第30話 後方管理室は縮小対象です(再)
その知らせは、静かに届いた。
公式文書ではない。
ただの「内示」だった。
「……再検討、だそうです」
バルドが、紙を机に置く。
後方管理室の人員を一名削減。
業務の一部を中央管理室へ移管。
決定ではない。
だが、前回より具体的だった。
ルークが、息を詰める。
「これ……本気ですよね」
「ええ」
私は、書面を読み終えて、そっと机に戻す。
胸の奥が、わずかに重い。
整えてきた流れは、まだ脆い。
今、分断されれば。
「……どうしますか」
ルークの声は、真剣だった。
私は、少しだけ視線を落とす。
今までなら、迷わなかった。
整える。
焦らない。
動かない。
だが。
削減が決まれば、整える余地が減る。
そして。
私は、異動対象に最も近い。
「……大丈夫です」
そう言ってから、わずかに間を置く。
「多分」
自分でも分かる。
今のは、弱い言葉だった。
ルークが、それに気づく。
「リリアーナさん」
「はい」
「もし、あなたがいなくなったら」
続きは言わない。
私は、帳簿を開く。
「いなくなっても、流れは残ります」
そう、設計してきた。
誰か一人に依存しない形。
壊れない構造。
それが、私のやり方だった。
だが。
胸の奥に、小さな疑問が浮かぶ。
本当に?
本当に、私はいなくても大丈夫?
その問いを、すぐに打ち消す。
個人の価値を求めないと決めた。
それが、最も安全だったから。
夕方。
レオンが、珍しく急ぎ足で現れた。
「内示を見た」
短い一言。
「はい」
「不安か」
直球だった。
私は、一瞬だけ視線を逸らす。
「……少しだけ」
初めて、正直に言う。
レオンは、その表情を見逃さなかった。
「縮小は、まだ通らない」
「まだ、ですか」
「通さない」
低い声。
だが、前回よりも強い。
「あなたが整えた流れは、必要だ」
「私は」
言いかけて、止まる。
「いなくても、流れは残ります」
「残らない」
即答だった。
私は、目を上げる。
「なぜ」
「流れは、人が読む」
レオンは、淡々と続ける。
「整えた人間がいなければ、歪みは再発する」
それは、私が一番よく知っていることだった。
だが、それを他人から言われると。
胸の奥が、静かに揺れる。
「あなたは、必要だ」
明確な言葉。
私は、ほんのわずかに息を止める。
必要。
その言葉を、私は避けてきた。
必要とされれば、
利用される。
期待されれば、
壊れる。
そう、学んだから。
「……過大評価です」
「過小評価だ」
迷いなく返される。
「あなたがいなくなれば、後方管理室はただの事務処理に戻る」
「それで、構いません」
「私は困る」
その一言が、静かに落ちる。
個人として守る、と言った男の本音。
「流れが壊れるのは損失だ」
理屈は合理的。
だが、その声にはわずかに熱がある。
私は、初めて目を逸らした。
守られる側に立つことに、慣れていない。
「……ありがとうございます」
小さな声。
レオンは、ほんの一瞬だけ表情を緩める。
「縮小は、止める」
「どうやって」
「必要なことをする」
具体的には言わない。
だが、迷いはない。
彼は扉の前で振り返る。
「あなたは、仕事を続けろ」
「はい」
「それだけでいい」
扉が閉まる。
静寂。
ルークが、そっと近づく。
「……守られてますよ」
「そうですね」
私は、静かに答える。
胸の奥に残る感覚は、不安ではなかった。
ほんの少しの、安心。
けれど、それを受け入れるには。
まだ時間が必要だった。
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