第44話 見えない亀裂
改革施行から十日。
掲示板の数字は、さらに伸びていた。
処理速度一三五%。
承認時間四割短縮。
王宮内では、改革成功の空気が広がる。
「見たか、成果だ」
王太子の側近が笑う。
「批判は杞憂だったな」
誰も口を挟まない。
だが、その日の午後。
「西部輸送路、数量再修正」
「今度は三%」
数字は小さい。
だが、北部・南部に続く三例目。
セオドールは、報告書を見つめた。
別々の地域。
別々の担当。
だが共通するのは――
横断確認不足。
「偶然……ではない」
小さく呟く。
中央管理室では、依然として速度を競っている。
だが、修正件数も静かに増えている。
修正は、掲示されない。
成功だけが、掲示される。
夕刻。
セオドールは再び後方管理室を訪れた。
「三件目です」
開口一番、言う。
「西部も出ました」
「把握しています」
リリアーナは、既に資料を並べていた。
「共通点は?」
「承認段階削減後の初期処理」
即答。
「確認が一点に集中しています」
「ですが、まだ修正可能な範囲です」
「はい」
彼女は静かに頷く。
「今は」
「今は?」
「現場が無理をして吸収しています」
吸収。
その言葉に、セオドールは息を呑む。
「いずれ、吸収しきれなくなります」
「どのくらいで」
「二週間以内」
迷いのない予測。
「そんなに早く」
「速度は、負荷を倍にします」
処理が早くなれば、誤差も早く回る。
修正も早いが、累積も早い。
「止めるべきでは」
焦りが滲む。
リリアーナは、ゆっくりと首を振る。
「今止めれば、“慎重すぎる”と言われます」
数字は伸びている。
成果は見えている。
「では」
「亀裂が、見える形になるまで待ちます」
冷静な判断。
「待つのですか」
「見えない亀裂は、否定されます」
見える亀裂は、否定できない。
夜。
軍務卿補佐室。
「修正件数が増えている」
レオンは、報告書を机に置く。
「三地域」
「速度は維持」
「だが修正が増加」
軍務卿が、低く言う。
「王太子は」
「成功と判断」
沈黙。
「……まだ崩れないな」
「まだ」
レオンは、静かに答える。
「だが、早い」
「何が」
「歪みの回転が」
翌朝。
王太子の執務室。
「修正は許容範囲です」
側近が報告する。
「速度は維持」
「なら問題ない」
王太子は、迷わない。
「改革は成功だ」
その言葉が、決定的だった。
一方、後方管理室。
リリアーナは、三つの報告を並べる。
北部。
南部。
西部。
「連鎖しています」
ルークが、小さく言う。
「まだ目立ちません」
「ええ」
彼女は、静かに答える。
「だからこそ、危険です」
亀裂は、今は見えない。
だが、確実に広がっている。
整える者は、焦らない。
崩れる時を、待つ。
見えない亀裂は、
やがて、誰の目にも映る。




