第38話 中央管理室の見学者
後方管理室に、珍しく正式な訪問願いが届いた。
差出人――中央管理室。
名は、セオドール・クラウス。
「見学、ですか?」
ルークが首を傾げる。
「西部軍管区再確認の手法を学びたい、と」
バルドが書面を読み上げる。
断る理由はない。
「受け入れます」
私は、短く答える。
午後。
扉をノックする、律儀な音。
「中央管理室、セオドール・クラウスです」
声は若いが、落ち着いている。
入室した青年は、整った服装に几帳面な印象。
目が真っ直ぐだ。
「本日は、よろしくお願いいたします」
深く一礼する。
中央管理室らしからぬ、丁寧さ。
「こちらこそ」
私は、簡潔に応じる。
机の端に、資料を整える。
「西部軍管区の件ですが」
セオドールは、控えめに口を開く。
「どの段階で、再計上に気づかれたのですか」
「気づいたのではありません」
私は、帳簿を開く。
「流れを追いました」
「流れ、ですか」
「数字は結果です」
ページをめくる。
「処理経路、承認順、保管番号の変化を見ます」
セオドールの視線が、真剣に動く。
「……中央管理室では、そこまで横断しません」
「分担制ですから」
否定ではない。
構造の違い。
「ですが、それでは歪みが溜まります」
私は、旧倉庫番号の一覧を示す。
「統合後、番号が残るのは不自然です」
「……確かに」
セオドールは、息を呑む。
「私たちは、申請書の数値だけを見ていました」
「数値は整えられます」
淡々と告げる。
「流れは、整えられません」
沈黙。
セオドールは、初めて私を正面から見る。
「……失礼ですが」
「何でしょう」
「どうして、そのような見方が出来るのですか」
質問は純粋だ。
「整える必要があったからです」
「必要?」
「滞りが増えれば、責任が増えます」
誰かが責められる。
誰かが追い詰められる。
「それを減らしたいだけです」
セオドールは、言葉を失う。
やがて、小さく呟く。
「中央管理室では……功績を取ることが優先されます」
率直だった。
「整えるよりも、目立つ」
私は、少しだけ視線を落とす。
「裏方は、目立たない方が機能します」
「ですが、今回は」
セオドールは、言い淀む。
「名前が記録に残りました」
「ええ」
「……正直に申し上げます」
彼は、深く息を吸う。
「羨ましいと思いました」
室内が、静まる。
「羨ましい?」
「実力で記録に残ることを」
真っ直ぐな目。
打算がない。
「中央管理室では、そうではないこともあります」
若い文官の、本音。
私は、しばらく考える。
「記録に残ることは、目的ではありません」
「ですが、結果です」
「結果は、いずれ出ます」
焦らなくても。
「流れが整っていれば」
セオドールは、小さく笑った。
「……勉強になります」
その日の見学は、夕方まで続いた。
帰り際、彼は深く頭を下げる。
「本日学んだことは、中央管理室に持ち帰ります」
「どうぞ」
「……そして」
一瞬、ためらう。
「後方管理室は、不要ではありません」
私は、ほんのわずかに微笑む。
「ありがとうございます」
扉が閉まる。
ルークが、小声で言う。
「味方、増えましたね」
「まだ分かりません」
だが。
王宮の流れは、確実に変わり始めている。
裏方は、裏方のまま。
それでも。
見ている者が、増えている。
記録に残る名前は、
静かに広がっていた。




