14
天気は良好。
この分なら、ラングリオンに向けたティルフィグン行きの船も出たかもしれないが。
急ぐ旅ではないから、良いだろう。
見晴らしの良い古い街道を進むと、村から古城まではすぐにたどり着いた。
「結構でかいな」
管理するのに、メイドが二、三十人は必要そうだ。
「メラニー、人の気配はありそうか?」
『何とも言えないな。動物なのか、人間なのか、判別しがたい』
「何かは居るってことか。幻術の仕掛けはありそうか?」
『城門にしかけてある。しかし、幻術ではないな。これはおそらく眠りの魔法だ。他にも見覚えのない魔法が…』
「見覚えのない魔法?」
メラニーは、俺と一番最初に契約した精霊だ。
俺と一緒に居て、見たことのないトラップ魔法があるなんて?
「私が開いてくる」
「おい、待てよ」
「私に魔法はきかないよ。待ってて」
リリーが前に進み、扉が開く。
おそらく、常人には見えないだろう、魔法が発動する。
眠りの魔法と…、なんだ?この、花のような香り。
『エル、息を止めて』
「?」
エイダに言われた通り、マントで鼻と口を覆う。
一筋の風が通り過ぎ、魔法が霧散していった。
止めていた息を吐く。
『エイダ、今のはなんだ?』
『媚薬よ。人間の男にだけ効果がある、誘惑の魔法』
「媚薬だって?」
この城には絶世の美女が居るとも、言っていたな。
「エル、大丈夫?」
眠りも、もちろん誘惑の魔法も無効化したリリーがやってくる。
「あぁ」
「入り口には誰もいないみたい。進んでみる?」
おそらく、たいていの人間はここで門前払いだ。
眠らされて、誘惑の魔法もかけられるから、記憶が混乱するのだ。
ここに挑むのなんて、男ばかりだからちょうど良いのだろう。
「そうだな、先に…」
『エル、避けろ!』
メラニーの声が響くより先に、魔法のロープが俺に巻きつく。
「うわっ」
「エル!」
俺を縛り上げたまま、ロープは上空に飛ぶ。
風のロープか?
真空の魔法で無効化を試みるが、解ける様子はない。
「リリー、逃げろ!」
自分の体に炎をまとわせ、ロープを焼切る。
そして、雪の魔法で空中に足場を作って蹴り、城の屋根に上る。
「出てこい!」
体の周りに炎の矢を浮かべる。
「ふふふ。簡単には捕まってくれないか、エルロック」
なんで名前知ってるんだよ。
「お前…。グラシアルで会った魔法使いだな」
アユノトに向かう途中、オペクァエル山脈で現れた魔法使いの一人。変な魔法陣で逃げた女だ。
目の前に現れた白銀の髪の女に向かって、炎の矢を打つ。
「覚えていてくれたとは、光栄だね」
魔法はすべて、女に当たった瞬間消える。
そういえば、山でもそうだった。
こいつ、まさか、リリーと同じ?
「もうお終いか?」
のんびりと、女が間合いを詰める。
あれ、この香り…。さっきの…。
真空の魔法を、体の周囲に張る。
そして、風を集めて、自分から放つ。
「かしこいね。私の誘惑の魔法を無効化するなら、風向きを変える。正しいよ」
余裕綽々だな。
…逃げた方がいい。一歩、二歩、後ずさる。
「どうする?どうやってここから逃げる?」
それを今考えてるんだよ!
ここは三階ぐらいの高さがある場所だ。
飛び降りるのも不可能じゃないが、おそらく落下の衝撃を吸収してる間に、もう一度ロープで縛りあげられるだろう。
銀髪の女から、さっきと同じロープが放たれる。
炎の魔法で焼きつつ、ロープを避ける。
「これを焼切るほどの炎は初めて見たぞ。面白いな」
リリー、ちゃんと逃げたんだろうな。
おそらく、魔法も、トラップも効果はないだろう。
もう一度、女から飛び出たロープをかわし、女の足元を大地の魔法で崩す。が、崩れた足場をものともせずに、女は軽く跳躍して新たなロープを放つ。
闇の魔法で自分の影を作って二撃目のロープをそれに絡ませつつ、風のロープを屋根のつっかえに引っ掛け、もう一方を自分の足に引っ掛けると、屋根から飛び降りる。
「無駄だ」
記憶が確かなら、あるはずだ。
放たれたロープが腕に絡みついたが、短剣に炎の魔法を込めて切る。
そして、手近な窓の中に入り、風のロープを消しつつ、大地の魔法で窓をふさぐ。
『エル、早く逃げた方がいい』
「わかってる」
ここはあいつの居城だ。俺がどこに居るかなんてすぐにわかるだろう。
「エイダはリリーと一緒か?」
『おそらく』
「脱出できそうな道筋は?」
『ここは城の二階部分だ。入口までは遠回りしなければ…』
『エル、足元を壊せ』
「そりゃあ良い考えだ」
大地の魔法で足元を崩す。
頑強に作られた石造りの城だが、大地の魔法を集中し続けることで、着実に破壊されていく。
「面白いことをしているな」
扉の開く音さえ、気づかなかった。
「なんで、もう」
不可能だ。外から、こんなに早くここに来るなんて。
「ここは私の城だ。あちこちに転移魔法を仕掛けてあるんだよ」
そういえば、あの時も使ってたな。
「降参か?」
「冗談じゃない」
持っていた短剣を、相手の胸部めがけて刺す。
もちろんかわされたが、その勢いで、部屋の外まで走り抜ける。
風の魔法で勢いをつけて、廊下をまっすぐ走る。廊下は一本道で隠れられるような場所はない。
背後を警戒して炎の壁を張るが、ロープはそれを貫通して俺を縛り上げた。
「エルロック。そのロープはさっきと違うものだ。切れないぞ」
最悪だ。
ゆっくりと、女が歩いてくる。
「追いかけっこはおしまいだ」
「降参はしないぜ」
縛られていても魔法は使える。
でも。なんで、こいつは俺に攻撃してこないんだ?
「頼もしいじゃないか。…ん?リリーシアが来たな」
あの、馬鹿。逃げろって言ったのに。
「少し遊んでやれ」
いつの間にか、女の傍らに白銀のオオカミが控えていた。亜精霊だ。
「エルロック。私はお前に用がある」
いつか見た魔法陣を空中に描くと、女は俺を連れてその中に入る。
眩暈。吐き気。
ぐるぐると脳みそが回る感覚。
でも、それはほんの一瞬。
「さぁ、着いたぞ」
ここは…。錬金研究室?
錬金素材や本がうず高く積まれている。機材もかなり上等なものばかり。
それに、嗅ぎなれた薬品のにおい。
「さて。自己紹介からしようか。私の名前は、アリシア・リウム・ヴィ・ブランシュ」
やっぱり。女王の娘だった。
「二番目か。俺に何の用だ」
アリシアは、口の端を上げる。
「良く知ってるな。私はお前の力が欲しい。リリーにくれてやる気がないなら、私のものになれ」
なんだよ、それ。魔力を寄越せってことか?
「断る」
「そう、連れないことを言うな」
アリシアは、俺に近寄る。
「お前も、知りたいことがあるだろう。お前の態度によっては、教えてやらんこともない」
知りたいこと。
「縄を解け。話しづらい」
「仕方ないな」
アリシアはロープをほどく。
「これは、私が丸一日かけて編んだ特別なロープだよ。いつか、お前を捕まえてやろうと思ってたんだ」
「ご苦労なことだ」
立ち上がって埃を払う。
何を、交渉するか。
俺が知りたいこと。それは。
「お前はリリーを愛しているのか」
「…は?」
「違うのか?」
なんで、そんな話しになるんだよ。
「そんなわけないだろ。なんでそんなことを聞く?」
「お前は、私たちがどういう存在か、知っているのだろう」
「女王の娘、だろ?」
「その通り。私たちは、グラシアル女王国を支える選ばれし人間。それをわかっていながら、何故、リリーと一緒に居る?」
「一緒に居るのに理由が必要か」
「お前はリリーに魔力をやったのだろう。あの子が怖くないのか」
何故、知ってる?
まさか。
「オペクァエル山脈で俺たちを襲った理由は…、リリーを瀕死にさせて、イリスが魔力を奪うよう、仕向けたのか?」
「その通り。…そんな顔をするな。私は指示していないぞ。見物に寄っただけだ」
なんだよ、それ。
「お前が魔力をやらなければ、教育係がちゃんと教育し直す手はずだったんだよ」
「教育係?」
「そうだ。リリーが城を出た直後にリリーと出会い、外の世界について教育し、最初にリリスの呪いの受け皿となる予定だった者」
つまり、リリーが逃げたかった相手?
リリー自身も相手が誰かはわからなかったんだろう。
そいつが、たった一人で城から放り出された女王の娘を導く人間。そして…。
「リリスの呪い…?」
リリスって、古い吸魂の悪魔?
「そう。聞きたいか?」
アリシアは、俺の顎を掴む。
「俺の魔力と引き換えに?」
「その通り」
アリシアの手を払う。
リリスは、人間の男から生気を抜き取る悪魔。
生気…、つまり、魔力?
「人間から魔力を奪える力…?いや、呪いってことは代償があるな」
呪い。リリーは、呪いが解けたら幸せな家庭を築きたいと言っていた。
「代償として、子供が産めなくなる?」
「…その通りだ」
アリシアは両手を上に向けて肩をすくめると、近くのソファーに座る。
「リリーから聞いているのか?」
「いいや。リリーは何も言わない」
「では、イリスが?…まさかな。あの精霊が女王に逆らえるわけがない」
「どういう意味だ?」
「そのままだ。生まれてすぐ、すべての娘に与えられる精霊は、女王の精霊の…。いや、これは、私の推測だからやめておこう」
「続けろ」
生まれてすぐに与えられるって?
「推測だぞ。おそらく、女王の精霊の眷属だ。子供、というのか?」
精霊が精霊を生む?それって大精霊じゃないと…。
「まさか、女王の精霊は、氷の大精霊?」
「私もすべてを知っているわけではない。それもまた、憶測だ」
イリスは、俺が見たこともないタイプの精霊だった。
リリーが生まれた時に、大精霊から生まれた子供だとしたら、納得がいく。
はじめから娘のために生まれた精霊ならば、人間と上位契約するのに抵抗もないだろう。
「俺から奪った魔力の半分は、その大精霊に行くのか?」
「つまらないな。全部知ってるんじゃないか。それも、お前が一人で考えた結果なのか?」
ほとんど、イリスとのやり取りで得た情報だけど。
「全部知ってるわけじゃない。俺にとって最大の謎は、女王だ。どうして、何のメリットもない女王になる?」
アリシアは声をあげて笑う。
「面白いな、エルロック。そうだ。女王になることにメリットはない。誰もが憧れるあの魔力を得る代わりに、この国の人柱となるんだからな。…ならば何故か?」
「……」
「答えは簡単だ。誰も女王に逆らえない」
散々聞かされた言葉。
「逆らえば、どうなる」
アリシアは立ち上がり、俺に近づく。
「どうなると思う?」
「死ぬのか?」
修行と試練を放棄し、三年以内に帰らなければ。
「やがて、死ぬだろう」
「やがて?」
「聞きたいか?」
取引、か。
「あぁ。教えてくれ」
「私たちは、女王に魔力を捧げる存在。魔法使いを除いたすべての城の人間が。すべての魔力を女王に捧げる。あの城自体がその役割を果たしているんだ。そして、娘の中から選ばれた人間だけが、女王の娘として選出され、修行に出られる。リリスの呪いを受け、女王に大きな魔力をもたらす為に」
女王の娘の特徴。
一つ、魔力が見える。…精霊が見えて、精霊と話せる。
二つ、魔法に耐性がある。…それは、魔力がないから。魔力がないのは、女王に捧げてるから。
三つ、子供が産めない。…それは、リリスの呪いのせいで。
「選ばれた人間っていうのは、魔力が見える娘のことか?」
「その通り。そして、女王に逆らえば、女王は私たちから、すべての魔力を奪い尽くす」
魔力を奪い尽くす?魔力を奪われても人間は死なない。
けれど、魔力を回復する手段がなければ?
「生命活動を行えない人間は、やがて死ぬ?」
「そう。正解だ。…それに、どれほどの時間がかかるかは分からないが。さぁ、約束は守ってもらうぞ」
アリシアが俺に口づける。
眩暈。
魔力が。奪われる。
「…っ」
なんとか、立っていられる。意識を失うほどじゃない。
袖で口を拭う。
「リリーが来たな」
アリシアは、腰に差した剣を抜いて扉を開く。扉の向こうは、広いホールになっていた。
「さて、遊んでやるか」
広いホールに、アリシアの靴音が響く。
ほどなく、遠くの扉が開く音が聞こえた。
「エル!」
「久しぶりだな、リリーシア。息災か?」
「アリシア、どうしてこんなこと…」
「剣を抜け。お前が私に勝てたら、返してやってもいいぞ」
何故、リリーが剣士なのか、ようやくわかった気がする。
女王の娘は、魔法に怯える必要などない。魔法は効かないし、相手から魔力を奪えるのだ。
だから、気を付けるのは物理的な力のみ。
身を守るために剣技を磨き、男に負けないほどの力をつけるのだろう。
それはアリシアも同じ。
リリーの大剣に対し、細身の片手剣を扱うアリシアは、素早い動きでリリーに向かって攻撃を仕掛ける。
『エル、大丈夫?』
「エイダ。リリーは何で来たんだ?」
『来ない選択肢があります?』
「あるだろ」
なんで危険なことに首を突っ込むんだ。
本当に、馬鹿なんだから。
『溜息なんてついちゃって。エルをかけて、二人の女性が戦ってるのよ?もっと喜んだら?』
「ナターシャ。そういう冗談はやめてくれ」
『冗談なんかじゃないのに!』
『あ~らら』
『落ち込んでいるな、エル』
『慰めてあげようかぁ』
「ほっといてくれ」
『ねぇ、リリーは大丈夫ー?』
ホールで戦っているリリーを見る。
「あれは、ただの姉妹喧嘩だ。ほっとけよ」
幸せな家庭を築きたい、か。
子供みたいな夢。
その夢を叶えるためには。
リリスの呪いを解き、リリーと女王の関係を断つ方法を考えなければ。
リリーと女王を繋いでいるのは、イリス?
でも、イリスが契約しているのはリリーなんだろ?
どうやって女王や、女王の大精霊に魔力を送っている?契約していない離れた相手に、魔力を送るなんて。
何か、足りない。
『おー。リリーが優勢になって来たぞ』
『油断大敵』
『今のは惜しいな』
『頑張れリリー!』
『行っけぇ!』
賑やかな精霊たちだぜ。
振り返って、書斎を眺める。
この部屋。何か研究中のようだ。
机に広がる文献に目を通す。
「吸血鬼の研究か?」
椅子に座り、眼鏡をかける。
生き血を魔力に還元する方法…。
研究成果は、どれも失敗に終わっている。かなりいろんなアプローチをしているようだ。
…どれも、悪くない。俺が考えたことがある方法も試されている。
結論として、生き血を魔力に還元する方法はない。もしくは発見できていない。
一方で、血の治癒能力に言及している。
人間が怪我をした時に血で治す力を扱う方法…。
上手く行けば、怪我をした人間へ血を還元することで治癒能力が期待できる。
しかし、血の相性があり、失敗すると非常に危険な手法…。
血によって、他人を治療する?面白い考え方だ。
アリシアはここで、この研究をしながら、血の種類について調べているのか。
ということは、ここを訪れた人間が、腕を切られていたっていうのは、血を採取するため?
注射器を使えよ。
人間の血の種類について調べるなら、医学書があるはずだ。確か、持っていた。
医学書と、注射器を数本取り出す。
昔、毒の治療に血清を使っていた頃。
人間の血を精製して血清を作っていたため、血液が合わない人間が死に至ることがあった。
その為、人間の血液について調べられたが、それより先に、たいていの毒を治せる薬が錬金術師によって作られたため、その研究は立ち消えた。必要なくなったのだ。
これによると、人間の血液型は六種類に絞られる。
「エル、何してるの?」
「ん?終わったのか?」
リリーとアリシアが仲良く並んで部屋に入る。
「うん。勝ったよ」
「勝った?」
意外だな。大剣と片手剣なら、片手剣の方が優勢かと思ったが。
「リリーは城内一強かったからな」
「じゃあ、俺は晴れて自由の身だな」
「残念ながら。…ところで、何をしていたんだ?」
「あぁ。お前の研究を見せてもらったんだ。気になることを何点か書いておいた。ついでに、血の研究をするなら、この医学書と、注射器を使え」
アリシアが机に駆け寄って、俺の前に散乱する文章に目を通す。
「ふむ。…ほぅ」
「研究もいいが、変な噂になってるぞ。ほどほどにしておけ」
「噂がたてば、人間が集まる。好都合だ」
まぁ、そうなんだろうな。人間が集まれば、魔力を奪い放題だ。
「エルロック。お前は私の想像以上だ」
「褒めてるなら、ありがたく…」
「エルロック、私のものになれ。私はお前を飽きさせないぞ」
「はぁ?」
「えっ」
なんでそうなるんだよ。
「だめだ!アリシア、約束が違う!」
「返してやると言っただけだ。改めて頼むのは自由だろう?」
「もう一度戦う」
「戦う理由がないな。決めるのはエルロックだ」
思い切り机をたたいて立ち上がる。
「その通り。俺はリリーとの約束があるから、お前と遊んでる暇はない」
メガネを外してしまうと、リリーの傍まで行く。
「古城の吸血鬼騒ぎも解決したし、帰るか」
リリーが首をかしげる。
「何か分かったの?」
「なんだ、その話しは?」
「……」
頭痛が。良く似た姉妹だ。
「街に戻る必要はない。私がここでもてなそう。部屋ならいくらでもある。泊まっていけ」
「何もしない?」
「何だ、リリー。心配なら一晩中見張っていればいいじゃないか。…リウム!」
アリシアが、自分の精霊を顕現させる。
「おお」
思わずため息が漏れるほど、その精霊は完璧だった。
完璧な、美しい人間の姿をしていた。
「二階に二人用のゲストルームがあっただろう。案内してやれ」
「了解いたしました」
魔力が強いから、人間の姿をとれるのだろう。イリスとは大違いだ。
…あれ?
「あぁ、ついでに、図書室も案内してやってくれ」
「図書室?」
「研究を手伝ってくれたお礼に、好きな本を持って行っていいぞ」
「そりゃどうも」
「エルロック、リリーシア、こちらへ」
イリスが鳥で、リウムが人の姿をしている、その違いはなんだ?
※
「何、拗ねてるんだよ」
部屋に案内されるまでの間。リリーが一切口を利いてくれなかった。
「…拗ねてなんか」
「怒ってるだろ」
「怒ってないよ」
リリーの隣に座る。顔を合わせてくれようとすらしない。
「じゃあ、こっち向いて」
「…エルの、ばか」
何かしたっけ?
「なんで?」
『エル。お前、何をのんきにアリシアの研究手伝ってんだよ』
「え?」
『その間、こっちは大変だったんだぞ!上に行きたくても階段はないし、せっかくお前を見つけたと思ったら、亜精霊と戦わなきゃいけないし、終わったらアリシアと戦闘だし!』
「あぁ…」
そうだ。アリシアの研究に集中しすぎてて。
忘れてた。
「なんで、逃げろって言ったのに助けに来たんだ?」
「アリシアに、エルが勝てるわけないから」
「そうだな。女王の娘には魔法も効かないし」
しかも転移の魔法陣があちこちに仕掛けられているなんて。
ここから逃げるのにはかなり苦労するだろう。
「あんなのが後、三人もいるのか。対策、考えておかないとな」
「なんで、後三人って知ってるの?」
「女王の娘って五人なんだろ?」
「アリシアに聞いたの?」
「違う」
グラン・リューに聞いたんだけど…。黙っておくか。
「簡単だよ。ツァ、ヴィ、ルゥ、フェ、クォ。精霊の数字はここまで。ここから先は、ツァツ、ツァヴィ、ツァル、って増えていく。語呂が悪いだろ」
「そうなんだ」
「そういえば、リリーは知らなかったっけ」
「…アリシアは知ってると思うよ」
確かに。アリシアはリリーと違って研究肌だろうから。
「俺はこの後、図書室に行くけど、どうする?」
「行かないよ」
困ったな。
『エル、謝った方が良いよぅ』
「なんで?」
『当たり前じゃない!リリーはエルのために戦ったのよ!』
え?
「…いいよ。謝ることなんてない」
『すまないな。エルは、気が利かないものだから』
『女心には疎いんだよねー』
『本当、困っちゃう』
『ふふふ。いいよぉ、エルが謝らなくてもぉ、あたしたちがちゃあんとリリーを慰めてあげるからぁ』
くそ。言いたい放題だな。
そもそも、アリシアと付き合いが長いのはリリーの方だ。
アリシアが俺を殺すつもりがなかったのぐらい、わかってるだろ。
なのに。なんで戦ったんだ。俺なんかのために。
「リリー。…俺のために戦わないでくれ」
「え?」
ようやくこっちを見たと思ったら、また、リリーは顔をそらす。
「嫌だ」
「なんで?」
「どうしてダメなの?」
「それは…」
俺のせいで…。
「俺のせいで、誰かが傷つくのは嫌だから」
自分が原因を作って失うのは、もう…。
「エル。私は、何度でもエルを助けるよ」
「俺の話し、聞いてたか?」
「私の行動に制限をかけるなんてできないよ。だって、私が危険な目に合ったら、エルは絶対助けてくれる」
「当たり前だ」
「だったら、条件は同じ」
「同じじゃない」
「同じだよ。エルは、私が守る」
守る?
なんで。守られる側なんだ。
「強情だな」
「あきらめて」
「俺の嫌いな言葉だ」
どうやって説得したらいいんだ。
全然話を聞いてくれない。
『あのさ、二人とも。さっきから、部屋の外でメイドが待ってるんだけど』
「え?」
「メイド?」
ちょっと待て。なんで、この城にメイドがいる?
『お昼ができたんだってー』
『ここには、五人、メイドがいるようだぞ』
『メイドさんはぁ、アリシアのお世話してるんだってぇ』
「そんなの、いつ聞いたんだよ」
『リウムが言ってたんだよ』
そんな話し、してたのか?部屋に案内される途中?
『いい加減、痴話げんかなんてやめて、ランチにしたら?』
今の、どこに痴話喧嘩の要素があるんだ。
「リリー」
「何?」
でも、心配させたのは事実だろう。目の前から突然居なくなったんだから。
「心配かけてごめん。悪かったよ」
いつも、人に感謝できない。
自分のことを考えてくれる人はたくさんいるのに。
そんなこと、して欲しくないから。
「助けに来てくれてありがとう」
「うん」
「リリー」
いいかげん。こっちを向いて。
「聞いてるのか?」
リリーの顔を自分の方に向ける。
「あきらめてくれる?」
本当。強情だ。
「もう、捕まったりしないから」
だから、助けられることなんてない。
「じゃあ、エルが捕まったら助けに行っていいの」
もう、負けでいい。捕まらなければ良い話しだ。
「いいよ」
『エルが、折れたぁ!』
『リリーかっこいいー』
「うるさいな」
あぁ。なんでこう、俺の精霊はうるさいんだ。
※
昼食の時間も、夕食の時間もアリシアは同席しなかった。おそらく研究に没頭しているのだろう。
というか。この城で生活している人間が居ることに驚きだ。
メイドたちはアリシアの正体を理解して、アリシアの身の回りの世話をしていると言う。
図書室に紅茶を持ってきてくれたメイドが話していた感じだと、相当アリシアに心酔しているようだった。
この古城だって、研究のためにアリシアが地方の公爵から無償で借りているという話しだ。
それだけ魅力的な人物であり、優秀な人間に違いないのだろう。
リリーは、アリシアの飼っている銀狼の亜精霊と剣の稽古、俺は城の中にある図書室で本を物色している内に日が暮れた。
新しい本に古い本。アリシアが収集した本もあるが、多くはもともと図書室に保管されていた本らしい。
ポールが探してくれた銀の棺もあった。かなりメジャーな本のようだ。
「これ、全部、読むの?」
寝間着に着替えたリリーが、山積みなった本を眺める。
掘り出し物の山だ。年代物の古文書も、かなり保存状態が良い。
「読むのは帰ってからだな」
これだけの量を読み解くには、一月はかかるだろう。
「明日には、ここを発たないと。船ももう出ているだろうし」
流石に、一日中書物と向き合ってると、疲れる。
「…いいの?」
「何が?」
「エルは、アリシアの研究に興味があるんじゃ?」
「まさか」
あそこまで研究が進んでるなら、後は一人でできるだろう。
「転移魔法には興味があるけどな」
「転移魔法なら研究したい?」
どうしてそうなるんだ。
「あのなぁ。俺は研究しに旅してるわけじゃないぜ。やりたい研究があるなら王都から出てくるわけないだろ」
ラングリオン王都にも錬金術研究所がある。
グラシアル女王国の方が魔法や錬金術に関しての研究は進んでいるだろうが、ラングリオンの研究施設だって十分、設備と資金、人材が揃っている。
「それよりも、リリーと約束しただろ」
三年間、一緒に居るって。
「明日は昼までに出よう。そういえば、アリシアは後半年って言ってたぜ。会うのはこれで最後かもしれない」
「私が城に帰還すれば、嫌でも顔を合わせるよ」
修行が終われば、城に帰る。
でも、その為には、アリシアのように魔力を集めなければならない。
わかってるんだよな?
「寝よう。消すからな」
灯りを消すために、ランプのシェードを外し、火に息をかける。
月の光が差し込んでいるから、完全な暗闇ではない。
ベッドに入って横になる。
「エル」
「なんだよ、俺はジョージじゃないぜ」
「…な、なんで、知ってるの」
リリーの方を見ると、何故だか露骨に焦っているのがわかる。
城に残してきた恋人なのか、片思いなのか。
「なんでって、自分で言ってただろ」
「忘れて。すぐ、忘れて。私も、忘れるように努力してるんだ」
なんだ、それ。失恋?
「お願い。今日は、一人で寝るから」
リリーは枕をしっかりと抱きしめる。
アリシアに聞いたら、わかるんだろうか。
「あ、アリシアにも、言わないで」
「わかったよ」
一人で寝てくれるなら、俺はありがたい。
けど。
「ほら」
リリーのベッドまで行って座ると、リリーの頭を撫でる。
「寝るまで傍に居てやるよ」
また、泣かせたくない。
「ごめんなさい」
「毎朝しがみつかれてるよりは何倍もましだ」
「ごめんなさい」
懐かしい。
自分が、こうしてもらった時を思い出す。
頭を撫でられて、背中を撫でられて。傍に人がいるから、ようやく安心して眠れた時を。
彼女は子守唄まで歌っていたっけ。
良い、思い出だ。
「える…」
規則的な寝息。今のは、寝言か。
「イリス」
『なんだよ、エル。ジョージのことなら教えてやらないよ』
「そんなことで呼んだんじゃない」
『なんだ、つまんないやつだなぁ』
「お前は、リリーと上位契約を結んでるんだよな?」
『毎回、毎回、リリーが寝てる時に呼び出して、またそんな話し?』
「お前は謎が多い」
ただの精霊じゃない。
『謎?』
「お前は、女王とどういう関係だ?」
『秘密だよ』
「じゃあ、女王の精霊と、どういう関係だ?」
『秘密に決まってるだろ』
「どうして言えない?」
アリシアの予想では、イリスは大精霊の眷属…。
『ボクにもボクの事情がある。そういう関係なんだよ』
「関係?…契約か?リリーと契約しながら、他の契約を結んでるっていうのか?」
『いいかい、契約っていうのは、内容が被らなきゃいいんだ。そんなの、人間の世界でも常識だろ』
「確かに」
その通りだ。そんなの当たり前じゃないか。
「んん…」
あんまり、話してるとリリーを起こしそうだな。
リリーを起こさないように、そっと離れる。
『おい、エル。どこに行くんだ?』
「アリシアのところだよ」
『アリシアの知っていることがすべて正しいとは限らないんだぞ』
「どういうことだ?」
『アリシアに聞いてみればいい』
※
「眠れないのか?」
アリシアは研究室で机に向かっている。おそらく、一日中ずっと。
「明日にはここを出る」
「そうか」
「アリシアは、試練を受けるのか?」
「愚問だな」
アリシアは、机の上に目を落としたまま答える。
「私は、もう後戻りできない。多くの人間から魔力を奪ってきた。その罪悪を還元する方法は、女王となって国を豊かにする以外ないだろう」
リリスの呪い。
そうやって、次の女王にならざるを得ないように追い込む意味もあるのか。
「わかっていながら?」
「現女王を救えるのは、次の女王だけだ」
今の女王もまた、同じように人間から魔力を奪い女王となった。
今のリリーやアリシアのように、悩まなかったはずがない。
「母親だから?」
アリシアは、くすくす笑いながら顔を上げる。
「本気で言ってるのか?それは」
「?」
「お前は、私とリリーが姉妹に見えるのか?」
白銀の髪、切れ長の碧眼のアリシアと、黒髪に大きな黒目のリリーには、体型的に見ても共通点と言えるものは…。
「まさか、女王の娘っていうのは、女王とは全く関係がないっていうのか?」
「全く、というほどではないだろう。城内で暮らしている人間から生まれた子供だからな。そもそも、女王に、いつ子供を作る暇があるというんだ?」
言われてみればその通りだ。女王となったその日から人柱になるのだから。
城内に街があるって、そういうことなのか。女王の代わりに子供を作る役目?
「そういうことには疎いのだな、エルロック」
考えたことが、ないわけじゃないんだけど。
「まぁ、座れ。マスカテル茶を用意しよう」
俺がソファーに座ると、アリシアは、風の魔法を器用に使ってティーポットにお湯を注ぎ、砂時計をひっくり返す。
「砂が落ちれば飲み頃だ」
眠りや誘惑の魔法は、闇の精霊。風の魔法を使っているってことは、風の精霊とも契約してる。
それに、氷の精霊・リウムか。
「聞かないから、知っているものだと思っていたぞ」
「魔力が見える人間っていうのは、女王の血縁ではなく、城の中で、稀に生まれてくる娘?」
「そういうことだ。だから、城で生まれたすべての娘に、精霊をつけるんだよ」
くすくすとアリシアが笑う。
「エルロック。女王の秘密は、お前の好奇心をそそる内容だろうな」
確かに。女王の秘密を暴きたいと思った。リリーと居られる三年以内に解き明かしてみせると。
「お前と私は同類だ」
「一緒にするな」
砂が落ち切る。
飲み頃だ。
ティーポットからカップへマスカテル茶をそそぐ。かぐわしい香りが、湯気と共に立ち上った。
「私にも頼む」
アリシアが持ち上げた空のカップにも、マスカテル茶をそそぐ。
「砂糖は?」
「三つ」
角砂糖の瓶から砂糖を三つ、カップに入れ、スプーンでかき混ぜる。
「甘すぎだろ」
「糖分は頭を働かせるのに重要なんだ」
「甘党なんだな。リリーと一緒だ」
ソファーに戻って、マスカテル茶を飲む。
「一番目は失敗したらしい」
「ディーリシア・マリリスか」
アリシアは笑う。
「何でも知ってるんだな」
「失敗が何を指すのか知らない」
「帰らなかったんだ。城に帰らぬ者の、所在も生死も不明だ」
不明。
「死んでるんじゃないのか」
「そのはずだ。でも、死体の情報もない」
「生きてるかもしれないってことか?」
「さっきも言った通り、魔力を女王に奪われ続ければ、やがて死ぬ。でも。すぐに死ぬわけではないだろう。魔力があるならば、まだ生きているのかもしれない。もしくは、女王から逃れる方法を知っているかもしれない」
「女王から逃れる方法なんてあるのか?」
「少ない希望だ。だが、探す価値があるだろう」
生きているにしろ、死んでいるにしろ。
女王を裏切った者の顛末を示す存在であり、女王から逃げ切った可能性を持つ存在。
「協力しよう。俺も見つけ出したい」
「リリーの為に?」
「あぁ」
「少なくとも、この国にはいないぞ」
「グラシアルにもいないらしい」
グラン・リューが探していた結果だ。
「俺は、しばらく王都…、ラングリオンの王都に帰って、情報を集める」
「そうか。何か分かったら、連絡をくれ。プレザーブ城に私宛の手紙をくれれば、私の仲間が転送してくれる。お前に手紙を出すときは、ラングリオン王都のエルロック宛で届くか?」
「エルロック・クラニスだ」
「わかった」
そうだ。イリスに言われたことを聞いておかなければ。
「女王の娘っていうのは、どこまで事実を知らされて、旅に出るんだ?」
「一切、何も」
「何も?」
それって、どこまでを指すんだ?
「知らされるのは、リリスの呪いと、試練の扉のことだけだ。魔力が見えることも、魔法が効かないことも、自分では体感的に知っていても、それが他人にはない能力だとは、誰も教えない」
あぁ、初めて会った時のリリーがそうだったな。
「自分たちで調べるんだ。女王の娘は、何をする存在なのか。そうじゃなくても気になるだろう?自分の運命だ。調べて、知って、絶望する。調べないほうが幸せだから、知らされなかったのだと」
「調べられる環境を整えておいて?」
「その通りだ。リリーがどこまで調べているのか、私は知らない。ただ、女王に逆らえないことだけは体に染みついている」
「……」
真実を知れば知るほど、痛感する。
女王には逆らえない。
けれど。
「エルロック」
「なんだ?」
「リリーがどんな選択をしても、見届けてやってくれ」
女王になる為に人間から魔力を奪うのか。それとも、何もせずに三年間をすごし、失敗するのか。
「見届けるも何も。三年間、一緒に居るって約束したんだ」
「それは、頼もしいな」
※
部屋に戻ると、リリーが起きていた。
「寝てたんじゃないのか?」
「エル」
「眠れないのか?」
「アリシアから、何を聞いたんだ?」
何を、話すべきか。
「私は…」
リリーは、抱いた枕に顔をうずめる。
沈黙。
リリーは、何も言わない。
「リリー。どうして、俺から魔力を奪わない?」
「…奪いたくない」
「何故?」
「一緒に、居たいから」
「奪ったとしても一緒に居られるだろ」
約束したじゃないか。三年間一緒に居てって。
リリーは顔を上げる。
「エルは、変だよ」
「何が」
「だって、奪われて、気を失って。そんなことを繰り返したい?」
「加減ってもんがあるだろ?この前は…。気を失わなかったわけだし」
「加減なんてわからない」
リリーに近づいて、両肩を掴む。
「抵抗するなよ」
リリーの唇にキスをする。
ほんの、少しの時間。
「ほら、平気だろ」
「だ、だめ」
顔を赤くして、リリーは枕に顔をうずめる。
「違う、こんなの違うよ」
「何が」
「だって、好きな人とするものだ。エルは、わかってない」
そんなこと、言ってる場合なのか?
「悪かったよ。恋人探しでも手伝えばいいのか?」
リリーは首を横に振る。
「違う。そうじゃなくて、エルが。エルの気持ちが。…エルは好きな人いないの?どうして私にこんなことができるの?」
「だって、そうしないと、リリーが、」
リリーが死んでしまうかもしれないから。
…あれ?
俺は、魔力を奪われることに抵抗がない?
リリーのためなら?
どうして?
三年間ずっと一緒に居てって言ったのも。
エイダの契約の証を渡したのも。
俺が、リリーと一緒に居たかったからだ。
なんで?
「エル?」
嘘だ。
もう、誰も好きになったりしないって思ってたのに。
大切な人なんて作らないって。
あぁ。
何、やってるんだ。
今さら気づくなんて。
部屋が暗くてよかった。
絶対、顔が赤い。
どうすればいい?
「悪い。もう寝よう」
「え?」
リリーが、俺の服の裾を掴む。
「気分を悪くさせたのなら、ごめんなさい」
違う。そうじゃない。
「リリーの方が、俺より何倍も優しいよ」
俺は、そうやって人の気持ちをくみ取ってやることなんて、できない。
「寝るまで、傍に居る。もう、どこにも行ったりしないから、寝ろ」
「…うん」
明日から、どんな顔して向き合えばいいんだ。
こんなのって。
―あなたは、大きな力を得る代わりに大切なものを失う運命。
―あなたは周りを不幸にする人間。
―いつか、悪魔に列せられる魂。
救いたいと。思ってるのに。
俺がリリーを大切に想えば、リリーを救えない…?




