13
午前中に到着する予定だった船がニヨルド港に到着したのは、夕方。
「申し訳ありません。この天気ですので、しばらく船の出向はできません」
そして、嵐がやむまでは出向できないらしい。
「大丈夫か?リリー」
「うん。…大丈夫」
青い顔でリリーが言う。
どこが大丈夫なんだ。
長椅子に座り、リリーの肩を抱く。
船が欠航になって、ちょうど良かっただろう。
とてもじゃないが、このまま船に乗り続ける気がしない。
陸路に変えた方が良いだろう。
「結構揺れましたからね。飲めそうだったら、飲んで頂戴ね」
看護師の一人がもってきた水を受け取る。
船の待合所に併設された医務室では、リリーと同じような船酔い客が横になっていた。
「飲めるか?」
「うん」
リリーはコップを受け取ると、水を飲み干す。
いつまでも、旅行者が自由に歩ける港湾特別区域に居るわけにもいかない。
早く入国手続きを済ませて、宿を探さないと。
「もう、歩けるよ」
さっきより、声に元気がある。
少しは回復したらしい。
「入国手続きしてくるから、ここで待ってろ。いいか、知らない奴について行くなよ?」
「…はい」
素直に返事をするリリーの頭を撫でて、入国管理局へ向かう。
「エイダ、リリーが移動したら、すぐに知らせろよ」
『心配性ね』
「そんなに心配性に見えるか?」
『エル、リリーは魔法も無効化できる強い戦士よ』
確かに、リリーに攻撃を仕掛けて勝てるような人間は少ないのかもしれないけれど。
「お前にはそう見えるのか?」
『事実じゃないですか』
たとえ、それが事実だとしても。
「俺には、そういう風に見えない」
方向音痴で、騙されやすくて、一般常識もない。
一人旅なんて絶対できないだろう。
『あら、随分賑やかですね』
っていうか。これ、暴動のレベルだろ。なんで、こうなってる?
「今日船が出ないと、大事な商談に間に合わないんだ!」
「グラシアルは天気がいいんだろ?」
「船を出してくれ!」
何、馬鹿なことを言ってるんだ。嵐で船が沈んでも文句を言わないっていうんだろうか。
賑やかなのは船の受付けで、入国管理の窓口は空いている。
「入国申請を頼む」
「あ、はい」
グラシアルの港で発行してもらったリリーの旅行手形と、自分の旅行手形を出す。
管理官は、手早く確認すると、手形に印を押し、返却する。
「市街地の入り口で、もう一度確認しますので」
「あぁ。わかった」
『エル、避けて』
エイダに言われて、後ろから吹っ飛んできた男を避ける。
いつの間にか、喧嘩が始まっていた。
「お客様、大丈夫ですか?」
「あぁ。…大変だな」
「えぇ、この辺りは天候が変わりやすい海域ですから。もともと船の欠航は多いんです。海も荒れることが多いですから、船酔いをされる方も多いですし」
ディラッシュ王国に海路を使うのは初めてだから知らなかった。
陸路でこんな悪天候にあったことはない。
「船酔いが多いってことは、その特効薬もあるのか?」
「えぇ。街の薬屋なら、どこにでもおいてありますよ。船に乗る前に飲む薬も、船酔いした後に飲む薬も」
良かった。それがあれば、リリーの船酔いも楽になるだろう。
「そういえば、グラシアル領海を抜けてすぐ、天気が悪化したな」
「それは、本来グラシアルで起こる災害もすべて、こちらに来てるからですよ」
「あぁ。そういうことか」
女王の力で天候を操るということは、自然を捻じ曲げている行為だ。
すべてを思い通りになんてできないだろう。
王都で雨が降らなければ別の地域で雨が降るだろうし、オペクァエル山脈から雪を取り除くことはできない。
そして、無理やり捻じ曲げられた結果、女王国とは関係ないところで災害が起こるのも納得がいく。
「あ~あ。ここまで暴れるお客さんも珍しいんですけどねぇ」
管理官が、まだ続いている喧嘩を見ながら言う。
そういえば、ポルトペスタで、大きな商談があるとか言っていたな。それに出席する客なのだろう。
「ちょっと大人しくさせるか」
眠りの粉を取り出して、暴れている連中が居る方角に向かって息を吹く。
粉が舞い、暴れていた客の何人かが、その場に倒れた。
「これで、少しは静かになるだろ?」
「眠りの粉?」
「あぁ。薬のことを教えてくれたお礼だよ」
リリーのところに戻ろう。
医務室に戻ると、リリーは長椅子のところで、誰かと談笑している。
「リリー」
「エル、おかえりなさい」
「元気になったか?」
「うん。大丈夫だよ」
顔色は良くなったみたいだ。
「行くぞ」
「うん。わかった。…ありがとう、ポリー。またね」
「リリーも気を付けてね」
リリーは一緒に居た少女に手を振る。
「誰だ?」
「ええと…」
リリーは口ごもる。
「同じ船に乗ってたのか?」
「あ、うん。そうみたい」
本当に?なんだか歯切れが悪いな。
…あれ?ポリー?
そういえば、女王の娘にポリシアって名前があったけど…。まさか、な。
「これからティルフィグンに行くんだって」
それなら、本当に同じ船に乗っていたんだろう。
ティルフィグンは、ディラッシュの東隣の国だ。
グラシアルからラングリオンに行くには、ディラッシュとティルフィグンを経由する。
「また、会えるかな」
「目指す方向が同じだから、海路なら同じ船に乗るだろうな」
「そっか。じゃあ、また会えるね」
船も、船酔いも、もう怖くないのか?
※
雨脚が強い。
リリーを宿に留守番させると、薬屋で船酔い止めの薬を買い、冒険者ギルドに寄る。
ディーリシアの情報が、どこかにあるかもしれない。
冒険者として登録されている名前を一通り見ても、名前はなかった。
ギルドマスターに話しを聞いても、ディーリシアの顔は見ていないという。
盗賊ギルドにも頼んでみる必要があるだろう。
「緑の髪ねぇ。なかなか美人じゃないか」
「名前はディーリシア・マリリス。何かわかったら、連絡をくれ。高く買う」
「家出人の捜索か?」
「そんなところだ」
盗賊ギルドに、銅貨を十枚渡す。
「一か月待つ。報告がなければ、契約は破棄だ」
「情報が少なすぎる。他に、特徴はないのか?」
「おそらく、剣士。…いや、魔法使いかもしれない」
剣士であることは間違いないが、魔法を使えるようになっているのなら、魔法使いかもしれない。
「なんだよ、それは。魔法剣士なんて、なかなかいないぜ。それが本当なら探しやすいんだが」
「魔法使いの素質がある。知らない間に魔法使いになっている可能性があるんだよ」
「変わった女だな。まぁ、探してみよう」
盗賊ギルドを出て、魔術師ギルドへ。
ギルドの名簿を借りて名前を探す。
「あんたエルロックか」
「あぁ」
「黄昏の魔法使いを退治したんだって?」
情報が早いな。
「あいつは、黄昏の魔法使いなんかじゃない。ただの小悪党だ」
「あんた、強いんだろ?」
「依頼なら受けないぜ」
魔術師ギルドのマスターはにやりと笑う。
「依頼ってわけじゃない。面白い話があるんだよ」
「面白い話し?」
「吸血鬼だ」
「吸血鬼?」
古文書でしか見たことのない種族だ。
人間と精霊のハーフとも言われているし、大精霊の怒りを買って呪いを受けた種族とも言われている。
人間の生き血を吸って魔力を補給し、多くの人間を殺した為、悪魔に堕とされた。
悪魔になると魂が穢れる。
穢れた魂は死者の世界へ行くことができずに、現世をさまよい続ける存在となる。
しかし、悪魔召喚を恐れた光の魔法使いたちが、神の御使いの力を借り、およそ三百年にわたって魂を浄化しつくしたと言われている。
現在の理論では、人間の生き血を魔力に還元する方法はない。
その方法を知っていたのか、吸血鬼種にのみ可能な方法だったのか、そもそも吸血行動が魔力を補給する手段だったのか。いまだに研究中の分野だ。
なぜなら、純血種の魂はすべて死者の世界へ送られ、生き残りが居たとしても、それは人間との混血種であり、人間と変わらない生活を送っているはずだから。
「もう、死んだ種族だ」
「あぁ。ところが、ここから南西ある古城に居るんだよ」
「確認したのか?」
「いいや。誰も」
確認してないのに、居るっていうのか。
「もう、半年ぐらい前かな。あの古城には絶世の美女が居るって噂が立ったんだ」
「絶世の美女?」
「そんな噂があったから、あちこちの若い奴が、こぞって古城に赴いた。けれど、全員が門前払いを食らって帰ってくるのさ」
「入れなかったのか?」
「気が付いたら、城の外で眠っているらしい。何が起こったのかさっぱり忘れて。ただ、魂が抜けたように真っ青な顔で、腕には切られたような傷があるから、城に居るのは吸血鬼だ、なんて噂が立っている」
「…滅茶苦茶だな。吸血鬼が血を吸う手段は、自分の犬歯を相手の首に突き立てて、開いた傷口から吸うんだ。切り傷じゃない。それに、生き血を吸われた人間は干からびて死ぬんだ。なんで生きている」
「博識だな。その通り。それでも、絶世の美女、記憶を失う、傷がついている、ってことで、古城には吸血鬼が住んでることになってるんだ」
吸血鬼伝説か。その物語なら読んだことがある。確か、美しい娘が吸血鬼だってオチだったな。
「古城に誰かが幻術の魔法をかけたんだろ」
記憶を失う、というよりは曖昧になってるのだろう。
幻術の魔法がかかると、夢と現実の区別がつかなくなる。
幻の敵と戦って、怪我をするなんていうのは良くあることだ。
「ところが、古城に行って帰ってきた人間はすべて、同じ箇所に傷を負っているんだよ」
「同じ箇所?」
それが本当なら、誰かに意図的に傷をつけられた可能性が高い。
「興味があるかい?」
興味は、あるな。変わった魔法なのかもしれないし。本当に誰かが居るのかもしれない。
「賊の類じゃないのか?」
「この近辺を荒らすような奴は、最近見かけない。気味は悪いが、実害が出ていないから誰も手を出せない。腕に傷つけて帰るだけだからな。高貴な方がいらっしゃるだけ、というのが騎士団の見解だ」
「高貴な方?古城の持ち主は誰だ?」
「この辺りを取り仕切っている公爵のものだ。しかし、私が調べたところ、公爵の近親者が使っているわけではないらしい」
吸血鬼か。
そういえば、リリーの力も、魔力を吸うことだ。
何か繋がりが?
「古城の場所はどこだ?」
「行くのか?」
「海が荒れてちゃ、船も出ないからな」
「地図をやるよ。日帰りで行ける距離だ」
マスターから地図を受け取る。
「なんで、俺にこの話をしたんだ?」
「黄昏の魔法使いを見られたからかな」
食えねぇ爺さんだ。
「そんなもの、架空の存在だ」
「気を付けてな、エルロック」
魔術師ギルドを出て、宿に戻る。雨は大分弱くなってきた。
「ただいま」
「おかえり、エル」
レインコートを脱いで、コート掛けにかけると、リリーが俺の頭にタオルをかける。
「風邪ひいちゃうよ」
「あぁ」
そんなに濡れてたかな。
「薬、買ってきてやったぞ」
買ってきた薬をリリーに渡す。
「こっちが、船に乗る前に飲む薬。こっちが、船酔いしたら飲む薬」
「ありがとう」
「明日、ちょっと出かけてくる」
リリーを連れて行くべきか、どうするかな。
「それって、近くのお城?」
「あぁ。知ってるのか?」
「うん。レストランに来てた人が話してた」
「そうか」
かなり噂になってるんだな。
「訪れる人が後を絶たないって」
「そうだろうな」
港町で足止めを食らって、噂話を聞いたら覗いてみたくはなるだろう。
「リリーも行くか?」
「行っていいの?」
「危なくなったら、すぐに逃げろよ」
「え?危ないの?」
「本当に吸血鬼だったらどうするんだよ」
「吸血鬼?」
話がかみ合わない。
「何を聞いたんだ?」
「絶世の美女が住んでるって」
「それだけ?」
「運命の相手を待っている眠り姫なんだって」
「なんだ、それ」
噂話に尾ひれがついて、全く違うものになってるな。
そんな話を聞けば、さぞや男が寄って行くだろう。
「俺が聞いたのは、吸血鬼が住んでるって話しだぜ」
「そうなの?」
「たぶん、こっちの情報が元だ。天気が悪くなかったら、朝一で行ってみるか」
「うん」




