21
「えーるっ!いつまで寝てるの!朝ご飯が冷めちゃうよ!」
扉をたたくキャロルの声で、目が覚める。
「わかったよ、今行く!」
寝坊した?今、何時だ?
「あ」
あまりにも近くで目が合って、慌てて体を起こす。
そうだ、昨日、
「おはよう、エル」
「おはよう。先に行っててくれ」
「うん、」
抱きしめてた。
ずっと?一晩中?
『エル、どうしちゃったのぉ?』
扉の閉まる音。
落ちつけ。
そんなの、いつものことだ。
「なんでもない」
今日、やること…。
今日中に、依頼を受けてる薬を作り終えよう。
王都に居る間にやらなきゃいけないこと。
なるべく早く、マリーとカミーユ、シャルロに会わないと。帰って来てることはばれてるだろう。
あぁ。レティシアからは、いつまで逃げていられるかな。
墓参りにも行きたいし。ルイスに教えて良いレシピも結構あるな。
それから、ディーリシアの情報収集。
「やることが山積みだな…」
『休むために帰ってきてるのにねぇ』
『ホントだよ。缶詰なんてつまんないよー』
『エル、錬金なら手伝うぞ?』
「そうだな。メラニー、ユール、後で手伝ってくれ」
『了解』
『はぁい』
立ち上がって、魔力を集中する。
あぁ、久しぶりだな。家に帰ってきた、って感じがする。
懐かしい空気。
「さてと…」
『エル。出かけてくる』
「あぁ…。そうだな。行って来い、バニラ」
部屋の窓を少し開くと、バニラが俺の体を離れて飛んでいく。
『どうしたの?バニラ。精霊が契約者の体を離れるなんて、よっぽどのことじゃない?』
契約中は、側に居ることが基本だ。
精霊が魔法使いの側から離れすぎると上手くその力を出せないのだ。魔法の発動に時間がかかったり、威力が低下したりする。
それに、精霊が自分で魔法を使うためには顕現しなければいけないが、上位契約者に無断で顕現することができない。精霊にとっても、契約者の傍を離れることはリスクが伴うのだ。
ちなみに、どれだけ遠く離れていても、契約者が呼べば、すぐに精霊を自分の傍に召喚できる。それは、契約に当たって体の一部を提供しているから。
「お前も散歩に行きたいなら行ってきていいぞ。俺はしばらく家から離れられないし」
『自由なのね。用事があったらすぐに呼び出して。後、昨日やってた錬金術、だっけ?私も温度を下げる作業なら手伝えるわよ』
「あぁ、そうだな」
『じゃ、行ってくる』
ナターシャが飛び立つ。
「さてと。やるか」
今日も一日潰して作業だ。
※
作業に没頭してると、とても頭がクリアになる一方。
余計なことを考えてしまう。
―あなたは、大きな力を得る代わりに大切なものを失う運命。
―あなたは周りを不幸にする人間。
―いつか、悪魔に列せられる魂。
運命には逆らえない。
ラングリオンでは、誰もが知ってる有名な占い師・ポラリス。
絶対に外れないことで有名な彼女の占いを求めて、王族はもちろん、国外から足を運ぶ人間も居るほどだ。
気味の悪い予言を、ずっと無視していたし、時間が経つにつれて忘れていった。
心当たりがあったから、予言はすでに終わったと思っていたせいもある。
けれど、それは全然的外れな考えだった。
二年前の冬の終わり。ヴェルソの月。
エイダと契約したことで、大切な人を失ったから。
王都を離れて砂漠へ行っている間に、国境戦争に赴いた彼女は戦いの中で死んだ。
剣で胸を貫かれ、即死だったらしい。
ちょうど、辿り着いた時。
敗北して奪われた砦近くの小さな村で、彼女の為に簡単な葬儀が行われていた。
棺の中で見たのは、死体だけ。
胸に赤黒いしみをつけて、血の気の全くない白い顔をしていた。
涙すら、出なかった。
自分のせいだってわかったから。
ポラリスの言葉は、抗えない運命。
―人を殺してはいけない。
―その力で人を殺せば、魂が穢れてしまうから。
魂が穢れれば、悪魔になって、永遠に現世を彷徨う存在になる。
殺したくて。
殺したくて仕方がなかったのに。
彼女を死に追いやったすべてを。
けれど。
―エル、仇は居ない。刺し違えたんだ。
殺したい一番の相手は居なくて。
結局一人も殺せなかった。
殺しても、報われないから。
殺しても、何も帰ってこないから。
きっと、彼女はそんなことを望まない。
だからまだ、人間として生きていられる。
―エル、会っておいた方が良いわ。まだ、棺はそのままにしてあるから。
王都に運ばれた彼女の棺は、後は埋められるだけ。
その魂は、もうここにはない。
二度と、声を聴くことができない。
二度と、俺を見てくれない。
二度と、何も聞いてくれない。
自分のせいで。
あんなに想ってくれていたのに。
棺に入った彼女に、俺ができることは何一つなくて。
これからだったのに。
俺のせいで死に追いやったのは、一体何人目なんだろう。
過去を消して、罪を消して、やり直せるって。
失ったものを取り返せるって。
ようやく、そう思えたのに。
希望だったのに。
俺が望んだから。
大切だと思ったから。
そのせいで…。
もう。大切な人なんて作らない。
自分が大切に思えば思うほど、その相手は不幸に、死に近づく。
そう思っているのに。
…思ってるのに。
自分のことを心配してくれる人に甘えて、王都を離れられない。
ルイスとキャロルを連れてきて、一緒に暮らすことを望んだ。
本当は、すべて、捨てるべきなのに。
全部切り離して、遠くに行くべきなのに。
できない。
自分が弱いから。
一人では生きられないから。
怖くて。
失うのが怖いのに、また誰かを頼ろうとしてる。
そう思う自分が嫌で、王都にとどまっていられない。
大切に想えば思うほど、相手が不幸になってしまう。
だから、大切なものなんてないって言い聞かせる。
相手が離れてくれることを願って。
すべての人が、俺を嫌ってくれることを願って。
自分から嫌うことができないから。
中途半端な関係。
俺が誰かを幸せにすることなんて。
リリーを幸せにすることなんてできないのに。
リリーを愛してる。
なんで。
なんで好きになるんだろう。
どうして、一緒に居てほしいって約束したんだ。
いつから、好きになったんだ。
こんなに、こんな気持ちになる前に、止めることができたなら。
一緒に居ることをやめていれば。
あぁ。出会わなければこんなことにはならなかった?
違う。
過去は戻らない。
どんなに悔やんでも、時間は戻せない。
あの時、あの時点では不可避だった、と考えるしか救いがない。
だって、俺はあの時、運命なんて信じてなかった。
だから、彼女を失った。
それは身にしみてわかっている。
だから。
今、できることを。
何もできないなんて思いたくない。
これ以上、何も失いたくない。
リリーを失うことになれば、もう、自分の存在を許すことなんてできない。
リリーを救うことを。
リリーの呪いを解いて、女王から解放できれば、きっと。
解放される気がするから。
自分の運命からも。
きっと、これが最後。
リリーを愛したことで、リリーを失わなければならないなら、もう、俺は…。
服の裾を、引かれる。
「リリー?」
急に、現実に引き戻される。
「エル、もう寝よう」
「…あぁ。もう、そんな時間か」
時間の感覚がない。
持っていたフラスコとピペットを置く。
今、どんな作業をしてたんだっけ?
何、考えてたんだっけ?
思い出せない。
「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫」
「ルイスが心配してたよ」
そうだろう。あいつは俺のことを良くわかってるから。
リリーを連れて部屋を出る。
「終わった?エル」
ルイスが腕を組んで睨む。怒ってる、よな。
「確認しておいてくれ」
「夕食は?」
「要らない」
「キャロルが泣くよ」
「…明日、食べるよ」
とても、何かを食べる気分じゃない。
そういえば、今日は食事を摂ったっけ?
「エル、大丈夫?」
そうだ。依頼されてたものを全部作り終えて。
その後、何を作っていたんだっけ?
「エル」
ベッドに座って、肩を揺り動かされる。
あれ?いつの間に、寝室まで歩いてきたんだっけ?
「本当に、大丈夫?」
リリーの冷たい手が、頬に触れる。
心配そうな顔。
その腕を引き、抱き寄せる。
温かくて。
愛しい。
「エル、変だよ」
本当に、無防備。
リリーにキスをする。
あぁ、だめだな。やばい。
「どうして…」
力の抜けた俺の体を、リリーが抱き留める。
「リリー」
今さら、好きであることをやめるなんてできない。
だから、一緒に居て。
離れなければ、傍に居れば。どんなことをしてでも守るから。
そして必ず、救ってみせる。




