23
「エル!ようやく顔出したわね。帰って来たのに、挨拶一つないってどういうことよ!」
「悪かったよ」
黄金の巻き毛に、珍しい桃色の瞳の女性。
王都でも有名な伯爵の令嬢にして光の魔法使い。彼女の名前はマリアンヌ。
『落ちつけ、マリー』
メラニーの声。
『そうよ。いつものことじゃない』
もう一つ。聞こえるのは、マリアンヌと契約している光の精霊の声。
「久しぶりだな、ナインシェ」
お互いに契約に立ち会っているから、メラニーの声はマリーにも聞こえるし、ナインシェの声は俺にも聞こえる。
『そういえば、エルには挨拶してなかったね。おかえり、エル』
「ただいま」
『マリーは相変わらずよ』
「相変わらずって何よ」
「ほら、機嫌治せよ。土産だ」
マリーに、銀の棺と茶葉を渡す。
「リリーから聞いてるわよ。いくら?」
「いや、代金はいいから、頼みがある」
「頼み?」
「王都の案内と、衣装選びを頼みたい」
「それって、リリーの?」
「あぁ」
「いいわ。まかせて」
『楽しそうね』
機嫌を直して、マリーは意気込む。
「今日はリリーと遊ぶのに、一日休みを取ったのよ。そういえば、リリーはどこに居るの?」
「台所に居るんじゃないか?ルイス、呼んできてくれ」
ルイスは奥の扉を開いて家の中に入る。
「今日はずっと店番してるの?」
「いや、出かけるよ。調べ物もあるし。…今夜はパッセの店に集まるんだろ?」
「何?それ」
「カミーユが言ってたぜ」
昨日の夜だから、おそらくマリーには伝わっていないだろうけど。
「ほんと、勝手に決めるんだから。っていうか」
マリーが俺の両頬を引っ張る。
「どおして、カミーユと先に会ってるのよ!」
「いってぇな。あいつが勝手に来たんだよ」
「私の方が心配してたのに」
「もう心配されるようなことはないって」
「…本当に?」
「ちゃんと帰ってきてるだろ」
「年末には、王都に居なさいよ」
「さぁ、どうかな。年明けには居ると思うけど」
奥の扉から、リリーとルイスが入ってくる。
「リリー、迎えに来たわよ」
「マリー」
リリーがマリーの傍に行く。
「そうね、リリー。その鎧と剣は置いていきなさい」
「え?」
「戦いに行くわけじゃないのよ。遊びに行くの」
「でも…」
「リリー、鎧は置いて行け」
どうせ、リュヌリアンは手放したくないだろうから。
少し悩んで、リリーは鎧とガントレットを外す。
「いいわ。さ、行くわよ」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
『またね、メラニー、エル』
リリーがマリーと出て行く。
「さてと。俺も出かけるかな」
身軽なマントを羽織り、フードを被る。
盗賊ギルドに行くのに、あまり目立ちたくはない。
「昼は帰るの?」
「んー」
今日のスケジュールを組む。
「昼は帰る。午後から王立図書館に行って、まっすぐパッセの店に行くよ。…リリーも行く予定」
「わかった。いってらっしゃい」
「あぁ、行ってくる」
そう言って、外に出る。
『エル、行ってくる』
「あぁ。俺も後から行くよ」
『わかった』
『私も出かけてくるわね』
バニラが行くところはわかるけど。
ナターシャは、一体どこをふらふらしてるんだ?
『エル。魔法を使うときは気をつけるんだぞ』
「え?」
『今日は、みんな出かけてる』
みんな?って、精霊たち?
「なんだよ、それ。ユールもジオも居ないのか?」
『あぁ。今朝から出かけてる』
全然気が付かなかった。
「別に、魔法を使う予定はないけど。…あいつらも王都が好きなのかな」
『エルの故郷は、私たちの故郷になるからな』
「…王都が故郷なんて、思ったことないぞ」
『帰るべき場所を、故郷と呼ぶんじゃないのか?』
「帰るべき場所…?王都は、ただの拠点だよ」
『家族が居て、友人もいるのに、か?』
「俺には故郷なんてない」
ずっと昔に。なくしたままだ。
盗賊ギルドは、街の中心部にはない。町の西の外れにあるギルドに足を運ぶ。
「フリンは居るか?」
「フリン、客だぞ」
ギルドの中に入っていくと、見知った顔がカウンターに顔を出した。
「エルロックじゃないか。何か探し物か?」
フリンに、ディーリシアの絵を見せる。
「この女を探してる」
「なかなか美人だな。緑の髪なんてこの変じゃ珍しい」
「あぁ。見たことないか?」
「さてねぇ…」
フリンは首をひねる。
「緑の髪の女?」
カウンターの隣に座る男が、絵を覗く。
「この女、知ってるぜ」
「本当か?」
「あぁ。西から来た女剣士だろ?」
西。グラシアルの方から来た、剣士。かなり信頼できる内容だ。
「いつ、どこで見た?」
「いつって…。結構前だぜ?国境で戦争してた頃だ。傭兵をやってるらしくて、仕事を探しに南に向かった」
国境戦争?ラングリオンとセルメアの?
それって、二年も前じゃないか。
「そうか。見たのは、それが最後?」
「あぁ」
もしかしたら、まだ情報が得られるかもしれない。
「フリン、この女の情報を集めてくれ。名前は、ディーリシア・マリリスだ」
「…ディーリシア?」
「あぁ。前金だ」
銅貨を十枚渡す。
「急ぐのか?」
「いや、急がない。正確な情報が欲しい。報告は、最低でも月に一回、店に頼む」
「了解。…まぁ、傭兵の情報なら、すぐに引っかかるぜ」
フリンと別れ、盗賊ギルドを後にする。
ディーリシアはラングリオンに来ている。
戦争を求めて旅をしているのなら、どこに行く?
でも、ここ最近オービュミル大陸で戦争が起きているという話しは聞かない。
この大陸に居ないとしたら、探すのに相当手間がかかる。
足取りがつかめれば、大陸を出たかどうかがわかるかもしれないが。
今度は、花屋へ。
「久しぶりだな、フローラ」
「エルロック。お帰りなさい。帰ってるって聞いたわ」
「あぁ」
「いつものブーケね?」
「頼む」
「今作るから待ってて。ちょうど、素敵な百合があるの」
フローラが、手際よく花を選ぶ。
「可愛い女の子を連れてきたんだって?」
「どういう噂が立ってる?」
「恋人を連れてきたって。奥さんだったかな。一緒に暮らしてるんでしょ?」
「一緒に居るけど、結婚はしてないよ」
「新しい養子?」
冗談じゃない。
「ルイスですら、養子にするならギリギリって言われたんだぞ」
ほとんどアウトだったが、弁護士のシャルロが押し通してくれたのだ。
「そうよね。エルロックには、いつもびっくりさせられる」
「誰かをびっくりさせるつもりなんてないけどな」
「ふふふ。そう思ってるのは、あなただけじゃないかな。はい、できた」
百合の花が三本入った可愛らしい花束。
「綺麗だな」
花の代金を渡す。
「じゃあ、また来てね。彼女に渡すプレゼントに迷ったら相談して頂戴」
リリーは、花が好きだろうか。
リリーのイメージは、この百合ではないな。
もっと、強く。凛と上に向かって咲く、アヤメ。
『エル。来たか』
バニラの声。
「あぁ。少し遅くなったけれど」
彼女の眠る墓へ、花を添える。
墓には真新しい花がもう一つ、添えてあった。
「誰か来たのか?」
『来た』
「そうか」
『ここにはもう、フラーダリーの魂はないというのに』
「お前も来るじゃないか」
『当然だ。私も人間の気持ちに寄り添いたい』
「お前も難儀な奴だな」
フラーダリー。
ここには、バニラの昔の主が眠っている。
俺を、ラングリオンに連れてきて、世話をしてくれた恩人。
「あれ…?」
墓の文字が、削られている。
「誰が、こんなことを?」
『知っている』
「誰なんだ?」
『教えない』
「なら、言うなよ」
『何故、エルロックの名を削ったんだ?』
バニラが問う。
フラーダリーが眠る墓に刻んだのは彼女の名前だけではない。
エルロック。自分の名前も刻んでいた。
それが、削られている。
「なんで、お前、俺の名前が読めるんだよ」
『契約者の名前ぐらい読める。散々見てきた同じ文字だ』
「…そうか」
そうだろうな。あちこち旅をしている間、ギルドで依頼を請け負うたびに書いてる文字だ。
「何で、だろうな」
『わからないのか?』
「本人に聞いてみないと」
『エルはここに居ない、と』
「…誰だ」
知っているやつに違いない。
『黙秘する』
「強情な奴だな。まぁいいよ。名前なんて、あってもなくても同じだ」
『それなら、どうして自分の名前を刻んだ』
一緒に、死にたかったから。
「もう忘れた」
『愚か者』
なんで、あの時死ななかったんだろう。
死ぬのが怖いわけじゃなかったのに。
でも、そのおかげで、今ここに居る。
『エル。お前に聞きたい』
「ん?」
『人間は儚い。その短い時間で、最も時間と労力をかけるもの。本当に大切なものならいくらでもあるのに、それらを無視してでも、叶えたい願い。愛とは、なんだ?』
まるで詩人だな。
「お前の言葉、そのままだよ」
『フラーダリ―が死んだのも、愛の因果か』
「あぁ。俺の責任だ」
俺がフラーダリーを愛さなければ、フラーダリーは死ななかった。
『フラーダリーが最も愛していたのはお前だ。お前の為に、その魂を捧げたのならば本望だろう』
「それでも」
『相容れないな。複雑だ』
「そういうものだよ」
『そうか』
リリーから聞いた銀の棺を思い出す。
氷の精霊と炎の精霊。
二つの精霊は愛し合っていたはずだ。精霊だって、愛が理解できるだろう。
『エル。お前はリリーに何を求めるんだ』
「何も求めないよ。一緒に居たいだけだ」
『愛は求めるものじゃないのか』
俺はリリーを…。
「奪うものじゃない」
『何が違う』
「全然違うよ」
『その心を欲しいと思わないのか』
リリー。
愛してる。
もし手に入るのなら、そのすべてが欲しい。
けれど。
「もう、泣かせたくないんだ」
俺はリリーを泣かせてばかりいるから。
本当に、傷つけてばかりいる。
それなのに、リリーは一緒に居てくれると言ってくれた。
これ以上、求めるなんて。
『エル。お前に助言しよう』
「助言?」
『そう。私は、大地の精霊。大地に眠る癒しの力で、人間の傷を癒せる』
「え?そうなのか?」
『フラーダリーは、私の力で、動物と話すこともできた』
「すごいな」
それは、絆の深さなのだろう。
『使ってみろ。大地に眠る種子を、芽吹かせるんだ』
大地に手をつく。
癒しを…。そんなの初めてだ。難しいな。
『フラーダリーは、私の力を愛に近いと言っていた』
それは、癒しというよりは。
大地の…。
イメージするなら、育む力?
体の底から湧きあがるような…。
大地から、草が、花が生える。
「これが、大地の癒し?」
『そう。きっと、役に立つ』
「ありがとう、バニラ」
『私はお前を気に入っている。フラーダリーの次に』
それこそが、愛だろう。
※
王立図書館。
「どのようなご用件でしょうか」
「呪術関連の本を調べてる。禁書の間に入りたい」
「申し訳ありません。一般の方は…」
「いいから鍵を寄越せ」
「できません」
「じゃあ、勝手に入るぞ」
「お、お待ちください。今、館長を呼んでまいります」
受付嬢が館長を呼びに行く。
図書館にリリス関連の呪術書があった覚えはない。もしあるなら、裏だろう。
「おや、エルロック。また何かやらかすつもりか?」
「しないよ。ただの調べものだ」
「禁書の間に入るには、手続きが面倒なんだぞ」
「書類にサインするだけだろ?」
「…まったく」
館長が書類を出す。所属と使用目的…。なんて書くかな。
名前の場所にだけサインをする。
「いいか、禁書の間では魔法は厳禁、持ち出し厳禁…」
「わかってるって。理由はそれっぽいの頼む」
「館長、申請には二日かかりますよ」
「いいんだよ。ほら、鍵だ」
「ありがとう」
館長から鍵を受け取って奥に入る。
「あの人、一体何者ですか?」
「所属は魔法部隊だから問題ないだろう」
「見たことありません」
そりゃあ、魔法部隊の活動にはほとんど参加してないからな。
関係者以外立ち入り禁止の扉を抜け、その奥にある扉に鍵を差し込むと、魔法の封印が解けて、扉が開く。
中に入って、内側から鍵をかける。
これで、もう一度扉の封印が施されたはずだ。
呪術関連の本はどこだったかな。それとも、悪魔関連の本を探すべきか…。
※
吸魂の悪魔、リリス。
千年ほど前に実在した女性。
地方の村娘だったが、あまりにも美しい姿をしていたために、若干十二歳で公爵の妾となる。
公爵はリリスの虜となり、リリスの為に多くの貢物を送ったが、リリスが公爵に心を開くことはなかった。
三年後、リリスは公爵の怒り(公爵の妻や愛人に嵌められたという説が濃厚)を買い、火刑を言い渡される。しかし、リリスは刑の執行の当日、行方をくらませた。看守が手引きをしてリリスを逃がしたのである。
十年後。公爵の元を、記憶を失った一人の若い娘が訪れる。娘は、十五歳のリリスと全く同じ容姿をしていた。誰もが気味悪がったが、公爵はこの娘をリリスと呼び、喜んで娘を受け入れた。しばらくして、正妻を亡くした公爵は、迷わずリリスに求婚し、リリスはこれを受け入れた。
娘は何年たっても美しいまま、公爵の傍に寄り添っていた。
その間、公爵の治める地域では、次々と怪奇現象が報告される。村の男たちが、働かなくなったというのだ。男たちは皆、魂が抜けたように地べたを這い、うわ言のように、リリス、と呟く。畑は荒れ、資源の運び手も消え、村は野党の脅威にさらされた。
事態を重く見た公爵は、調査を開始したが、解決方法は見えてこない。
そこに、一人の勇者が現れる。
光の精霊に祝福された勇者は、仲間と共に原因の解明を急ぐ。
そして、公爵の傍らに居る美しい娘の正体を知る。
彼女は、最初に公爵の妾となったリリス本人だった。
彼女は火刑を言い渡された直後、ある精霊と取引を行い、悪魔の能力を身に着けたのだ。
一つは、人間の生気を吸う秘術。リリスはその力で、永遠に衰えないのだ。
もう一つは、呪いの力。リリスはその力で、美しい娘を見つけては呪いをかけた。
呪いを受けた娘は、リリスと同じように人間から生気を奪う傀儡となり、人間の女性としての能力、すなわち子供を産む能力を奪われた。
一説には、リリスと同じように、その美貌のせいで地主に略奪されることを恐れた娘が、自らその力を欲しがったとも言われている。
ある満月の夜。月の女神の力を借りて、光の勇者はリリスを討伐した。リリスは最後、炎で焼かれ、その灰は大海に流されたと言われている。
リリスが死んだことで、娘たちの呪いは解かれ、やがて男たちの生気も元に戻り、平和が戻った。
しかし、悪魔に列せられることになったリリスの魂は死者の世界には赴かず、今も現世をさまよっていると言われる。
※
今。リリスが悪魔召喚されて、どこかに居るのは間違いない。
どんな精霊が力を貸したのかは知らないが、その精霊が、同じような力を他の誰かに与えたとは考えられない。自然に反し、悪魔の魂を作ってしまったのは、精霊では居られないほどの罪だ。
おそらく、その精霊はすでに自然に還っているだろう。
そして、リリスの死によって、すべての呪いが解放されるならば、リリスは今もどこかで生きている。
グラシアル。プレザーブ城に居るに違いない。
リリーに呪いをかけたのは、リリス自身。
けれど、イリスが言っていたのはどういうことだ?俺が、リリスの呪いを解く?
リリスはこの千年の間に、何度か召喚されているが、どれだけ調べても、リリスの呪いを自力で解いたという話しは見つからない。
「エルロック」
禁書の間に、声が響く。
「レティシア」
「何をやってる」
レティシアは不機嫌そうに俺に近寄ると、散らかった本を手に取る。
「見ての通り、調べものだ」
「魔法部隊の名前を勝手に使って禁書の間に入るとは、どういうことだ」
「表にはないんだから仕方ないだろ?」
「私情で、国の大事な書庫に入るとは、どういうことかと聞いている」
レティシアは、本を一冊一冊、もとの棚に戻す。
「説教なら聞かないぜ。嫌なら除名でもすればいい」
「除名はしない」
「義理堅いことだ」
「それはお前だろう。学費を返納すれば兵役の義務など回避できる」
「面倒なんだよ」
「…この間は、助かった」
この間って、リリーが巻き込まれた時のか?
「お前の大切な人を巻き込んですまなかった」
「謝るのが遅いんだよ」
「私は隊長だ。あの場でお前に謝ることも、感謝することもできない」
わかっている。
「もう少し肩の力を抜けよ」
「夢をかなえるまでは、手を抜くつもりはない」
「手じゃなくて肩だ」
「屁理屈を」
言いながら、レティシアは床の本をすべて棚に戻し終える。
後は、俺が持っている一冊のみ。
「エルロック、一度ぐらい訓練に顔を出せ。示しがつかない」
「訓練ですることなんてないだろ」
「私は人に教えるのが苦手だ。何もかも、自分でやった方が早い」
「それじゃ人は育たない。フラーダリーがやっていたようにやればいい」
「あの人のようには、なれない」
レティシアが俯く。
「別に、フラーダリーになれって言ってるわけじゃない」
「それでも、あの人の夢を、潰すわけにはいかない」
フラーダリーの夢。王都に魔法部隊を作り、常駐させること。
いまだに魔法部隊は寄せ集めで、その存在に疑問を投げかける者も少なくない。
王都には鉄壁の守備隊が居る。守備隊さえ居れば、王都は安全だからだ。
「潰したところで、誰も責めないだろ」
「私が、私を許せない」
「じゃあ、俺が許す」
レティシアが眉をひそめて俺を見る。
「お前が魔法部隊を潰しても、俺が許してやる。だから、そんなこと心配しないで、やりたいようにやれ」
「お前に許されても、私は嬉しくない」
レティシアは踵を返す。
「レティシアが頑張ってるのは知ってるよ。フラーダリーは魔法部隊を守備隊と同じレベルの常駐部隊にしようとしていた。だから、お前が、その意思を引き継いでくれたことに感謝してる。でも、それを義務にして欲しくない。フラーダリーだって、そう思うに違いない」
「あの人は。…一生、私の憧れなんだ」
もう、ここには居ない人。
「死んだ人間は帰って来ない」
「お前がそれを言うのか」
「憧れてどうする。目指すのはその上だろ」
「私は…」
「やりたいようにやれ。お前は一人じゃない。皆、レティシアについて行ってるんだから」
「…隊長と呼べ、と言ってるだろう」
「呼ばせてみろ」
多分、一生呼ばないけど。
「そろそろ閉館の時間だ」
「そうか」
持っていた本を、棚に戻す。
「悪魔について調べてたのか?」
「いや、リリスの呪いについて」
「リリスの呪いか。それをモチーフにした小説があったな」
「小説?」
「あぁ。眠り姫の恋物語」
また、恋物語か。
「お前も、そういうの読むんだな」
「…どういう意味だ?」
「俺には縁のない話だ、と思って」
※
パッセの店に着く頃には、もう完全に陽が落ちていた。
「よぅ、エルロック。一人かい?」
「まだ誰も来てないのか」
周囲を見回すが、カミーユたちは来ていない。
「あ。酒、渡してなかったな。グラシアルから良いのを買ってきたんだ」
袋から、酒を取り出す。
クアシスワインとセロラワイン。酒を入れる布は、普段使っているのとは違う製法で編んだもの。
とにかく、気を付けて出さないと、瓶が割れる。
「どれぐらいあるんだ?」
「十本ずつ、計二十本」
「そりゃ時間がかかりそうだな。あっちに空のケースがあるから、入れて行ってくれ」
「わかった」
カウンターの中に入り、調理場の隅で一歩ずつ取り出す。
取り出したものは、一本ずつケースに収めていく。
「代金は、いつも通りでいいのか?」
「あぁ」
一本、二本…、
「いいかげん、自分の名前を出せばいいのに」
「うるさいな。面倒なのは嫌いなんだ」
「はいはい」
三本、四本…。
「いらっしゃい。マリアンヌお嬢さん。そっちは?」
「私の新しい彼よ」
「…マリー。茶化さないで」
マリーとリリー?
「女の子じゃないか。はじめまして、かな?」
「はじめまして。リリーシアです」
「っていうか、まだ誰も来てないの?」
「あぁ、約束してたのか。…お。もう一人来たようだぜ。いらっしゃい、カミーユ」
「まさか、リリーシアちゃん?…いいねぇ、その姿も男心をくすぐるぜ」
「カミーユ。リリーに何したの?怖がってるじゃない」
「目の前に美しい女性が居て、口説かないなんて男じゃないだろ?」
「本当、馬鹿な男。シャルロは?」
「あいつもそろそろ来るんじゃないか?パッセ、あそこの席使うぜ」
「了解。なんかつまみでも持っていくか?」
「あぁ、適当に頼む。…あれ?」
「どうしたの?カミーユ」
「先にテーブルに行っててくれ。酒を選んでくる」
「わかったわ。行きましょう、リリー」
残り三本。
「わっ!」
急に背中を叩かれる。
「な、」
持っていた酒の瓶が落ちる。幸い、瓶は割れなかった。
「カミーユ」
後ろでカミーユが、笑いをこらえている。
「悪い悪い。先に来てたんだな」
「割れたらどうすんだよ」
「それは?」
「グラシアルから買ってきたワイン」
「へぇ、美味そうだな。一本開けようぜ」
「パッセ、開けていいか?」
「あぁ、好きにしな」
パッセの了解を得て、持っていた一本をカミーユに渡す。セロラワインだ。
カミーユは自分のナイフを使って器用に栓を抜くと、コルクの香りを嗅ぐ。
「いい匂いだ。お前、本当にグラシアルまで行ってきたんだな」
「あぁ」
「で?何しに行ってきたんだ?」
「俺の勝手だろ」
残りのワインも出し終わる。
「連れないやつだな」
「あ」
そういえば、アリシアからもらった本。カミーユとシャルロも興味あるだろう。
「後でいいもの見せてやるよ」
「どうせ珍しい古文書だろ」
カミーユは瓶に口をつけてワインを飲む。
「お前はもっと、女に興味を持て」
「どういう意味だ」
「魅惑の美人特集、なんて情報だったら喜んで飛びつくぜ」
ポールに頼めば、すぐに取り寄せられそうだけど。
「リリーシアちゃんだって、どうせ飼い殺しにするんだろ」
「飼い殺し?」
カミーユは瓶で俺の頭を小突く。
「その気にさせておいて捨てるって意味だよ」
「リリーは俺のことを好きなわけじゃない」
「そんなわけないだろ。じゃあ、なんでついてくるんだ」
「俺が連れてきたんだよ。好きだから」
カミーユが、飲んでいたワインを俺に向かって吹き出す。
「う、わっ、何するんだよ」
袖で顔を拭う。
「お前、今、なんて言った?」
「何って?」
「本当なのか?お前が、その、リリーシアちゃんを、」
「うるさいな」
「なんていうか…。フラーダリーとは全然違うタイプだな」
「なんでフラーダリーが出てくるんだよ」
「お前はフラーダリーのことが忘れられないんだと思ってた」
「忘れるわけないだろ?」
「え?」
「何言ってるんだ?」
「…割としょっちゅう、お前の感覚がわからないぜ」
カミーユが肩を落とし、ワインをあおったところで、座っていた場所に影が落ちる。
「何やってんのよ、そんなところでこそこそと」
「マリー」
「シャルロも来たわよ。早くこっち来なさい」
立ち上がって、マリーについて行く。
「二人して、先に飲んでるだなんて、失礼しちゃうわ。こっちは待っててあげてるのに」
「飲んでるのはカミーユだけだ」
「エルも酒臭いじゃない」
「カミーユのせいだよ」
っていうか。リリー。なんて恰好してる。
「おい、マリー。あれはなんだ」
「あ、ようやくお披露目できるわね。かわいいでしょ?」
「なんで、男装なんてさせてるんだよ」
ラングリオンでは一般的に、男性が着る服。ネクタイに眼鏡までかけて。何考えてるんだよ。
背が低いし、体つきも華奢だから、男には見えないけれど。
あぁ、でも。その髪型は良い。左側に細くとった髪を巻いてある。
耳が綺麗に見えているから、イヤリングでもつけたら…。
「だって、リリーったらスカートを嫌がるんですもの。なんだか、嫌な思い出があるみたいよ」
たぶん、俺のせいだな…。
可愛い恰好の方が似合うのに。
「普段着られるような服は、エルの家に送るように頼んできたわ。ちゃんと女性向けの奴よ」
「そうか。助かる」
「久しぶりだな、エル」
左目に銀のモノクルを付けた、赤毛の男が言う。
「シャルロ」
「どっかでくたばってるのかと思ってたのに。残念だな」
「勝手に殺すんじゃねーよ」
シャルロの隣の席に着き、テーブルの上のナッツを指ではじいて、口に入れる。
「相変わらず行儀の悪い奴だな」
「せっかく良いワインが手に入ったんだ。喜べよ」
「カミーユが飲み干した、あれか?」
「お前、もう、一本飲み干したのか」
「酒と女は人生をバラ色にするんだぜ。ほら、もう一本持ってきてるから心配するなって」
俺の隣に座ったカミーユが、もう一本開ける。
「グラシアルのワインなの?」
「あぁ。直輸入だぜ。…どっち持ってきたんだ?」
「ええと。クアシスワイン、か?」
「お前がさっき飲んだのと違う奴だ」
カミーユがグラスにワインを注いでいく。
「よし。それじゃあ、諸君。エルとリリーシアちゃんの帰還に、乾杯」
グラスを合わせて、ワインを飲む。
良い味だ。
「…私も?」
「そうよ」
「えっと…」
「あ、そうだ。エル、今夜はリリーを借りるわよ」
「借りる?」
「そうよ、私の家に連れて帰るの」
「良いけど、一人にするなよ。信じられないぐらい方向音痴だから」
「えぇ。それはわかるわ」
マリーがくすくす笑う。
「前よりは、ましになったと思う」
「じゃあ、北がどっちか言ってみろ」
リリーが指した方角は、西。
それを見て、皆が笑う。
「でも、エルの家の場所は、覚えてる」
「そうね、王都に居れば、わかりやすいんじゃない?」
「北に王城、中央に大きな広場。そこから東西南に延びた広い道の先に大門がある。エルの家は、南大門に続くサウスストリートから、職人通りに入ってすぐだ。迷ったら、サウスストリートを探せばいい」
「職人通りの反対側にあるマンダリン通りには、美味いコーヒーを出す店があるんだぜ。リリーシアちゃん、今度…」
「残念ね。リリーは紅茶派よ」
「城は北に立てることが多いの?グラシアルもそうだ」
「あぁ。城門が南になるからな。一日中日の当たる方角だ。国王が挨拶するにしても、凱旋行進するにしても、日陰になるのは避けるだろ」
「そうか。プレザーブ城も、北に立っているから美しいんだろうな」
「ちょっと失礼」
パッセがやって来て、テーブルに料理を並べていく。
トマトとローストビーフのサラダ、野菜のキッシュに魚介のマリネ、魚のテリーヌが並ぶ。
「この、ケーキみたいなのは?」
「キッシュだよ。まぁ、作り方は菓子と似たようなもんだ」
「そうなの?でも、パイだものね。同じなのかしら」
「甘いの?」
「甘いわけないだろ」
すでに切り分けられているキッシュを口に運ぶ。
「そういえば、リリーに菓子を作ってもらう約束だったな」
「え、っと…」
「リリーはお菓子作れるの?」
「そんなに得意じゃないんだけど」
「私も食べたい。すごく甘い奴、お願いね」
「何言ってんだ。俺が先に頼んだんだよ」
「エルなんて甘いもの食べないじゃない」
「うるさいな」
「マリーは少し、料理を習った方がいいんじゃないか?」
「嫁の貰い手がないぞ」
「失礼ね。料理なんて一生しなくたって平気よ」
「キッシュの説明もできないなんて、問題があると思うぞ」
「おいしければ何でも良いじゃない。テリーヌに使われてる魚がサルモってことぐらいわかるわよ」
たぶん、サルモだけじゃないと思うけど。
リリーの空いたグラスにワインを注ぐ。あ。空になった。
「カミーユ、酒が足りない。何か美味いの持って来いよ」
「お。勝負するか」
「しない」
「やめろ」
「やめなさい」
「…お前ら仲良いな。そういや、リリーシアちゃんは大丈夫か?そろそろノンアルコールにするかい?」
「あ、はい」
「オランジュエードで良い?」
リリーは頷く。
「待ってな」
カミーユは空いた瓶を持ってカウンターに行く。
「カミーユさんって、良い人?」
「あいつは馬鹿で、一番気が利く男よ」
「エルの尻拭いは、たいていカミーユがやってるからな」
本当に。俺なんかと一緒に居るなんて、物好きな奴だ。
「勝負って何?」
「飲み比べだ。先に倒れた方が負け」
「聞いたわよ。二人で馬鹿みたいに飲んで、終わった後は、吐いて大参事だったって」
「後の処理をしたのは誰だと思ってる」
「悪かったよ、シャルロ。俺だって、もう二度としたくない」
本当に。酷い目にあった。
「どっちが勝ったの?」
「カミーユよ」
「エルが負けるなんて、想像つかない」
「あら、リリーの評価は高いのね。エルを負かすのなんて簡単よ」
「どうするの?」
「魔法を使う前に殴るの」
「ええっ?」
驚くリリーを見てマリーとシャルロが笑う。
こうして見ていても。リリーはごく普通の娘なのに。
ごん、っと瓶が頭にぶつかる。
「いってぇな」
「あぁ、悪い悪い。マリーがエルを殴れって言った気がして」
「言ってないわよ」
「ほらよ、ラングリオンって言ったら、やっぱり白だろ」
カミーユから受け取ったワインの栓を、真空の魔法で抜く。
ポン、っと音を立ててコルクが宙を舞い、俺の手に落ちる。
「リリーシアちゃんには、これな」
「ありがとう」
のんびり酒を飲むなんて、久しぶりだ。
※
酔っぱらったカミーユの肩を、マリーとシャルロが持っている。
店を出る頃には、月が真南に高く上る時間になっていた。
太陽が沈むと同時に月が上り、月が沈むと同時に太陽が昇る。
太陽の時間が一番長いのが夏至で、月の時間が一番長いのが冬至。
夜は、月の女神の時間。
「エル、月は乙女の味方なんだよ」
「月の女神は、節制を司るんだろ?」
「それは夜の女神だよ」
そうだったかな。酒がまわってるせいか、良く思い出せない。
「蛙姫の話しは知ってる?」
「蛙姫?…また恋愛小説か?」
「違うよ。童話。悪魔の呪いで蛙になったお姫様は、月の女神に助けを求めるの。月の女神は、自分の力が満ちる満月の夜、愛する人から口づけをもらえたら、呪いを解いてあげるって約束するんだ」
また、ずいぶん面倒な設定だな。
「姫は、なんとか愛する人を探し出して、太陽が昇る直前にキスしてもらって、呪いが解けるんだ」
月の女神の力で、呪いが解ける?
「試してみるか」
リリーの腕を引く。
「え?」
そして、リリーにキスをする。
…あぁ、だめか。
「大丈夫?エル、」
「…大丈夫だ」
ちょっとした立眩み。自分が倒れないタイミングがわかってきた気がする。
「お願いだから、もう、しないで」
「それは無理な相談だ」
「どうして?」
「好きだから」
昨日、ちゃんと告白したんだけど。
「だから、リリーが無防備な限り勝手にする。嫌なら抵抗するんだな」
「エル…」
ほら、今だって。
輝く瞳で真っ直ぐに俺を見るから。
もう一度キスしたいと思ってしまう。
「エル!リリー!何やってるの?追いてくわよー」
ずいぶん距離が開いてしまった。リリーと手を繋いで、三人が居る場所まで走る。
「エル。二次会はシャルロの家だ」
「おい。許可した覚えはないぞ」
「まだ飲む気か?」
「花がないのがなぁ…。マリーとリリーシアちゃんも来いよ」
「嫌よ。私はこれからリリーと遊ぶんだから」
「うわっ、と」
マリーがカミーユを支えるのをやめて、カミーユがよろける。
「リリー、私の家はこっちよ」
「家まで送るよ」
「結構よ。酔っぱらったあんたたちなんかより、よっぽどリリーの方が頼りがいがあるわ」
それは否定できない。
「いってらっしゃい、リリー」
「うん。いってきます」
マリーとリリーを見送ると、カミーユの肩を持つ。
「良い夜だなぁ」
「酔っ払いが」
「お前、良い顔になったよ」
良い顔?
「リリーシアちゃんのこと、本当に好きなんだなぁ」
そんなに、変わったかな。
「エル。お前、何か隠してるだろ」
あ。やばい。
「リリーシア。あの娘はなんだ?」
シャルロは勘が良いからな。
「マリーに頼んで、光の魔法を使ってもらった」
「え?」
「リリーシアには効果がなかった。どういうことだ?」
俺がカミーユと厨房で話してた時か?
あの短時間で、何やってるんだよ。
「話すことはない」
「いいかげんにしろ」
「エル。俺は許さねーぞ」
「なんだよ」
「隠し事はなしだ」
「家に来い。たっぷり説教してやる」
「おー、二次会だ。行くぜ、エル」
「俺は行かな…」
カミーユが俺を肩に担ぎ上げる。
「エルは相変わらず軽いな」
「ふざけんなよ」
「もがけもがけ。ぜってー降ろしてやんねーよ」
くそっ。
※
「おかえりなさいませ」
「よぉ、カーリー」
「カミーユ様、と…」
「いいかげん、おろせ」
「しょうがないな」
ようやく、カミーユが俺を降ろす。
「お久しぶりです。エルロック様」
カーリーは目を細めて笑う。
「久しぶり」
イーストストリート脇。セントラルの官庁通りに、弁護士事務所を兼ねたシャルロの邸宅がある。
カーリーはシャルロの元で勉強している弁護士の卵の一人だ。
「すぐにお部屋をご用意しますね」
「いや、書斎に毛布でも持ってきてやってくれ」
「かしこまりました」
書斎に案内され、ソファーに座る。
「いつまでもふてくされてるなよ」
カミーユが俺の隣に座る。
「今度はどんな厄介ごとだ」
シャルロが向かいに座って、膝を組む。
「なんだよ、その言い方は」
「なんでもかんでも首を突っ込むのは悪い癖だぞ」
「別に、好きで首を突っ込んでるわけじゃない」
「よーし、俺が当ててやる」
「何を」
「そうだな。リリーシアちゃんの感じからいって、エルにいきなり声かけそうにないからな。暴漢に襲われたところをエルが助けた、とかか?」
それほど的外れってわけでもないから困る。
「で、お前の方が惚れて、連れ去って来た、と」
「おい。途中の話しが全くないぞ」
「リリーシアはグラシアルの出身だったな」
「そうだよ」
「グラシアル女王国かー。女王ってのもきっと美人なんだろうなぁ」
なんでこいつ、こんなに馬鹿なんだ。
「何言ってるんだ。グラシアルの女王は、城から一切外に出ないぞ」
「え?そうなのか?」
「本当に興味のあることしか知らないんだな、カミーユ」
「錬金術やんのに、地理は必要ないだろ」
「魔術師にとっては一般常識だぞ。あの国には変わった制度があって…」
ノックが二回。
「コーヒーをお持ちいたしました」
「あぁ、すまない」
カーリーは毛布をシャルロに渡し、テーブルの上にカップを並べ、コーヒーを注ぐ。
「本日はキラウェアブレンドです」
ミルクと砂糖壺、ポットを並べると礼をして部屋を出ていく。
シャルロは、口元に手を当てて俺を見る。
「エル。もし、間違いだったら言ってくれ。リリーシアは、グラシアルの姫なのか?」
「……」
「え?」
「え?」
コーヒーをすする。初めて飲むブレンドだ。
「おい、なんか言え」
「間違いだったら言え、って言っただろ」
沈黙。
先に息を吐いたのは、カミーユ。
「遠い異国のお姫様を攫ってくるなんて、ロマンがあるなー」
「お前、何考えてんだ?」
「落ちつけよ、シャルロ。いいじゃねーか」
「落ちついていられるか!よりにもよって、なんであんな恐ろしい国の娘なんだ」
「これは、間違いなく女王も美人だぜ」
「お前の思考回路が、たまに羨ましくなるよ」
「なんだよ。何か困ることでもあるのか?グラシアルなんて遠い国だろ」
「女王は世界一の魔女だ。その怒りを買って、ただですむわけがないだろ」
女王の怒りか…。
考えたこともなかったな。
女王は怒るのか?リリーシアが、魔力を集めないことを。教育係から逃げたことを。
「なんでお前はそう、危険なことにばっかり首を突っ込むんだよ」
「好きで突っ込んでるわけじゃない」
シャルロは大きくため息をつく。
「もう、隠し事はなしだ」
「しょうがないな」
「まだ隠してることあるのか?」
どこから話したら良いかな…。
リリーが女王の娘であること。
城には街があって人が住んでること。
街の人間は、魔法使いを除いて、すべての人間が女王に魔力を送ること。
女王の契約している精霊が、氷の大精霊である可能性が高いこと。
氷の大精霊は自分の眷属を生んで、城の娘と契約させている可能性があること。
成長した娘の中で、魔力が見える能力を持つ娘が女王の娘として選ばれること。
魔力がないから、リリーには魔法が効果がないこと。
おそらく、女王の城にはリリスが居ること。
リリーがリリスの呪いを受けていること。
呪いの力で、人間から魔力を集められること。
修行の三年間で魔力を集め、その半分を女王に捧げなければならないこと。
三年後に魔法で試練の扉を壊さなければならないこと。
それができなければ、死ぬ可能性が高いこと。
リリーが、魔力を集める気がないこと。
「…ってわけで。俺は、リリーの呪いを解く方法と、リリーを女王から解放する方法を探してる」
カップに残っていた、冷め切ったコーヒーを飲み干す。
「遠く離れた相手に魔力を送る秘術か…。聞いたことがないな」
「氷の大精霊って、神の台座を氷漬けにして封印したっていう大精霊だろ?」
神話では、そうなっている。
「なんだって、そんな非道なことに力を貸すんだ?」
「やってることは、ほとんど悪魔みたいな所業だ。でも、役割があるんじゃないのか?リリスが居るんだろ?大精霊の仕事は、女王と共に国を豊かにすること。呪いで魔力を集めるのはリリスの仕事ってことだろう」
「そうだな。でも、何のメリットがあるのかわからない。大精霊が、どんな契約を結んでいるのか。おそらく、初代の女王と結んだ契約がずっと続いてるんだろうけど…」
代々の女王が、その内容を引き継いで、大精霊と契約し続けている?
あれ…?それって変だな。
何が変なのか、上手く言えないけど。
なんだろう、この違和感。
「なぁ、エル。てっとり早く、リリーシアちゃんの精霊を殺せばいいんじゃないか?」
「え?」
「そうすれば、リリーシアちゃんと女王を繋いでるラインは消えるんだろ?」
イリスを?
「それは、できない」
「なんでだよ」
「カミーユ。エルの気持ちも考えてやれ。エルにとって精霊は、家族みたいなものだ」
なんで、そんなこと知ってる。誰にも言った覚えないぞ。
俺にとって精霊は…。
「俺は、誰かが俺の精霊を殺しに来たら、全力で排除するぞ」
「それが好きな女を救う唯一の手段であったとしても、か?」
「そうだ」
「優先順位ってもんがあるだろ」
「ないよ。全部守れば良いだけだ」
「人間が一人でできることには限界があるんだ」
「何もできないで生きるぐらいなら、死んだ方がましだ」
「まだそんなこと言ってるのか?ふざけんなよ、人の話を聞け」
「できないことなんてない」
「実際に、方法がないだろ」
「ある」
「ない」
「探しもしないで言うな」
「探さなくてもわかるだろ。精霊が女王と繋がってんのは明白だ」
「…いいかげんにしろ。子供の喧嘩か」
シャルロが俺とカミーユの頭を叩く。
「とにかく。俺も探してみる。カミーユ。お前も答えを急ぐな。時間はまだあるんだ」
「わかったよ。しゃーねーな。リリーシアちゃんの為にも、一肌脱いでやりますか。…でも、覚えておけよ、エル。一人で危ないことはするな」
「お節介な奴らだ」
感謝しなくちゃいけないんだろう。
俺が、どんなことに巻き込まれても、無条件に手を差し伸べてくれる相手に。
「さて、この話しは終わりだ。新しいコーヒーを入れてくる」
シャルロが出ていく。
「で?お前、リリーシアちゃんとはどこまでいってるんだ?」
「お前の頭、どうなってるんだよ」
どこまで切り替えが早いんだ。
「質問に答えろよ」
「何もない」
「二人っきりで旅してたのに?」
「ないよ」
あったけど、結局何もできなかったし。
「その顔は、何かあったな」
「ないって言ってるだろ」
「いやー、お前をからかえる日が来るとは思ってもみなかったぜ」
「うるさいな」
「好きだって言ったのか?」
「言ったよ」
「で?」
「振られた」
「まじで?」
「気持ちには答えられないって」
「それなのに、リリーシアちゃんはお前の所に居るのか?」
「一緒に居て欲しいって言ったんだよ」
「それで、一緒に居るのか?」
「そうだよ」
「…リリーシアちゃんも、なかなかの悪女だな」
「どこが?」
「いや、だってお前…」
扉が開いて、シャルロが戻ってくる。
「飲む時はミルクを入れろよ」
そう言って、シャルロがカップにコーヒーを注ぐ。
「エルの失恋に乾杯、だ」
「失恋?」
「エルはリリーシアちゃんに振られたんだってさ」
続けて、シャルロが自分のカップにミルクを注ぐ。
「何言ってるんだ?リリーシアは…、こら、エル。胃を悪くするぞ」
「ミルクなんていらねーよ」
温かいコーヒーをそのまま飲む。
「そうだ、見せたいものがあったんだ」
アリシアからもらった本を、次々とテーブルに並べていく。
「どっから仕入れてきたんだ?こんなに…。これは!神話時代の本に、ドラゴン王国時代の本!しかもかなり状態がいい」
「この本、王都にあるやつはボロボロで中身が読めなかった奴だ」
「すごいな。どれも貴重なものばかりだぞ」
「こっちはかなり古い文字だな。解読に時間がかかりそうだ」
「今回の収穫だぜ。厳選してきたんだから、興味深い古文書ばかりだろ?」
「あぁ。やる気出てきた。今夜は徹夜決定だな」
「徹夜も何も、もうほとんど朝だぞ?」
「まじか!」
シャルロがカーテンを開くと、空が白み始めているのがわかる。
「やばい、今日は午後から会議なんだよ」
「それなら寝ろ」
「俺は帰るかな」
立ち上がると、思わず、欠伸が出る。流石に眠たい。
「これはシャルロのところに置いてくよ。…これだけ持っていくかな」
適当な本を一冊取る。
「シャルロ、俺が気になったのはこの本。いいか?先に読むなよ」
「わかったからお前は寝ろ」
シャルロがカミーユに毛布を掛ける。
「あぁ、養成所時代が懐かしいぜ」
「…そうだな」
こうやって、古文書を並べて集まっていると、王立魔術師養成所時代を思い出す。
カミーユもシャルロも、マリーも。養成所の同期で、付き合いが長い。
「おやすみ、カミーユ、シャルロ」
「あぁ、気を付けて帰れよ」
※
誰も居ない大通りを一人で歩く。
まだ夜明け前。月が落ち切る前で、太陽が昇り切る前。
澄み切った空気。
せっかくだから、今、魔力集中をやっておくか。
「集まれ、精霊たち」
目を閉じる。
天上と地上を繋ぐすべての元素。命。
世界を構成するもの。
もともとは、同じだったもの。
魔力で繋がっている。すべて。
この時間は、本当に魔力を集めやすい。溢れだした力が、精霊たちへ流れていく。
リリーの話を思い出す。
蛙のお姫様が愛する人にキスをしてもらったのって、これぐらいの時間なんだろうな。
リリー。
今すぐ、会いたいと思う。
離れていることが怖いから。
傍に居れば、自分の命を懸けてでも守れる。
けれど、遠く離れていれば、守ることなんてできない。
フラーダリーを守ることができなかったように。




