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第3話 可愛げがない令嬢はいらないそうです

 沈黙が、謁見の間を支配していた。


 誰もが言葉を探しているようで、実際には、誰も何も言う気がない。

 そんな空気の中で、王太子殿下は一度、深く息を吸った。


「リリアーナ」


 名を呼ばれただけで、場の視線が私に集まる。


「この件について、私はずっと考えていた」


 考えていた、という割に、その声には迷いがなかった。


「君は有能だ。努力もしている。それは認めよう」


 認める。

 その言葉に、胸の奥がかすかに揺れた。


 けれど――次に来る言葉が、分かってしまった。


「だが、それだけだ」


 静かで、決定的な否定。


「君は、婚約者として必要なものを欠いている」


 私は、何も言わなかった。

 言葉を挟む余地が、最初から用意されていない。


「冷静すぎる。感情を表に出さない。人の気持ちを考えない」


 それは、事実なのだろうか。


 私は、殿下が判断を誤らないように。

 感情に流されないように。

 ただ、それを支えてきただけだった。


「国を背負う立場にある者には、癒しが必要だ」


 殿下の視線が、隣に立つ少女へと移る。


 淡い色のドレス。

 怯えたように、けれど一歩も引かず立っている姿。


「フィオナは、私を支えてくれる」


 少女――フィオナは、はっとしたように顔を上げた。


「殿下……そんな……」


 控えめに首を振るその仕草は、完璧だった。

 否定しながら、否定していない。


「私は、ただ……殿下のお役に立てたらと……」


 その言葉に、貴族たちの表情が和らぐ。

 ああ、これが“好かれる”ということなのだろう。


「リリアーナ」


 再び名を呼ばれ、私は殿下を見る。


「君は、可愛げがない」


 一瞬、世界が止まったように感じた。


 可愛げ。


 それは、私が最初から持っていないと知っていたものだ。


「常に正論を述べ、周囲を追い詰める」


 追い詰めたつもりはない。

 ただ、間違いを放置しなかっただけだ。


「私には……もう、君は必要ない」


 その言葉が、静かに、しかし確実に突き刺さる。


「よってここに、婚約を解消する」


 誰かが、息を呑む音がした。

 けれど、それ以上の反応はない。


 まるで、最初から決まっていた結論を確認しただけのように。


 私は、ゆっくりと頭を下げた。


「……承知いたしました」


 声は、不思議なほど落ち着いていた。


 怒りも、悲しみも。

 確かに胸の奥にはあるのに、表に出てこない。


「異論はないのか?」


 殿下が、わずかに意外そうに言う。


 異論。


 何を言えばいいのだろう。


 私がどれだけの資料を整理し、

 どれだけの夜を費やして政務を支えてきたか。


 ここで語ったところで、

 それは“自己弁護”にしかならない。


「ございません」


 私は、ただそう答えた。


 殿下の眉が、わずかに緩む。

 それを見て、理解してしまった。


 ――反論しないことが、正解だったのだ。


 彼にとって、私はもう

 「静かに去るべき存在」でしかない。


「今後についてだが」


 殿下は事務的に続ける。


「君には、王宮内での役割を見直してもらう」


 見直す。

 その言葉が、別の意味を持つことは明らかだった。


「表向きの補佐役は解かれる」


 ざわり、と小さなどよめき。


「代わりに、裏方業務へ回ってもらう」


 それは、追放ではない。

 だが、事実上の左遷だ。


 王太子の婚約者だった令嬢が、

 名も知られぬ部署へ移される。


 私は、再び頭を下げた。


「ご配慮、感謝いたします」


 その言葉に、殿下は満足そうに頷いた。


 謁見は、それで終わった。


 誰も私を引き止めない。

 誰も、労いの言葉をかけない。


 私は静かに踵を返し、謁見の間を後にした。


 廊下に出た瞬間、胸の奥で、何かが崩れ落ちた。


 ――ああ。


 私は、役に立たなくなったのだ。


 いや、違う。


 最初から、

 “都合のいい存在”だっただけなのだ。


 歩きながら、ふと考える。


 もし私が、もっと笑っていたら。

 もし私が、何も考えず頷くだけの令嬢だったら。


 結果は、違ったのだろうか。


 けれど、すぐにその考えを捨てた。


 それは、今さらだ。


 私は、私として生きてきた。

 その結果が、これなら。


 ――もう、いい。


 誰かの期待に応えるために、

 自分を削るのは。


 今日で、終わりにしよう。


 そう、心の中で静かに決めた。


 まだ、この時点では知らない。


 この選択が、

 王宮そのものを揺るがすことになるなど。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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