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第28話 その功績は殿下のものです

 翌日、後方管理室に正式な呼び出しが届いた。


 差出人は中央管理室。


 内容は簡潔だった。


 ――補給費改善についての確認。


 ルークの顔が強張る。


「来ましたね」


「ええ」


 私は、書類を整えて立ち上がる。


「私が行きます」


「一人で?」


「問題ありません」


 騒ぎにする方が、都合が悪い。


 中央管理室は、後方管理室よりも明るく、広い。


 だが空気は、どこか重い。


 机の向こうには、王太子側近の一人が座っていた。


「久しぶりですね、リリアーナ嬢」


 にこやかな顔。


 だが目は笑っていない。


「ご用件を」


「補給費の件です」


 書類を机に滑らせる。


「素晴らしい改善ですね」


「通常業務の範囲です」


「ですが、明確に数字が変わっている」


 側近は、わずかに身を乗り出す。


「殿下は、非常に満足されています」


「それは何よりです」


「この成果は、殿下の方針が浸透した結果です」


 来た。


 私は、瞬きを一つだけする。


「異論はありません」


 否定はしない。


 肯定もしない。


 側近は、少しだけ目を細める。


「あなたが主導したわけではないのですね」


「いいえ」


 嘘ではない。


 主導という形ではない。


 整えただけだ。


「では、この報告書に署名を」


 差し出された書類には、


 ――王太子殿下の方針による業務改善。


 と記されている。


「内容に誤りはありませんか」


 私は、冷静に尋ねる。


「ありません。改善は事実です」


「では、問題ありません」


 私は、署名する。


 側近が、わずかに驚いた顔をする。


「抵抗なさらないのですね」


「抵抗する理由がありません」


「功績ですよ」


「流れが整えば、それで十分です」


 側近は、理解できないという顔をした。


「あなたは、損をしていますよ」


「損得で動いておりません」


 静かに答える。


 沈黙。


 やがて、側近は肩をすくめた。


「……分かりました」


 書類を回収する。


「殿下も、安心されるでしょう」


 私は一礼し、部屋を出る。


 廊下に出た瞬間、

 空気が少しだけ軽くなる。


 だが、胸の奥には、冷たい感触が残っていた。


 利用された。


 それは理解している。


 だが、今はそれでいい。


 流れが守られるなら。


 後方管理室に戻ると、

 ルークが立ち上がる。


「どうでしたか」


「問題ありません」


「本当に?」


「ええ」


 私は、机に戻る。


「功績は、殿下のものになりました」


 ルークの目が見開かれる。


「それでいいんですか」


「今は」


 短い答え。


 ルークは、唇を噛む。


「悔しくないんですか」


 私は、少しだけ考える。


「……悔しい、ですね」


 正直な言葉だった。


 だが、続ける。


「けれど、それで流れが壊れないなら、安いものです」


 その時。


 扉がノックされる。


 振り返ると、レオンが立っていた。


「話は聞いた」


 短い一言。


「署名したのか」


「はい」


「なぜ」


 問いは鋭い。


「流れが守られるからです」


 同じ答え。


 レオンは、数秒間黙る。


「あなたは」


 低い声。


「自分の価値を、軽く見積もりすぎている」


 私は、わずかに目を細める。


「価値は、私が決めるものではありません」


「違う」


 レオンは、一歩近づく。


「守る価値があると判断するのは、私だ」


 室内が、静まり返る。


 ルークが、息を止める。


 私は、視線を逸らさない。


「守る必要はありません」


「必要かどうかは、私が決める」


 強い言葉。


 だが、怒りではない。


 確信。


 私は、静かに息を吐く。


「……軍務卿補佐官として、ですか」


「いいや」


 一瞬の間。


「個人としてだ」


 胸の奥が、わずかに揺れる。


 溺愛ではない。


 だが、明確な選択。


 レオンは、視線を外さずに続ける。


「後方管理室の縮小案は、まだ通っていない」


「はい」


「通さない」


 宣言。


 静かだが、揺るがない。


 私は、ほんのわずかに微笑む。


「……ありがとうございます」


 その言葉は、本心だった。


 流れを見る人と、整える人。


 今、初めて。


 同じ側に立った。


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