第63話 責任の所在
確認印を三印に戻してから、六日。
軍需倉庫で、小規模な在庫不一致が発生した。
数量差、三%。
原因は、旧簡略化工程時の記録齟齬。
「……戻した直後に、か」
軍務卿が低く言う。
「はい」
報告書を持つ文官の声は硬い。
「旧二印処理分の一部が、再照合で不整合を起こしました」
大きな損失ではない。
だが、象徴的だ。
“戻したせいで混乱した”と解釈もできる。
中央管理室では、ざわめきが広がる。
「だから簡略化は正しかった」
「戻したのが過剰だ」
声は小さいが、確実にある。
制度設計監査室。
「想定内です」
リリアーナは即答する。
「旧処理分の洗い直しで誤差が表面化しただけ」
「ですが印象は悪い」
ルークが言う。
「ええ」
「だからこそ、殿下の判断が問われます」
夕刻。
重臣会議。
王太子は報告書を読み終え、静かに言う。
「責任者は」
「当時の倉庫担当補佐官です」
その名が読み上げられる。
若い官僚。
簡略化時代の処理担当。
「処分を」
誰かが言う。
沈黙。
王太子の視線が、書類から離れない。
三年前、自分が削減を決裁した。
その下で動いたのが彼らだ。
小さく息を吐く。
「処分は行わない」
室内が揺れる。
「旧工程に基づく処理である以上、責任は設計にある」
はっきりと言う。
「設計変更による再照合は、想定内の揺り戻しだ」
「揺り戻しは制度で吸収する」
軍務卿が問う。
「殿下ご自身の責任は」
静寂。
王太子は、顔を上げる。
「最終決裁は私だ」
言葉が重い。
「責任は私が負う」
処分はしない。
だが。
自分が背負う。
会議後。
回廊。
大公クラウディウスが言う。
「殿下は、初めて“王の言葉”を使われた」
低く、評価する声。
一方。
制度設計監査室。
「助けませんでしたね」
ルークが言う。
「はい」
リリアーナは淡々と答える。
「助ける場面ではありません」
「……どう思いますか」
小さな問い。
彼女は少しだけ考える。
「選びました」
それだけ。
夜。
レオンが静かに言う。
「あなたはどう見る」
「正しい選択です」
「迷いは」
「あります」
短い。
「ですが、迷いながら選ぶのが王です」
レオンはわずかに笑う。
「あなたが王を育てているようだ」
「育ててはいません」
「流れが育てています」
責任の所在は、明確になった。
部下ではない。
設計でもない。
最終決裁者。
王太子は、初めて自分の影を引き受けた。
小さな不一致。
だが。
王位への道は、こうした選択で作られていく。
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