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早朝。
「エイダ、頼みがある」
『嫌です』
まだ、何も言ってないんだけど。
「お前にしか頼めない」
『嫌です』
「俺は大丈夫だから」
『私が、簡単に引き受けると思ってたんですか』
「思ってた」
『連れて行ってくれると思っていたのに』
「わかるだろ」
リリーが、また、何かに巻き込まれないとも限らない。
『リリーは立派な剣士よ。エルだって負けたぐらい』
「強いことと、危険にさらされないことは違う」
『王都には、リリーを気にかけてくれる人がたくさんいるわ』
「気にかけてくれる人がいるからって、必ず守ってくれるとは限らない」
『どうしても、だめなの?』
「フラーダリーは、俺が居ない時に死んだ」
『知ってるわ。だから、私に残れって言うんでしょう』
「あぁ。…イリス、起きてるだろ?俺について来い」
『はぁ?』
「エイダがリリーを守る。お前が俺と一緒に来る。それで決定だ」
『ちょっと、ちょっと待ってよ、ボクがリリーから離れるわけには』
「いいから来い。エイダも、それで良いな」
エイダが顕現して、俺を抱く。
「どうして、エルはそう勝手なの」
「エイダ。俺は、自分の命よりもリリーが大切だ。わかるだろ?」
「私は、エルだけが大切な人間よ。たとえ世界が終わっても、あなただけは守る」
「俺はそんなこと望んでない」
「お願いだから、連れて行って」
「エイダ」
「私があなたを不幸にしているのに、償いすらさせてくれないというの」
「償いなんて必要ない。全部俺の責任なんだから」
「エル、お願い」
エイダの手を払う。
「イリス、行くぞ」
『え?え?何?ボク、行かなきゃいけないの?エイダ、どういうこと?』
エイダが俯く。
「わかりました。イリス、エルをお願い。約束するわ。あなたに代わって、リリーを守るって」
『ちょっと、そんな契約勝手に結ばないでよ。…もう!お前、勝手すぎるぞ!エル!』
「エル?…エイダ?イリス?」
リリーが眠そうに目をこする。
あ。起こした。
「おやすみ、リリー」
「ん…?」
キスして、体を横に倒す。
あれだけ酔っぱらっていたから、そう簡単に起きないと思っていたのに。
騒ぎ過ぎたな。
しばらく背中を撫でると、リリーはまた眠りについた。
『お前ってさ、本当にリリーだけ特別なんだな』
「……」
『わかったよ。ついて行く。エイダ、リリーを頼むよ。その代り、エルがエイダを呼び出したら、ボクはすぐリリーの元に帰る。エイダも、リリーがボクを呼び出したら、すぐにエルの元に行く。それで良い?』
「えぇ」
『エル、お前、最低だからな』
勝手なのは、知ってる。
「エイダ、ごめん」
「エル。無事に帰って来てね」
「俺は死なない。だから、リリーと一緒に待っていてくれ」
エイダが居れば、リリーは死なない。きっと。
「エル。…この子を連れて行って」
「この子?」
エイダが、腹部に手を当てて、その中から、赤い光を…、精霊を、生む。
「名づけを」
「俺が?」
「もちろん」
生まれたての炎の精霊が、こちらを見る。
「アンジュ」
『アンジュ』
炎の精霊が繰り返す。
『炎の精霊、アンジュ』
「契約を…」
「必要ないわ、エル。この子は、あなたと繋がりの深い精霊だから。契約なんてしなくても、力を引き出せる」
「炎の力を?」
「そう。…これ以上は、精霊の秘密。無事に帰ってきたら、教えてあげる」
精霊の、秘密?
「アンジュ、おいで」
『はい』
「よろしくな」
『よろしくな』
炎の精霊が、体に入る。
「いってらっしゃい。エル、イリス」
「ありがとう、エイダ。行ってくる」
『リリーを頼むねー』
階段を下りて、店に出る。
ルイスが、カウンターに突っ伏して寝ている。
カウンターには、荷物とサンドイッチと、コーヒー。
コーヒーは、まだ湯気が立ち上っている。
「……」
ルイスの脇に落ちている毛布を掛ける。
コーヒーを飲みながら、出かける準備を進める。
最低、か。
そうだろうな。
誰かに会うのが怖くて、こんな朝早くに出発するなんて。
カミーユにも悪いことをした。また、怒らせるだろう。
サンドイッチは、道中で食べよう。
空のカップの横に、メモを残す。
いってきます、と書こうとしてやめる。
別の言葉を書いてペンを置くと、音をたてないように、静かに外に出る。
空が黄金色に輝く。まだ太陽が地平線に居る時間。
みんなで飲んで、シャルロの家で話した後も、こんな空だったな。
暁。夜が終わって、朝陽が始まりを告げる時間。
リリー。
今から、会いたいなんて思っていたら、先が思いやられる…。
別れるのが辛くて、挨拶ができない。一緒に来て欲しい気持ちが強いから。
キャロルの泣いた顔も見たくないし、ルイスに辛い言葉を強いるのだって嫌だ。
危ない目に合わせたくないから、カミーユにも黙って出発してる。
最低。
わかってる。
エイダに全部押し付けたことだって。
エイダは、自分の罪の為に俺を守ることを誓った。
罪なんてないのに。
エイダだって、俺の運命に巻き込まれただけだ。
けれど、それも、もう終わらせる。
リリーが居るなら。
自分の運命も変えられるって、信じられるから。
「おはようございます、エルロックさん」
「おはよう」
王都、サウスストリートの果て、南大門。
「ご出発ですか」
「あぁ」
「少々お待ちください。…カミーユさん!エルロックさんが来ましたよ」
「え…?」
門番が、門の脇にある駐在所に向かって大声を上げる。
駐在所から、眠そうな顔をしたカミーユが出てきた。
「…お前、まだ陽も昇ってないぞ。早すぎだろ」
「昇ってるよ」
「ここに居て正解だったぜ。行くぞ」
読まれてた。
「お前、まさか俺に言ったこと、忘れてないよな」
「忘れてないけど…」
「もう休暇届は出してる。行くぞ」
大丈夫。
もう、誰かを失ったりしない。
「しょうがないな。足引っ張るなよ」
「引っ張るかよ」
門をくぐる。
「お気をつけて!」




