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第26話 あなたは、何も報告していないのですね

 三日後、軍務卿補佐室から正式な照会が届いた。


 内容は簡潔だった。


 ――後方管理室における業務改善報告の有無について。


 バルドが書面を読み上げ、首を傾げる。


「改善報告、ですか」


「提出していません」


 私は、即答した。


「当然です」


 ルークが、少しだけ不安そうにこちらを見る。


「……出した方がよかったんでしょうか」


「いいえ」


 私は首を横に振る。


「求められていませんでした」


 求められていないものを差し出すと、

 余計な波が立つ。


 それを避けただけだ。


 午後。


 レオンが、単独で現れた。


 視察でもなく、

 公式訪問でもなく、

 静かな確認のために。


「書面は見た」


 開口一番、そう言う。


「はい」


「あなたは、何も報告していないのですね」


 責める口調ではない。


 事実確認だ。


「必要ありませんでした」


 私は、落ち着いて答える。


「なぜ」


「業務の範囲内です」


 改善と呼ぶほどのことではない。


 整えただけだ。


「数字は明らかに変わっている」


「誤差が減っただけです」


「誤差は、王宮を傾ける」


 その言葉に、私は一瞬だけ視線を上げた。


 軽い人ではない。


「あなたは、功績を欲していない」


「はい」


「王太子殿下に、利用される可能性も考えなかったのか」


 核心を突く問い。


「考えました」


「それでも報告しない?」


「報告すれば、功績の所在が生まれます」


 私は、静かに言う。


「所在が生まれれば、争いも生まれます」


 レオンは、黙った。


「あなたは、自分を守るより、流れを守る」


「結果的に、そうなります」


 自覚はある。


 だが、それを美徳にするつもりはない。


「なぜ、そこまで目立たないことを選ぶ」


 私は、ほんの少しだけ間を置いた。


「一度、目立ちすぎました」


 それ以上は言わない。


 レオンは、理解したようだった。


「……なるほど」


 彼は一歩、距離を詰める。


「あなたの功績は、いずれ誰かが利用する」


「構いません」


 即答だった。


 その言葉に、レオンの視線が鋭くなる。


「構わない?」


「流れが守られるなら」


 私は、視線を逸らさない。


「私の名は必要ありません」


 数秒の沈黙。


 レオンは、低く息を吐いた。


「それは、危うい」


「承知しています」


「危ういことを、自覚して選んでいる」


「はい」


 レオンは、わずかに笑った。


「面倒な人だ」


「よく言われます」


「だが」


 彼の声が、少しだけ柔らかくなる。


「放っておくには惜しい」


 胸が、わずかに揺れた。


 だが、顔には出さない。


「惜しい、とは」


「後方管理室の安定は、偶然ではない」


 レオンは、はっきりと言った。


「あなたの判断だ」


 それを初めて、明言された。


 功績の押し付けではない。

 冷静な評価。


「評価は、いずれ追いつく」


 彼は続ける。


「あなたが望まなくても」


 私は、静かに息を吸う。


「追いつかない方が、都合が良いのですが」


「それは無理だ」


 即答だった。


「私は、見ている」


 短い宣言。


 溺愛でも、庇護でもない。


 だが、明確な立場表明。


 彼は、扉の前で振り返る。


「後方管理室の縮小案が出ている」


 唐突な情報。


「縮小?」


「予算削減の一環だ」


 王太子の顔が浮かぶ。


「だが、まだ決定ではない」


 レオンは、視線をまっすぐに向ける。


「整える人がいなくなると困る」


 それだけ言って、彼は去った。


 扉が閉まる。


 室内に静けさが戻る。


 ルークが、恐る恐る聞く。


「……縮小って」


「まだ、決まっていません」


 私は、帳簿を開く。


 手は、震えていない。


 だが。


 安定は、永遠ではない。


 守られるかどうかは、

 まだ分からない。


 それでも。


 仕事は止めない。


 流れは、整え続ける。


 それが、私の選んだやり方だった。


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