第35話 流れは、嘘をつかない
西部軍管区の補給記録は、三年分。
数字だけを見れば、複雑だ。
だが、流れを追えば、単純だった。
「……やっぱり二重です」
ルークが、帳簿を並べながら言う。
倉庫番号の統合後、旧番号のまま請求が残っている。
しかも、中央管理室での再計上。
「ここで止まっています」
私は、あるページを指で叩く。
三年前のある月。
処理が急に変わる。
「担当者の異動時期です」
「引き継ぎ不足」
「いいえ」
私は首を振る。
「処理の流れが“戻っている”」
本来なら統合されるはずの書類が、旧経路に戻されている。
「誰かが意図的に?」
「意図までは分かりません」
だが、偶然ではない。
流れは、嘘をつかない。
翌日。
中央管理室から再び文官が来た。
「進捗確認です」
にこやかな笑み。
だが視線は鋭い。
「順調です」
私は、静かに答える。
「順調?」
「原因は特定済みです」
その一言で、空気が変わる。
「……原因?」
「倉庫統合後の再計上処理です」
文官の指が、わずかに止まる。
「どこの処理ですか」
「中央管理室経由です」
沈黙。
「証拠は?」
「書類番号と経路記録」
私は、必要なページだけを示す。
逃げ道はない。
事実だけ。
文官の顔から、笑みが消える。
「確認します」
「どうぞ」
扉が閉まる。
ルークが、小さく息を吐く。
「……やばくないですか」
「事実です」
「怒られません?」
「怒る理由がありません」
責めたわけではない。
整えただけ。
午後。
軍務卿補佐室。
「中央管理室の再計上ミスの可能性」
部下が報告する。
レオンは、資料を読みながら目を細める。
「三年前か」
「はい」
「なぜ今まで放置された」
「処理が分断されていたため、誰も全体を見ていません」
レオンは、小さく息を吐く。
「……流れを見る者がいなかった」
王太子の執務室。
「中央管理室の再計上だと?」
苛立ちが露わになる。
「西部軍管区の誤差は、統合処理の不備と」
「そんな報告は受けていない」
「今回の再確認で判明しました」
王太子の顔が、わずかに硬くなる。
「誰が」
「後方管理室です」
沈黙。
「……あの女か」
低い声。
「偶然だろう」
「証拠が揃っています」
王太子は、机を叩く。
「中央管理室の責任にするつもりか」
「事実の提示です」
苛立ちが、はっきりと表に出る。
一方、後方管理室。
私は、最終報告書を整えていた。
「期限まで、あと二日あります」
ルークが言う。
「前倒しで出します」
「いいんですか?」
「流れは早い方がいい」
無駄な疑念を残さない。
夕方。
レオンが現れる。
「中央管理室が動揺している」
「そうでしょうね」
「王太子もだ」
私は、手を止めない。
「感情は関係ありません」
「ある」
短い言葉。
「あなたを潰そうとした」
「分かっています」
「それでも、怒らないのか」
「怒ると、流れが乱れます」
レオンは、しばらく私を見る。
「……強いな」
「強くありません」
ただ、選んだだけ。
「整える」
それだけ。
夜。
報告書は完成した。
西部軍管区補給再確認報告。
原因明確。
責任追及ではなく、再発防止策。
攻撃しない。
ただ、整える。
王太子が仕掛けた試練は、
逆に中央管理室の盲点を露わにした。
流れは、嘘をつかない。
そして。
静かな逆転は、
確実に進んでいた。




