みんな待ってる
この前書きの場所で人物紹介をぼちぼちのせて行く予定です
赤髪の青年ロトはエレナの回し蹴りを無防備な状態で顔面にくらい、うめき声を上げている。
「エレナ顔赤いぞ」
「バロンもこうなりたいのかしら」
「赤いアル、赤いアル!」
「ナッシィもうっさい!」
バロンはエレナに忠告を受けても、なおも含み笑いを続けている。その笑みに回し蹴りが炸裂した事は言うまでもない。
「エレナ、俺腹減った」
「オレもだ」
「おれっちも!」
エレナの回し蹴りから、早くも立ち直った一人と一匹は既に決まり文句となってしまったそれを口にした。
「いいじゃねえか。友達になってやったんだから」
「別になって欲しいとは一言も言ってないわよ!」
エレナが不服そうな顔をすると、ロトは友達という言葉を持ってきた。なって欲しいとは一言も言っていないと言いつつも、友達が出来たということは嬉しい事であった。ロトなら何があっても友達でいてくれそうな、そんな気がした。
「エレナがロトの友達ならエレナはオレの友達でもあるな」
「……わかったわよ。何でもいいでしょ?」
「イェーイ! 飯だ、飯!」
「飯アル、飯アル!」
エレナが腰を上げた直後に、ロトと既に仲良くなったナッシィがハイタッチしている。数分後、彼らの前に出来たて熱々のチャーハンが出てきた。
「何あたしがご飯作ってあげてる時に部屋の中うろちょろしてんのよ!」
「いいだろー別に」
「良くない!」
エレナがチャーハンを置いた瞬間、彼らはいただきますも言わず、がつがつと食べ始める。口々に絶賛の言葉をくれる彼らを見ている事が、エレナは嬉しかった。
「そうだ! エレナ、ここ初めてだからわかんないだろ、この後の事とか」
ロトが食べている途中で、思い出したように言った。食べながら話すのでご飯粒が宙を舞う。
「そ、そうね」
「あんな、この後試験があるんだ」
「また試験? どんな感じの?」
「ドカーンってやって、バーン、ドーンって感じだ」
エレナは身ぶり手ぶり話すロトの言っている事を理解する事が出来なかった。一生懸命にロトは説明しているのだが、あまりに擬音語が多すぎる。
「おれっちが説明するアル!」
少なめのチャーハンをつついていた、ナッシィが口を開く。
「あんたわかるの?」
「おれっちはこれでも情報家アルよ! 対戦形式の実戦力を計る試験をするアル!」
情報家宣言をしたナッシィが言った説明を聞いて、エレナの顔から血がサーっと引くのがわかった。
「試験と言っても、いつも寮どうしで勝ち負けを競ってる。今年こそは大蛇の墓の奴らをやっつけるぞ! ロト!」
ナッシィの説明を引き継いだバロンがガッツポーズを見せる。
「そ、それいつから?」
「明日からだ。……ってロト、もう明日試験じゃないか! こんなところで飯食ってる場合じゃない!」
「おう、そうだ! 俺たちもう行かなきゃ。これ、ごちそうさま。また食べにくるぞ!」
「食い逃げアル!」
ロト達は騒ぎながら、エレナの部屋から出て行った。ドアがガチャリとしまった後、エレナの部屋に沈黙が訪れる。
「対戦形式の……試験」
残された自室でエレナは虚しく呟く。エレナは今にも泣きだしそうだった。せっかく友達が出来たというのに、そのロトが例え裏切らなかったとしても、他のみんなはエレナが魔法を使えない事を知ったらどうであろうかと悪い方向悪い方向へと思考が巡る。
ここでどうあがこうと、明日が試験日だという事実は変わらない。考えれば考えるほどに、明日が不安になってしまう。
「こんなにも早く、あたしが魔法使えないってことがばれちゃうんだなんて……」
エレナはどうしようもない気持ちで、ベットに顔を埋めた。
「!?」
ナッシィの表情が突然曇る。エレナがベットに顔を埋めたその瞬間、ナッシィの目の前にはエレナの部屋ではない景色が広がったのだ。
そこは、恐らく学園内の闘技場。ナッシィの目の前には倒れているエレナとそれを見下す葉巻をくわえた強面の生徒。周りからはエレナに向けての激しい罵声。
「ごめん、みんな。ごめん、ロト」
この言葉をエレナが、泣きながら呟くようにして言った後、ナッシィの目に映る景色はエレナの部屋のものへと戻った。
「何アルか、今のは……」
ナッシィは呆然としていたが、すぐにこんな事があるわけがないと頭を振ってエレナの近くに丸まった。
エレナは無地の長袖に上からシャーベットカラーのピンクの半袖シャツ、それにジーパンという、エレナにしては比較的露出度が少ない格好で、学園の広大な敷地内にある闘技場に来ていた。ここが今日の試験会場である。昨日、ベットに顔を埋めたまま寝てしまい、ロトたちが迎えに来てくれたことで目が覚めた。
「いやー、今年こそは絶対に大蛇の墓のやつらぶっ飛ばすぞ!」
「……その、昨日から言ってるさ、さーぺんと何とかって寮かなんかなの?」
相変わらずエレナの気分は沈んだままだが、昨日から出てくるその言葉について、ロトに尋ねる。
「ああ、そうだ。試験のときいっつも引き分けなんだよ」
「……そうなんだ」
聞いてはいけないことを聞いてしまったなと思った。もしもそいつらと当たったら、余計にみんなに恨まれてしまうではないかと、エレナは心の中でぼやく。
「大会期間は一週間だから、早く出るといいな」
「おう! 相手がどんなやつでもぶっ飛ばすぞ!」
ここに来る途中で聞いたナッシィの説明によると、大会期間は一週間で、その間ずっと試験としてバトルが行われる。寮が違う同士が当たることになっており、各寮では対戦成績を競い合っているらしい。試験は対戦形式で、それを試験官として各寮を持っている教師がその寮の生徒を採点する。何が目的かというと、今後授業などを共にまわるチームを決めるためのものだそうだ。
不安そうなエレナをよそに、そんなことはどうでもいい、とりあえず俺は勝ちたいんだ! と、ロトは言っていた。
「さあ、これから試験を開始する。ルールとしては制限時間五分、試験官兼審判から止めがあった場合は終了。皆、がんばるように」
いつの間にか中央の整えられた砂地に現れた校長が、拡声器のようなもので言った。闘技場のスタンドにいる生徒たちがそれに呼応する。
「まずはじめに……勇敢な魂たちのエレナ・スターカットと大蛇の墓のシルヴァ・ハボックは中央に来るように」
エレナは自分の名前が呼ばれても、しばらく動く事が出来なかった。まさか一発目はないだろうと彼女は考えていたが、そのまさかが現実として起こっている。そして、相手は大蛇の墓。不運に不運が重なり、最悪の結果となってしまった。肩にちょこんと止まっているナッシィも驚いている様子だ。
「おい、エレナお前一番手だぞ。いいなぁ。俺も一番が良かった」
「でも相手はシルヴァ、強敵だぞ」
「……あ、うん」
今の会話は嫌でもエレナの耳に入って来て、なおもエレナを苦しめる。最悪すぎる、この上なく最悪だと思いながら、肩のナッシィをロトに預かってもらうと、重い足取りで闘技場中央へ向かった。
「ロト、あのエレナとか言うの大丈夫なのか?」
ロトの近くに座っている黒髪の美青年は言った。正しく言うと黒髪に金メッシュが入っている。
「俺もわかんねぇ」
「そうか」
黒髪の彼はそう呟くと、ロトに話しかけた時は外していたイヤホンを耳に付けなおした。
闘技場中央に立っているエレナの心臓はバクバクと音を上げ、まるで今すぐここから立ち去りたいと叫んでいるようだった。エレナが到着した後、対戦相手のシルヴァがゆっくりとやってくる。勿論制服など来ておらず、白いコートを羽織っており、それとは対照的な黒髪に鋭い目が光る。おまけに口の大きな葉巻、耳にある多数のピアスが物凄い威圧感を放っていた。
「よう、嬢ちゃん。お前さんが噂の転校生だろ。悪いがお前さんの入った寮が寮だからな」
「……」
シルヴァはバキボキと指を鳴らしながらばつが悪そうに言った。完全になめられている事は緊張状態のエレナでもわかった。
「始め!」
試験官兼審判の教師が短く言うと、闘技場内は一気に盛り上がりはじめた。それがエレナへのプレッシャーとなる。これは試験のため、棄権は許されない。逃げられないのだ。
「じゃあ……行くぞ」
シルヴァは低くそう言うと、下半身を白い煙に変え、そのままかなりのスピードで突っ込んでくる。エレナは魔法が使えないからと言って、体術を一生懸命に練習したわけでもない。そのため、殴りかかってくるシルヴァの拳をかわすことなどはできなかった。
エレナは派手に後ろ側へ殴りとばされる。痛みが走り悲痛な顔をしながら、再び立ち上がる。しかし、エレナはシルヴァの姿を見失った。目の前にいたはずのシルヴァがいなくなっているのだ。咄嗟に上を見上げるが、その時はもう遅かった。
ランプの魔人のようになった下半身で宙に浮き、そこから、実体化した足で踵落としを放ってくる。素早い動きに、これもエレナはかわす事が出来ず、見事に肩へと重い一撃が炸裂する。そして、その勢いで倒れこんでしまう。生徒からはブーイングが巻き起こった。
「何なんだ、お前さん。魔法はどうした?」
「……」
シルヴァは両拳を白煙に変え、先ほど同様、滑るようにこちらへ殴りかかってくる。あんなの喰らったらひとたまりもない、と感じたエレナは、立ちあがってよけようとするが、立つ事しか出来ない。足元がふらつく。そして、シルヴァの白煙の拳はエレナを捕え、エレナはその勢いで壁にのめりこむようにして激突した。
「俺相手に新入りが魔法使わねえってなめてんのか! ああ?」
「……」
エレナは何も言い返す事が出来なかった。シルヴァの言っている事は事実なのだから仕方がない。
「……なんでエレナだったか、魔法使わねえんだ?」
黒髪の美青年は尚もロトに尋ねる。ロトはそれを無視するかのように、真剣な眼差しで、倒れこんでいるエレナを見つめている。肩にとまっているナッシィはガタガタと震えていた。
「オレも疑問だな。緊張してるのか?」
「そうか」
「いや、違う」
納得しかけた黒髪の美青年に、ロトは振り返りもせず、強めの口調で言った。
「使わねえんじゃねえ。使えねえんだ」
ロトのエレナは魔法が使えないという意見に、茶髪とバロンは驚く。
「は!?」
「何故わかるんだ、ロト?」
「……昨日、エレナそんなこと言ってたアル。……それに」
俯きざまに呟いたナッシィはそこで言うのをやめてしまった。ロトはエレナを見つめていた。俺は知っていると心の中で呟く。
戦う気を見せないエレナに、シルヴァは怒りをあらわにしている。
「お前さん、この試験の意味知ってるよな? ……俺は優しいからよ、一発受けてやるよ、お前さんの攻撃。……ほら、こいよ」
挑発に乗る気などなかった。しかし、その時のエレナは、何もできずにいた自分が嫌で嫌で仕方なかった。エレナはその自分のみじめさと、魔法が使えない悔しさから、おもむろに立ち上がり、走り出す。
フワフワと漂っている、シルヴァの近くまで駆け寄り、渾身の力を込めて、拳をシルヴァの鳩尾に突きだす。しかし、相手を殴ったという手ごたえはなかった。見ると、エレナが殴ろうとしたシルヴァの鳩尾は白い煙となっていた。拳はシルヴァを捕える事が出来ず、虚しくも宙をかすめた。
「なめんてんのか、テメェ!」
シルヴァは叫んだ直後、至近距離から白煙の拳でエレナを殴りとばす。エレナは無残にも、派手にとばされ、地面に突っ伏した。
悔しかった。ただ、悔しかった。エレナは悔しさにぷるぷると震えながら、余裕の表情のシルヴァを見上げる。すると、シルヴァは何かに気がついたようにニッと笑った。
「お前さん、魔法使えねえのか?」
「……」
事実を指摘され、さらにやるせなさと悔しさがこみ上げてくる。エレナは立ち上がる事さえできない。悔しくて、悔しくて、彼女は思い切り奥歯を噛みしめた。今のエレナにはそうする事しか出来なかった。
「何も言えねえところから見るとそうみたいだな……この勇敢な魂たちの新入り、ご覧の通り魔法が使えねえとよ! 笑いもんだろ! ハッハッハ……」
シルヴァが生徒たちに呼びかけるように言うと、闘技場は恐らく大蛇の墓の生徒の嘲笑と、その他生徒のクスクスという笑いに包まれた。罵声も飛んできている。
それまで必死に堪えていた涙が、闘技場の笑い声とは裏腹に、エレナの頬を伝う。その涙は止まる事を知らず、嗚咽混じりのものになった。
「勇敢な魂たちの皆さんはこんな役立たずが入ってきちまってさぞ、迷惑だろうな! ざまあ見ろ!」
―――役立たず。エレナの頭の中にその言葉が強く焼きついた。そして、何もできずに勇敢な魂たちの顔に泥を塗ってしまった事を悔しく思う。
『絶対に大蛇の墓のやつらぶっ飛ばすぞ!』
ふと元気な声とまぶしいほどのロトの笑顔が目に浮かぶ。
「ごめん、みんな。ごめん、ロト」
エレナは顔を地面に向けたまま、絞り出すようにして言った。しかし、その後に聞こえた、何かが彼女の前に着地する音で、エレナは這いつくばったまま顔を上げる。
顔を上げたその先には、まさしくも赤髪の青年、ロトが立っていた。そして、すーっと大きく息を吸い込んでから叫んだ。
「今エレナの事笑ったやつでてきやがれ! 全員まとめて俺がぶっ飛ばしてやる!」
あまりにも大きな声が会場中の空気をビリビリと揺るがす。その声には激しい怒りが感じられる。その怒りを感じ取ったのか、闘技場中が静まり返り、目の前にいるシルヴァさえもたじろいた。
「な、なに試験中に入って来やがる、トカゲ野郎!」
「んだとやんのかコラ! 言わせておけば好き放題言いやがって……ふざけんじゃねえぞ!」
「当たり前の事を言ったまでだ。事実じゃね……」
「うっせえんだよ! 魔法使えねえからって役立たずだ? ふざけんな! エレナは俺の大切な友達、俺達勇敢な魂たちの大切な仲間だ!」
―――大切な友達。大切な仲間。ロトはエレナが魔法を使えず、本当に役立たずな事を承知の上でそう言ってくれている。彼女の目からは涙が止まらなかった。
「俺は知ってんだ。エレナは魔法が使えない代わりに教科書ボロボロになるまで勉強してんだよ! 努力してんだ! それを役立たずって言ったお前は許さねえ!」
そう叫んだ後、ロトはおおぉと叫びながら、目にも止まらぬ速さでシルヴァに接近し、思い切り握りしめた右拳で、シルヴァの顔面を殴りとばした。その強さと速さからか、シルヴァの白煙化はおいつかない。
ロトがシルヴァの顔面を殴った際の大きな音は、未だ沈黙のままの闘技場に気持ちよく響き渡った。シルヴァは先ほどのエレナのように、壁にぶち当たり、ぐったりとしてしまった。
「ロト君! わかったからやめなさい!」
「うっせえんだよ。もう一発くらい殴らせろ! そうでもしねえと気が済まねえ」
「わかりましたから」
シルヴァが倒れた後も、ロトは攻撃の手を緩めようとしなかったため、教師に止められている。
「もう、いいよ」
エレナの声に驚いたように、ロトは動く事をやめ、ぺたんと座りこんでいる彼女の方を向いた。
「いいのか? あんなに言われて悔しくねえのか?」
「そりゃ悔しいよ。でも慣れっこだし、ロトがああ言ってくれただけで嬉しかった」
「そうか」
彼女は素直にそう言う事が出来た。久々に心から嬉しいと思った。
「じゃあ、戻ろうぜ」
ロトはそう言って、またエレナに向かって手を差し伸べる。エレナはその強くて優しい手を握り締めた。ロトに引き上げられるも、ふらついてしまう。
「みんな待ってる」
ロトの言葉に勇敢な魂たちの観戦場所に目をやると、そこには驚きの光景が広がっていた。そして、いつの間にか止まったはずの涙が再び流れ始める。
勇敢な魂たちの皆は無様なエレナを見ても嘲笑などしていなかった。それどころか、皆が立ち上がり、拍手で彼女を迎え入れてくれていた。
「みんな……」
「ほれ」
ロトはその場にしゃがみ込み、自分の背中を指して呼びかけてくる。
「お前、ふらふらだろ。おぶってやるよ」
「……うん」
エレナは今、一体自分はどのような顔をしてるのだろうと気になってしまう。やはり赤面しているのか。しかし、今日ぐらい素直に甘えてもいいんじゃないかなと思った。
意外と大きなロトの背中に身をゆだねる。エレナはその背中に背負われている時、ロト自身は言っていないが、よく頑張ったと誉めてくれているような不思議な感覚だった。しかし、次のロトの言葉でそれは勘違いだった事にエレナは気がつく。
「お前……重い」
「うっさい!」
ぽこっと頭を殴ると、ロトはこちらに顔を向ける。そして、お互い笑いあった。
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