第45話 止めない理由
四件目の修正が出たのは、予測より早かった。
東部倉庫。
納入数誤差三%。
累積修正件数、前月比一・八倍。
まだ表立った問題ではない。
だが、後方管理室の机には、確実に数字が積み上がっている。
「……来ましたね」
ルークが、低く言う。
「はい」
私は、淡々と書き留める。
「連鎖が始まっています」
そこへ、珍しく早い足音。
レオンが、扉を開けた。
「東部も出た」
「把握しています」
「想定より早い」
「圧が強いので」
短い応答。
レオンは、机に置かれた資料を見渡す。
四地域。
共通項。
承認削減後の初期処理。
「進言する」
唐突に言う。
「今なら止められる」
軍務卿経由で、是正案を出すことは可能だ。
まだ被害は軽微。
傷は浅い。
「……なぜ止めない」
彼の声は、低く真剣だった。
私は、静かにペンを置く。
「止めると、何が残りますか」
「混乱は最小で済む」
「では、改革の評価は」
レオンは、わずかに黙る。
「成功したままです」
その通りだった。
速度は出ている。
成果も出ている。
小さな誤差を理由に止めれば、
“慎重すぎる裏方”という評価になる。
「今止めれば、改革は正しかったことになります」
私は、資料を揃える。
「歪みが明確になる前に止めれば、原因は曖昧になります」
「だが被害は」
「最小です」
即答。
「だからこそ」
視線を上げる。
「記録になりません」
沈黙。
レオンは、彼女を見つめる。
「あなたは、被害を許容するのか」
「許容していません」
静かな否定。
「最小の範囲で、流れを記録します」
崩壊を望んではいない。
だが、曖昧なまま終わらせない。
「曖昧なまま終われば、同じことが繰り返されます」
王太子は、速度を選んだ。
それが間違いであると示すには、
印象では足りない。
数字が要る。
「……冷静だ」
レオンの声は、わずかに苦い。
「冷酷に見えますか」
「少し」
素直な答え。
私は、わずかに目を伏せる。
「整える者は、感情で動けません」
流れは感情で戻らない。
圧と数字で動く。
「あなたが守ろうとするなら」
小さく言う。
「私は記録を揃えます」
レオンは、しばらく黙った。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「どこまで待つ」
「累積誤差五%超」
「根拠は」
「現場吸収限界」
即答。
計算済み。
推測ではない。
「……分かった」
彼は、机から一枚の紙を取り上げる。
「私は、動かない」
だが、その声は重い。
「だが、あなたに何かあれば」
「ありません」
即答。
「私は裏方です」
前に出ない。
前に立たない。
ただ整える。
レオンは、一歩だけ近づく。
「あなたは、裏方ではない」
「裏方です」
視線が交差する。
「……今は」
彼が小さく言う。
やがて扉へ向かう。
「五%だな」
「はい」
「そこまで待つ」
扉が閉まる。
ルークが、小声で言う。
「怖くないんですか」
「怖いですよ」
素直に答える。
「ですが、曖昧なまま戻す方が怖い」
整えるとは、
無理に止めることではない。
歪みを可視化すること。
止めない理由は、無関心ではない。
勝つためでもない。
再発させないためだ。
見えない亀裂は、
今、確実に広がっている。
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