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関所を通過して、三日目の道中。
『エル。今日もだ』
『誰だろうねぇ、あれぇ』
『なんか嫌な感じだよねー』
関所を抜けた日から、ずっと後を尾けられているらしい。
『でもぉ、どっかで見たことあるのよねぇ』
『うん。私も見たことあるわ。栗色の髪に、碧眼』
『二本差しの剣』
精霊たちの会話を総合すると。女だっていう話しなんだけど。
二本持ちの女剣士?そんな珍しいの、会ったことがあるなら忘れないと思うんだけど…。自信がないな。
『オイラは覚えてないなー』
『ジオはあんまり人間に興味ないもんねぇ』
『人の顔など、興味を持って見なければ同じだ』
『そう?あの栗色の髪、とっても綺麗よ』
『ナターシャはいつもおしゃれねぇ』
『ほっといて大丈夫だよ。あんまりしつこかったら、ボクが追っ払ったっていい』
『イリス、そんなことに力を使っていいのか?』
『リリーの為にぃ、温存するんでしょぅ?』
あぁ。お前ら。どれだけうるさいか、わかってるのか。
「カミーユ。話しがある」
「どうした?」
「先に行っててくれ」
「はぁ?何言ってるんだよ」
「次の街まではそう遠くない。ちょっと、あの森に寄る用事があるから」
「なんだよ。錬金の材料集めなら手伝うぜ?」
「剣の稽古だよ」
「剣の稽古?」
「どうせ昼過ぎには着く。時間が余るから、稽古をして、夕方までに行くよ」
「わかったよ。気を付けてな」
カミーユの背中を見送って、西側に続く道を歩く。道の先にあるのは森。
『あ、やっぱりお目当てはエルなんだねぇ』
『戦闘になりそうだな』
「魔法、届く距離か?」
『エル、あいつに魔法は効かないよ』
なんだ、その嫌な言葉は。
「女王の娘なのか」
『そうだよ。だからほっといて大丈夫って言ったのに』
「何番目だ」
『ポリシア・ネモネ・ルゥ・ブランシュ。ポリーだよ』
「ポリー?」
『あ、思い出したわ。港でリリーと話してた女の子じゃない』
『ニヨルド港か』
『そうかもぉ。ナターシャ、良く覚えてたねぇ』
ポリーって。
まさかと思ってたけど、本当にそうだったなんて。
あの時確認しておけば良かった。
…あれ?前にもそう思ったことがあったな。なんだっけ。
『来た』
「さて…。どうするかな」
体に真空の魔法で防壁を張る。
吹雪を閉じ込めた闇の玉を三個作ったところで、相手の気配をすぐそばに感じ、レイピアを抜いて振り返る。
剣が一本、レイピアに当たる。
もう一本を、短剣を逆手に持って応戦する。
「勘が良いのね」
女王の娘って、なんでこんなに好戦的なんだ。
風の魔法で一歩大きく後退する。
「何の用だ」
「リリーはどこ」
「リリーは、」
問答無用で、斬りつけてくる。一本一本の攻撃をレイピアと短剣で防ぐ。
「お前、弱いだろ」
剣筋が見え見えだ。
「失礼ね!」
剣の動きが早くなる。
リリーの重たい剣の方が、読みにくい動きをしていた。
でも。確実に力は強い。こっちの体力がなくなる方が早いかも。
「話しを、聞け」
受けた攻撃を跳ね返す。
レイピアを逆手に持って、短剣と共に両方の剣をねじ伏せ、相手の懐に入る。
「あら。キスしちゃおっかな」
「な、」
慌てて、その動作をかわし、後方に引く。
レイピアを握り直し、相手が俺を追って放った一撃目をレイピアではじき、二撃目を短剣ではじく。
そして、三撃目を、レイピアのガードで絡め取り、力を込めて叩き落とそうとしたところで、剣が折れる。
…折るつもりはなかったんだけど。
「ちょっと!何するのよ!」
「いい加減にしろ」
レイピアを相手の首に突きつける。
「信じられない!買ったばかりなのに!」
「自業自得だ」
「酷いっ!」
顔を上げたポリシアは、大粒の涙を流して泣いている。
「何で泣いてるんだよ」
レイピアと短剣を鞘にしまう。
「いくらしたと思ってるの?銀貨三枚もとられたんだから!」
あり得ない。
「たぶん、騙されてるぞ」
落ちた剣を見る。
「悪くない剣だけど、ラングリオンなら銀貨一枚も出さずに買える」
リリーと武器屋めぐりをした時のことを思い出す。
リリーの講釈なら、さんざん聞かされた。
「嘘よ!名工リグニスの作品だって聞いたのに」
剣を扱う者なら誰もが知っている、巨匠。
ルミエール、リグニス、アルディア。
その匠の剣なら、誰もが手に入れたいと願うだろう。
みんな、どこを拠点にしているのか謎の名工だけに、デマも多い。
「それこそ、銀貨三枚程度で手に入るわけがないだろ」
「うわーん」
ポリシアが地面に座り込んで泣き出す。
『泣くなよ、ポリー』
「…なによ。…え?あんた、もしかして、イリス?」
『そうだよ』
「いつの間に、そんなにすごい力を手に入れたの?…それって、全部こいつの力?」
『そうだよ。いいから泣き止め』
「ねぇ、キスして良い」
「は?」
「そうしたら泣き止むわ」
「冗談じゃない。一生泣いてろ」
「それが、か弱い女の子に言うセリフ?」
「どこがか弱い女の子、だ」
問答無用で俺に斬りかかってきたこと、忘れたのか?
「そういえば、あなた、リリーの好きな人だったわね。…だから!リリーはどこに居るのよ?なんでイリスが居て、あなたもいて、リリーが居ないのよ」
「その前に、なんで俺を襲ったのか話せ」
「リリーと一緒に居ないから」
「居ないから?」
「それが理由よ。ずっと、一人になる機会をうかがってたわ」
「関所からずっと?」
「そうよ。アリシアから、リリーも来るって聞いてたから。関所で会えるかもって、わざわざ迎えに来たのよ」
「アリシア?アリシアがこっちに来てるのか?」
「そうよ。だって、あなたもアリシアと待ち合わせしてるんでしょ?」
どうにも、話しが見えてこないな。
「何の話しだ?」
「私は、イーシャがセルメアで見つかったから、一緒に会いに行こうって言われたのよ」
ディーリシアがセルメアで見つかったって情報は送ったけれど、詳しい情報はまだ、届いてないはずだ。
でも、アリシアも盗賊ギルドに頼んでるなら、ディラッシュとラングリオンの情報は同じ。
アリシアがディーリシアの居場所を知っていてもおかしくないか。
で、俺に手紙を送ったんだろうけど…。
「どこで待ち合わせだ?」
「ここから街を二つ行った場所」
手紙を読まないことも想定してるんだろうな。モーガは、立ち寄りやすい場所にある。
「じゃあ、行くか」
さっさと次の街を目指そう。
「ちょっと。待ちなさいよ」
ポリシアが追いかけてくる。そして、折れた剣を押し付ける。
「どうしてくれるの。…っていうか、そのレイピア、なんなの?」
「これはリリーが作ったレイピアだ。そう簡単に壊れないよ」
「リリーが?…見せて」
「嫌だよ」
「いいじゃない」
勝手に鞘から取り出すと、ポリシアは剣を眺める。
「軽い。…これ、何でできてるの?」
「プラチナ鉱だ」
「プラチナ鉱?…信じられない。なんてきれいな剣なの。いいわ、これで勘弁してあげる」
「何を?」
「私の剣の代償よ」
「何、馬鹿なこと言ってるんだ!」
『ポリー、いいかげんにしな。それは、リリーがエルのために作った傑作だ』
「…わかったわよ。私にも作ってくれるかな、リリー」
ポリシアが返してきたレイピアを、鞘に戻す。
なんていうか。リリーのことが好きなんだな。
アリシアの時も思ったけれど、女王の娘って、本当の姉妹みたいに仲が良いのか。
「弁償するよ。剣」
「え?本当?」
「銀貨三枚ぐらいなら買ってやる」
「あなた、実は良い人ね。リリーが好きになるだけあるわ。…って。だから、リリーはどこよ」
「リリーはラングリオンの王都に居るよ」
「なんで置いてきたの?一緒に居るって約束したんでしょ?」
なんで、知ってるんだよ。
「行きたくないって言うんだから仕方がないだろ」
「それで、置いてきたの?信じられない。リリーの夢はねぇ、好きな人と幸せになることなのよ」
「幸せな家庭を築くことじゃないのかよ」
「なんでそこまで知ってるの」
「恋人なんだから、知ってて当然だろ」
「そうなの?だって、ニヨルドでは、絶望的な顔してたのに」
あの時からすでに、リリーは悩んでたのか?
全然、気づかなかった。
「まぁ、終わりよければすべて良し、ね。モーガも良い剣が手に入ることで有名な場所よね」
「もうぼったくられるようなことするなよ」
「しないわよ。…あぁ。やっぱり、出かける前にルミエールに頼んでおくんだった」
「ルミエール?…って、三大巨匠の一人じゃないか」
「え?リリーの師匠って、そんなにすごい人なの?」
「リリーの師匠?ってことは、リュヌリアンはルミエールの剣なのか?」
「そうよ。ルミエールは大剣を作るのが得意じゃない。だから、リリーは自分の武器に大剣を選んだのよ」
得意じゃない、って。
会ったこともないのに知るわけないだろ。
「ねぇ、どっちが先に告白したの?」
「なんでそんなこと言わなきゃいけないんだ」
「いいじゃない。…そういえば、あなた、黄昏の魔法使いでしょ?リリーに言わないの、それ」
「なんで知ってるんだ」
まさか、ニヨルドでリリーに言ってないよな?その話し。
「金髪にブラッドアイで、その力。私は冒険者ギルドと魔術師ギルドに出入りしてるのよ。知ってて当然じゃない。…あれ?今気づいたんだけど、今日は金色なの?最初に会った時は赤くなかったっけ」
リリーも言ってたっけ。エイダが居ると赤いって。
「リリーのところに置いてきたんだよ」
「魔力を?」
「…精霊を」
知らないんだな。自分が見えてるのがなんなのか。
「え?じゃあ、あなた魔法使えないの?」
「使えるよ」
「国一つ離れてるのに?」
エイダは上位契約だし。自由だ。それに、アンジュが居る。
そういえば、アンジュは無口だな…。
「説明が面倒だ。イリスを連れてくる代わりに、置いてきたんだよ」
「良くリリーが許したわね」
許可、とってないからな。
『エルは心配性なんだよ。本当はリリーを置いて来たくなかったんだ』
「そうよねぇ。気が付いたら居なくなってるんだもん。城の中で迷子になるなんて、リリーぐらいよ。一回、本当に見つからないことがあって、城中の魔法使いが探し回ってたんだから」
なんで、住み慣れた城の中で迷子になれるんだよ。
「結局、夜遅くにひょっこり帰って来たけどね。誰も怒らなかったわ」
「俺なら怒るな」
「だって、探されてる自覚ないんだもの。ねぇ、イリス。あの時、どこに居たの?」
『あぁ…。あれね。内緒』
「内緒?誰にも見つからない場所に居たの?」
『そういうこと』
誰にも見つからない場所…?
誰も、探さない場所。
それって。
リリーが酔っぱらって、喋った場所か?
「どれぐらい迷子だったんだ」
「朝から晩までいなかったのよ」
落ちたら、どうするつもりなんだ。
そこで、何を考えてたんだ。
※
「おい、エル。お前、自分で言ったこと忘れたのか」
「なんだっけ」
「俺には、変なのに絡まれたら置いて行くからなって言っておいて、この可愛い子はなんなんだよ!」
「行く方向が一緒なんだもの。連れてってよ」
「あぁ、まじで信じられねーぞ、お前。リリーシアちゃんが居るのに」
「こいつはリリーの姉だ」
「姉?…ちっとも似てないぞ。リリーシアちゃんはもっとこう、可憐で可愛い感じだろ?この子は明るくて、元気で、美人な感じだ」
「ねぇ、褒めてるの?私のこと」
「もちろんだよ。エルの馬鹿が居なかったら、今すぐ口説いてるところだ」
「本当?じゃあ、キスしよっか」
「大胆だねぇ。でも、もう少し雰囲気のあるところで…」
カミーユとポリシアの頭を叩く。
「いてっ」
「いったぁ。何するのよ」
「聞いてなかったのか。こいつはリリーの姉だぞ」
「ん?だからなんだよ」
ちゃんと、言ってあるはずだけどな。リリスの呪いのこと。
「ポリシアも、一緒に行動したいなら自重しろ」
「もう。失礼しちゃうわ」
これが女王の娘の本来あるべき姿だとしたら…、リリーには絶対無理だな。
「あ。そういえば、自己紹介まだしてなかったわね。私はポリシア・ネモネ。あなたは?」
「俺はカミーユ・エグドラ」
「…あなたは」
「エルロック・クラニス。知ってるんじゃないのかよ」
「リリーがエルって呼んでたのを聞いただけよ」
「本当にリリーシアちゃんのお姉さん?あ、血が繋がってないんだっけ」
「リリー、どこまで話してるの?」
「カミーユ。こいつの相手は任せるぞ。宿はどこだ」
「あぁ。そこをまっすぐ行ったところにある、黒糖亭」
「もう休むよ」
「ちょっと、待ちなさいよ」
無視して歩き出す。
「まぁまぁ、せっかく街に着いたんだし、ゆっくりしようよ。お茶でもしないか?」
「そうね。紅茶がいいわ」
「それじゃあ、探しに行こうぜ」
「うん」
『ほっといていいのか?あれ』
「カミーユが魔力を吸われたところで、大した被害にならないだろ」
『あんなに尽くしてくれてるのにさ。もう少し大事にしてやれよ』
「尽くす?誰が?」
『カミーユだよ。お前の為に目薬と偽造書類を準備して。今だってポリーの相手を引き受けてるじゃないか』
「いつものことじゃないか」
『なんで、こんなに薄情なのに、お前のことを大事にする人間が多いんだろうな』
「俺だって、知りたいよ」
俺に関わればろくなことがないのに。
自分から求めたことなんて、一度もない。
『エルは、優しいのよぅ』
『優しいのは、リリーに対する態度を見てればわかるけどさ』
『求められれば、絶対に応えるのよぅ。困ってたら、絶対に助けてあげるのぉ。初めてリリーと会った時だって、そうだったよねぇ?』
『そういえば、リリーを逃がしてくれたっけ』
『そういうことしてるから、巻き込まれることもいっぱいあるけどねー』
『後はぁ、自分を好きになる子ってぇ、エルは興味なかったもんねぇ』
『リリーはずっとエルのこと好きだったんだぞ』
『エルは鈍感だからな』
『信じられないぐらいのねー』
『エル。黒糖亭ってぇ、あれじゃないのぉ?』
「あ…」
通り過ぎるところだった。
宿に入る。
「いらっしゃいませ」
「エルロックだ。カミーユの部屋は?」
「はい、お伺いしてます。二階の三号室をご利用ください」
「もう一部屋空いてるか?」
「はい、ご用意できますが…」
「後でもう一人来るかもしれないから、空けといてくれ」
「ご予約ですね。お名前は?」
「ポリシア・ネモネだ。前金は渡しておくよ」
「はい。承りました。ご夕食はどうされますか?」
「カミーユと同じで」
鍵を受け取って、部屋に行く。
あぁ、疲れた…。
「お前たち、喋りたいなら出て行けよ」
やかましくて仕方がない。
ポリシアと会話するのだって疲れたのに。
『じゃあ、イリスちゃん、みんなで一緒にお出かけしよっかぁ』
『わかったよ』
『オイラも行くよー』
『エル、何かあったらすぐに呼び出してくれ』
『私も、行く』
『待ってよ、私も行くわ、置いて行かないで!』
なんで、俺の精霊はこんなにやかましいんだ…。
あれ?そういえば。
「アンジュ」
『なんだ』
「ちょっと出てこい」
アンジュを顕現させる。
「お前は行かないのか?」
『…苦手』
苦手って…。
まだ、慣れてないのかな。
『ねぇ、エル。一緒に居てもいいのかな?』
「え?」
『一人ぼっちは嫌だ。怖い』
「アンジュ。お前は俺の大切な精霊だよ。不安なことは全部話してくれ。言葉を交わさないと、俺はわかってやれない」
『エイダは、孤独だったんだ。それが、良くわかる』
「それは、封印の棺の中の話しか?」
『封印されてからずっと。エイダは、氷の精霊が棺を開けてくれるのを、ずっと心待ちにしていたんだ』
銀の棺の物語を思い出す。
エイダは、氷の大精霊によって神の台座に封印されていたに違いない。
しかし、封印の棺は神の台座から持ち出され、ラングリオンの東の果てまで運ばれた。
そして、そこで開かれた。
『なのに、棺が開かれた場所に、氷の精霊はいなかった』
そう。
封印の棺から飛び出したエイダは、およそ七日間、氷の精霊を探して彷徨った。
そして、多くの炎の精霊がエイダの感情と共にエイダから飛び出した。
困惑、憤怒、悲哀、欲求、虚無、絶望。
木々を焼き、大地を焦がし、水を蒸発させ。七日後、そこは砂漠になった。
今のラングリオンの東に広がる砂漠に。
すべてを焼いたのち、エイダは棺に帰った。
棺は人間の手によって封印し直され、神の眠る棺として祀られた。
それから数百年後。次に棺を開いたのは俺だ。
『エイダは、もう二度と棺から出ないつもりだったんだ。でも、エルが、開いた』
「俺は。復讐したかったんだ」
故郷を焼いた炎の精霊を生んだ、炎の大精霊に。
でも。棺から出てきた精霊には、絶望しかなかった。
俺と、同じ。
だから、何もできなかった。
償いを求めてきたエイダを、拒否することができなかった。
でも、そのせいで。
エイダという大きな力を得たことで、フラーダリーを死に追いやった。
エイダはそれもまた、自分の罪なのだと。
「でも、エイダに罪なんてなかった。全部、俺の責任なんだから」
すべては、俺の運命のせい。
『違う。エイダの責任であり、僕の責任』
「なんで、アンジュが責任を負う必要がある」
『そうじゃなきゃ、僕がこんな気持ちになんてならないよ』
「こんな気持ち?」
『エル、僕はエルを求めてる。エルからの許しを。怖いんだ。捨てられるのが』
「アンジュ。俺は絶対にお前を捨てないし、恨んでもいない。許して欲しいなら、いくらでも許す。だから何も心配することはない」
『許してくれるの?』
「何から許すのか、知らないけどな」
『僕も、良くわからないんだ』
「わからないものに怯えてるのか?」
『だって、エイダはすべての記憶を僕に譲ってくれたわけじゃない。エルを求める気持ちと、許しを請う気持ちが、僕の中に入ってる』
「中途半端だな」
『僕はエイダであり、エイダではないもの』
生まれたばかりの精霊って言うのは、必ず親の精霊の感情や記憶に引っ張られるのか。
「じゃあ、お前はエイダとは無関係だ。だって、お前の名前はアンジュだろ?だから、エイダの記憶なんて全部忘れて、俺とやり直そう」
『やり直す?』
「そうだ。アンジュ。俺は、我儘で自分勝手だけど、ついて来てくれるか?」
『うん』
「じゃあ、今日からよろしくな」
『よろしくな』
ようやく、笑った顔が見られたな。
「ほかの連中も、変な奴ばっかりだけど、みんな優しくて良い精霊たちなんだ。ちょっとずつでいいから、仲良くしてやってくれ」
『優しいのは知ってるよ。みんな、僕に声をかけてくれる。…でも、何て言ったら良いか、わからない』
「バニラみたいに無口な奴もいるよ。気にするな」
『バニラは、僕に気を使ってくれる。何も、喋れないのに』
「…そうか。あいつ、昔のこと思い出してるのかもな」
『昔のこと?』
「俺は、声を出す方法を忘れて、音を聞くこともできない時期があったんだ」
『喋れないし、聞こえない?』
「そう。その時に、俺に声をかけ続けてくれた人が居たんだよ」
『エルが、国境戦争で失った、フラーダリー?』
「そうだ。バニラは、フラーダリーと一緒に、俺をずっと見ていたはずだから。お前の様子も、気にかけてるんだろうな」
『バニラは、フラーダリーの精霊だったのか』
「あぁ」
『エル、帰ったぞ』
『ただいまぁ』
『戻ったよー』
『ただいま、エル』
『カミーユたちも来たようだぞ』
『アンジュ。ただいま』
『おかえり、みんな』
アンジュが答える。
『ふふふ。エルと、何話してたのぉ?』
「お前らが薄情だから、アンジュに話し相手になってもらってたんだよ」
『何よ、追い出したのはエルじゃない』
「そうだったかな」
『今度は、アンジュも来いよー』
『そうよぉ。一緒に遊ぼうねぇ』
『うん。ありがとう、みんな』
精霊たちが体に戻ってくる。
あぁ。本当に賑やかだな。




