老兵の余生は波乱の始まり
━━アボンド王国騎士団第一部隊である太陽の騎士団の副隊長を務めていたわたくしは年齢を理由に引退いたしました。
ありがたいことに騎士団の指南役、ギルドや民間の部隊へのお誘いなど多数いただきましたが、わたくしが選んだのは旧友であるピラトス家の執事でした。
「戦いから一線を引きのんびりと余生を過ごすといい」そう言ってくれた旧友の言葉に甘えさせてもらったのです。
元騎士団所属ということもあり、旦那様であるバラハ様、そのお嬢様であるジェル様の護衛と身の回りのお世話を主な仕事とし、その傍ら掃除を兼ねて庭いじりをさせてもらったりと自由に過ごさせていただいてました。
そんなある日のことわたしくは旦那様の付き添いで、隣町にいるライアット家へと向かうことになりました。
馬車に揺られて数時間ほどしたころでした━━
「退屈よ。ランロット何か面白い話をして」
「申し訳ございません。わたくしにジェルお嬢様を楽しませるお話ができないことは既に周知の事実でございます」
「ふん、つまんない人生を歩んだのね。もういいわ、お父様ライアット領には綺麗な髪飾りを作る職人がいるとメイドどもが言ってましたの。寄っていただけないかしら?」
「もちろんだとも。ライアット公との対談が終わり次第向かうとしよう。おっとそうだ、そこのお前先にその店に行ってわしが来ると伝えておけ」
「はい、承知いたしました」
バラハが同乗しているメイドに言いつけると、ジェルは満面の笑みを浮かべてバラハの腕にしがみつき甘い声を出す。
「お父様大好き」
「おほっ、おほほっ、いやいやこんなに可愛いジェルのために当然のことだろう」
鼻の下を伸ばしてご満悦なバラハと髪飾りだけでなくドレスも欲しいとねだるジェル。そんなやり取りがなされてとき、突然先頭を走っていた馬がいななき騒がしくなったかと思うと馬車が緊急停止する。
「何事か!」
「旦那様、立ち上がると危険です。身を縮め頭を守ってください」
引きつった顔でパニックを起こすバラハを落ち着かせランロットが静かに立ち上がる。
神経を集中させ周囲を探るランロットの耳にピラトス家の馬とは別の馬の足音が聞こえてくるとすぐに剣と剣がぶつかる金属音が響き始める。
「旦那様、お嬢様ここから動かないでください」
怯える二人にそう告げたランロットは馬車のドアを蹴る。勢いよく開いた扉に顔面を叩かれ鼻を押さえる男の膝を蹴って無理やり地面に跪かせると首筋に手刀を落とす。
崩れる男を確認しつつ馬車の扉を閉めたランロットは男が持っていた剣を手に取って馬車を囲む男たちをにらむ。
いかにも荒くれ者といった風貌の男たちが盗賊の類であることを察したランロットは、族の頭と思われる男の方を静かに向く。
「おい、爺さん悪いことは言わねえ。そこをどきな」
族の男が巨大な棍棒で肩を叩きながら言うと周囲の男たちがニヤニヤと笑みを浮かべランロットを見る。年老いた男一人が自分たちに適うわけがないだろうとなめた態度を取る男たちの前にしても、ランロットは凛とした品のある態度を崩すことなく立つ。
「できない相談ですな」
「そうかい、せっかく優しさを見せたってのによ。おい、このじじいを潰せ」
頭の一言で数人の男たちがそれぞれの武器を抱え、ふてぶてしく歩いてくる。余裕をかます男たちに対し静かに剣を右手に持つランロットがふと笑う。
「じじい! 何が可笑しい」
一人の男が苛立った声を上げる。
「失礼しました。久しく戦場に立っていませんでしたのでこの空気感が懐かしいと、そう思うわたくし自身を笑ってしまったのです」
「何言ってんだじじい! ボケたこと言ってんじゃねえぞ!」
男たちが一斉に襲いかかる。男たち乱暴に振る武器を剣で軽くいなして避けながら武器を叩いてはじき飛ばす。
武器を叩かれた衝撃にやられ手を押さえてにらむ男たちを押しのけて頭が前に出る。
「じいさんただものじゃねえな……ん?」
頭が眉間にしわを寄せランロットを凝視する。
「お前もしや王国騎士団にいた……ランロットか?」
「わたくしの名前を存じ上げてるとは光栄ですな」
ランロットが答えると頭がニンマリと笑みを浮かべる。
「こいつはいい! ランロットのじいさんよ。俺のこと覚えて……ねえだろうな。王国騎士団にいたサイアックなんて名の末端の雑魚なんてよ」
引きつった笑みを浮かべるサイアックとランロットの視線がぶつかる。
「存じ上げませんな」
「だろうよ。お前の正義感ぶった規律を守る姿が嫌いだったぜ。おかげで兄貴と俺は騎士団を首になったんだからなっ!」
サイアックが巨大な棍棒を振る。それが自身ではなく馬車への攻撃と感づいたライアットが棍棒を剣で受け止める。
巨大な棍棒を身をていして受け止めたライアットの表情には苦悶の色が見える。
「手加減したとはいえその老体で俺の攻撃を受け止めるとはさすが副団長さんだぜ」
ニヤリと笑ったサイアックが再び棍棒を振る。それを受け止めるが吹き飛ばされしまったライアットが馬車に叩きつけられる。
「どうした? そんなもんか? そういやあんた剣じゃなくてランス使いだったな。まあ関係ねえけどよっと!」
よろよろと立ち上がったライアットをサイアックの振り下ろした棍棒が襲う。気力で受け止めるもあえなく吹き飛ばされ再び馬車の扉に衝突する。
「ざまあねえな。おい、馬車から貴族様たちを出せ」
サイアックの命令に男たちが馬車の扉を乱暴に開け中にいたバラハとジェル、メイドを引っ張り出す。
横に並べられ目に涙を溜めて震えるバラハが首にかけていたペンダントを引きちぎり。ペンダントをじっくりと見ていたサイアックが目を大きく見開く。
「こいつはピラトス家の紋章……これはこれはすげえ大物釣ったもんだ」
あごに手を置いてなにやら考えたサイアックがバラハに顔を近づける。
「ひいっ⁉」
「ピラトス家のおっさんよ。お前の命と大切な娘さんの体が大事ならよく聞け」
「は、はひっ!」
怯えて舌を噛みながら返事をしたバラハに周囲の男たちが指をさして笑う。そんな状況にジェルがその場に座り込んで泣き出してしまう。その様子をサイアックは鼻で笑い男たちはニヤニヤと笑みを浮かべて見る。
「命だけは助けてやるから金目の物は置いて行け。それと今回の件を王国に報告するな。したらどうなるか分かっているだろうな」
そう言いながらサイアックがペンダントをバラハに見せる。
「もしもこのことをチクったら、この紋章をかかげて俺らの雇い主はピラトス家だって言うからな」
壊れたおもちゃのように首を縦に振るバラハの肩をサイアックが乱暴に叩く。
「いい心がけだ。それともう一つ、このじいさんは連れて帰るからよ、捜索はしねえこと。つまり、こいつをここで首にしてピラトス家との縁を切れ。それで助かるんだ安いもんだろ?」
「わわ分かった、分かりました! そのじいさんは首だ! そんなじいさんいらないから好きにしてくれ」
バラハの言葉に顔を上げたジェルも声を上げる。
「そんなじいさんいらないわ! 口うるさくてうっとうしいの!」
「ぐははははっ! ランロットのじいさんよ酷く嫌われてんじゃねえか」
愉快そうに笑ったサイアックはランロットを無理やり立たせると乱暴に男たの方へと押しつける。
「こいつを縛っておけ」
そう言ってサイアックは歩き出すと馬の前で倒れている兵の頭を蹴る。
「おい、死んだふりはしなくていいからよ。お前の旦那様とお嬢様を連れて帰れ」
「ひええっ⁉」
うつ伏せになったままピクリとも動かなかった数人の兵が飛び起きると、バラハたちが乗せた馬車を引き連れ飛ぶようにその場から立ち去ってしまう。
「あぁ~哀れなもんだなランロットのじいさんよ」
「サイアックさん、こんなじじいどうするんですか?」
一人の男が尋ねるとサイアックは鼻で笑う。
「こいつに個人的恨みがあるのはもちろんだが、元王国騎士団所属の副団長さんだぞ。金を引き出す方法はいくらかあるだろうよ」
「さすがサイアックさん! 頭よすぎて俺分かんねえです!」
「おうよ、それに兄貴もこいつには世話になってるからな。俺だけで憂さ晴らしってのはフェアじゃねえ」
得意気に言うサイアックを部下に男たちが称えると、ますます調子に乗ったサイアックがランロットを見てニンマリと笑みを浮かべる。
「楽に死ねると思うなよ。じっくり、いたぶってやるからせいぜい頑張れよ。おい、帰るぞ!」
縛られたランロットを雑に馬の後ろに括り付けるとサイアックたちは自分たちのアジトへと帰っていく。
━━これがわたくしが縛られ盗賊であるサイアックたちのアジトへ連れられた経緯でございます。
「そこからはご存知の通り全滅した盗賊のアジトにいたアメ様と出会い、わたくしを捕らえていた賊どもを蹴散らし救ってくれたのです」
「アメが救い出したのです!」
アメがドヤ顔でピースするのをシェールとリネロがジト目で見る。対しモガは笑顔で拍手し、プレスも嬉しそうに頷いている。
「アメの話だと、とりあえず謝ったとか言ってなかったっけ?」
「気のせい。アメはランロットを助けるため賊を蹴った」
「はいはい、そういうことにしておきましょうか」
わざとらしく肩をすくめシェールが折れると、アメは満足げに微笑む。
「でもあそこでランロットと出会えて助かった。アメ一人だとどうしていいか分からなかったから」
「いえいえアメ様のお役に立てたのなら、これ程嬉しいことはございません」
心底嬉しそうに微笑むランロットにアメも微笑んで応える。
「ランロットが盗賊のアジトに囚われていた人たちを出して、それぞれの居場所を探してくれた。それからアメにお金を稼ぐ方法を教えてくれた」
やや興奮気味に話すアメは自分に向く皆の視線に気づくと少し考えるそぶりを見せ小さく頷く。
「じゃあ続きから話す。プレスと出会うまでくらい」
アメがそう宣言すると皆が耳を傾け聞く姿勢を見せる。それを見て微笑んだアメがゆっくりと口を開く。




