第57話 更新されなかった一行
観察期間、二週目。
ルミエール公国から、追加の確認書が届いた。
内容は短い。
――契約条項第十四項、特例免除条件の更新確認。
「……第十四項?」
ルークが首を傾げる。
「関税軽減の例外規定です」
リリアーナは、契約原本を開く。
第十四項。
“共同開発物資に限り、三年間免除”
だが、注記に小さく書かれている。
※自動更新には、双方の明示確認を要す。
「確認履歴は」
「……ありません」
空白。
基準改定ではない。
契約条項そのもの。
「期限は」
「今月末」
バルドが低く言う。
「更新されなければ、免除失効」
つまり。
関税再計算とは別問題。
契約の“失効”が迫っている。
夕刻。
緊急協議。
レナードが静かに言う。
「我が国は、免除継続の意思がある」
「だが明示確認が必要だ」
理詰め。
冷静。
「貴国の確認印は」
資料が示される。
王太子の名。
三年前の締結。
だが今年の更新欄は空白。
王太子の指が止まる。
「自動更新と認識していた」
低い声。
「条項には明示確認とある」
レナードは即答する。
沈黙。
王太子の初期決裁案件。
当時は副王太子だった。
外交実績の一つ。
「確認漏れですか」
王太子派文官が小さく言う。
だが。
リリアーナが静かに口を開く。
「条項設計の問題です」
視線が集まる。
「自動更新と誤認しやすい構造」
「注記が本文と分離」
「確認工程も明確化されていません」
個人責任にしない。
構造へ戻す。
「ではどうする」
軍務卿が問う。
「即日明示確認」
「更新工程を契約台帳に統合」
「期限管理を中央一括化」
即答。
レナードがわずかに笑う。
「合理的だ」
「免除継続を前提に、書面を交わそう」
王太子は、数秒沈黙した後、言う。
「……承知した」
短い。
重さは、以前より軽い。
協議終了後。
廊下で、レナードが立ち止まる。
「あなたは過去を責めない」
リリアーナに向けて言う。
「責めても、条項は更新されません」
淡々とした答え。
「更新は未来の作業です」
レナードは、ほんのわずかに目を細める。
「貴国が安定している理由が分かる」
そう言って去る。
一方。
王太子は、執務室で条項を見つめていた。
自分の署名。
若い頃の決裁。
自動更新と信じて疑わなかった。
誤りか。
見落としか。
だが。
今日も、彼女は責めなかった。
構造と言った。
過去を否定せず、
未来を整えると言った。
それが、逆に重い。
更新されなかった一行は、
無事、更新されるだろう。
だが。
王太子の中の何かは、
まだ更新されていなかった。
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