第55話 守られる側ではない
晩餐の夜が明けても、王宮内の空気は静かにざわついていた。
後方管理室に届く書類の端々に、変化がある。
敬称が丁寧になった。
問い合わせが増えた。
直接確認が入るようになった。
「……扱いが変わりましたね」
ルークが、小声で言う。
「役割が見えただけです」
リリアーナは、淡々と答える。
だが自覚はある。
席次は、言葉より強い。
午後。
軍務卿補佐室に呼ばれる。
外交観察期間中の進捗確認。
部屋に入ると、レオンが一人だった。
「軍務卿は外出だ」
「承知しています」
報告書を差し出す。
「契約再通知、完了」
「ルミエール側も確認済み」
短い事務的やり取り。
だが、沈黙が続く。
「……昨日は」
レオンが、少し言い淀む。
「緊張したか」
「しました」
素直な答え。
「ですが、問題ありません」
「あなたは、いつもそう言う」
低い声。
その奥に、わずかな熱が混じる。
「問題がないのではない」
「耐えているだけだ」
視線が合う。
数秒。
逃げない。
「守るつもりはないのか」
問いは、意外だった。
「守る?」
「あなたを」
はっきりと。
「必要ありません」
即答。
だが、拒絶ではない。
「私は守られる側ではありません」
「並ぶ側です」
静かな宣言。
レオンの目が、わずかに揺れる。
「……知っている」
「だが」
言葉を選ぶ。
「並ぶには、同じだけの矢を受ける」
「構いません」
即答だった。
「整える者は、前に立つ時もあります」
逃げない。
依存しない。
だが、一人で背負うつもりもない。
「あなたが隣にいるなら」
わずかに声が柔らぐ。
「十分です」
空気が変わる。
重くはない。
だが確実に温度が上がる。
レオンは、静かに息を吐く。
「私は」
一瞬、言葉が止まる。
「あなたを守りたい」
低い、真っ直ぐな声。
「だが、それはあなたを下に置く意味ではない」
視線が揺れない。
「同じ高さで」
「同じ矢を受ける」
その言葉は、甘くない。
だが強い。
リリアーナは、わずかに目を伏せる。
「……それなら」
「拒みません」
拒まない。
受け入れる。
だが依存しない。
対等。
その空気が、静かに満ちる。
外から足音が近づく。
自然と距離が戻る。
扉が開き、軍務卿が入る。
「進捗は」
「順調です」
二人は、同時に答える。
視線が一瞬重なる。
守られる側ではない。
だが、一人でもない。
廊下に出た後。
リリアーナは、小さく息を吐く。
胸の奥が、少しだけ温かい。
外交問題は続く。
観察期間は三か月。
王太子の立場も、まだ終わらない。
だが。
隣に立つ存在は、確かなものになった。
守られるのではない。
並んで進む。
それが、彼女の選んだ形だった。




