序章
世界の始まりの大陸“神の台座”の南に、オービュミル大陸がある。その西北端に位置する、グラシアル女王国。
ここ数百年の間に魔法大国として急成長を遂げたこの国は、一人の絶大な魔力を持つ女王によって統治されている。
女王とは絶対的な支配者であり、女王の治める土地は魔力で満ち溢れ、豊かで、そして魔法使いの聖地であった。その為、女王の魔力を求めた領主が、その支配下に入ることを請う例が後を絶たず、女王は戦わずして広大な土地を手に入れている。
もちろん、周辺諸国は女王に対して不満や不安を抱いていたが、女王に戦いを挑んだところで、無敵と言われる女王直属の少数精鋭“龍氷の魔女部隊”に、勝てるわけがないのだ。また、女王は、女王となったその日から、北の果ての城から出ることはないといわれ、その命を奪うことも不可能といえる。
現在、女王国と周辺諸国は、不可侵条約や同盟を結んでおり、良好な関係を築いている。
特に、魔法や錬金術に関する研究は常に世界の最先端を行くこの国には、多くの魔法使いたちが留学に訪れていることで有名だ。
「あんたも、留学に来たのかい?」
「いや、俺は観光だよ」
昼間から酒をあおる男に、旅の装束の少年が応える。
「観光ね。どっから来たんだ?」
「ラングリオン」
「東の端から来たのか」
ラングリオン王国は、オービュミル大陸の東に位置する大国だ。グラシアル女王国との間には、いくつかの国を挟むほど遠い。
「俺に、何か用か?」
「あぁ。俺は情報屋のポール。何か探し物があるなら手伝うぜ」
「探し物、ねぇ」
少年は、紅茶を口に含む。
「あぁ、頼まれていた古文書があるんだ」
「お。安くしとくぜ」
「銀の棺って言ったかな」
「銀の棺、ね。まかせとけ」
「年代も著者も言ってないぞ」
「当てがあるんだよ」
ポールは残りの酒を一気に飲むと、立ち上がる。
「あんた、名前は?」
「エルロック。しばらくこの宿に世話になるから、報告はここでしてくれ」
「了解。じゃあな」
ポールが店を出ていく。
『自分で探せばいいじゃないですか』
エルロックにだけ聞こえる声が、ささやく。
「投資だよ、投資。使えるなら、他にも頼めるだろ」
『でも、賭けは私の勝ちですよ』
「……」
グラシアル女王国のおひざ元。白銀のプレザーブ城を臨む大きな城下町に入る少し前。
エルロックは声の主と賭けをしたのだ。
街に入ってすぐ、人に声をかけられるだろう、と。
『ね。エルは人に話しかけられやすい』
そんなつもりは、微塵もないのだが。
金髪の長いくせ毛をかき揚げながら、エルロックは舌打ちする。
「あいつに、王立図書館の場所、聞いておけば良かったな」