鏡に映る私とお世話してくれるメイド
冷たい鎧に身を包んだ兵に支えられながら歩く私は、連れられた先で数人の女性へと渡される。
白と黒の服を着た女性たち、メイドと呼ばれる人たちに連れられた部屋で椅子に座らされた私は大きな鏡と向かい合う。
ボロボロの茶色い服にボサボサの髪、顔は汚れていて一言で言えば汚かった。
自身を映すそれが鏡だと知らなかった私は、変わった水たまりだと思ってペタペタと触っていると連れて来た女性たちの中で一人残った女の子が不機嫌そうな顔で近づいてくる。
「あんた何してんのよ」
栗色の髪を束ねたポニーテールを揺らしながら、緑の瞳で私を映す女の子が鏡にしがみつく私を引き離すと椅子に座らせる。
「はぁ~、一応名乗っておくけど私はシェール・アンガード。あんたのお世話をしろって申しつけられたの。あんたの名前は?」
名乗ってくれたシェールに対し名前の分からない私は首をひねる。
「分かんない」
「分かんない? あぁ~記憶喪失ってやつ? まあどうでもいいけど。適当に体と髪を洗って服を着替えるから、とりあえずその服脱いでくれる?」
「服?」
「はぁ? 記憶喪失って服も分かんなくなるの? ったくめんどくさいなもう。そのボロボロのワンピースのことよ」
不機嫌なシェールが私の首もとを引っ張って服の存在をアピールする。
「手伝ってあげるから立って」
シェールに脇をもたれ持ち上げようとするので立った私だが、後ろ脚で立つことに慣れていない私はよろける。
「ちょっと、大丈夫? ほら足をもう少し広げて、そこの鏡を掴んでいいから立てる?」
体の小さいシェールが全身で私を支えながら鏡に手をかけさせてくれたおかげで、なんとか私は立つことができた。
「森で倒れていたって聞いたけど記憶喪失どころか立つこともできないなんて一体何があったのよ。ほらっ右手を通して。はい、次左手」
口調は荒いが音に優しさを感じるシェールが私の手を袖から抜いてくれると、背中の紐をほどき下に引っ張る。足からするりと抜けると今まで自分が服というものを着ていたことを初めて認識すると同時に開放感で嬉しくなってしまい鼻歌を歌ってしまう。
服を脱いだ私を見てシェールは口元を押さえて、怪訝そうな表情で少し引き気味に私を見る。
「って!? あんた下は何も着ない派なわけ? まっ、まあ田舎ならそうなのかもしれないけど……まあいいや、体を拭くからじっとしてなさいよ」
服を脱いだ私の体を桶に水差しから入れた水とお湯を混ぜ、そこに布を浸して絞り拭いてくれる。暖かな感触に冷えた体がホカホカしてきて嬉しくなる。
「シェール?」
「何よ?」
私が呼ぶとシェールが反応してくれる。そのことが嬉しくて思わず手を取って上下に振ってしまう。
「ちょっと何よ。じっとしててって言ったでしょ。あぁ~もう! 裸で暴れるな!」
シェールが怒りながら私の体を拭くと次に髪を丁寧に布で拭いていく。
「髪を櫛でときたいから先に服着て」
「やだ」
服を着た感触から解放されたことが嬉しい私が拒否するとシェールは腰に手を当ててにらんでくる。
「やだってあんた裸で過ごす気? そんなはしたないことしたらせっかく助けていただいたジャンティ王子のお顔に泥を塗ることになるでしょ!」
「うっ、王子困る?」
泥を塗るって意味が分からないけども何となく私のことで王子が困りそうだと感じ、言葉にするとシェールは大きく頷いて肯定してくる。
「困るに決まってるでしょ。周りの反対を押して出所の分からないあんたをお城に入れたの。なのにあんたが裸で歩き回ったら責められるのはジャンティ王子になるわけ」
「うぅ……じゃあ着る」
「はいはい、じゃあこれ履くから足上げてぇ……ってそんなに上げるな!」
ピンと前に出した足を押さえつけ下ろされた私は自分の足の形に興味を示す。そして手を見て鏡で顔を見て頬を引っ張る。
「おぉ……人間だ」
「はあ? 何を言ってるの? どうでもいいからほらこっちに足を通してって、なんて不器用な着かたをするのよ」
自分の顔をペタペタと触る私はシェールに怒られながら服を着終えたときには、シェールはぜーぜーと肩で息をしていた。
「シェールと同じ」
「私のお古なんだから同じで当然よ。はい、それじゃあ髪をとくから座って」
肩を押されて椅子に座った私の髪をシェールが櫛でといていく。気持ちのいい感触に目を細めてしまう私を見たシェールが安堵のため息をつく。そこからしばらく無言でシェールが手際よく私の髪を整えてくれる。
「あら? 痛んでるかと思ったけどボサボサなだけで綺麗じゃない。それにあんた結構可愛い顔してるのね」
シェールが拭いた私の顔をじっと見つめ感心したように何度も頷いてくる。
「ほらっ動かない。クリーム塗るから……こらっ私の指を噛むな! んーっと完成。こらっ唇を舐めない!」
唇に何か塗られたのでペロッと舐めると苦くて、舌を出したままシェールの方を見ると呆れた顔で見ていた。
「まったく、舐めるなんてはしたないんだから。記憶喪失とはいえ品は持つべきよ。せっかく可愛いのにもったいないでしょ」
シェールが呆れた顔で言いながら私の服を整えてくれる。
「よしよし完璧。我ながらいい出来だわ。迎えがくるって言ってたからそれまでゆっくりしてて」
そう言ってシェールが道具を片付け始める。後姿を見ながら私はシェールの足を観察する。私の知っている足とは違う形、どうやって使えばいいのか分からないけどなんとなく体が覚えている変な感覚の中、シェールが部屋の中を歩く姿をじっくりと見て観察する。
膝を伸ばしたり曲げたりしてみた私は床に足をつけ力を入れてみる。
「おっ」
力を入れ過ぎて前に倒れそうになるが片足を前に出して踏ん張ってなんとか立つ。反対の足を出すと前に進む。さらに反対の足を前に出すと進むので何度か繰り返してみる。
次にふとももに力を入れてみると、カエルだったころの感覚が蘇る。その感覚を持ったままグッと力を溜めて跳んでみる。
「うわわっ!」
思っていたよりも高く跳ねた私は天井に頭をかすめてそのままベッドに飛び込んでしまう。ぼふっと大きな音をたて飛び込んだ私だがふわふわする布団の感触が気に入って転がる。
「ちょっとあんたなにやってんの! せっかく髪整えたのにってベッドが乱れてる⁉」
慌てて走ってきたシェールが転がる私を引っ張ってベッドから起こすとシーツや布団を治し始める。
「シェール! 跳べた!」
「あぁ~はいはい、どうでいいから大人しくしてて!」
本当はもっと色々と話したかったけど、シェールの口から出た声の音に怒りを感じたので大人しくすることにする。
暇なので壁に手が引っ付かないか試していたとき、ノックする音に返事をしたシェールがドアを開けると、驚いた顔のままひっくり返りそうになる。気になった私はドアの方を覗き込むと見知った顔がそこにはあった。




