第39話 整えるという技術
中央管理室に戻っても、セオドールの頭から後方管理室の光景は離れなかった。
整然と並ぶ帳簿。
静かな空気。
無駄のない会話。
そして――あの視線。
「流れを追う」
彼女は、そう言った。
数字ではなく、流れ。
中央管理室では、数値の達成が第一だ。
予算削減率。
処理速度。
改善目標。
だが、後方管理室は違った。
“滞り”を減らす。
それだけに集中している。
「……だから三年分を五日で」
セオドールは、資料をめくる。
再確認報告書。
補足資料の一頁。
分析担当:
リリアーナ・フォン・アルヴェイン。
たった一行。
だが、その一行の重みを、彼は知っている。
「クラウス」
上司の声が飛ぶ。
「西部軍管区の件、何か分かったか」
「はい」
セオドールは、姿勢を正す。
「再計上は、統合番号未更新によるものです」
「そんなことは分かっている」
「いえ」
彼は、静かに続ける。
「分かっていませんでした」
室内が、わずかに静まる。
「私たちは、個別処理しか見ていませんでした」
「何が言いたい」
「横断的確認が必要です」
上司は眉をひそめる。
「理想論だ」
「後方管理室は、それを実践しています」
その名を出した瞬間、空気が変わる。
「……裏方の話か」
「裏方ではありません」
セオドールは、迷わない。
「整備局と呼ぶべきです」
小さな笑いが起こる。
「大げさだ」
「いいえ」
彼は、資料を差し出す。
「再発防止策は、既に具体化されています」
沈黙。
やがて上司は、書類を受け取る。
「……王太子の改革案もある」
「存じています」
「速度優先だ」
「速度は必要です」
セオドールは、ゆっくりと続ける。
「ですが、流れを無視すれば、割れます」
その言葉は、彼女の受け売りだった。
夕刻。
王宮廊下。
王太子側近とすれ違う。
「後方管理室の見学だそうだな」
「はい」
「裏方に学ぶことがあるのか」
軽い嘲笑。
「あります」
セオドールは、即答する。
「整える技術は、簡単ではありません」
側近の目が細くなる。
「随分と肩を持つな」
「事実です」
彼は、足を止めない。
中央管理室に戻り、机に向かう。
目標達成率の表。
数字は悪くない。
だが、どこか歪んでいる。
後方管理室の空気は違った。
焦りがない。
功績を奪い合わない。
ただ、滞りを減らす。
「……あれが技術か」
整えるということは、目立たない。
だが、確実に支える。
王宮のどこかで、流れが変わっている。
それを作っているのは、裏方の一人の令嬢。
可愛げがないと評された悪役令嬢。
だが、セオドールには分かる。
彼女は、王宮のどの改革案よりも合理的だった。
整えるという技術は、
派手ではない。
だが、強い。
そして。
その強さは、もう隠せないところまで来ている。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




