第86話 担がれる男
北方軍前進の報が出た翌朝。
軍務棟の空気は重かった。
老将と若手将校が、非公式に集まる。
「即位を急ぐなら、最適解は一つだ」
誰かが言う。
「軍と市場の両方を抑えられる男」
視線は自然と向く。
レオン。
彼は沈黙したまま、腕を組んでいる。
「王太子殿下は成長された」
「だが時間が足りぬ」
「第二王子は強い」
「だが分断を生む」
理屈は整っている。
「殿下が即位すれば、北方は退く」
若手将校の声。
「市場も安心する」
老将が言う。
「これは野心ではない」
「国家の要請だ」
重い言葉。
担ぎ上げ。
レオンはゆっくり口を開く。
「私は王を望まぬ」
「望むかどうかではない」
また同じ言葉。
だが今回は、規模が違う。
軍だけではない。
商会からも密かな支持。
学院からも声。
その日の午後。
制度設計監査室に報が入る。
「軍部有志が署名を準備」
ルークの声が硬い。
リリアーナの胸が締まる。
均衡が崩れる。
レオンが訪れる。
「最後だ」
低い声。
「今回は本気だ」
沈黙。
「私は拒める」
「だが拒めば、軍は割れる」
国家が割れる。
重い選択。
「あなたはどうする」
問い。
今度は政治ではない。
本気の問い。
リリアーナは目を閉じる。
即位を急げば市場は落ち着く。
だが王太子の成長は未完。
第二王子は外圧に強い。
レオンは均衡。
だが。
担がれた王は、担いだ者に縛られる。
「あなたが即位すれば」
ゆっくりと言う。
「軍の影響が強くなる」
「はい」
「制度は弱くなる」
沈黙。
レオンは理解している。
「では私は降りるべきか」
低い声。
だがその奥に、わずかな疲労。
担がれることは、望まぬ責任。
リリアーナは、震えない声で言う。
「あなたが即位すれば、安定は早い」
「だが長期の均衡は崩れる」
「ならば」
「王太子殿下を支えるべきです」
言い切った。
国家のため。
だが心は痛む。
レオンは数秒、彼女を見つめる。
「……了解した」
短い返答。
「私は最後まで補佐だ」
その言葉は、誇りでもあり、決別でもあった。
夜。
軍部署名は出されなかった。
だが。
担がれる男は、自ら立場を定めた。
一方。
第二王子は静かに呟く。
「均衡は、彼女が守った」
期限まで十一日。
北方は待たず。
市場は凍り始め。
王太子は即位を宣言しようとしている。
三角は、最後の均衡を保った。
だが。
時間は残酷に進んでいる。
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