カエルと魔女
━━これはアメが名前のないカエルだったときの話。
仲間は私と同じ姿形をしているけど言葉は話せない。
ただなんとなく何をしたいかは理解できる。理解できるけどそれは「お腹空いた」「ごはんだ」「ねむい」みたいな単純な思考。
私が仲間と違うことに気づいたとき私は孤独を知った。
水たまりに映る自分の姿を見ながら私は自分が何者なのかを考える。水に揺れる自分の姿を見つめながらふと彼のことを思い出す。
胸の中にあるトクトクがドクンドクンっと力強く動き始める。これが何なのか分からないけど悪い気はしない。むしろソワソワしてなんだかくすぐったい。
私を抱き上げて何かを話しかけてくれた彼。優しい声で何か話しかけてくれたそれだけで良かった。遠くから眺めているだけで良かったのに近くで私だけを見てくれただけでなく触れてくれた。
だから今は何を言っていたのか知りたい。もっと近くにいたい。
そんな叶わぬ夢を思いながら水面から視線を離した私は辺りを見回す。少し離れた場所に仲間たちが身を寄せ合って目をつぶっている。彼らはご飯が降ってくるまでは物陰に隠れじっとしている。群れから離れて動く者など私以外に誰もいない。
後ろ脚で地面を蹴って彼らから離れた場所へと歩みを進める。
群れに馴染めない私のいつもの行動。彼らが私のことが嫌いなわけじゃない。むしろ仲間だと思ってくれている。ただ私が落ち着かないから一緒にいないだけ。私の方がおかしいのはなんとなく分かっているけど、どうしようもない。
仲間の視線を感じながらいつもの場所へと向かう。じめじめとした岩の隙間に身をねじ込む。そのまま意識を落ち着かせぼんやりとどこでもない場所を眺めていると小さな羽虫が目の前を横切る。その瞬間自分でも驚くほどのスピードで私は舌を伸ばして羽虫を捕らえ口の中へと入れる。
(おいしい……)
もぐもぐと口を動かしているとふと聞いたことのない音が頭に響く。
━━こ……ち
私は辺りを見渡すが音の場所は分からない。私はもう一度周囲を見渡すがやっぱり分からないので諦める。
ひと眠りしようと、目をつぶる途中で狭くなった視界に再び小さな羽虫が通る。それに反応した私は舌を伸ばすが羽虫はスルリと避けてしまう。思わず隙間から飛び出た私は再び舌を伸ばすがまたしても羽虫はスルリと避けてしまう。
意地になった私は地面を蹴り大きくジャンプして羽虫に直接噛みつこうとするが避けられるので、壁を蹴り方向転換して舌を横に薙ぎ払い捕らえようとするが失敗に終わる。
バカにしたように空中をくるりと回る羽虫を私は何としても捕まえたくて追いかけ始める。
羽虫を追いかけて行くうちにいつもとは違う場所にたどり着いてしまう。見たこともない場所は不思議な光がぼんやりと光る壁に囲まれていて真ん中に大きな生き物がいた。
憧れの彼と同じような形をしたそれはおそらく同種族なのだろうと結論付けた私は目を動かし羽虫を見つけると、ペロンと羽虫を捕らえて口の中に入れる。
(おいしい、おいしい)
私が羽虫の味に幸せを感じているとどこからか「はぁ~」と風がもれる音がする。
「せっかく呼んだのになんという能天気っぷりだろうね。知性の欠片を感じて期待してみたけど、所詮はカエルということかね……」
言葉?……私は初めて自分以外の音が言葉として聞こえ慌てて辺りを見渡し中央にいた彼と同種族の者と目が合う。黒い布をまとい、頭にも尖った布を置いている者は彼とは違い細くしわだらけの体と白い毛を持ち、音もどこかしわしわな感じで頼りない。
「どうやらあたしの声は理解できているようだね。いいかいよくお聞き、あたしの名前はヴィーというのだけど理解できるかい?」
ヴィーというのが自身のことを意味するのだとなんとなく理解できた私にヴィーは言葉を続ける。
「体に合わぬ知性あふれるモンスター、まして人の子に憧れを抱く種を越えた心。あたしはすごく興味があるのさ、あんたがどんな物語を見せてくれのかをね」
そう言いながらヴィーは私の額に手を置く。
「憧れの王子様に会って話してみたいのだろ? あたしならその願い叶えてあげらえるがね。さあどうするかね?」
ヴィーからの突然の提案は私の体の中から殴ったような衝撃を与え、体の奥にあった何かを大きく震わせる。
「話したい!」
そして私は生まれて初めて体の奥から声を出した。
「そうかい、そうかい。ならばついておいで。お前さんに新しい体をあげようじゃないかい」
ヴィーについていった先には大きな水の中に人間が浮かんでいた。人間の形は彼とは違い丸っこく小さい。
「この子は魔族の娘さ。といっても、もう動くことのない抜け殻だがね」
ヴィーは水の外側を撫でると私を見る。
「こいつは魔族の頑丈で不老不死とされる体。人間の緻密で繊細な魔法回路と知識。これを併せ持った体さ」
そこまで言っヴィーがニヤリと笑みを浮かべる。
「不老不死な体なのになんで抜け殻かって思っただろ? あぁ思ったはずだとも」
そんなこと思ってもない私が首をひねると、ヴィーは嬉しそうに水をポンポンと軽くたたく。
「魂だけ抜いてやったのさ。なんでそんなことができるって? そりゃぁあたしも魔族だからね。漆黒の魔女ヴィーと聞けば誰もが驚くものさ」
聞いてもにいないのに意味の分からないことを話し続けるヴィーは私に手を差し伸べる。開いた手をからヴィーに視線を移動させると目が合う。
「最強の体はできたんだがね。肝心の魂がない。魔族の魂を入れれば言うことを聞くわけもなくあたしに歯向かう。人間では魔族の体を動かすことも耐えることもできない。魔物では知性に乏しい……そこでお前さんというわけさ」
手を広げたままヴィーは話を続ける。
「数千年、いや数万年に一度見つかるか否かの知性を持った魔物の魂を探し求めていたのさ。さあ知性あるディモンガエルよ、愛しの王子様に会って話したいのだろう? あたしの手に載れば新しい体と新たな世界が手に入るがどうするかい?」
王子に会って話してみたい。会っていつも話しかけてくれて。今日は撫でてくれて嬉しかったって、ご飯沢山くれてありがとう。そして王子に会うと胸がドキドキしてなんだか嬉しいって伝えたい!
私は迷わずヴィーの手に飛び乗る。
「いい子だね。さあ、お前さんの幸せのため力を貸そうじゃないか」
ヴィーの力が私に流れ込み体が光り始め、まぶしくて目をつぶる。真っ白な世界がはじけさらに目を強くつぶった私が目を開けたとき数人の人がいた━━
「もがもが!」
ピンクの髪の少女が手を挙げて声を出す。右目は包帯で隠れ口元、左耳から首と手足にも巻かれた包帯が目を引く少女を見てアメが笑みを浮かべる。
「そう、モガの言う通り私は今の体になった」
「いや、なんで今のでこの子の言ったことが分かるのよ」
シェールがツッコミを入れるとアメとモガがハイタッチをする。
「モガは私の妹。分かるのは当然」
「姉妹の契りを交わしたわけで本当の姉妹じゃないんでしょ」
「シェール先輩は頭が固い。アメたちは本当の姉妹」
「もがもがっ!」
「三人とも仲がよろしいですな。それでアメ様は王子と無事に出会えたわけですよね?」
わざとらしく呆れるシェールにアメとモガが不満を訴える。そんな三人の掛け合いを見て笑うランロットが会話に入ってくる。
「うん、意外に簡単に出会えた」
「もがぁ~もがが」
「続きが気になる? 分かった続きを話す」
モガに急かされたアメが再び話を始めると皆が耳を傾ける。




