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旧作1-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.共和国編
27/45

41

 関所を通過して、三日目の道中。

『エル。今日もだ』

『誰だろうねぇ、あれぇ』

『なんか嫌な感じだよねー』

 関所を抜けた日から、ずっと後を尾けられているらしい。

『でもぉ、どっかで見たことあるのよねぇ』

『うん。私も見たことあるわ。栗色の髪に、碧眼』

『二本差しの剣』

 精霊たちの会話を総合すると。女だっていう話しなんだけど。

 二本持ちの女剣士?そんな珍しいの、会ったことがあるなら忘れないと思うんだけど…。自信がないな。

『オイラは覚えてないなー』

『ジオはあんまり人間に興味ないもんねぇ』

『人の顔など、興味を持って見なければ同じだ』

『そう?あの栗色の髪、とっても綺麗よ』

『ナターシャはいつもおしゃれねぇ』

『ほっといて大丈夫だよ。あんまりしつこかったら、ボクが追っ払ったっていい』

『イリス、そんなことに力を使っていいのか?』

『リリーの為にぃ、温存するんでしょぅ?』

 あぁ。お前ら。どれだけうるさいか、わかってるのか。

「カミーユ。話しがある」

「どうした?」

「先に行っててくれ」

「はぁ?何言ってるんだよ」

「次の街まではそう遠くない。ちょっと、あの森に寄る用事があるから」

「なんだよ。錬金の材料集めなら手伝うぜ?」

「剣の稽古だよ」

「剣の稽古?」

「どうせ昼過ぎには着く。時間が余るから、稽古をして、夕方までに行くよ」

「わかったよ。気を付けてな」

 カミーユの背中を見送って、西側に続く道を歩く。道の先にあるのは森。

『あ、やっぱりお目当てはエルなんだねぇ』

『戦闘になりそうだな』

「魔法、届く距離か?」

『エル、あいつに魔法は効かないよ』

 なんだ、その嫌な言葉は。

「女王の娘なのか」

『そうだよ。だからほっといて大丈夫って言ったのに』

「何番目だ」

『ポリシア・ネモネ・ルゥ・ブランシュ。ポリーだよ』

「ポリー?」

『あ、思い出したわ。港でリリーと話してた女の子じゃない』

『ニヨルド港か』

『そうかもぉ。ナターシャ、良く覚えてたねぇ』

 ポリーって。

 まさかと思ってたけど、本当にそうだったなんて。

 あの時確認しておけば良かった。

 …あれ?前にもそう思ったことがあったな。なんだっけ。

『来た』

「さて…。どうするかな」

 体に真空の魔法で防壁を張る。

 吹雪を閉じ込めた闇の玉を三個作ったところで、相手の気配をすぐそばに感じ、レイピアを抜いて振り返る。

 剣が一本、レイピアに当たる。

 もう一本を、短剣を逆手に持って応戦する。

「勘が良いのね」

 女王の娘って、なんでこんなに好戦的なんだ。

 風の魔法で一歩大きく後退する。

「何の用だ」

「リリーはどこ」

「リリーは、」

 問答無用で、斬りつけてくる。一本一本の攻撃をレイピアと短剣で防ぐ。

「お前、弱いだろ」

 剣筋が見え見えだ。

「失礼ね!」

 剣の動きが早くなる。

 リリーの重たい剣の方が、読みにくい動きをしていた。

 でも。確実に力は強い。こっちの体力がなくなる方が早いかも。

「話しを、聞け」

 受けた攻撃を跳ね返す。

 レイピアを逆手に持って、短剣と共に両方の剣をねじ伏せ、相手の懐に入る。

「あら。キスしちゃおっかな」

「な、」

 慌てて、その動作をかわし、後方に引く。

 レイピアを握り直し、相手が俺を追って放った一撃目をレイピアではじき、二撃目を短剣ではじく。

 そして、三撃目を、レイピアのガードで絡め取り、力を込めて叩き落とそうとしたところで、剣が折れる。

 …折るつもりはなかったんだけど。

「ちょっと!何するのよ!」

「いい加減にしろ」

 レイピアを相手の首に突きつける。

「信じられない!買ったばかりなのに!」

「自業自得だ」

「酷いっ!」

 顔を上げたポリシアは、大粒の涙を流して泣いている。

「何で泣いてるんだよ」

 レイピアと短剣を鞘にしまう。

「いくらしたと思ってるの?銀貨三枚もとられたんだから!」

 あり得ない。

「たぶん、騙されてるぞ」

 落ちた剣を見る。

「悪くない剣だけど、ラングリオンなら銀貨一枚も出さずに買える」

 リリーと武器屋めぐりをした時のことを思い出す。

 リリーの講釈なら、さんざん聞かされた。

「嘘よ!名工リグニスの作品だって聞いたのに」

 剣を扱う者なら誰もが知っている、巨匠。

 ルミエール、リグニス、アルディア。

 その匠の剣なら、誰もが手に入れたいと願うだろう。

 みんな、どこを拠点にしているのか謎の名工だけに、デマも多い。

「それこそ、銀貨三枚程度で手に入るわけがないだろ」

「うわーん」

 ポリシアが地面に座り込んで泣き出す。

『泣くなよ、ポリー』

「…なによ。…え?あんた、もしかして、イリス?」

『そうだよ』

「いつの間に、そんなにすごい力を手に入れたの?…それって、全部こいつの力?」

『そうだよ。いいから泣き止め』

「ねぇ、キスして良い」

「は?」

「そうしたら泣き止むわ」

「冗談じゃない。一生泣いてろ」

「それが、か弱い女の子に言うセリフ?」

「どこがか弱い女の子、だ」

 問答無用で俺に斬りかかってきたこと、忘れたのか?

「そういえば、あなた、リリーの好きな人だったわね。…だから!リリーはどこに居るのよ?なんでイリスが居て、あなたもいて、リリーが居ないのよ」

「その前に、なんで俺を襲ったのか話せ」

「リリーと一緒に居ないから」

「居ないから?」

「それが理由よ。ずっと、一人になる機会をうかがってたわ」

「関所からずっと?」

「そうよ。アリシアから、リリーも来るって聞いてたから。関所で会えるかもって、わざわざ迎えに来たのよ」

「アリシア?アリシアがこっちに来てるのか?」

「そうよ。だって、あなたもアリシアと待ち合わせしてるんでしょ?」

 どうにも、話しが見えてこないな。

「何の話しだ?」

「私は、イーシャがセルメアで見つかったから、一緒に会いに行こうって言われたのよ」

 ディーリシアがセルメアで見つかったって情報は送ったけれど、詳しい情報はまだ、届いてないはずだ。

 でも、アリシアも盗賊ギルドに頼んでるなら、ディラッシュとラングリオンの情報は同じ。

 アリシアがディーリシアの居場所を知っていてもおかしくないか。

 で、俺に手紙を送ったんだろうけど…。

「どこで待ち合わせだ?」

「ここから街を二つ行った場所」

 手紙を読まないことも想定してるんだろうな。モーガは、立ち寄りやすい場所にある。

「じゃあ、行くか」

 さっさと次の街を目指そう。

「ちょっと。待ちなさいよ」

 ポリシアが追いかけてくる。そして、折れた剣を押し付ける。

「どうしてくれるの。…っていうか、そのレイピア、なんなの?」

「これはリリーが作ったレイピアだ。そう簡単に壊れないよ」

「リリーが?…見せて」

「嫌だよ」

「いいじゃない」

 勝手に鞘から取り出すと、ポリシアは剣を眺める。

「軽い。…これ、何でできてるの?」

「プラチナ鉱だ」

「プラチナ鉱?…信じられない。なんてきれいな剣なの。いいわ、これで勘弁してあげる」

「何を?」

「私の剣の代償よ」

「何、馬鹿なこと言ってるんだ!」

『ポリー、いいかげんにしな。それは、リリーがエルのために作った傑作だ』

「…わかったわよ。私にも作ってくれるかな、リリー」

 ポリシアが返してきたレイピアを、鞘に戻す。

 なんていうか。リリーのことが好きなんだな。

 アリシアの時も思ったけれど、女王の娘って、本当の姉妹みたいに仲が良いのか。

「弁償するよ。剣」

「え?本当?」

「銀貨三枚ぐらいなら買ってやる」

「あなた、実は良い人ね。リリーが好きになるだけあるわ。…って。だから、リリーはどこよ」

「リリーはラングリオンの王都に居るよ」

「なんで置いてきたの?一緒に居るって約束したんでしょ?」

 なんで、知ってるんだよ。

「行きたくないって言うんだから仕方がないだろ」

「それで、置いてきたの?信じられない。リリーの夢はねぇ、好きな人と幸せになることなのよ」

「幸せな家庭を築くことじゃないのかよ」

「なんでそこまで知ってるの」

「恋人なんだから、知ってて当然だろ」

「そうなの?だって、ニヨルドでは、絶望的な顔してたのに」

 あの時からすでに、リリーは悩んでたのか?

 全然、気づかなかった。

「まぁ、終わりよければすべて良し、ね。モーガも良い剣が手に入ることで有名な場所よね」

「もうぼったくられるようなことするなよ」

「しないわよ。…あぁ。やっぱり、出かける前にルミエールに頼んでおくんだった」

「ルミエール?…って、三大巨匠の一人じゃないか」

「え?リリーの師匠って、そんなにすごい人なの?」

「リリーの師匠?ってことは、リュヌリアンはルミエールの剣なのか?」

「そうよ。ルミエールは大剣を作るのが得意じゃない。だから、リリーは自分の武器に大剣を選んだのよ」

 得意じゃない、って。

 会ったこともないのに知るわけないだろ。

「ねぇ、どっちが先に告白したの?」

「なんでそんなこと言わなきゃいけないんだ」

「いいじゃない。…そういえば、あなた、黄昏の魔法使いでしょ?リリーに言わないの、それ」

「なんで知ってるんだ」

 まさか、ニヨルドでリリーに言ってないよな?その話し。

「金髪にブラッドアイで、その力。私は冒険者ギルドと魔術師ギルドに出入りしてるのよ。知ってて当然じゃない。…あれ?今気づいたんだけど、今日は金色なの?最初に会った時は赤くなかったっけ」

 リリーも言ってたっけ。エイダが居ると赤いって。

「リリーのところに置いてきたんだよ」

「魔力を?」

「…精霊を」

 知らないんだな。自分が見えてるのがなんなのか。

「え?じゃあ、あなた魔法使えないの?」

「使えるよ」

「国一つ離れてるのに?」

 エイダは上位契約だし。自由だ。それに、アンジュが居る。

 そういえば、アンジュは無口だな…。

「説明が面倒だ。イリスを連れてくる代わりに、置いてきたんだよ」

「良くリリーが許したわね」

 許可、とってないからな。

『エルは心配性なんだよ。本当はリリーを置いて来たくなかったんだ』

「そうよねぇ。気が付いたら居なくなってるんだもん。城の中で迷子になるなんて、リリーぐらいよ。一回、本当に見つからないことがあって、城中の魔法使いが探し回ってたんだから」

 なんで、住み慣れた城の中で迷子になれるんだよ。

「結局、夜遅くにひょっこり帰って来たけどね。誰も怒らなかったわ」

「俺なら怒るな」

「だって、探されてる自覚ないんだもの。ねぇ、イリス。あの時、どこに居たの?」

『あぁ…。あれね。内緒』

「内緒?誰にも見つからない場所に居たの?」

『そういうこと』

 誰にも見つからない場所…?

 誰も、探さない場所。

 それって。

 リリーが酔っぱらって、喋った場所か?

「どれぐらい迷子だったんだ」

「朝から晩までいなかったのよ」

 落ちたら、どうするつもりなんだ。

 そこで、何を考えてたんだ。


 ※


「おい、エル。お前、自分で言ったこと忘れたのか」

「なんだっけ」

「俺には、変なのに絡まれたら置いて行くからなって言っておいて、この可愛い子はなんなんだよ!」

「行く方向が一緒なんだもの。連れてってよ」

「あぁ、まじで信じられねーぞ、お前。リリーシアちゃんが居るのに」

「こいつはリリーの姉だ」

「姉?…ちっとも似てないぞ。リリーシアちゃんはもっとこう、可憐で可愛い感じだろ?この子は明るくて、元気で、美人な感じだ」

「ねぇ、褒めてるの?私のこと」

「もちろんだよ。エルの馬鹿が居なかったら、今すぐ口説いてるところだ」

「本当?じゃあ、キスしよっか」

「大胆だねぇ。でも、もう少し雰囲気のあるところで…」

 カミーユとポリシアの頭を叩く。

「いてっ」

「いったぁ。何するのよ」

「聞いてなかったのか。こいつはリリーの姉だぞ」

「ん?だからなんだよ」

 ちゃんと、言ってあるはずだけどな。リリスの呪いのこと。

「ポリシアも、一緒に行動したいなら自重しろ」

「もう。失礼しちゃうわ」

 これが女王の娘の本来あるべき姿だとしたら…、リリーには絶対無理だな。

「あ。そういえば、自己紹介まだしてなかったわね。私はポリシア・ネモネ。あなたは?」

「俺はカミーユ・エグドラ」

「…あなたは」

「エルロック・クラニス。知ってるんじゃないのかよ」

「リリーがエルって呼んでたのを聞いただけよ」

「本当にリリーシアちゃんのお姉さん?あ、血が繋がってないんだっけ」

「リリー、どこまで話してるの?」

「カミーユ。こいつの相手は任せるぞ。宿はどこだ」

「あぁ。そこをまっすぐ行ったところにある、黒糖亭」

「もう休むよ」

「ちょっと、待ちなさいよ」

 無視して歩き出す。

「まぁまぁ、せっかく街に着いたんだし、ゆっくりしようよ。お茶でもしないか?」

「そうね。紅茶がいいわ」

「それじゃあ、探しに行こうぜ」

「うん」

『ほっといていいのか?あれ』

「カミーユが魔力を吸われたところで、大した被害にならないだろ」

『あんなに尽くしてくれてるのにさ。もう少し大事にしてやれよ』

「尽くす?誰が?」

『カミーユだよ。お前の為に目薬と偽造書類を準備して。今だってポリーの相手を引き受けてるじゃないか』

「いつものことじゃないか」

『なんで、こんなに薄情なのに、お前のことを大事にする人間が多いんだろうな』

「俺だって、知りたいよ」

 俺に関わればろくなことがないのに。

 自分から求めたことなんて、一度もない。

『エルは、優しいのよぅ』

『優しいのは、リリーに対する態度を見てればわかるけどさ』

『求められれば、絶対に応えるのよぅ。困ってたら、絶対に助けてあげるのぉ。初めてリリーと会った時だって、そうだったよねぇ?』

『そういえば、リリーを逃がしてくれたっけ』

『そういうことしてるから、巻き込まれることもいっぱいあるけどねー』

『後はぁ、自分を好きになる子ってぇ、エルは興味なかったもんねぇ』

『リリーはずっとエルのこと好きだったんだぞ』

『エルは鈍感だからな』

『信じられないぐらいのねー』

『エル。黒糖亭ってぇ、あれじゃないのぉ?』

「あ…」

 通り過ぎるところだった。

 宿に入る。

「いらっしゃいませ」

「エルロックだ。カミーユの部屋は?」

「はい、お伺いしてます。二階の三号室をご利用ください」

「もう一部屋空いてるか?」

「はい、ご用意できますが…」

「後でもう一人来るかもしれないから、空けといてくれ」

「ご予約ですね。お名前は?」

「ポリシア・ネモネだ。前金は渡しておくよ」

「はい。承りました。ご夕食はどうされますか?」

「カミーユと同じで」

 鍵を受け取って、部屋に行く。

 あぁ、疲れた…。

「お前たち、喋りたいなら出て行けよ」

 やかましくて仕方がない。

 ポリシアと会話するのだって疲れたのに。

『じゃあ、イリスちゃん、みんなで一緒にお出かけしよっかぁ』

『わかったよ』

『オイラも行くよー』

『エル、何かあったらすぐに呼び出してくれ』

『私も、行く』

『待ってよ、私も行くわ、置いて行かないで!』

 なんで、俺の精霊はこんなにやかましいんだ…。

 あれ?そういえば。

「アンジュ」

『なんだ』

「ちょっと出てこい」

 アンジュを顕現させる。

「お前は行かないのか?」

『…苦手』

 苦手って…。

 まだ、慣れてないのかな。

『ねぇ、エル。一緒に居てもいいのかな?』

「え?」

『一人ぼっちは嫌だ。怖い』

「アンジュ。お前は俺の大切な精霊だよ。不安なことは全部話してくれ。言葉を交わさないと、俺はわかってやれない」

『エイダは、孤独だったんだ。それが、良くわかる』

「それは、封印の棺の中の話しか?」

『封印されてからずっと。エイダは、氷の精霊が棺を開けてくれるのを、ずっと心待ちにしていたんだ』

 銀の棺の物語を思い出す。

 エイダは、氷の大精霊によって神の台座に封印されていたに違いない。

 しかし、封印の棺は神の台座から持ち出され、ラングリオンの東の果てまで運ばれた。

 そして、そこで開かれた。

『なのに、棺が開かれた場所に、氷の精霊はいなかった』

 そう。

 封印の棺から飛び出したエイダは、およそ七日間、氷の精霊を探して彷徨った。

 そして、多くの炎の精霊がエイダの感情と共にエイダから飛び出した。

 困惑、憤怒、悲哀、欲求、虚無、絶望。

 木々を焼き、大地を焦がし、水を蒸発させ。七日後、そこは砂漠になった。

 今のラングリオンの東に広がる砂漠に。

 すべてを焼いたのち、エイダは棺に帰った。

 棺は人間の手によって封印し直され、神の眠る棺として祀られた。

 それから数百年後。次に棺を開いたのは俺だ。

『エイダは、もう二度と棺から出ないつもりだったんだ。でも、エルが、開いた』

「俺は。復讐したかったんだ」

 故郷を焼いた炎の精霊を生んだ、炎の大精霊に。

 でも。棺から出てきた精霊には、絶望しかなかった。

 俺と、同じ。

 だから、何もできなかった。

 償いを求めてきたエイダを、拒否することができなかった。

 でも、そのせいで。

 エイダという大きな力を得たことで、フラーダリーを死に追いやった。

 エイダはそれもまた、自分の罪なのだと。

「でも、エイダに罪なんてなかった。全部、俺の責任なんだから」

 すべては、俺の運命のせい。

『違う。エイダの責任であり、僕の責任』

「なんで、アンジュが責任を負う必要がある」

『そうじゃなきゃ、僕がこんな気持ちになんてならないよ』

「こんな気持ち?」

『エル、僕はエルを求めてる。エルからの許しを。怖いんだ。捨てられるのが』

「アンジュ。俺は絶対にお前を捨てないし、恨んでもいない。許して欲しいなら、いくらでも許す。だから何も心配することはない」

『許してくれるの?』

「何から許すのか、知らないけどな」

『僕も、良くわからないんだ』

「わからないものに怯えてるのか?」

『だって、エイダはすべての記憶を僕に譲ってくれたわけじゃない。エルを求める気持ちと、許しを請う気持ちが、僕の中に入ってる』

「中途半端だな」

『僕はエイダであり、エイダではないもの』

 生まれたばかりの精霊って言うのは、必ず親の精霊の感情や記憶に引っ張られるのか。

「じゃあ、お前はエイダとは無関係だ。だって、お前の名前はアンジュだろ?だから、エイダの記憶なんて全部忘れて、俺とやり直そう」

『やり直す?』

「そうだ。アンジュ。俺は、我儘で自分勝手だけど、ついて来てくれるか?」

『うん』

「じゃあ、今日からよろしくな」

『よろしくな』

 ようやく、笑った顔が見られたな。

「ほかの連中も、変な奴ばっかりだけど、みんな優しくて良い精霊たちなんだ。ちょっとずつでいいから、仲良くしてやってくれ」

『優しいのは知ってるよ。みんな、僕に声をかけてくれる。…でも、何て言ったら良いか、わからない』

「バニラみたいに無口な奴もいるよ。気にするな」

『バニラは、僕に気を使ってくれる。何も、喋れないのに』

「…そうか。あいつ、昔のこと思い出してるのかもな」

『昔のこと?』

「俺は、声を出す方法を忘れて、音を聞くこともできない時期があったんだ」

『喋れないし、聞こえない?』

「そう。その時に、俺に声をかけ続けてくれた人が居たんだよ」

『エルが、国境戦争で失った、フラーダリー?』

「そうだ。バニラは、フラーダリーと一緒に、俺をずっと見ていたはずだから。お前の様子も、気にかけてるんだろうな」

『バニラは、フラーダリーの精霊だったのか』

「あぁ」

『エル、帰ったぞ』

『ただいまぁ』

『戻ったよー』

『ただいま、エル』

『カミーユたちも来たようだぞ』

『アンジュ。ただいま』

『おかえり、みんな』

 アンジュが答える。

『ふふふ。エルと、何話してたのぉ?』

「お前らが薄情だから、アンジュに話し相手になってもらってたんだよ」

『何よ、追い出したのはエルじゃない』

「そうだったかな」

『今度は、アンジュも来いよー』

『そうよぉ。一緒に遊ぼうねぇ』

『うん。ありがとう、みんな』

 精霊たちが体に戻ってくる。

 あぁ。本当に賑やかだな。



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