第94話 王の初手
報告の声が、回廊に反響していた。
「北方、補給線封鎖!」
その言葉の余韻が消えぬまま、
王は歩いていた。
速い。
迷いがない。
軍務棟の扉が開く。
地図が広げられ、将校たちが一斉に振り向く。
「状況を」
短い。
だが圧がある。
軍務卿が即座に答える。
「北方は主要交易路三本を遮断」
「軍は越境していないが、完全封鎖状態」
第二王子が地図を指す。
「ここを押さえられている以上、物資は詰まる」
レオンが補足する。
「三日で市場が崩れる」
沈黙。
時間はない。
王は地図を見る。
だが、その視線は以前と違う。
点ではなく、流れを見ている。
「軍を出すか」
第二王子が問う。
期待と覚悟。
王は即答しない。
代わりに言う。
「出さない」
室内がわずかに揺れる。
「封鎖は越境ではない」
「ここで軍を動かせば、相手の土俵だ」
第二王子の目が細まる。
「では耐えるか」
「違う」
王は一歩前に出る。
「流れを変える」
レオンが視線を上げる。
「具体的に」
王は指を走らせる。
「北方が押さえているのは主要路だ」
「ならば副路を開く」
軍務卿が眉をひそめる。
「山岳路か」
「通行量が足りぬ」
「増やす」
即答。
「護衛を付け、臨時補給線とする」
第二王子が言う。
「時間がかかる」
「だから同時に動く」
王の声が低くなる。
「南方連盟に提案する」
「短期高利でもいい、輸送契約を結ぶ」
マルコの顔が浮かぶ。
市場は利で動く。
レオンが頷く。
「資金は出せる」
「保証を付ければ動く」
王はさらに続ける。
「そして」
室内が静まる。
「北方にも送る」
全員の視線が集まる。
「何を」
「監査団の拡張案だ」
リリアーナが息を呑む。
「封鎖地域の物資流通を、共同監査下に置く」
第二王子が低く言う。
「……それは」
「相手の合理に乗る」
王は言い切る。
「北方は完全封鎖を望んでいない」
「圧をかけたいだけだ」
エルヴァーンの顔が浮かぶ。
合理の男。
「ならば合理で返す」
沈黙。
そして。
レオンが小さく笑う。
「三面同時か」
「軍・経済・制度」
「やるな」
第二王子は静かに言う。
「遅い戦いではない」
「速い戦いだ」
王は頷く。
「だからこそ、同時に動く」
命令が下る。
「副補給線、即時開設」
「連盟へ特使派遣」
「北方へ提案文送付」
将校たちが動き出す。
空気が変わる。
受け身ではない。
攻め。
その場で、
リリアーナは王を見る。
迷っていた男ではない。
決めている。
だが。
彼女は気づく。
この戦略は、綱渡りだ。
一つでも崩れれば、
全てが崩れる。
回廊。
王は歩みを緩めない。
「これでいいか」
低い声。
確認ではない。
だが聞いている。
リリアーナは一瞬だけ考え、
「最も合理的です」
答える。
だが続ける。
「最も危険でもあります」
王はわずかに笑う。
「王は安全ではいられぬ」
その言葉に、揺れはない。
遠く。
鐘が鳴る。
北方はまだ動かない。
連盟も沈黙。
だが。
流れは変わった。
王が、初めて戦場を作った。
その結果が出るのは、まだ先だ。
ここから一気に物語が動き出します。
王として初めて「自分の戦い方」を選んだ回でした。
ここが第8章の分岐点です。
この戦略は成功するのか、それとも崩れるのか。
次話は「結果が出始める回」です。
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ここからさらに面白くなります。




