第33話 可愛げがないな、相変わらず
王太子からの呼び出しは、夕刻だった。
形式は丁寧。
内容は簡潔。
――補給費改善について、直接確認したい。
後方管理室の空気が、わずかに沈む。
「……行きます」
私は、静かに立ち上がる。
逃げる理由はない。
扉の前で、ルークが小さく言った。
「無理はしないでください」
「しません」
それだけ答えて、歩き出す。
王太子の執務室は、以前と何も変わらない。
豪奢な装飾。
整えられた書類。
そして、こちらを見下ろす視線。
「久しいな、リリアーナ」
甘い声。
だが、底に軽い苛立ちが混じっている。
「お呼びと伺いました」
私は、一礼する。
「最近、裏方で随分と活躍しているらしいな」
「通常業務です」
「謙遜するな」
王太子は、机に肘をつく。
「補給費の改善は見事だ」
「殿下の方針の成果と伺っております」
一瞬、空気が止まる。
王太子の目が、わずかに細くなる。
「……皮肉か?」
「事実です」
静かな応答。
王太子は、小さく笑った。
「相変わらずだな」
椅子から立ち上がり、こちらへ歩み寄る。
「可愛げがない」
その言葉は、昔と同じ。
胸の奥に、冷たい記憶がよぎる。
だが、顔は動かさない。
「必要ありません」
「何?」
「可愛げは、業務に不要です」
静かに返す。
王太子の口元が、引きつる。
「だから、お前は――」
言いかけて、止まる。
「……戻る気はないのか」
空気が変わる。
提案。
あるいは、命令。
「後方管理室ではなく、中央に戻せる」
甘い言葉。
「以前の立場も、検討しよう」
検討。
完全な復帰ではない。
だが、王宮の中心。
多くの令嬢なら、喜ぶだろう。
「光栄です」
私は、まっすぐに言う。
「ですが、お断りいたします」
沈黙。
王太子の目が、鋭くなる。
「理由は」
「必要とされている場所が、他にあります」
「裏方か?」
「はい」
迷いはない。
「お前は、私の婚約者だった」
「過去形です」
静かな修正。
王太子の指が、わずかに震える。
「……後悔していないのか」
「しておりません」
即答だった。
「今の方が、私に向いています」
王太子は、数秒黙り込む。
やがて、低く笑う。
「強がるな」
「強がっておりません」
「裏方で満足か?」
「満足しております」
その一言が、決定打になる。
王太子のプライドが、明確に傷ついた。
「……いいだろう」
冷たい声。
「ならば、その裏方でどこまでやれるか、見せてもらおう」
「はい」
私は、一礼する。
挑発には乗らない。
怒りも見せない。
ただ、事実だけ。
「下がれ」
「失礼いたします」
扉を閉める。
廊下の空気が、冷たい。
胸の奥は、静かだった。
怒りも、悔しさも、ない。
ただ一つ。
確信。
私は、もうあの場所には戻らない。
後方管理室の扉を開けると、
ルークが顔を上げる。
「……どうでしたか」
「問題ありません」
私は、机に戻る。
「戻る気はないと、お伝えしました」
ルークが、目を丸くする。
「それで?」
「満足していると」
帳簿を開く。
指は、安定している。
可愛げがない。
それでいい。
選ばれなかった悪役令嬢は、
自分で場所を選んだのだから。
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