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「お前ら、喧嘩してるのか?」
「は?誰と誰が?」
「お前とリリーシアちゃん」
「してるわけないだろ」
何言ってるんだ。
っていうか。
「カミーユ。仕事はどうした」
昼休みには、まだ早い時間だ。
「仕事中だよ。薬品の買い出しだ」
「さぼりか」
「さぼりじゃねーよ。お前こそ、店番してるなんて珍しいじゃないか」
「珍しくないよ」
この前の休みだって、ここに居た。
ルイスにこの前教える約束をしていた薬のレシピを教えて、キャロルと店番を交代したところだ。
「聞いたぞ。リリーシアちゃんと決闘するって」
「は?」
「三番隊の連中が言いふらしてるぜ。明日、訓練場で決闘するって。いつからそんな話しになってるんだよ」
「それは俺が聞きたい」
いつから、そんな仰々しいことになってるんだ?
「デマだっていうのか?」
「リリーと戦うのは確かだけど…」
「その、レイピアで?だって、お前は絶対戦わないじゃないか」
その通り。
戦うつもりなんてない。初めから、相手に攻撃するつもりなんてないから。
「エル。何考えてる?なんで、今さらレイピアなんて引っ張り出してきた?」
「うるさいな。使うからだよ」
「使う?魔法を使うようになってから、お前は短剣しか持ち歩かないだろ。…ってことは、魔法を使わない?」
カミーユが俺の肩を掴む。
「お前、まさか、南に行くつもりか」
それだけのヒントで、良く答えにたどり着くな。
「なんでだ。なんで、今さらセルメアに行く必要がある。リリーシアのためか?」
「そうだよ」
カミーユは、俺の肩を掴んだままうなだれる。
「そんなに危険じゃないだろ。公式に、俺を追うことなんてできないんだから」
「非公式に追うことはできるだろ」
「それなら、相手してやればいい」
カミーユが顔を上げる。
「俺も行くぞ」
「え?」
「お前がどうしても行くって言うなら、俺も行く」
「何言ってんだよ。研究所はどうするんだ」
「心配するな。申請できる休暇は溜まってる」
「カミーユ」
「待ってるのはごめんだ。お前が死んだら、後悔する」
その気持ちは、わかるけど。
それはつまり、確実に危険に巻き込むことだ。
「わかったよ。俺がリリーに負けたら連れて行く」
「負けたら?どういうことだ?」
「リリーはセルメアに行きたくないんだ。だから、俺が勝ったら無理やり連れて行く。リリーが勝ったら、カミーユと行くよ」
「やっぱり喧嘩してるんじゃねーか」
「してないよ」
「まぁ、いいや。お前が勝てると思わないし」
ようやく、カミーユは俺の肩を離す。
「どういうことだよ」
「一瞬の迷いを、剣士は見逃さない」
「何を迷うっていうんだ?」
「それは明日のお楽しみ、だ。俺は旅支度でもしてるかな」
「俺は負けないぞ」
「負けないのと、勝つのは同義じゃない」
そう言って、カミーユは店を出て行った。
薬品の買い出しじゃなかったのかよ。
「エル、セルメアに行くの?」
「ルイス、キャロル」
二人が店の奥から入ってくる。
そして、キャロルが俺に抱き着く。
「エル、また、どこか行っちゃうの?」
「そんなに危険なの?セルメアって」
「…大丈夫だよ。心配するな」
ルイスとキャロルの頭を撫でる。
「リリーと一緒に、みんなで暮らすんじゃなかったの?」
そう、思わせてたのか。
「僕らは、もう二度と親を失いたくないよ」
「エルぅっ」
キャロルが泣きだす。
「俺は死なないよ。ルイスに教えてないことも、まだたくさんある。ほら、キャロル。泣かないで。せっかくの可愛い顔が台無しだ」
屈んで、キャロルの涙を拭く。
「信じてるよ、エル」
「私、ちゃんと待ってるよ」
「あぁ。心配しないで」
キャロルを抱きしめて、涙が止まるまで頭を撫でる。
「大丈夫だよ」
だめだ。
大切に想えば想うほど、泣かせてしまうんだ。
未だに上手い距離の取り方が見つからない。
悲しませたいなんて思ってないのに。
どうして。俺は誰も幸せにできないんだ。
「今日は店じまいにして、一緒に出掛けるか」
「お出かけ?」
「…良いの?剣の稽古しなくて。リリーシアは今日も守備隊のところに稽古に行ってるよ」
「良いよ。明後日には出発するから、今日一日、のんびりしよう」
「うん」
「うん!」
※
勝てる、かな。
自信がない。いかに、奇策を取って、背後に回れるか。
たぶん、背後に回ることができれば。
「ただいま、エル」
リリーが部屋に入ってくる。
「おかえり、リリー」
「早いね。もう寝るの?」
「眠れるかな」
「眠れない?」
リリーが隣に来る。
「眠れないかもしれない」
「私も。ドキドキしてる。いつもの勝負と違う。たった、一撃で決まってしまうから」
「リリーは俺に勝つ自信があるのか?」
「ないよ。今まで、一度もエルに当てられなかった」
「俺だってそうだ」
「エルは余裕じゃないか」
余裕なんてない。
「そうだ。あのね、決闘の場所が、三番隊の訓練場になったんだ。あんまり派手にやると迷惑になるから、貸してくれるって」
「あー。一般人に迷惑かけられないからな」
下手したら、守備隊が出る騒ぎになるだろう。
「訓練の邪魔しちゃいけないから、昼休みの時間を借りることにしたんだ。だから、正午きっかりに開始するよ」
十分、邪魔してるけど…。リリーの場合、三番隊の連中も訓練になるから良いのか。
「わかった」
どうせ、ガラハドも見物に来るんだろうな。
「なんで、一緒に行きたくないかは、まだ話せないのか?」
「私が勝ったら、教えてあげる」
「なんだよそれ」
「だって、エルが勝ったら、一緒に行かなくちゃいけない。そしたら、理由に意味がなくなる」
「なくならないよ。俺が知りたい」
「じゃあ、終わったら教える。…笑われちゃうかもしれないけど」
どんな理由だ?
「じゃあ、ついでにジョージがなんなのかも教えてもらわないとな」
「か、関係ないよ」
「全く教える気がないよな。リリーの恋人だったのか?」
「違う。全然、違うよ。…私の恋人は、私の好きな人はエルだけ。今までも、これからも」
「…リリー」
リリーの言葉に、翻弄される。
こんなに感情が動くなんて。
「エル?」
リリーの肩にもたれかかる。
苦しくて。
嬉しくて仕方がないのに。
嬉しい、の一言が言えないぐらい。
「どうしたの?」
「幸せだ、って思って」
リリーが俺のことを好きでいてくれて。
「うん。そうだね。私も幸せ」
リリーが俺の頭にもたれかかって、手を繋ぐ。
「このまま、時間が止まればいいのに」
「二人で、琥珀に閉じ込められようか?」
琥珀。
氷の中に閉じ込められたリリーのイメージが蘇る。
「一緒なら、それもいいかな」
「銀の棺みたいだね」
氷の精霊と、炎の精霊が手に入れた、永遠に一緒に居る方法。
「やっぱりだめだ」
「だめ?」
「一人だけ奪われたら、辛いから」
「一緒に居るのに?」
「琥珀を見つけた相手が、二人一緒にしてくれるとは限らない」
現に。封印の棺は…。
「でも、もしそうなったら、絶対探し出すよ」
「見つけるよ。たとえどんなに離れていても」
あれ?
それなら、氷の精霊と、炎の精霊は…?
「トリオット物語みたいだね」
「え?」
「トリオット物語は、愛し合う二人が引き裂かれるところから始まるんだよ。女性の方が殺されて、棺に閉じ込められて、東の果てに連れて行かれる」
確か、銀の棺がモチーフだったな。
「けれど、殺されたはずの彼女は実は死んでいなくて。連れて行かれた東の果てで目覚める。そして、恋人を求めて西を目指すんだ。一方で、そんなことは知らずに、彼の方は、死んだはずの彼女が入っている棺を求めて、東へ赴く」
死んだはずの人間が復活する…?
「それで?出会えたのか?」
「まだ出会えていないよ。途中、彼の方は棺までたどり着くんだけど、棺が空っぽで、彼女が旅に出たことを知るんだ。彼女の方も、故郷に帰って、彼が自分を探していることを知る。物語の中でも、会いそうで会えないってことが何度もあって。最新刊では、同じ町に居たのに、結局、会えなかった」
「すさまじいすれ違いだな」
「うん。いつか、出会えると良いな」
きっと、それが物語の終わりなのだろう。
「出会えるよ。一緒に居たいと願っているなら」
リリーが顔を上げる。
「エル、ごめんなさい」
「ん?」
「本当は、一緒に行きたい」
顔を上げて、リリーを見る。
「でも、だめなんだ」
「いいよ。リリーが俺のことを好きでいてくれるのは、わかってるから」
「ずっと一緒に居るって約束したのに」
「一緒に居るよ。どこに居ても。リリーのことを考えてるから」
「私も、エルのことを考えてる」
リリーの頬を撫で、口づける。
「俺が勝てば、ずっと一緒だ」
「負けないよ。負けられないんだ」
顔を見合わせて笑う。




