第49話 数字は正直
月次財務報告が、定例よりも早く提出された。
理由は明確だった。
補給遅延による再調整費の増加。
修正対応人件費の増加。
臨時輸送費の増額。
数字は、静かに積み上がっていた。
定例会議室。
「……増えているな」
財務卿が、資料をめくる。
「前月比、補給関連費七%増」
小さくはない。
「処理速度は向上しているはずだが」
誰かが言う。
「修正対応が増えています」
財務卿が淡々と答える。
「再送費、臨時人員配置、追加承認対応」
グラフが示す。
速度上昇と比例するように、修正費も上昇。
「偶然ではないな」
軍務卿が、低く言う。
王太子は、資料を睨んでいる。
「一時的な揺り戻しだ」
「揺り戻しにしては早い」
財務卿の声は冷静だ。
「施行から三週で七%増」
数字は、嘘をつかない。
後方管理室から提出された補足資料も、添付されている。
累積誤差推移。
吸収率低下。
修正件数増加曲線。
会議室の空気が変わる。
誰も声を荒げない。
だが、視線が重い。
「処分は見直すべきか」
軍務卿が、あえて問う。
王太子の表情が、わずかに硬くなる。
「……拙速だったかもしれぬ」
初めての譲歩。
小さい。
だが、確実に。
その瞬間、空気が揺れた。
重臣たちの視線が、ほんのわずかに変わる。
絶対だった王太子の言葉が、初めて揺れた。
会議後。
廊下を歩く王太子に、側近が小声で言う。
「数字は一時的です」
「分かっている」
だが、声は強くない。
「裏方の分析が過剰なだけです」
「……そうか」
自信が、少し薄い。
一方、後方管理室。
「財務報告、出ました」
ルークが資料を差し出す。
「七%増です」
「想定範囲内です」
リリアーナは、淡々と答える。
「想定内……」
バルドが小さく息を吐く。
「次はどうなりますか」
「横断確認が一部復帰すれば、増加は止まります」
「復帰しなければ」
「さらに上がります」
感情はない。
予測だけ。
夕刻。
レオンが訪れる。
「王太子が譲歩した」
「そうですか」
「小さいが、大きい」
王太子が“拙速だったかもしれぬ”と認めた。
それは、権威の揺らぎ。
「あなたの資料が効いた」
「数字が効きました」
レオンは、わずかに笑う。
「あなたは、いつもそう言う」
「事実です」
彼は、机の上のグラフを見る。
「数字は正直だ」
「はい」
「だからこそ怖い」
静かな言葉。
数字は、誰の味方でもない。
王太子の顔色も、功績も、関係ない。
増えた七%は、ただそこにある。
王宮の廊下では、噂が静かに広がっていた。
「改革、揺らいでいるらしい」
「裏方の分析が当たった」
声は小さい。
だが、確実に。
王太子は初めて感じていた。
自分の言葉よりも、
数字が重い瞬間を。
そして。
その数字を整えているのが、
あの悪役令嬢であることを。




