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第61話 初期改革の影

 外交決着から、五日。


 王宮は落ち着きを取り戻した――かに見えた。


 だが、制度設計監査室に届いた一通の内部報告が、その静けさを破る。


「……地方税制試験導入案?」


 ルークが首を傾げる。


「三年前の未実施案件です」


 リリアーナは書類をめくる。


 提出者――王太子名義。


 内容は簡潔。


 “地方税率一律化による徴収効率向上”


 だが注記に、小さな文字。


 ※地方裁量を一時凍結。


「……凍結?」


 バルドが低く言う。


「地方領主の反発が予想されます」


 実施されなかった理由は明記されていない。


 だが、決裁欄には“保留”。


 署名は若い頃の王太子。


 外交の成功とは別の、もう一つの影。


 夕刻。


 軍務卿補佐室。


「それをどう見る」


 レオンが問う。


「効率だけを見れば合理的です」


 リリアーナは即答する。


「だが」


「持続性がない」


 地方の信頼を失えば、徴収は短期で伸びても長期で落ちる。


「初期改革と同じです」


 速度優先。


 確認削減。


 効率重視。


「王太子殿下は、今もその思想を持っていますか」


 静かな問い。


 レオンは、少しだけ考える。


「揺れている」


 短い答え。


「だが、消えてはいない」


 夜。


 王太子の執務室。


 古い書類を見つめる。


 地方税制案。


 当時は自信があった。


 効率を上げれば国は強くなる。


 迷いはなかった。


 だが、今は違う。


 外交で学んだ。


 持続という言葉。


 整えるという思想。


「……私は」


 呟きは小さい。


 そこへノック。


 大公クラウディウスが入室する。


 重厚な衣装。


 冷静な視線。


「殿下」


「地方税制案を再検討なさるおつもりか」


 王太子は目を上げる。


「可能性として」


「今なら実行できる」


 大公は淡々と続ける。


「国王陛下が静養中の今、決断は殿下にある」


 圧力ではない。


 事実の提示。


「効率は上がる」


「だが反発も出る」


 大公の視線は鋭い。


「殿下はどちらを選ぶ」


 問いは単純。


 だが重い。


 一方、制度設計監査室。


「動きますね」


 ルークが言う。


「はい」


 リリアーナは静かに答える。


「これは王位の問題です」


 地方を切るか。


 信頼を守るか。


 王太子の選択が、そのまま“王の資質”になる。


 翌朝。


 王太子は重臣会議を招集した。


 地方税制試験導入案。


 再検討。


 視線が集まる。


 効率を取るか。


 持続を取るか。


 レオンは黙っている。


 リリアーナも発言しない。


 これは、王太子の選択。


 沈黙の後。


 王太子が口を開く。


「……凍結はしない」


 低い声。


「地方裁量を維持する」


「効率向上は別案で検討」


 室内がわずかに揺れる。


 大公の目が細まる。


「理由は」


「信頼を失えば、徴収は持続しない」


 はっきりと言う。


 借り物ではない言葉。


 自分の選択。


 リリアーナは、静かに目を伏せる。


 助言はしていない。


 だが。


 影は確実に残っている。


 初期改革の影は、まだ消えない。


 だが。


 王太子は初めて、自らその影を踏み越えた。

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