規格外の強さ
森の中を高速で駆けながらランロットは自分の隣にいるアメを横目で見る。
(魔法で補助しているわたくしの動きについてこられる……いえ、わたくしに合わせているといった方が正しいですな。このお年でこれだけのポテンシャル……末恐ろしいですな)
「ねえランロット」
「はい、なんでしょう?」
考え事をしていたランロットはアメに微笑んで応える。
「さっき女の人が使っていたのってなに?」
「あれは魔法の基礎で自身の魔力を体の外に出すことで、羊皮紙に魔力を記憶させることであのサインが本人がしたことの証明になるのです。羊皮紙の契約は初めてご覧になられましたか?」
「うん、そっちもだけど。魔法を使ったのも初めて見た」
「!?」
ランロットが突然足を止めると、びっくりしながらもアメも軽やかに足を止める。
「どうかした?」
「アメ様、今魔法を使っていらっしゃらないのですか?」
「魔法? 使ったことない」
アメの答えにランロットは驚きを隠せないといった様子でアメのことをまじまじと見る。
「わたくしは今、身体強化と速度上昇といった補助魔法を使用しています。これらは誰しもが使えるわけではございませんが、過酷な戦場を生きる者たちには必須の魔法でございます。これらを使用しているわたくしよりも速いアメ様は一体……」
「一体って言われてもよく分かんない」
まじまじと見られ困った顔をするアメだったが、耳をぴくっと動かすとランロットとは別の方向を見る。
「どうかされましたか?」
「あっちで音がする。鉄がぶつかる音と、さっきの魔法って感じの感覚がする」
「あっちでございますか……申し訳ございません。わたくしには感じることができません」
目を凝らしてアメが見る方向に意識を集中させるランロットの隣でアメが鼻をすんすんと動かす。
「なんとなく、血の匂いがする。行ってみよう」
言うや否やアメが地面を蹴ると一瞬で消え去る。
「お待ちを!」
ランロットも慌ててアメの向かった方向へと駆ける。
おおよそ人が通る場所ではない森の中を小さな体を使ってすいすいと高速で移動するアメに追いつくどころか、どんどん離されていくランロットは額に汗を垂らしつつも必死に走る。
彼のスピードも一般的な人間からすれば恐ろしく速い部類であるが、アメのスピードは常識を超えていた。
(なんというスピード。少しばかり身体能力と魔法には自身があったのですが……いえ、驕っていたということですな。上には上がいるということを忘れてはなりませんでした)
アメが通ったと思われる方向へ向かうランロットにも魔力の流れがわずかに感じられ、アメを見失った今はそちらを頼りにして足を進める。
少しだけ開けた場所に出たランロットの目の前には地面に倒れた二人の男性と、頭から血を流しながらも剣を構えて目の前にいる巨大な熊と対峙する冒険者の男がいた。
「あれはボルタルベアー……」
ランロットが呟いたとき、ボルタルベアーが剣を構える男ではなくその後ろに立つアメを見ていることに気づく。
地面をトントンと軽く右足で蹴ったアメが軽くぴょんと飛ぶ。両足が地面についたかどうか分からないほどの一瞬、ボルタルベアーの鼻先から頬にかけての位置にアメの足の裏がめり込んでいた。
ランロットはもちろん、剣を構えていた男もなにが起きたのか分からず唖然と見る中、アメが足を振り抜き空中で回し蹴りを決める。
と同時に吹き飛ぶボルタルベアーが木を数本へし折りようやく止まって地面に倒れる。
体を震わせながら立ち上がろうとするボルタルベアーの眉間に急降下してきたアメの足が食い込む。白目を向き口から泡を吐いて動かなくなったボルタルベアーの上で屈んだアメが指で突っつく。
「ランロット、これ食べれる?」
「あ、えっ、こほん。食べることは可能ですが、そのためには専門の知識がいります。残念ながらわたくしにはその知識がありませんので、アメ様のご希望に応えることができません」
「そうなんだ。残念」
ボルタルベアーから飛び降りたアメがまだ剣を構えたままの男のそばにやってくると見上げる。
「怪我してるから手当てした方がいいと思う」
「あ、ああ……」
まだ理解が追い付いていない男が生返事をすると、その場から離れたアメは倒れている男たちを指で突っつく。
「怪我はしているようですが、すぐに命に関わることはないでしょう。あなた方の荷物に手当てができるものはございますか?」
ランロットが男たちの容態を確認し、未だ呆然としている男に尋ねると男はようやく剣を下ろし、少し離れた場所にあった荷物から包帯など手当てに使えそうな物を取り出す。
手際よく男たちの手当てをするランロットの隣では興味深そうにアメが見ている。
「アメ様、申し訳ありませんが包帯の端を切ってもらえますか?」
「うん」
包帯を巻き両手が塞がっているランロットの代わりに、近くにあったナイフを手にしたアメは包帯の端を持つとナイフの刃を当て押す。
「ん~? 切れない」
アメは押すと伸びてしまう包帯に苦戦する。
「包帯は目が粗く伸縮しますからピンと張って繊維に沿って刃を真っすぐ当てると切れます」
力任せに切ろうとするアメにランロットがアドバイスをすると、アメはいわれた通り包帯を引っ張り張りをもたすと繊維に沿って刃を当てる。
「切れた!」
「ありがとうございます」
お礼を述べ手早く包帯を巻き終えたランロットが次の箇所に移ろうとしたとき、アメが消毒用の薬を差し出す。
「最初はこれであってる?」
「ええ、ご協力感謝いたします」
そこからはアメとランロットが手早く手当を済ませる。そのころには呆然としていた男も冷静さを取り戻し会話もできるようになっていた。
「助けていただきありがとうございます。手当までしてもらってなんとお礼を言ったらいいか。それに……」
男はアメを見ると少し戸惑った表情を見せるが意を決してといった感じで口を開く。
「あなたは一体……蹴りで魔物を倒すなんて聞いたことがない」
「食べられそうになったとき蹴って生き残ってきた。でも今の方が蹴りの威力強いからあの大きさのヤツも倒せる」
説明になっていない説明だが、幼い見た目のアメから出てきた『食べられそうに』『生き残ってきた』の言葉の重みに男はもちろん、ランロットも口を挟めず沈黙してしまう。
「お腹空いた。ランロット帰ろう」
ぐーぐー鳴くお腹を押さえたアメの姿に微笑んだランロットが頷く。
「それではこれにてわたくしたちは帰りますが、よろしければ安全なところまでご一緒いたしませんか?」
「何から何まで申し訳ない。お言葉に甘えさせてもらってもいいだろうか」
ランロットの提案に男は申し訳なさそうな表情でお願いする。
「それでは行きましょうか」
まだ目覚めない男たちをそれぞれ担ぐランロットたちの周りをちょろちょろするアメは森を探索しながら進む。
(底知れぬ強さを秘めていらっしゃる。それに物覚えが早く何よりも目がいい……これはとんでもないお方と出会ってしまったかもしれませんね。ギルドへの登録は難なくいけそうですが、あまりにも強い力はどう説明するべきでしょうか)
無邪気に跳ね草むらにいた大きなバッタを手で捕まえて、見せてくるアメを微笑みながら褒めるランロットは今後のことを考えるのである。




