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第32話 選ばれないはずの部署が、選ばれた日

 正式な通達は、昼前に届いた。


 王宮文書管理印付き。


 内容は簡潔だった。


 ――後方管理室の再編案、当面凍結。


 人員削減、統合、いずれも保留。


 事実上の撤回だった。


 バルドが、書面を静かに読み上げる。


「……凍結、です」


 室内に、小さな安堵の空気が広がる。


 ルークが、はっきりと息を吐いた。


「助かりましたね」


「ええ」


 私は、書面を受け取り、目を通す。


 理由は書かれていない。


 ただ、合理的検証の結果、とだけある。


 合理的。


 その言葉に、ほんのわずかに胸が動く。


「これで、しばらくは大丈夫ですか」


 ルークが問う。


「そうですね」


 私は、机に戻る。


 仕事は変わらない。


 帳簿を開き、数字を追う。


 流れを整える。


 それだけ。


 だが。


 午後、レオンが訪れた。


 今日は急ぎ足ではない。


 いつも通りの、落ち着いた歩調。


「通達は見たか」


「はい」


「凍結になった」


「そうですね」


 私は、淡々と答える。


「理由はご存じですか」


 問いは、穏やかだ。


 レオンは、わずかに間を置いた。


「合理性だ」


 同じ言葉。


「現状の安定を崩す方が損失と判断された」


「それは、当然です」


 私は、帳簿を閉じる。


「流れは整っていますから」


 レオンは、私を見る。


「あなたは、何も疑わないのか」


「疑う必要がありますか」


「……ないな」


 短い息。


 彼は、一歩だけ近づく。


「あなたの働きが評価された」


「表には出ていません」


「それでいいのか」


 私は、ほんの少し考える。


 以前なら、即答していた。


 今は、ほんの一瞬、間が生まれる。


「……はい」


 だが、迷いはない。


「流れが守られたなら、それで十分です」


 レオンは、静かに頷く。


「あなたは、変わらない」


「変わる必要がありません」


「必要だ」


 不意に、強い声。


 私は、目を上げる。


「あなたが必要だと、自分で理解する必要がある」


 胸の奥が、わずかに揺れる。


 必要。


 また、その言葉。


「必要とされることは、時に危険です」


「だが、孤立よりはましだ」


 彼は、視線を逸らさない。


「守られることを、拒むな」


 私は、言葉を失う。


 拒んでいるつもりはなかった。


 ただ、慣れていないだけ。


「……慣れていません」


 正直な言葉が、こぼれる。


 レオンの目が、わずかに柔らぐ。


「慣れろ」


 短い命令のような言葉。


 だが、優しさは隠していない。


「後方管理室は、選ばれた」


「選ばれた?」


「削減ではなく、維持が選択された」


 その言葉が、静かに胸に落ちる。


 選ばれないはずの部署。


 目立たないはずの場所。


 そこが、合理性の名のもとに守られた。


 それは。


 流れだけではなく。


 そこにいる人間も、含まれている。


「……ありがとうございます」


 小さく、言う。


 レオンは、ほんの一瞬だけ笑った。


「礼を言われることはしていない」


「それでも」


 私は、目を逸らさずに続ける。


「守られたのは、事実です」


 沈黙。


 静かな空気。


「仕事を続けろ」


「はい」


「流れを整えろ」


「それが、私の役目です」


 レオンは、満足したように頷く。


「ならば私は、流れを壊させない」


 役割は、はっきりしている。


 整える人と、見る人。


 守る人と、守られることを覚える人。


 扉が閉まる。


 後方管理室に、いつもの静けさが戻る。


 ルークが、そっと近づく。


「……選ばれましたね」


「そうですね」


 私は、微笑む。


 小さく。


 本当に小さく。


 選ばれないはずの部署が、選ばれた日。


 それは、大きな歓声もなく。


 ただ、静かに。


 確実に、未来の流れを変えた。


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