に戻る。

「イリス」

『お前、カミーユの扱い本当に酷いよな』

『いいのよぉ。どぉしようもない馬鹿だからぁ』

『なんでお前、そんなにあいつのこと嫌ってるんだよ』

『ほっといてよぉ。それより、アンジュ。言いたいこと、あるんじゃなぁい?』

『え?』

『別にぃ、強制しないけどぉ』

『なんで、わかったの』

『わかるよぉ。みんな、アンジュのこと気にしてるんだからぁ』

『気にしてる?』

『だって、アンジュって、あんまり喋ってくれないんだもの。もしかして、ユールが怖いんじゃないの?』

『ナターシャ、ひどぉい』

『だって、取って食いそうじゃない』

『ふふふ。食べないよぉ』

『だって。だから、安心してちょうだい、アンジュ』

『あの、僕は…』

『ユール、ナターシャ。からかうな。…アンジュ。エルは馬鹿だから、言葉にしなければわからない』

 間違ってないけど。

 もう少し、言葉を選べないのか、バニラ。

『エルに、エイダの感じがした』

「エイダの感じ?」

『エルが寝てる時。エイダが、リリーと意識を繋いでくれたのかも』

「そんなこと、できるのか?」

『僕がここに居て、リリーがエイダと居るから。僕はまだ、エイダから完全に切り離されてないんだ』

 じゃあ、あれは本当にリリーだったのか?

「確かに。すごく、リアルだったな。…あれ?」

 そういえば、すごくリアルで気味の悪い夢を見なかったか?

「契約を、果たせ?」

 氷の球体に閉じ込められたリリー。

 あれは…。

―契約を果たせ。

―エルロック。待っている。

 リリーが俺を、エルロックって呼んだことは一度もない。

 あれは、誰だ?

 エイダがリリーの傍に居て、まだ完全に切り離していないアンジュを通じて意識の共有を可能にしたのなら。

 氷の大精霊が誰かの傍に居て、イリスを通じて俺と、その誰かの意識を共有させた?

「イリス、お前、前にもリリーと離れて俺の傍に居たこと、なかったか?」

『え?…それって、エルが貧血で倒れた時?』

 貧血じゃないけど。

 やっぱり。

 …ってことは、イリスは氷の大精霊と、完全に切り離されていない状態?

 いや、その前に。確認することがもっとある。

 なんで、リリーの姿で現れたんだ。

「アンジュ、意識を繋ぐのって、知らない人間でも可能なのか?」

『できると思うけど…、人間を移動させるわけじゃないから、上手くいかないと思う』

 知らない人間をイメージに変換はできないってことか?

 何で、リリーの姿だったんだ?

 リリーに関わりのある人間だから?イリスを通じてたから?それとも、俺が一番大切に思ってる相手の姿?

 契約を果たせってどういう意味だ?

 俺が果たしていない契約って、エイダの記憶探しのことか?

 契約に当たって、必ずお互いに求めるものがある。

 エイダは、自分の失われた記憶を探すことを求めた。

 でも。それを知ってるのは俺とエイダだけ。

 それなら、契約っていうのは、初代女王と氷の大精霊の契約を指すのか?

 どうして、俺を待ってる?

「また、わからないことが増えたな。…イリス、お前は、まだ氷の大精霊と繋がっているのか?」

『何の話し?』

「お前は氷の大精霊から生まれた精霊だ。アンジュはさっき、自分は完全にエイダと切り離されていないって言っていた。お前もそうなんじゃないのか?」

『…ボクは、たまにお前が怖くなるよ』

「正解なんだな。…だから、お前はどんなに遠く離れていても、氷の大精霊に魔力を送ることができる」

 ようやく、解けた。

 遠く離れた相手に魔力を送る方法。

『エル。ボクはエルを信じてるけど、そこまでわかるなんて思ってなかった』

「アンジュが居たから気づいたことだ。俺は、同じような意識の共有をしてる。おそらく、イリス、お前を通じて」

『それが、お前が貧血で倒れた時の話しなのか?』

「そうだ。氷の大精霊は、契約の履行を求めてる。そして、俺が必要らしい。お前は、氷の大精霊と、初代女王がどんな契約を結んでいるのか、知っているのか?」

『知らない』

 氷の大精霊が、記憶を渡していないから?

『でも、ボクは…。何故か、初めからエルが協力してくれる気がしてたんだ』

「協力?そういえば、グラシアルで初めて会った時、顕現してくれたっけ」

『それに意味があるなんて、考えたことないけど。ちょっと、ボクらしくなかったって思う。お前の素性が知れないのに、あの場で顕現することは、リリーにとっても危険なことだったから。…だから、もしかしたら、ボクの意思だけではなかったのかも』

「リリーも言ってたな。俺じゃなきゃダメだって」

『リリーは初めからエルが好きだったんだ』

「それって、関係、ないのかな」

 リリーが俺を好きなのは…。

 それすらも、氷の大精霊の意思だったとしたら?

 そもそも、初めて会ったのだって、リリーがエイダの光を見つけたから。

 本当に、偶然だったのか?

『自身ないのかよ』

「自信?」

『お前は十分、リリーに愛されてるじゃないか』

「でも、きっかけは、」

『きっかけにこだわるのか』

「だって、好きになってもらう要素がない」

『お前、馬鹿だろ』

『そうね』

『だろうな』

『今さらだけどねー』

「なんだよ」

『心配要らないよぅ。エルは、リリーが信じられないのぉ?』

「それは…」

 俺がリリーを信じることに関係ある話しなのか?

 もし、リリーが氷の大精霊の影響で、無意識に俺を求めていたとしたら。

 そのせいで、リリーが本来結ばれるべき相手と結ばれないなら。

 ただでさえ、俺の運命に巻き込んで、死に近いところに居るのに。

 俺は、また大切な人を幸せにできないってことじゃないか。

『お前もリリーと同じだ』

 同じ?

『リリーがどれだけ悩んで、お前の気持ちを受け入れたと思ってる。どれだけ悩んで、お前を信じることにしたと思ってる』

 そうだ。リリーはずっと、俺の為に苦しんで、悩んで。

 俺は自分の気持ちばかり押し付けてるのに。

 あの時。

 リリーは、一緒に居たいという俺の一方的な願いを聞き入れてくれた。

 本当は、辛かったはずなのに。

 自分じゃ俺を幸せにできないからと、俺の気持ちを拒否して、自分の気持ちを抑えたのに。

 俺にはそんなことできない。

 できないから、好きだって言ったのに。

 リリーは。

 俺がリリーを想うよりもずっと、俺のことを想ってくれていた。

 そして、俺と一緒に戦ってくれるって。

 俺を、信じてくれるって。

「ごめん。俺が悪い。…リリーは、リリーだ」

 他の誰からも、左右なんてされない。

『そんなの、初めからわかってる。人間ってめんどうだよな』

「弱いから。あらゆるものに惑わされるんだ」

『弱い?エルが?』

「俺は強かったことなんて一度もないよ。リリーのようには強くいられない」

『強い?リリーが?』

「そうだ、リリーは強い。だから、信じられる。その意思で、俺を愛してくれているって」

『エルがそれで納得するなら、良いけどね』

 イリスには、わからないのかな。リリーの強さが。

 近くに居すぎると、見えないんだろう。

「ありがとう、イリス。いつも感謝してるよ」

『しおらしいな、エル。そんなのいつものお前じゃないぜ』

「感謝の言葉ぐらい、素直に受け取れよ」

『あぁ。そうだな。ボクは二人に幸せになってもらいたいよ』

 本当に。ありがとう、イリス。


 ※


「遅いわよ!」

 遅いって。

 まだ朝市がやってる時間だぞ。

「待たせてごめんね、ポリシアちゃん。こいつ、食うの遅いから」

 朝食を食べて宿に戻ると、元気なポリシアの横で、アリシアがぐったりした様子で机に伏している。

「こっちは朝陽が上ると同時に、出かけてるのよ?」

「私も、もう一眠りしたいところだ」

「寝てれば良かったじゃない」

「ついて行って良かったよ。ポリーはもう少し、武具の知識を深めた方が良い」

「シルバーだろうとプラチナだろうと、見た目には変わらないじゃない」

 その考えは、剣士としてどうかと思うぞ。

 アリシアが疲れるのもわかる。

「決まったのか」

「エルに見てもらうことにしたの」

「変わった武具店があるんだ」

「変わった武具店?」

「そうだ。ついて来い」

 立ち上がったアリシアに続いて、宿を出る。

 人通りの多くない通りに、その店はあった。

「開いてるのか?」

「さっき開けてもらったから大丈夫」

 それは、開いてるとは言わないだろ。

 中に入る。確かに、変わった形の剣が多いな。

「片刃の剣か」

 素材はなんだろう。鋼…?

「しなり方は、リリーの剣に似てるな」

 緩やかな曲線。

 リリーの両手剣も、剣の先は曲がっていて、曲刀に分類されるんだろう。

 けど、あれは両刃の剣だったはず。

 この特徴的なデザインは…。

「これが太刀か?初めて見るな」

「知ってるの?」

「知識だけ。この大陸にはないよ。もっと遠い異国の武具だ」

「…詳しいな」

 店主が顔を出す。

「初めて見る。良く斬れそうな剣だ。…強度はどうなってるんだ?」

「お前の剣を見せてみろ」

 レイピアを抜いて見せる。

「しっかり持っていろよ」

 レイピアを持っていると、店主がレイピアに向かって刀を振り下ろす。

 金属のぶつかり合う大きな音が、一度鳴った。

 本気で斬りやがって。

「これは特注品だ、折れるとでも思ったのか」

「レイピアに負けるような刀を作った覚えはない」

「お前が作ったのか?」

「…帰れ。鍛え直す」

「待てよ、聞け。これはプラチナ鉱で作ったレイピアだ。そう簡単に折れるわけないだろ」

 だいたい、リリーのリュヌリアンの攻撃で折れなかったんだぞ。

 こんな細くて薄い剣が折れないなんて。信頼できる強度だ。

「プラチナでレイピア?そんな技術がこの国にあるのか」

「その刀、売ってくれよ。面白い」

「そのレイピアは、どの鍛冶屋の作品だ」

「ルミエールの弟子だ」

「ルミエールの…?そうか。ならば、仕方ない」

 納得するのか。

「で?売ってくれるのか」

「持って行け」

 店主が持っていた太刀を鞘にしまって、俺に渡す。

「ポリシア。これでいいか?」

「え?」

「もらいものだけど」

 太刀をポリシアに投げて渡す。

「ちょっと、どういうこと?何、もらってるのよ!あなたも、この刀、良いの?」

「なんだ。お前の彼女が使うのか」

 だれが、彼女だ。

「撤回しろ。俺の恋人はルミエールの弟子だ」

「女の鍛冶屋だって?」

「そうだよ」

「話しを聞きなさい!」

「心配するな。それは、うちの店の一級品だ」

「私は買いに来たの。いくらよ、これ」

「いいよ。そいつは、今までに多くの剣を折って来たんだ。折れない剣があるなら、もう用済みだ」

「何よ、それ」

 ただ、俺がイメージしてたのよりも長いんだよな。

「もう一本居るな。これと対になりそうな刀を選んでくれ」

「二刀流か?…じゃあ脇差でいいな」

「脇差?」

「こいつだ」

「いくらになる?」

「銀貨一枚」

「もっと質のいい奴は?」

「こっちだと、銀貨三枚はもらうぞ」

「じゃあ、それをくれ。…なんて書いてあるんだ?」

 知らない文字が刀に彫ってある。

「刀の名前だ。読まなくても良い」

 ポリシアを見る。

「これでいいか?」

「エルって、人の話し聞かないって良く言われない?」

「え?」

 言われたことあるっけ。

「いいわよ、もう。なんでも!」

 店主に銀貨三枚を渡す。

「ラングリオンに店を出せばいいのに。向こうは騎士の国だ。需要があるぜ」

「伝統を重んじる国だろ。騎士に刀が扱えるものか」

 そういうイメージがあるのか。

 ラ・セルメア共和国は新しい国ってイメージが強いからな。

「王都で店を出すなら問題ない。…これももらっていいか?」

 そろそろ、短剣も買い換えようと思っていたところだ。

 これにも、文字が入っているな。

 逆虹?

「銅貨八枚だ」

 銀貨を一枚。

「釣りはいらない。これを引き取ってくれ」

 持っていた腰の短剣を置き、新しく買った短剣を身に着ける。

 剣は武具店で引き取ってもらうしかない。

「あ、私も。折れた奴、置いて行っていい?」

 ポリシアが折れた剣を出す。

「なんだ、これは」

「折れちゃったんだから仕方ないでしょ」

 ポリシアが今身に着けているのは、太刀、脇差と剣一本。

「その剣はどうするんだよ」

「気に入ってるから、しばらく持ち歩くわ」

 三本もどうするんだ。見てるだけで凶悪な姿だな。

「アリシア、カミーユ、終わったぜ」

 店の入り口で話している二人に声をかける。

「決まったのか?」

「気に入ったのは見つかったか?ポリー」

「使ってみなきゃわからないでしょ。行くわよ」

 武器なんて、使わないのが一番良いんだけど。



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