賢者の七魔法
はい。それっぽいタイトル来ましたね。
察しがつくようですが、ゆっくりとお楽しみください。
ロトにおぶられたまま、救急室に運んでもらった。ロトはその後、特に長居することなく、そそくさと行ってしまった。どこか寂しい気持ちがあるのは見ないふりをして、その代わりに天井を見つめていた。着いた後すぐに、救急隊の人たちが、色んな回復魔法をかけてくれたおかげで痛みなどはほとんどない。
「エレナ、大丈夫アルか?」
近くにいるナッシィは心配してくれている。しかしながらロトに助けてもらったものの負けは負け。やはり悔しさが残る結果となってしまった。勇敢な魂たちのみんなはエレナの事を受け入れてはくれたと思うが、結局エレナが魔法を使えないということには変わりないのだ。
「エレナ、おれっちあのね……」
「エレナ君、ちょっと良いかね」
ナッシィが何か言いたそうにした時、穏やかで優しい、聞き慣れた声がしたので、その声の主の方を向く。やはり、校長先生だった。
「は、はい」
突然の校長の訪問に目をぱちくりさせるエレナとナッシィを見て校長は笑った。
「少し確かめたい事があるんだ。体の調子は大丈夫かな」
「はい。救急隊の方のおかげで、もう大丈夫です」
校長は「それなら良かった」と言うと、エレナを手招きした。どうやら校長は校舎内にエレナを呼んでいるようだ。闘技場で試験が行われている今、校舎に残っている生徒はごく僅かで、数人しかいなかった。
「校長先生、私に何かありましたか?」
「まあまあ、着いたらわかるさ」
校長に尋ねてもこれしか言わず、エレナの頭には疑問符が居座ったままだった。ナッシィに先程言いたかった事を聞いても「何でもないアル」の一点張り。そうこうしているうちに目的地へと到着する。エレナ達と校長の前には校長室。
「ここ、ですか」
エレナが訊くと、校長はゆっくりと頷き、前に校長室に入った時と同じように、扉に手を添えた。青い光が優しくこぼれ、扉が開かれる。中の様子は以前来た時とほとんど変わっていない。失礼だが、そこにはわけのわからない動物がひしめいていた。
校長は中に入るなり、椅子に座る事もなく、校長室に一つしかない出入り口となる、扉に対峙していた。
「エレナ君、目的地は校長室じゃない。扉の向こうだ」
「こっち?」
校長は今まさに入ってきた扉を指差して言っている。エレナはいまいち言っている意味を理解できなかった。
「だが、本題の前に一つ話がある。ナッシィ君だったかな。君はちゃんとエレナ君に見えたものを教えてあげたかい?」
突然話を振られたのか、それまで普通だったナッシィがぎくりとでも言うように驚いた。
「……」
「言わねばならんよ。君の見たものは悪い夢なんかではない」
どうやらナッシィは話がわかっているようだった。ナッシィは俯いていたが、心を決めたようにエレナの方を見る。
「あのね、エレナ。おれっち、見たアルよ」
「何を?」
「エレナが闘技場でシルヴァにやられる所アル」
「え!?」
「そう。ナッシィ君には私の魔力を少し分け与えてあげたんだ。だから、未来予知が出来る。まだ完全ではないようだから、自分の意思に関係なく発道するんだろう」
未来予知。その名の通り未来を予知する事が出来る能力。エレナは、こんなに小さなナッシィにそんなすごい力が備わっていたなんてと思ってしまう。
「訓練すればできるようになるさ。ナッシィ君、見た者は出来るだけ伝えるんだよ。エレナ君を守るためにも」
「わかったアル」
校長は小さい子供を諭すように優しい口調で言った。ナッシィの反応に満足そうに笑うと、校長は扉に入る時と同じように手を添えた。すると、その老いた手から、白い光が輝き始めた。
「エレナ君、賢者の七魔法と言うのは知っているかい?」
「ええ、勿論知っています。百年ほど前に賢者が生み出した特殊魔法の事ですよね」
賢者の七魔法とは、賢者がつくった特殊魔法で、その魔法は物凄く強力な物と言われている。しかし、使える者は世界に数人しかおらず、とても珍しい魔法である。それは遺伝で伝わったりもするため、賢者の魔法をめぐっての戦いも起きたほどだ。エレナ自身、いくつもの学校を転々としてきたが、賢者の魔法を使う魔道士など見た事がない。
「その通りだ。実はな、私は……君が賢者の魔法を使うのではないかと見ている」
校長のその言葉を、エレナはまた理解できなかった。校長は先程の戦いを見てエレナの事を励ましてくれているのではないかとすら思った。それぐらい、今の校長の言葉は、いくら校長の口から発せられたものであっても、信じ難いものだった。
「そ、それは……冗談はよして下さいよ。私がそんなすごい魔法使えるわけがないじゃないですか」
エレナは半分笑いながら、言った。
「しかしだな、エレナ君。魔法というのはその性質、力量、など魔法そのもの、つまり本質を理解した上で使用が可能となる。これは魔導士なら誰もがわきまえている基本中の基本だ。しかし、エレナ君は入学試験を見る限り、とても頭のいい生徒だと私は思った。そして、ロト君が今日、それを全校生徒に証明しようとしていたね。おかしいとは思わないかね」
確かに、言われてみればそうかもしれない。エレナは勉強し初めて、魔法を理解したと思い、使用した所使う事は出来なかった。その時はまだまだ理解が足りない、勉強が足りないとばかり思っていたが、いくらなんでもおかしい。絶対に魔法の本質を理解しているはずだった。
ということは、校長の賢者の魔法の話も含めて考えるとなると……まさかとエレナは思った。
「きっとエレナ君ならもう話が見えてきたと思うが、君は魔法を嫌というほどに理解していた。しかし、魔法は全く使えない。となると?」
「本質を理解しきっていない全く別の魔力が私の中にある、ということでしょうか?」
「そうだ。それが私は賢者の七魔法のどれかではないかと思っている」
「わかんないアル」
それまで黙っていたナッシィはもう無理とでも言うようにこうべを垂れた。一件ありえなさそうな話だが、辻褄は合っている。エレナの心臓が高鳴りはじめた。何か、エレナの何かが大きく変わるような、そんな気がしていた。
「そして、それを確かめるのがこの扉の奥にある部屋『賢者の間』だ」
「……『賢者の間』」
「心の準備は出来ているかい」
「はい」
エレナの返事を確認すると、ドアノブを回し、扉を開けた。校長は賢者の間へと足を踏み入れる。エレナもそれに続いた。
賢者の間はとても広々としていたが、薄暗かった。水の流れる音が聞こえ、部屋の奥に目をやると、噴水が設置されていた。入ってきた扉からそこに向かって、大きな通路のように道がのびていて、横には賢者が杖を持った像が何体も並んでいた。その奥の壁には見慣れない文字が並んでいる。炎、水、大地、雷、光、闇、星、そして風がえががれているようだ。風の模様は比較的新しいものに見えた。そこは名前負けしないとても神秘的な場所だった。
エレナのヒールの音がコツコツと静かな賢者の間に響き渡る。校長は噴水の近くで待っていた。噴水の周りには賢者の像と、美しい天使の像が交互に噴水を囲むようにしている。
「『賢者の間』では普段知る事が出来ない、賢者の魔法の本質を知る事が出来る場所だ。それなりの負荷がかかってしまうが……大丈夫かね?」
「構いません。これで魔法が使えるようになるのでしょうか?」
「うむ。おそらくな。ナッシィ君、君はこっちにおいで」
ナッシィは考え込むようにしていたが、校長の方へ飛んで行き、肩へと乗った。校長のおそらくという言葉は気にしない事にした。失敗だった時の事なんて考えたくはなかった。
「噴水の前に魔法陣のような模様が彫られているだろう。そこの中心の円の中に胡坐をかいて座る。そこで精神統一をすればいいだけだ」
校長に従って、魔法陣の中心にちょうど人ひとり座れるくらいの円の中に座り込む。そして、エレナは目をつぶって精神統一を始めた。
「少しすれば魔力が放出される。その感覚はやってみれば分かるはずだ。出来たと思ったらゆっくりと目を開きなさい」
しばらくそのままにしていると、エレナの少し長めの金髪が風になびいたように小さく揺れ始めた。心なしか周りが光ったような気さえする。しかし、精神統一。エレナは目を開けずにじっと待った。
「……っ!」
急に体が軽くなったような感覚を覚え、恐る恐る目を開けてみた。そこには先程まで広がっていたはずの賢者の間の神秘的な光景はなく、ただただどこまでも真っ白な世界があった。辺りを見渡してもそれは変わる事はなく、校長の姿もナッシィの姿もなくなっている。
首を振るエレナが白い空間の一点を捕えた。何か、青白い光が浮かんでいる。比較的近い、その光の所まで歩いていった。
「ようこそ、賢者の間へ」
「!?」
光の前まで来て、ふと立ち止まるとどこからともなく、声が聞こえてきた。校長のものではない。
「ここが賢者の間?」
「そうだ。ここがお前の中にある賢者の間だ」
「あたしの中に?」
声の主は意地悪そうに笑った。
「何も知らないんだな」
「あんた誰なのよ! 出てきなさい!」
「いるだろーが。お前の目の前に」
目の前。
エレナの目の前には青白い光しかない。これが話しているということだろうか。
「そうそう、これだよ」
声は笑っているが光にはなにも変化がない。ただ空中で静止しているだけ。
「知りたいんだろ? 賢者の魔法の本質」
エレナはその問いかけに頷いた。こいつの言う事を聞いた方がいいらしい。
「見せてやるよ。お前の望むものをな」
その瞬間、青白い光から強い閃光が迸り、エレナは思わず目を瞑った。その直後、頭がぐるぐると回っているような感覚に襲われ、前後不覚に陥る。そんな中で、頭の中に情報がぶち込まれてきた。
顔を見えないように布で覆っている男が脳内に映し出される。男は杖を持って旅をしているようだ。どこかの古い遺跡の壁に刻まれた文字。この文字、この模様……。先程校長と見た壁と同じ模様だとエレナは気が付いた。何故かわからないが文字が読める。
「全ての魔法の原点」
そして、描かれている文字と模様、それこそが賢者の魔法の本質であるという事がわかった。そこで突然に映像が途切れ、また白い世界が広がっていた。息が上がっている。
「わかったか?」
「賢者の魔法の本質、『全ての魔法の原点』」
「んー、半分正解半分不正解ってとこだな。まあ、いいだろう。お前気に入ったからな。俺の力貸してやるよ」
すると、世界が反転したように視界が移り変わり、先程までいた魔法陣の中心に座っていた。がんがんしている頭にエレナは顔をしかめた。
「無事戻ってきたという事は大丈夫だな、どうだった」
「ぐるぐるしてなんかこう……うまく言い表せませんね」
「誰かと同じだな」
「誰かって誰ですか?」
エレナが尋ねると、校長は笑いながら言った。
「ロト君だよ。ロト君も君と同じ賢者の魔法を使う」
「え!?」
あの部屋に突然上がってきたあいつが、とエレナは驚きを隠せない。
「どんな魔法を使うんですか?」
「それは見てのお楽しみだ。もうすぐだから観客席に言って見てくると良いよ」
「そうします!」
「エレナ、なんか変化はあるアルか?」
未だ校長の方に乗っているナッシィに尋ねられ、エレナは自分の手を見た。何となく握ったり、開いたりしてみる。本質は知る事が出来たとは思うが、何も変わった気がしない。
「そうだ。魔法の使い方の事については、教えておいてもらうように私から勇敢な魂たち顧問のアラクネ先生に頼んでおくよ。そのうち声がかかる」
「何から何までありがとうございます」
エレナは賢者の間から出て行こうとする校長に、深々と礼をした。
「早く行かないと始まってしまうよ。ロト君の試験」
「おれっち、ロトの見たいアル!」
飛んできたナッシィを肩にとまらせ、エレナは足早に校長室から出て、闘技場へと駆けて行った。
ナッシィって結構大きい設定なんですよ。肩に乗ったら人の顔ぐらいある感じで、尚且つ可愛くて……。口癖がめんどくさいですね。「~ある」とか「~ない」が文末にくるとあるんだかないんだがわかんないという事件勃発。皆さん温かい目で見てやって下さい。