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ディラッシュを朝早くに出港した船は、次の日の昼頃にティルフィグン国へ到着し、同日の夜にラングリオンへ向けて出港した。
順調な航海二日目の朝。もうすぐ、ラングリオンに到着するだろう。
そういえば、今日は休日だ。
「港は混んでそうだな」
「どうして?」
「今日は八日だ」
「あぁ、そっか。お休みだもんね」
一月は三十日あり、休日は、一日、八日、十五、十六日、二十三日、三十日。それは月の形状に由来する。すなわち、朔、上弦、望、既望、下弦、晦。
月の休みに加えて、季節の変わり目である節句の期間も休みだ。
次は立夏の四日間。三十日と一日を合わせれば、六日間の連休。
一年は三七七日。三か月おきに節句が来る。
節句は月の満ち欠けを修正する期間。本来の月の満ち欠けの周期は、三一、四一五九二六五三五八九七九三二三八…。いわゆる無比数。
だから、暦は一月を三十一日周期にすれば、節句までに大きくずれないのだが、三十一という数字は古来から忌数として扱われている。月が完全にその姿を消す日だから。…全く、面倒な話しだ。
その為、三十一という数字が暦に適応されなかった歴史がある。
新年、立秋の五日間から始まり、ヴィエルジュ、バロンス、スコルピョンの次に、立冬の四日間。
サジテイル、カプリコルヌ、ヴェルソがあって立春の四日間。
ポアソン、ベリエ、トーロがあって立夏の四日間。
ジェモ、コンセル、リヨンで終わり、また新しい年が始まる。
更に月の周期や季節の周期を修正する為に、百十三年に一度閏年があって、その年だけ立秋が一日減る。…けど、まだしばらくその年は来ない。
今日はベリエの八日。
「いよいよラングリオンだね」
「グラシアルよりは温暖だし、過ごしやすい場所だ」
船酔い止めの薬が効いているのか、リリーの調子は良いらしい。
甲板の上から、海を眺めている。
「気持ち良い」
「あんまり近づきすぎると落ちるぞ」
「大丈夫だよ。…どうせ、泡になって消えるだけだ」
「マーメイド?」
「うん。…教えなかったね。マーメイドは、人間の姿のまま海に入ると、泡になって消えるんだ」
「人間になる代わりに、海に帰れなくなる呪い?」
「あぁ。そういう解釈もあるんだね。それなら納得する?」
「…しないな」
「どうして?」
「リリーはマーメイドじゃない」
「試そうか」
今から、海に入って?
「リリー」
リリーの体を、後ろから抱きしめる。
「エル?…冗談だよ?」
わかってるよ。
そんなこと。
「忘れないって言ってたのに」
「エルの、マーメイドの恋物語?」
「そう」
「…本当に、幸せになれたのかな」
「え?」
「マーメイドって、魚を食べないんだよ?」
「なんだ、その設定」
どうして、童話や恋愛ものの話しって、有り得ない設定が前面に出てるんだよ。
最後は絶対に結ばれるのに。
「だって、海の生き物だもん。魚は同じ種族で友達でしょ?そんなマーメイドが、陸に上がって幸せになれるのかな」
「…そうだな。考えておく」
「え?」
「続き」
「恋物語だよ?」
「俺にできないことなんてない」
魚が食べられないのに、魚を食べる相手と結ばれた後?
どうにか、幸せな話しにしないと…。
「トリオット物語、読んでみたら?」
リリーが笑いながら言う。
「リリーはきっと、マリーと気が合うよ」
「マリー?マリアンヌだっけ?」
「あぁ。王都に行ったら紹介するよ。…腐れ縁みたいな奴ばっかりだけど」
「うん」
いや、紹介しないほうがいい奴もいるな…。
「相当な馬鹿もいるから…。覚悟しておいてくれ」
リリーが楽しそうに笑う。
「面白い人なんだ」
「ただの馬鹿だ」
港に着いたら、そのまま南下して街道沿いの街に行こう。そこから馬車に乗れば、王都はすぐだ。




