友達になってやる
エレナの目の前には大きくそびえ立つエリュシオン学園。それは以前いた学校より数倍大きく、優雅で、彼女の目を奪うほどであった。そしてエレナはチェックのミニスカートをひらひらさせながら、校門をくぐりぬける。
学園内はエレナが外見から想像していたように、複雑な仕組みになっている。大理石の大広間には一人の教師らしき女性が待っていた。
「エレナ・スターカットさん、でよろしかった?」
「は、はい」
「では、こちらへどうぞ。校長が待っています」
校長というワードにエレナは少しばかり緊張を覚える。この学園の校長は、レマリヤ大陸でも有名なエリート中のエリートであり、人格者でもあると噂の魔道士という事は、エレナも知っていた。しかし、名前が長く、それを思い出せずにいた。
そんな事を考えながら、歩いていると既に校長室の前。校長室というほどだから、中は勿論、扉なんかも豪華なものなんだろうとエレナは眠る前の列車の中で考えていたが、そうでもなかった。案内してくれた女性はそのそうでもない扉に手を添えると、その部分が青く光り輝き、消える。そして、コンコンとノックをした。
「入りなさい」
噂通りの優しそうな声に、エレナの気持ちは少しだけ落ち着いた。学園自体にさほど期待していないからと言って、校長に会うのには彼女も緊張してしまう。
言われるがまま入室すると案内してくれた女性は「では」と言って、校長室には入らずそのまま去ってしまった。
「……! 失礼します」
広さだけはここはエレナの考え通り大きめだった。しかし、そこには動物園のようにあらゆる動物がいた。それも普通の動物ではなく、地面をのそのそと歩く甲羅から木が生えている巨大な亀や、燃え盛る炎に包まれた鳥、二足歩行をするネコなど奇怪中の奇怪動物ばかりであった。校長と思われる老人の肩の上には大きめの梟。エレナは彼に向かって恐る恐る言った。
「そんなに緊張しなくてもよいぞ。エレナ君」
椅子に座っていた校長が椅子を回し、優しそうな校長の顔がエレナ側を向く。校長は高価そうな眼鏡に白い顎髭を蓄えていた。
「ようこそ。エリュシオン学園へ。私がこの学園の校長、アルカディア・メメント・モリだ。長いから好きに呼んでくれ」
「エレナ・スターカットです。よろしくお願いします」
「エレナ君。突然だが君はなぜこの学園へ来てくれたのかね? 言いたくなければそれでもいいのだが」
「私は、その、前の学校で……色々とありまして」
「ふむ。そうか」
エレナ自身はまだ何も言っていないが校長はひとりでに納得する。エレナが言いづらそうなことを瞬時に察知したようだ。
「学園にはいくつか寮があるのだが、君の入る寮は勇敢な魂たちだ。よろしいかな?」
「はい。構いません」
エレナは正直言ってこの学校に対しての知識が乏しい。だからエレナ自身、寮についての願望などはなかった。
「よかった。あそこは少々激しいからな……いやいや、こっちの話だ。気にしなくてもいい」
校長は今までの貫禄のある様子からほんの少しだけ焦りを見せた。しかし、すぐにそれは元に戻る。
「まるで動物園のようですね」
エレナは我慢できなくなって、つい口に出してしまった。言ってから後悔する。
「動物が好きなもんでね」
校長は肩に乗っている梟の頭を優しく撫でながら言った。
「そうだ。今は春休みで生徒はいないんだが、寮の下見に行ってくると良い」
「あの、私の部屋に荷物置いてもいいでしょうか?」
「構わんよ。しかし、寝泊まりするのは少し待ってくれ」
エレナは「はい」と返事をし校長室を後にしようとした。
「済まない、エレナ君。試験について何だが、一週間後にまたここに来てもらえるだろうか。その時に試験を行いたい」
「試験ならこの後でも十分です」
自信ありげなエレナの驚きの返答に、校長は「ほう、面白い」とでもいうかのように笑みを浮かべた。
「では、下見の後、来てくれ」
「失礼しました」
校長室の扉をガチャリと開けると、そこには先程去ったはずの女性が立っていた。
「寮はこちらに」
「すみません。ありがとうございます」
「礼なんかいりませんよ」
女性は初めてエレナに向けて微笑むと、複雑に曲がりくねる廊下を馴れた足取りで進む。その足取りは初めてここに来たエレナに少しだけ合わせていた。
「この部屋があなたの部屋です」
部屋の前まで来てから鍵を手渡され、部屋に入る。風呂場にキッチン、机などが備わっていた。エレナはその部屋を見て、少しだけ満足する。そして、廊下にいる案内役の女性を待たせないためにも、荷物は置くだけにして、部屋を出た。
試験会場まではそこまで時間はかからなかった。会場といっても個室ではあったが、やたら広いところにポツンとエレナだけというよりは、個室の方が断然よかった。試験内容は魔法に関する基本的なこと、属性に関することなど広く浅く出題されたものだった。問題数は多めで、エレナに与えられた時間は一時間半。しかし、この程度の内容はいくら問題数が多いからとはいえ、エレナにとって赤子の手をひねるくらい簡単だった。僅か三十分で答案用紙を先程の女性に手渡した時は、女性も驚きを隠せない様子だった。
「で、では登校日は四月六日です」
「ご親切にありがとうございました」
そう言ってエレナはエリュシオン学園を後にしようと校門付近を通りかかった時、後ろから声をかけられた。
「エレナ君、ちょっといいかね」
「はい」
呼びかけに応じたエレナを見ると、あまり急がずに校長は歩み寄ってくる。
「少々早いが入学祝いに君へプレゼントだ。」
校長は優しく笑いながらそう言うと、後ろで組んでいたと思った手を前に差し出す。そこには緑色の小鳥がちょこんと座っていた。勿論ただの小鳥ではなく、頭に博士帽子をかぶっており、目には眼鏡。大きさはちょうど人の顔ほど。目は大きく、プロポーションは二頭身半とアンバランス。しかし、それが逆に可愛らしさを引き立てている。
「あたしにですか?」
「そうだ。オスの小鳥君だ。まだ名前はないからな、好きに付けてくれ」
「あ、ありがとうございます」
校長は満足そうに笑みを浮かべると、エレナの肩に優しく小鳥を乗せた。「では」といって学園に戻る校長を見送りながら、肩の小鳥をそっと撫でてみた。その小鳥の大きさにしては、肩にかかる重みは少ない。
「よろしくアル!」
「!?」
突然に喋り出す緑色の小鳥。それを見て驚かずにはいられなかった。
「では、朝礼を終了します。勇敢な魂たちの生徒は引き続き残って下さい」
どうやらこの学園恒例の朝礼は今の言葉を持って終了した模様だ。しかし、最後の一言を聞き逃さなかった勇敢な魂たちの生徒たちは口々にブーイングをしている。
「なんだよ、俺達まだ悪い事してねーぞ」
「まだって何だ、まだって」
「うっせー! してねーもんはしてねーだろーが」
「んだとやんのか?」
「上等だ!」
「静かに!」
勇敢な魂たちの生徒の中で少しやり合いがあったようだがエレナは特に気にとめていなかった。エレナは先日と違ってあまり緊張していない。いざ自分と同じ生徒と向き合うと、また始まるのだろうかという思いがいやしくも胸をよぎってしまう。
エレナは勇敢な魂たちの生徒のみんなとの初対面と言う事もあって、制服に身を包んでいる。Yシャツの上から白いベスト、赤地のミニスカートを着ている。この学園では制服は式の時などは着用しなければならないが、普通の時は何をきてもかまわないそうだ。そのため、ほとんどの生徒が制服以外の服、あるいは制服を着崩している。
朝礼をしているのは先日案内をしてくれた女性。彼女の名前は「アラクネ・フリギアス」。この勇敢な魂たちの顧問の教師の一人という事を先程エレナは聞いてびっくりした。
「本日、我々勇敢な魂たちに新たな仲間が加わります」
「転校生?」
「だれだれ?」
「美人かな?」
ざわつきの中、エレナはアラクネに呼ばれ隣に立つ。すると、美人だなや、あの子可愛いなどという声が飛んでくる。嬉しい事だが、エレナは心の底からは喜べなかった。
「エレナ・スターカットといます。こっちの鳥はナッシィです。よろしくお願いします」
「よろしくアル!」
エレナが自己紹介を終えると、とてつもなく大きな拍手がエレナと小鳥のナッシィのために起こった。エレナは生きてきた中で、自分のためにこんなにも拍手された事がなく、これに関しては驚きと嬉しさがこみ上げてきた。でも、とエレナは俯いた。
アラクネに促され、もといた場所へと戻る。彼らもあたしが魔法を使えないって知ったら、役立たずって知ったら、使い飽きた玩具のようにあたしを捨てるんだとついついそんな事を考えてしまう。
「これで、集会を終わります。各自寮へ戻って下さい」
いつの間にか、集会は終わり、側にいたアラクネに寮に戻ってもいいですよと声をかけられ、足早に進み始める。
「エレナ、だったよな?」
「はい?」
後ろ側から声がかかり、振り向くと、そこにはとても体格のいい、大男が花束を持って立っていた。何故か目が輝いて見える。どうやら勇敢な魂たちの生徒のようだ。白いタキシードに身を包み、茶色の髪を四方八方に尖らせている大男はエレナを見るなり、こう言った。
「俺はアトラス・ヘルペデス。俺、キミに一目惚れしちまったよ! 君が愛しい!」
アトラスと名乗った男には失礼だが、絶対にこの男からは発せられないと思っていた、愛の告白をする。ひざまずき、持っていたきれいな花束をエレナに向けている。それを見て、エレナは顔を赤らめてたじろく。
「よかったら、この俺と付き合って……」
アトラスは容赦なくエレナに愛の告白を続けたが、そこまで言ったところで、やってきたエレナより少しばかり年上と思われる女子生徒に殴られ、吹っ飛ばされたため、続きを言える事は出来ず、その代わりに「うごっ!」という悲痛の叫びを上げた。
「いやー、悪いね。あいつアトラスって言うんだけど、いっつもあんな感じでさぁ」
腰辺りまで伸ばした紫の髪を揺らして、他の生徒より少し大人っぽい彼女は言った。顔は整っていて、綺麗な髪は紫色と珍しい色で、しなやかに腰付近までストレートに伸ばしている。パッと見てお姉さんと言った感じだった。制服を着用しているものの、かなり着崩している。
「あたし、アリサ・クライヴ。同じ寮同士よろしくな」
エレナはのばされた手を、苦笑いしながら握り返した。その時、エレナは自分の胸辺りに違和感を感じた。
「んー。バストは89センチ、ウエストが59!? こりゃスゴイですね!」
「な、何してんの!」
かなり大きな声で自分のバストとウエストをズバリ言い当てられ、真っ赤になるエレナをよそに、ふわふわとした青い髪に、白衣を着たエレナより少し小柄な眼鏡っ子は、なおもエレナをじろじろと見つめてくる。
「制服とは感心ですね、エレナさん。同じ勇敢な魂たちのライラ・フリンデルです。よろしくです。あ、あとそこの小鳥さんも」
「……あ、よろしく」
「よろしくアル!」
赤い眼鏡をくいっと上に動かしながら、自己紹介をした白衣のライラはペコっとお辞儀をすると、特に質問をすることなく、足早に去って行った。
色々と話しかけられてしまったので、早く自分の部屋へ戻ろうとエレナが歩き始めたその時だった。
「おい」
その声の主がエレナに話しかけている事、その声が聞き覚えのある声だという事など、エレナは気がつかなかった。
「おいってば!」
エレナは突然肩をつかまれ、進行方向とは正反対に無理やり体を動かされた。反射的に「きゃ」と女の子らしい声が出てしまう。
「お前エレナだよな」
目の前にいる赤髪の青年は、エレナの肩に両手を置いたまま彼女の名前を言った。肩の手をさりげなく払いのけ、頬を赤らめながらエレナは言った。
「ロト?」
「オレもいる」
「えっと……バロン?」
ロトの時とは違って少し自信無さ気に尋ねる。ロトは「おう」というとそれに続けて何か思い出したような顔を見せる。少したれ目気味の目に、頭にはレーサーが付けるような黒いゴーグル。それと同じ黒色の革の手袋をはめた手を、ひらめいたとやるように動かした。ロトは制服ではなく、ファー付きの赤いコートを羽織っている。しかし中には何も着ておらず、鍛え上げられた腹筋が見え隠れしていた。ズボンは動きやすい質のベージュ色の七分丈の物を着ている。
「そうだ! 弁当箱! お前に返すよ」
「美味かった」
バロンは弁当の味を思い出すように、しみじみと言った。
「弁当箱? ……ああ、あの時の」
「エレナの部屋どこだ?」
ロトは平気な顔でエレナの部屋の場所を聞いてくる。ただそれだけの事だが、エレナの頬は少しだけ熱を帯びる。エレナはロトに惚れたわけではなく、ただ単に男性との関わりが少ない、つまりウブなのだ。
「え、あたしの部屋は……」
「じれったいな。先行こうぜ、バロン!」
そう言ってロト達は嵐のように去って行った。結局のところ来ないんだろうか。自室までの廊下で、そればかりエレナは考えていた。
エレナは自分の部屋となった扉の鍵を開けようと鍵を回すも、開く方に回らない。つまり、鍵が開いていたのだ。自室となった扉を開けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「よお!」
「お邪魔している」
そこには赤髪の青年ロトと黒いドラゴンのバロンがエレナの部屋でくつろいでいた。
「よお、じゃないわよ! 何勝手にあたしの部屋に入って来てんのよ!」
「まあ、怒らない怒らない」
「オレ達は弁当箱を返しに来てやった」
「なんで上から目線なのよ」
「そーだそーだ、忘れてた」
「ロト、忘れてたのか?」
「ほい」と手渡された弁当箱は意外にもきれいに洗ってあった。
「美味かった! ありがとな」
「礼を言う」
「ど、どういたしまして」
ロトは立ちあがったかと思うと、先日学校に来た翌日に運んで来てもらった新品のソファにどかっと座りこんだ。
「それにしても、でけー部屋だな。てか、なんだその緑の鳥?」
「ああ、この子はナッシィって言うの」
「おれっちはナッシィアル!」
ナッシィはエレナの方の上で、右の翼を高々とあげ元気良く叫んだ。
「なんか変な名前だな。お前つけたのか」
「酷いわね」
「変な名前じゃないアルよ!」
「もっとマシな名前なかったのか?」
ロトが真剣な顔をしてエレナに尋ねた。変な名前と言われた緑色の小鳥、ナッシィはぷんぷんと怒っている。
「ゴンザレスとか、サルバトーレとか、フェルナンデスとか色々あったんだけど、これが一番可愛いかなと思って」
「よかったな、ナッシィ」
ロトはナッシィの頭を優しくなでながらそう言った。
「それどうゆう意味よ!」
「……大きい部屋だな。金持なのか、エレナは」
部屋をうろちょろしていた黒いドラゴンのバロンは感心したように呟いた。
「まあ色々とね。……てか、用済んだんだから帰りなさいよ! 普通転校初日の女の子の部屋にとどまる男子っている?」
「用はまだ済んでねーよ」
ロトは意味ありげに口角を上げる。
「何よ」
「俺、お前の友達になってやろうと思って」
「……」
普通ならここで「はあ?」と言う所なのだろうか。それはエレナにはわからなかった。なにせエレナはいじめられてきた身なので、友達というものはほとんど持った事がなかった。友達になっても、多々裏切られた。しかし、ロトはエレナの過去など知らない。ここで彼女がいやだと言えば余計に不自然だ。追及されるかもしれない。エレナはそれに耐えられるかわからなかった。
「裏切らない?」
「そんな事するわけねえだろ」
「どんな事があっても約束する?」
「約束する」
ロトはお前何を言っているんだというような表情でエレナを見つめていた。そして、手を差し伸べてくれている。エレナは考えたあげく、ゆっくりとのばされた手を握った。少しでも考えを変えようと、逃げないようにしようと思って。
「……よろしく」
ロトは満足げに二カっと笑って更に強く握り返してこう言った。
「エレナ、顔真っ赤だぞ。熱でもあんのか?」
その直後、エレナの回し蹴りがロトの頬に炸裂するのであった。